episode5 sect53 ”直華と神田”
「よっしゃ!いいぞ!いけー、そこだ!」
「てやぁぁぁっ!」
『そこまで!』
相手が飛ばしてきた魔法による岩石すら踏み台にして大跳躍した直華がハンマーを振り下ろして、試合終了のホイッスルが鳴った。
一体誰が直華のような可愛い中学1年生の女の子が自分の体と同じ大きさの鉄槌を振り回して襲いかかってくるなどと予想していただろう。
冗談みたいなアンバランスさにも関わらず巨大なハンマーを自由自在に扱って走り回る彼女に翻弄されて、多くの選手が葬られてしまった。
前見たときよりもずっと動きが良くなっていることは慈音でも分かったらしく、直華の大勝利には手を叩いて喜んでいる。
「すごーい!なおちゃん、また3年生に勝っちゃったよ!すごーい!」
一方。
「な、直華ってあんなに強かったの・・・?私これからさん付けした方が良かったりして・・・?」
「いや、私たちの直華ちゃんはそんな人じゃないって!・・・これからは怒らせないようにしよ・・・」
直華が鮮やかな勝利を収めるほどに安歌音や咲乎の中で彼女への畏怖が強まっていく。当初は『高総戦』出ていた神代迅雷先輩の妹だから強いんじゃね?みたいな感じで彼女を代表に持ち上げたのだが、そんな始まりは関係なく、既にクラスの中では直華がカリスマ化し始めていた。
それから、みんなが直華に期待を寄せる理由を作った当の本人である迅雷は、応援がガチすぎる人になっていた。後輩たちから向けられていたカリスマ視も今やパッタリである。
「としくん、次、なおちゃん決勝戦だね!」
「あぁ。ナオならやれると思ってたよ」
都合の良いセリフに聞こえるが、迅雷は割と本気で直華の活躍を確信していた。なにしろ、迅雷がだいぶ手加減していたとはいえ、直華は接近戦でさえ迅雷に肉薄するほど上手に戦えるようにまで成長したのだから。
中学生でそれだけやれれば、実技面ならマンティオ学園の入試で十分通用するレベルだ。
「あぁ・・・結構痛い思いしてきた甲斐があったなぁ」
「としくん何回かほっぺたにガーゼあてて学校来てたもんね。痛そうだったなぁ」
「ナオにやられる分にはご褒美だよ・・・」
本気でそう思っているのか怪しい表情で迅雷は苦笑した。
実際は頬だけでなく腹とか尻とかも大打撃を受けて、一度座布団を学校に持ち込んで授業を受ける羽目になったこともあったほどだ。あれは辛かった。
さて、少し待って早くも決勝戦だ。マンティオ学園の学内戦ほどガチではないので休憩もそこまで長くはない。人が溢れかえる中学校の校庭にアナウンスが響いた。
気になる直華の対戦相手だが―――。
「やぁ、驚いたな。まさか決勝戦で直華ちゃんと当たるなんて!」
「そうですね、あはは・・・」
3年生はなにをしていたんだ。決勝戦へとコマを進めて直華の前に立ちはだかったもう1人の生徒は、あの神田だった。
神田が直華にフラれたという話はとっくに学校中に浸透していたので、そんな2人が一番注目を浴びる舞台で再び顔を合わせれば、いろいろ憶測が飛び交ってザワザワし始めていた。それと、露骨なくらい女子生徒たちが神田を応援する声が大きい。きっと、直華へのブーイングの意味合いが強いのだろう。
数奇な巡り合わせと言われれば確かにそうだと思える神田との縁には直華も戸惑いを見せていた。試合とは別のところで、2人でいることに気まずさを感じてしまうからだ。
しかし、一方の神田にはそれらしき表情がない。あくまで嬉しそうな顔をしている。
「(どっちにしてもやりにくいなぁ・・・。なんでよりにもよって神田先輩なの・・・?)」
「そんなに緊張しなくたって大丈夫だよ。でも、さすがはあの神代先輩の妹さんだよね。こんなに強いなんて知らなかった」
「ど、どうも。・・・でも神田先輩の方がきっと―――」
直華がなんと返すか予想したように神田は笑った。直華の言葉をそれとなく遮った彼は魔剣を抜き放ち、腕を大きく広げた。
「細かいことはもう良いさ!せっかくこんなに広い舞台で2人っきりなんだぜ?本気の勝負をしよう!お互い全力を出し尽くそう!ああ、そうさ、細かいことなんて抜きにして!―――手加減はするなよ、直華ちゃん。死力を尽くして、俺と踊ろう!」
「っ!?」
宴もたけなわだ。神田の前口上は見る者全員の好奇心の火に油を注いだ。爆発させるように盛り上がりは最高潮へと達した。
一度後輩にフラれたくらいで神田という少年の人気は失われないということだ。今や場の流れは彼を中心に渦を巻いている。
決して2人の空間に雪崩れ込んでこない高揚感は、得てして神田と相対する直華を疎外し始めていた。ますます、直華は孤立する。まるで、ここで呆気なくやられてしまうべきとでも言われているような気分だった。
「でも・・・やだよ。簡単に負けたくないよ・・・」
言葉を邪魔され、1人だけ神田の求心力の輪から外されて、直華は唇を噛み締めた。今日まであんなに特訓を頑張ってきて、ここまで勝ち抜いてきて、最後にこんなに冷たいのなんて、寂しすぎる。なぜだか神田が冷たく感じられる。みんなの応援が聞こえない。なにも悪いことなんてしていないのに、まるでさっさと謝って負けてしまえと言われているような、まるで弾劾裁判を受けているかのような、遠い孤独を感じる。
大好きな兄がせっかく時間を割いて特訓を見てくれたのだから勝って喜ばせてあげたかったのに、こんなことで負けたくないのに―――諦めそうになる。だって、こんなに寒いんだもの。
でも、そのとき。激流に逆らう声が、直華を覆う心細さを打ち破った。
その声は決して格好良くなんてなくて、暢気なくらい投げやりで、でも、ただ暖かくて、その声に見守ってもらえるなら、恐いものなんてなんにもなかった。
「ナオ、俺は見てるからな!あっちが本気っつってんだからボコボコにしてやれ!」
「―――うん、ありがとう、お兄ちゃん」
―――兄妹だけど、やっぱり、どうしようもないくらい、大好き。
急に周りのことがしょうもなく思えて来て、いけると直感した。
神田が剣を構えるのに合わせ、直華も『ミョルニル』を後ろ手に構えた。大きな金属塊が嘘のように軽く感じられた。
「私、1人じゃないもんね!!」
審判の先生が開始の合図を出すと同時、直華は『ミョルニル』を盾に突進した。迅雷の声援を、慈音や真名、安歌音に咲乎の声を、背中に感じる。直華は全然、独りぼっちなんかじゃない。
「やぁぁぁぁっ!!」
「それは見切ったよ!!」
直華の初動としては定着してきた突進を神田は見切って、直華の横に回り込む。
しかし、直華だって最後までこの攻撃一辺倒で勝てるなんて思っていない。
ガション!という音。『ミョルニル』が変形した合図だ。ハンマーの頭がスライドして槍斧の全体が露出した。予想しない機能に神田は目を見開くが、彼は既に直華の間合いより内側へ踏み込んでいる。あと一歩で神田の剣は直華を捉えられる。
しかし。
「見える!」
直華は地面を蹴って、スライドダウンしたハンマーの頭に無理矢理片足をつけ、さらにそれを蹴り、『ミョルニル』の柄を軸にして強引に宙返りをした。
「な・・・!?」
「てぇい!!」
信じられないような動きで剣を躱され、神田は前のめりになりながら頭上を見上げた。あまりの衝撃で時間がスローになったかもしれない。
直華は宙返りの勢いのままハルバードを振り回して神田に叩きつけようとしている。
神田は横に転がって紙一重で躱したが、直華は地面に突いた槍の先端を軸にして余分な勢いを殺し、綺麗に着地する。
「へ、へぇ・・・やるじゃん直華ちゃん・・・!これは俺も本気!出していかないと!」
神田の動きがさらに速くなったが、直華には彼の動きが全部見えていた。今まで神田と試合をしたことなんてないはずなのに、避けるも防ぐもまるで苦ではない。不思議な感覚だ。
「ちぃっ!なんなんだよ、くそっ!!」
「ぅくぅっ!てぃ!!」
「また弾ッ・・・!!」
そうは言っても神田の優秀さも伊達ではない。攻撃こそ通せていないが、彼の攻勢が止まることはない。直華のカウンターも悉くスレスレで回避している。
そして、思いも寄らぬ名勝負には次第に観客の姿勢も変わり始めていた。
「あ・・・あれ?私の応援、増えてる・・・?」
「余所見かよ、直華ちゃん!」
「っ!」
こういう場面にはリーチの長い武器を使っている直華の方が有利だ。
しかし、鍔迫り合いになったところで神田が剣から片手を放した。
「悪いな、手加減はナシだったからな―――!」
「ぁっ!?」
「『ファイア』!」
「うわぁっ!?」
至近距離からの火炎魔法。直華は慌てて横に跳んだが、神田は再び魔法を撃ってきた。
典型的な魔法剣士スタイルの戦術に切り替えてきた。典型的と言えば地味に聞こえるかもしれないが、なぜ典型になるかと言えば、それが最も隙がなくて効率的な戦い方だからだ。
直華が近付けば右手の剣で弾いて下がり、距離が開けばすかさず魔法を展開し直して攻撃する。どちらかと言えば遠距離寄りのスタイルといったところか。
途端に攻めづらくなった神田から、しかし、直華は距離を取りきれずにいた。
「私だって・・・『サンダーアロー』!」
「発動が遅いよ!狙いが見える!」
直華は魔法も得意だが、唯一問題があるとしたら、直華は迅雷ほど器用ではない。近距離と遠距離を同時にこなせないのだ。
「どうしよう、どうすれば!」
―――でも、考えてみろ、と直華は自分に言い聞かせた。どうして迅雷は剣と魔法を同時に使えるのか。簡単だ。それは―――
「ナオ!魔法剣士型の対応!前に教えた通りだろ!」
「―――そうだったね!」
『ミョルニル』をハンマーモードに切り替えて、直華は再度神田に突っ込む。こういうときこそハンマーシールドの出番だ。
「だからその手は通じないって!」
「分かってます!―――だけど!」
最初と同じように回り込む神田を直華は目で追う。確かに動きは速くなっているが、今の神田はきっと、ラグを生む。そして直華は、それを逃さない。
「んん!!ここ!!」
武器を振り回すより、こっちの方が速い。直華の蹴りが神田の肩を捉えた。反動で神田も直華も弾かれるが、初めからこれを意図していた直華はより早く復帰して、遂に神田に肉薄した。
「なんで!なんで今ので逆転してるんだ!?」
「神田先輩は剣と魔法を一緒に使えてない!なら、魔法に集中してるところに切り込んでも、すぐに剣での攻めに移れなかったんです!」
「はぁ!?そんなわけ―――ッ!」
なぜ迅雷が剣も魔法も一緒に使えるのか。それは単に、彼が両利きだからだ。普通、魔法から剣での攻撃へ移行するには、同じ方の手を使うので意識転換にワンクッションを必要とする。だが迅雷にはそれが必要ない。元々右手と左手を別々に使えるから、あれほど柔軟に動けるに過ぎない。
そしてそれは裏を返せば、普通に右利きでしかない神田には、そんな芸当、端から出来っこなかったのだ。もっと場数を踏んで訓練すれば話は変わってくるかもしれないが、今の彼にその器用さはない。
あとは、神田が体勢を立て直すより早く力業でガードを破るだけだ。直華はひたすら『ミョルニル』を振り回し、神田に隙を与えない。
押して、押して、押して、押して・・・!
「押し、きれぇっ!!」
「ぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」