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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect59 ”界斗君の発狂廃ビル探索ツアー 完結編”


 「ってぇな。せっかく人が見逃してやったってのによぉ・・・」


 「・・・・・・は?えっ・・・えっ!?」


 引き金を引く寸前にそれは起きた。


 悪魔が、しゃべった。


 顔面を鉛弾の雨で吹き飛ばしてやったはずなのに、この男は口を開いた。血を滴らせながら、事もなげに仰け反っていた上体を持ち上げる。


 「なっ、なななな、なんでなんでまだ動けるんだ!?その傷で!!」


 男は確実に傷は負っていた。だが、軽すぎるのだ。界斗が浴びたあの血液はどこから溢れたものだったというのだ。男の傷は数箇所の肉が抉れているくらいで、とてもではないがショットガンをまともに食らった後とは思えない。

 ゾッ―――と総毛立つのを感じた。界斗は不可解で不自然で不愉快なこの現象に恐怖し、すぐにでも悪魔に止めを刺せるはずの人差し指を動かすことも忘れていた。


 血まみれの悪魔は目を細く細くして、ニッコリ、笑った。


 「・・・ぁ」


 界斗はこの瞬間、あの忌々しい一戦を思い出した。

 撃っても撃っても平気な顔をして歩みを止めず、嘲笑だけを浮かべ続ける、あの女の姿が重なって見えた。


 「バ、バケモノ・・・」


 「おいおい、ひっでぇ言いようだな。ま、否定はしねぇけど♪」


 酷薄な笑みを顔面に貼り付けたままの男は、なにを考えてか無防備を晒し、界斗に手を伸ばした。子供の頭を撫でようとするだけの動きに見えたが、界斗は生存本能がそうではないと察した。


 「さ、触るな!近寄るなっ!笑ってるんじゃない!!死ね、死ねよ、死んじゃえよぉっ!?」


 冗談ではない。またか、またこんな目に遭うのか、界斗だけが、いっつもこんな目に遭うとでも言うのか。ふざけている場合ではないだろうに。

 死ぬはずがない。まさか、そんなわけが。自分が死ぬ結果を容認するくらいであれば代わりに世界中の全ての生命体が完全に死滅する結果を選ぶのが界斗だ。


 撃つ。撃つ。撃つ。弾切れになるまで撃って撃って打ち続けた。それなのに、1発も敵の体に届かない。なにか見えない壁に阻まれたように弾が勢いを失うのだ。

 魔手は滞りなく界斗に迫り、そこから溢れ出す謎の力場が界斗の顔の産毛を揺らした。靄がかかったように、それでいて激しく痺れるほどに伝わってくる死の重圧。


 悪魔の指先が触れる直前、界斗の精神が先に限界を迎えた。


 気付いたときには界斗は狂ったような笑い声を聞いていた。それが自分のものだと分かるような、分からないような。


 ―――なんだか、そう、あれだ、意味がよく分からなかった。


 「あはっ!あふっあひゃははははははははっははああはあっはっはっは!?」


 なんとなく、学内戦でも披露した無限リロードシステムを展開しようかなぁ、なんて風に思った。だから界斗は『召喚(サモン)』を唱えた。そうしたら、予備弾を掴み取ろうとした左腕がなかった。そういえば、左腕の二の腕あたりが痛いような気もした。あれ、ということは?


 「ふぇ?ぁ。・・・ああああああ!?あれぇ!?あれぇ!?」


 「おっほ、イイ声で鳴くじゃねぇか、お前」


 「はひっ」


 「あははは。まぁそう暴れんなって・・・ほーら、これでよし。バランスも元通りだ」


 ミチッっという粘質な音。もう片方も取れちゃった。唯一の命綱だった散弾銃が自分の元を去って行く。


 「ほああぁぁぁぁああ!!返ッ、返せよぼっ、僕のだぞそれは僕の銃なんだぞお前なんかがぁァァ!!」


 「だーもう、ギャアギャアうっせぇんだよクソガキ。俺はなぁ、お前みたいな人間が一番嫌いなんだよ」


 嫌いと言う割に、男はにっこにこ。とっても楽しそうだ。

 喚いているうちに界斗の体は腕2本分、軽くなってしまった。痛すぎて、熱い。熱すぎて、痛くはなかった。恐怖で涙が噴き出る。

 界斗が泣き叫んでいると、悪魔に顔面を掴まれて、そのまま壁に叩きつけられた。変な音がした。後頭部が割れて壁に赤いシミがドロリと付着する。意識がとろけるような苦痛。


 「いだいいだいよいだいってばやめてくださいいたいのはイヤなんだやめでッ!!」


 「ぎゃはははは!もっと喚いてな、すぐに楽にしてやるよ!パーンってなぁ!!」


 「やめッ、こ、ころさないでくれ!!ふ、ふ、ふっ、ふざけんなああ!殺してやるころすなら殺、コロして、ぐっじゃぐじゃにぃ・・・あひひっ!!あはは!?そうだよお前なんかすぐに殺す!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――――――!!」


 「死にましぇーん」


 愉快極まりない男の笑い声。顔を掴む握力が強まり、界斗は眼球で飛び出す寸前の気色悪い生温かさを感じていた。やがて、頬骨が割れる音がした。


 「あら、もう壊れたか?・・・さて、これはどうすっかな」


 界斗はまたコンクリートの壁に叩きつけられたが、今度は界斗の体がまるごと壁を貫通した。ステンレスの窓枠をねじ切り、ガラスの破片を頭中に刺して、骨の砕け散った体はだらりと垂れて動きもしない。それなのに、なぜか意識が飛んでいかない。飛んで行ってくれない。あまりにも恐くて気絶すら出来ないとでも言うのか。

 足下に床はない。建物の外で、悪魔の腕に顔を掴まれることで辛うじて浮いているだけだ。その手を放せばあっという間に界斗は床に落としたトマト。


 「やめ・・・で。ごろざ、な・・・いで・・・くれ・・・」


 「んなつれないこと言うなよ。イイじゃん、お互い様だろ?な?だからお前もいっぺん死んでみろって」


 「やだぁぁぁぁ・・・やだよぉ・・・だずげ、で・・・と・・・さんんん」


 えへへへ、という無邪気な笑い声。体中の感覚が途絶すると、どうも目や耳が冴えるらしい。迫り出てまばたきも出来なくなった目は乾いて霞むが、好青年の素敵な笑顔が映る。とても楽しそうで、喜びを分かち合おうとするかのように友好的な、冷たい声が鼓膜を震わせる。


 なんでこの男は人を殺すというのに、こんなに楽しげなのだろう。界斗はひたすら、男の心が分からない。なんで自分が死ぬのか分からない。なんで男が殺されてくれないのか、分からない。普通に考えて、流れからして、界斗がこの男を銃殺して楽しんで、それで全部キレイにハッピーエンドだったろうに、なぜ?

なんでこの男は界斗を傷つけて弄んで楽しそうに楽しそうに嗤うのだ?人を殺して楽しもうなんて、意味不明じゃないか。界斗には、サッパリ分からない。


 「ぁ・・・そっか、それは・・・こいつが悪魔だから・・・」


 「そんじゃあな、誰だか知らねぇボウズ」


 悪魔の手から光が迸った。


 その瞬間、藤沼界斗と呼ばれた少年の肉体は欠片ひとつ残さず、この世界から消滅した。


 誰も、彼のその終わりを見ていない。そう、誰も、彼のことなど見ていない。ひとりでに、その物語は完結した。



          ●



 ギルドの入り口で緊張するのは、高校入学直後、まだライセンスを手に入れる前に訪れたとき以来だろうか。自動ドアの前で迅雷は一度、深呼吸をしておこうと思った。


 「すぅ――――――ふぅぅぅぅぅぅ・・・よしっ!」


 「隙だらけ」


 「のあぁっ!?なんだ!?」


 覚悟を決めた直後の迅雷の背に何者かがのしかかってきた。するりと首に手を回され、後ろから抱き付かれたのだと分かる。



 「なにとは失礼だなぁ、もうボクの声を忘れちゃったの?」

 


 「・・・お前」


 顔のすぐ横で明るい金髪が揺れた。締まりのない少女の声。忘れるはずもない。というか、声だけならこの間も聞いた。

 せっかく深呼吸までして気持ちを整理しておいたというのに、これはズルい。


 「ひさしぶり、とっしー。元気にしてた?」


 「お前なぁぁぁぁ!千影かよぉ!!もー!!」


 「わわわっ」


 ちょっと急にテンションが上がりすぎた。あまりの感動に思わず千影を捕まえてたかいたかーい。途中で迅雷が手を滑らせ、千影は慌てて彼の首に掴まり直した。首が絞まって迅雷は「ぐえっ」と呻く。今ので頭が冷めた。

 

 迅雷の背中から飛び降りて、千影は彼の正面に躍り出た。あたかも千影が迅雷を先へ誘うように自動ドアが開いた。


 「本当、ひさしぶりだよ」


 「そんな顔しちゃって。よっぽどボクに会えないのが寂しかったと見えるね」


 「るせぇ・・・」


 スピーカー越しの加工された声などではなく、千影は今確かにここにいて、しゃべって動いている。

 会ったらなんて言おうかといろいろ考えながらここまで来たのに、結局全部どっかへ飛んで行ってしまった。


 千影は手を差し伸べ、迅雷の手を取る。


 「さぁ、いこうよ」


 千影に手を引かれて迅雷はギルドの中に入る。今日も、この時間になってまだ利用者がたくさんいる。先週の特別耐性のツケで他の依頼が溜まりに溜まっているから、報酬額アップとかで魔法士たちに積極的な強力を募集しているのだとか。あくせくと働く合間に一瞬手を止めた甘菜が、受付から迅雷と千影の姿を見て微笑み、ガッツポーズを見せてきた。


 迅雷が集まるのは、1階のメインホールではない。

 噂をする視線の中をくぐり、2人はエレベーターに乗って4階へ。


 2人きりの金属の箱の中。迅雷は改めて、千影を眺めた。静かになると、遅れて感傷が押し寄せる。

 別れたあの日と、彼女はなにも変わっていない。金髪は赤のリボンでサイドテールにしていて、紅の瞳はまだキラキラと輝いている。マシュマロのような肌に傷の痕はない。

 汚れた服は変えたのだろう。でも結局、いつも通りのへんてこなデザインの半袖パーカーと見るからに涼しげなホットパンツのコーデは変わらない。


 「とっしー。ありがとね、来てくれて。ホントに、ありがとね、ボクのワガママに付き合ってくれて」


 「いや・・・俺の方こそだよ。ありがとな」


 「どうして?ボクは無茶振りしただけなのに」


 「それでも、嬉しかったんだよ。だからホントに感謝してる。ここまで来られたのも千影のおかげだったんだからさ」


 「ボクの?」


 「まぁその・・・俺が―――」


 さっきから照れ臭くて仕方ない。少し呼吸を止めて迅雷は言葉を確かめた。

 もう二度と空っぽなんて言われない。今までの空虚な迅雷ではない。言いつけを守るだけの平等主義は卒業した・・・させてくれた。そのことを、ここにいるのが彼自身の意志であるということを、千影に伝えたかった。


 「俺が、千影のこと―――」


 言葉の途中、間の悪いことに、ぽーん、という軽い音がした。エレベーターの扉が開くと、降りの利用者が待っていた。

 どこまで言えただろうか。エレベーターを待つ人たちは聞いていただろうか。言いかけのもどかしさのまま、迅雷は4階の廊下を千影と並んで歩く。人の往来の中では面映ゆくなって、言葉が続かない。

 千影は聞きそびれた迅雷の一言を知りたくて、前を歩く彼の袖を引く。


 「ねぇねぇ、とっしー。で、さっきはなんて言いかけてたの?」


 「え、いや、えっと・・・」


 「そんなに照れるようなことだったの?」


 「そんなことは・・・あるような、ないような」


 「ぶーぶー。ねー、教えてよー」


 わざとらしく拗ねてみせる千影に迅雷はたじろぐ。教えてと言われるとなんだかどんどん言いづらい感じになってくる、アレだ。


 「なんか俄然やる気出てきたってこと!」


 「あ、誤魔化したよ!」


 「あーあー、聞こえなーい」


 やっぱり、積もる話は家に帰ってからゆっくりするとしよう。迅雷は心の中でそう決めた。なに、もう夏休みなのだ。時間だっていくらでもある。少しずつで良い。態度と、言葉で、迅雷自身の誠意を見せられれば、それで良い。

 

 千影は、そんな迅雷の表情を見て、ニコニコしていた。


 

 


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