episode1 sect1 ”おはよう、寝覚めはいかが”
読みやすさを考慮して一度投稿した複数の話を1話にまとめて投稿しなおしました。ストーリーの展開に変更はありません。後書きではまとめる前の各話サブタイトル、投稿日付を残してあります。
「・・・・・・・・・・・・ッ!」
小鳥のさえずりが聞こえる。室内だ。カーテンの隙間からは、真っ白な光が差している。しばしの間呆然として、それからふと気付いたように目を擦ったり伸びをしたりしてようやく気分は寝起きのそれになる。
「・・・ひさしぶりに見たなぁ、あの日の夢。・・・唯姉、俺うまくやれてるかな。頑張ってるけど、なにかを『守る』なんて大仰なこと、まだ無理だよ」
下の階から声が聞こえる。妹だ。
「お兄ちゃーん、起きてー。もうごはんできてるよー。聞いてるー?早く起きないと遅刻しちゃうよー」
――――朝から元気なものだ。昨日までは休みだからといって10時くらいまで寝ていたくせに。
夢でうなされた疲れも相まってすでにげっそりなのだが、今日は高校の入学式なのであまりちんたらともしていられない。
彼は起き上がろうと思って、寝返りを打とうとして、手をついて。
ぷにっとした。
・・・・・・なにこれ???
とりあえずもう一回。
ぷにぷに。
あぁん、割と癖になりそう、ぷにぷに。
もうちょっとだけ・・・おっといけない。心苦しいが、今はそんな暇はないのだ。
「・・・・・・なんだこれ?」
ぷにぷにを諦めて体を起こす。すると、そのぷにぷになるモノの全容が視界に飛び込んでくる。熟れた果物のようなそれを見てぷにぷにに納得する。
そこには、金髪のだいたい10~11歳くらいの女の子―――いわゆる、そう、俗に言う幼女が、よだれを垂らして、幸せそうに寝ていた。
ぷにぷにしたのは、そのやたら可愛らしい寝顔の女の子のピンク色のほっぺた。
なるほど、そりゃあぷにぷにじゃないか。ぷにぷにに決まっているじゃないか。ぷにぷにしないと困るじゃないか。
さて、ゲシュタルト崩壊する程度にはぷにぷにに納得した。したのだけれども、さて、この金髪幼女がなにゆえ自分のベッドに現れたのかについて納得したとは言ってない。
「・・・なぁんだこれええぇぇ!?」
至急事情説明求む!!少なくとこの人生においてこんな意味不明なシチュエーション、生まれてこの方、なかったはずなのだが!?
「うーん、こういうときは、そう、一旦冷静になるんだ。世の中焦った奴から消えていくのだ。そう、深呼吸をしよう。吸ってー、吐いてー、そんでまた吸ってー・・・」
精神を落ち着かせた結果辿り着く答えはたったひとつ。
(なるほど、わからん)
とりあえずやることは決まった。ベッドから跳ね起きて部屋のドアを蹴り開け、階下へとダッシュする。目標、恐らくキッチンで鼻唄でも唄っているのだろう母親。妹でも可とする。
「おーい!なんか、部屋に知らない美幼女がいたんだがっ!ってうおおぉぉっ!?」
「はぁ?なに言ってんの、お兄ち・・・ってひゃああ!?」
寝起きから焦って階段を降りようとすればどうなるかなんて目に見えていることだ。当然、彼はその覚束ない寝起きの足先を段差の縁に刺さらせ、転倒した。
「ッつつ・・・。まさか階段を転げ落ちるとは、死ぬかと思った・・・」
「お、お兄ちゃん・・・」
「ん?」
条件反射的に、っつつ・・・、なんて言ったが、実際はそんなに痛くないような気がした。というか床ってこんなに柔らかくなかったような?というか、やけに手にすっぽりなお手頃サイズの床なんてウチにはなかったような気もした。
「おおお、お兄ちゃん、は、早くどいて!」
手元を見てみると、柔らかいのは床ではなく妹の胸だった。ここまでくるともはや清々しいところなので、数秒程度、ひとしきりその感触を記憶に刻み込んでから。
「・・・。えーと、はい。・・・中学校入学おめでとう!心も体も大人へと成長してきたな!」
2秒後にグシャァッという音とともに不埒な兄は2階へと飛んでいった。
●
「い、いだだぎまず」
彼は鼻血まみれ(誇張表現は50%ほど)で食卓に着き、それから鼻に詰めたティッシュが邪魔でまともに食事が取れないことに愕然とする。かといってティッシュを取ったら鼻からイチゴジャムが出てくるのでトーストに塗るものに困らなくて済むようになってしまうのだが。
「二人とも仲がよくて母さん助かるわー♪」
そう暢気なことを言っているのは彼の母親の真名だ。黒髪黒瞳、言うところの平均的日本人女性だ。ただ、多分美人のたぐいには入るのだろうけれど、彼にとってはただの母親なのでその辺はどうでもいい。
「朝から押し倒して妹の胸触ってくるようなお兄ちゃんなんかいらないもん」
辛辣なことを言うのは妹の直華で、今日から中学生。彼らの家系は全員黒髪黒瞳、直華も例に漏れずそう。ただ、髪は母親と兄がストレートなのに対して直華は割とくっしゃりした感じなのだが、それは本人の意図によるものらしい。まぁ似合っているからなんの問題もないが。
「いやだから、あれはいろいろ諸々の結果の事故でありましてですね、だからあのー、そのー」
「で、なに?」
「すみませんでした」
―――あぁ、かわいい妹に蔑まれるのなら本望だ、と彼は自分をなだめる。
そんな傍ら母親であるはずの真名が、直華に「実はまんざらでもなかったんじゃないの?」とか言って、直華がいやに全力で否定している。
そんな風景にはニンマリしつつ、彼は大事なことを思い出した。最新のハプニングによって本題を忘れるところだった。
「・・・って違う!母さん、なんか俺の部屋に金髪の幼女がいたんだけどいったいどういうことなんだよ!?」
あの幼女はまだ寝ているようだが、真名なら知っているに違いない。
「あれ?迅雷、言ってなかったっけ?父さんがお仕事で預かった子がうちに来るって」
「言ってねぇし!?つかいつ来たんだよ、てかなぜに俺のベッドにいんだよ!?」
「お、お兄ちゃん落ち着いて。幼女だからって興奮しないで!」
「ナオはいい加減俺を変態扱いするのやめてくれ!」
まだ漫才を繰り広げる子供たちに、真名が続ける。
「あ、あれー、言ってなかったかー。ま、そーゆーことだからよろしくね?あと、あの子がうちに着いたのきのうの深夜だったのよね-。予定では夕方だったんだけど。まーどーでもいーよねー、そーゆー細かいことは」
「・・・・・・(だめだろ。やっぱだめだろこの人)」
「・・・・・・(激しく同意するよ。というか私も初耳なんだけど)」
負の方向で合意する兄妹の意も介さず、真名はさらに続けて、
「でね?まー着いたの遅いし適当な部屋で寝ていーよって言ったから・・・たぶんそれねー」
「雑すぎんだろ」
「ま、まーそんなことより2人とも今日は入学式なんだから、チャッチャと食べて行きなさい?ね?」
「そんなことって・・・」
腑に落ちないので彼―――迅雷は追及の姿勢を見せたのだが、時計はそれを許容しないようである。直華が素っ頓狂な声を上げた。
「うわ、もうこんな時間!?お兄ちゃん、もうあんまり余裕ないよ、急ご!」
「むぅ・・・」
そう言われると、唸るしかない。なんだかんだで家を出る予定の時間まであと10分ちょいしかない。
どう考えても、突然現れた居候とか一大事なのだが、さすがに迅雷も入学式からヒーロー的登場はしたくない。
●
彼、神代迅雷は、今日をもって国立魔法科専門高等学校《マンティオ学園》に入学する。マンティオ学園は、日本国内に限らず、魔法科専門高校としてのランクは世界で見てもとても高い。魔法使い、特に、魔法士の養成の名門だ。
といっても、実はそこまで入りにくい学校というわけでもないのだが。どちらかというと、ある程度できる若者を多く集めて、そこから多くの優秀な人材を輩出してきた学校である。
とはいえ、やはり世界レベルの実力者を毎年のように育て上げているのだから、その功績・業績は他を圧倒する。
ちなみに、迅雷の妹である直華は《一央市立第一中学校》に入学する。彼女は兄と違い元々魔力量が大きく、家柄もあってか扱いもそこそこ長けているので、きっと中学でも早くから活躍できるだろう。
迅雷は魔力の制御には自信があるが、量がしょぼいからなおさら頑張らないとである。お兄ちゃんの面目が立たないとなると結構恥ずかしいものだ。
●
飯もかき込んで、だいたいの準備も終わらせる。おろしたての制服を着ると少しテンションが上がる。デザインとしてはベージュのブレザーに黒っぽいズボンで、中学の時とは色以外大して変わらないのだが、少し動きやすさが重視されている感じがある。
ちょうど下に降りようかと思ったそのとき、インターホンが鳴った。
「とーしくーん、一緒に行こー」
この甘ったるいふわふわした声は、しーちゃんだろう。しーちゃんとは、神代家の向かいに住んでいる迅雷の同い年の幼馴染みで、名前は東雲慈音だからこう呼んでいる。ぱっつん前髪がトレードマークの少し天然な少女である。彼女も迅雷と一緒にマンティオ学園に合格したので、今は迅雷と同じマンティオ学園の制服(ズボンが色はそのままチェックの入ったスカートになっている)を身につけている。
「はいよー。いま出るから」
迅雷は適当な返事をして階段を降りる。直華が準備も終わったようで玄関を開けていた。
「慈音さん、おはよー」
「あ、なおちゃん、おはよー。わぁ、中学の制服に合ってるね、可愛いー」
直華の制服は迅雷や慈音が中学に通っていたときと同じ白のブレザーと茶色にチェック模様の入ったスカートだ。迅雷的にも自分の妹ながらよく似合っているなぁと感じたりする。シスコンとか、そういうのは多分にある。
「えへへ、ありがとうございます。ほら、お兄ちゃんも早く-」
「そうだそうだ早く早く-♪」
「だー!わかってるから!・・・って、いまの誰?」
聞き覚えのない声がしたような。まさか、いやまさか。
「あれ、としくん、この子は?」
迅雷が耳を塞いで「あーあー」言いながら玄関に行くと、例のベッドに突如出現した金髪幼女がいた。遅刻回避のためにも帰ってくるまで保留にしておきたかったというのに、なんと間の悪いことか。
幼女はわざとらしく手を挙げて、迅雷に大きな声で元気に挨拶をした。
「おはようじょ、とっしー!これからお世話になりますよろしくねペコリ、ええとボクの名前は・・・」
「お、おは・・・なんだ?つか、トッシー?俺か?てかボクっ娘?」
「うん、君がとしなりくんでしょ?ボクはだいたいの親しい人はあだ名で呼んでるんだ」
―――親しいもなにもいま初めて会話したんですが。
「そ、そっか。」
とりあえず思っていた以上に色の濃ゆーい人物なのは察した。
「ま、まぁよろしくな?自己紹介はまた追々でな。じゃ、行ってきまーす」
「あ!?ぶーぶー!」
まさかの自己紹介すら後回しという衝撃的展開。
聞く耳持たぬ少年に置いてけぼりにされた幼女は、そそくさと離れていく背中を見送りながら拗ねたようにむくれてしまった。
「・・・・・・むぅ、分かったよ、いってらっしゃーい」
迅雷だってあの幼女には悪いとは思ったが、遅刻を免れるために多少の良心を犠牲にして半ば強引に出発したのだった。
●
直華とは通学路の方向が逆なので、家を出てからすぐに、気をつけてなー、と言って分かれて、それぞれの学校に向かう。
途中まで歩いてチラと腕時計を見ると、学校には普通に間に合いそうだった。
先ほどの謎の幼女について、慈音が早速質問をしてきた。そりゃそうだろう。正体不明身元不明、素性知れなさすぎな美幼女が突然幼馴染みの家に当たり前のようにいたら、それは凄く気になる。
とことん訝しげな様子で慈音は切り出した。
「ねぇ、としくん、さっきの女の子はどうしたの?」
「・・・俺もよく知らん」
「うえぇ!?なんで!?」
いささかオーバーとも取れるリアクションだったのだが、この場合同じ家に住んでいる人物の素性をかけらほども知らない迅雷がツッコめたことではない。
「いや、でも居候らしいな。父さんが引き取ったとかなんとか。なんか朝目が覚めたら俺のベッドに寝てたんだけど憶えがないと思っ・・・」
台詞の途中から慈音の顔がみるみる青ざめていく。
「べ、べべべ、ベッドに・・・!?あんな小さい子と・・・」
「おいっ!何もないからな!つか、話は最後まで聞いてよ!?夜中寝てるときに来たらしいから憶えがないんだって!俺は幼女趣味なんてないからな!?」
―――――ドキッとしたがあれは違う。違うぞ。実際そういう趣味はない。あらぬ誤解でしかないと思う。
「なーんだ安心した!びっくりしちゃったよー」
「切り替えはやっ!自分で言うのもあれだけどもう少し疑おうぜ?」
とはいえ慈音が物わかりのいい、人をあまり疑わない人で本当によかった、と迅雷はほっとしたのだった。もしここに他の友人がいたら、一瞬で言いふらされて広まって迅雷は入学早々冷たい目で見られるか、その手の方々に保護されるかの二択だったに違いない。
「あ、ねぇ、としくん、クラス一緒になれるといいね-!あと真牙くんも!」
「そうだな。俺も一緒だったら気が楽だし」
「ねー。いやー、でもほんとにしのたちみんなで合格できてよかったねー」
慈音がまた話題を転換する。前から慈音はころころと表情だろうと話題だろうと空気だろうと変える少女だ。いつかなにかとんでもないものも変える可能性を秘めていたりいなかったりするのではないかと、迅雷をはじめとして割といろんな人が彼女に興味半分に期待している。
「まあなぁ。つってもほら、俺なんかは剣技魔法とか少しできるし、しーちゃんなんて母さんに習って、高難度魔法の結界魔法が上手だし。まぁ、俺の場合魔力量がアレだから確かにヤバいかもとは思ったけど、改めて思えば受かるべくして受かったんじゃないの?」
そう、迅雷の魔力量は小学校低学年並みだ。うまくやりくりする術は身につけたが、それでもなかなか大変なのが現状だ。合格発表前日なんかは、そこが不安で夜も布団にくるまってがたがた震えていた・・・なんて、いくら慈音にでも言えない。
「だ、大丈夫だってとしくんなら!それにコンプレックスくらい誰にだってあるから・・・・・・ある、から・・・ウッ」
笑って励まし始めたかと思ったら、自分の胸を見て涙目になり始めた。今のところ慈音の胸に成長の兆しはない。胸に結界魔法で壁でも張っているのだろうか?
「自分で言ってへこまないでくれよ・・・」
「あぅ・・・。ご、ごめんねー。とにかく、としくんはあの大戦後の剣道界の名門阿本流六代目(予定)の真牙くんと肩を並べた二刀流の使い手なんだし、うまくやっていけるって!」
確かに、迅雷は中3のときの夏の総体で二刀流を披露し、全国優勝まで成し遂げた。
しかし、そもそも剣道の二刀流と迅雷が本当に目指している魔法剣術としての二刀流のスタイルはかけ離れているし、そこはちょっと練習していたからなんとかなったとしても、ほかにもいろいろ都合もあってこれからも二刀流で活躍する、というのは望み薄である。特にその都合というのは、またもや魔力量的都合で。
仕方なく、迅雷は苦笑いでごまかす。
と、後ろから急に誰かが肩に手を回してしなだれかかってきた。
「そうだぞお前はオレのライバルなんだからもっとシャキッとしやがれってんだ」
噂をすればなんとやら。件の阿本真牙だ。先は慈音に仰々しい肩書きで語られたが、その実彼はつんつん頭の地毛が茶髪なチャラけた少年だ。
迅雷や慈音とは中学からの付き合いであり、迅雷とは剣道でもライバルだった。二人は去年の総体の県予選の序盤で当たったのだが、その試合こそがその年の真の「全国最強決定戦」と言われたほどだった。
「あー、はいはい。これからもよろしくこのヤロウ」
出会って以来、いろいろありつつ普通に迅雷と真牙は仲はいいのだが、とりあえず負けたくないヤツとして切磋琢磨してきたものだった。
「真牙くんおはよー」
「うぃ、おはよー、慈音ちゃん♪」
●
そんなこんなで喋っていたら、いつの間にか学校に着いていた。校舎は入学式ということで飾り付けられてはいるものの、どちらかというと学校そのものの迫力の方が先に目に飛び込んでくる。
「ひゃー、やっぱすげえなー、マンティオ学園って。オレらここに通うんだよな。うん、オレすげー!」
「あ、ねぇねぇ、クラス分け掲示されてるよ!見に行こうよ」
真牙完全スルーで慈音が張り出しを見つけて指でさす。
そのとき、校門の辺りから始まって周りが急にざわつき始めた。
「ん?なんだ。真牙、なにかわかるか?」
「ちょいまち。んーと・・・あ、あれは!迅雷、慈音ちゃん、あそこ!あの薄く水色がかった髪の子、あの子だよ!」
真牙が一度目を凝らして向こうを見やり、それから予想していたそれを見出し、指を差す。
「えーと、あ、あの人?きれいな子だねー」
確かにすごく綺麗な少女だった。全体的に色白で、氷のように透き通るような印象の、大人っぽい少女だ。ただ、なんだろうか、あまりにも透き通りすぎて、むしろ存在感と反比例した希薄さが感じられた。
「・・・・・・」
「お、迅雷、一目惚れか?お目が高いねぇ、慈音ちゃんがいるってのにゼータクなやつ」
「そ、そうだよ!としくんにはしのがい・・・・・・って!なななにを言ってるの!?」
「ちっ・・・そんなんじゃないって!いや確かに可愛いとは思ったけどさ。つか、しーちゃんも深呼吸しろって!」
―――ただ、あの少女の雰囲気。どこか経験があるような、モヤつきを感じていた。
真牙にからかわれ、慈音にもなんか言われて、焦る迅雷だったが、彼があの少女に感じたものはきっともっと違うものだった。しかし、それがいったいなんなのかは迅雷自身正確には分からなかった。
真牙が続けざまに例の少女について解説を始めた。
「けどやめとけ、迅雷。なんたって彼女は今年度の新入生の中でもダントツ中のダントツで合格したらしいぜ?この学園では推薦とか特待生の制度はとってないけど、もしあったらまず間違いなく呼ばれるだろうって子だぜ。高嶺の花なんてもんじゃねーよ」
「マ、マジすか・・・」
それはさすがに半端じゃなさ過ぎるだろうと迅雷は思ったのだが、彼女の放つオーラは、確かに周りとは一際も二際も違っている。その少女は周りの反応に笑って応えることも恥ずかしがることも、嫌がって眉をひそめることもせず、クラスを確認して悠々と去って行った。
その様子を間近に見て迅雷は皮肉な笑みを浮かべる。
「おいおい、にしてもドライすぎないか、あれは」
「クールだねー。あれが世に言うクールビューティーっていうのかなー。友達になれるかなー?」
迅雷はいくら人の輪を広げていくのが得意な慈音でもあれはさすがに難敵だろう、と思った。
行ってしまった彼女を追いかけることはさすがにしないので、真牙は改めて掲示を見て自分たちの名前を指でなぞりながら探し、
「お、2人とも来いよ!オレら3人とも一緒のクラスだぜ!やったな、いえーい」
「ほんと?やったね!いえーい」
どうやら慈音の希望も叶って3人とも同じクラスになったようだ。そこに真牙が加えて、多少の驚きとそれなりな感激を含んだ声を出した。
「むむ、マジか、さっきの子うちのクラスだぞ。ほら、この天田雪姫っての」
「おー、名前も綺麗だね-」
「ホントか。無駄に緊張するなこれは」
本心から迅雷は緊張した。理由は、自分のコンプレックスがなおさら明るみに出てしまうことへの恐怖、といったところなのだろう。
実に自分本位だが、人として仕方ないことだと割り切り、クラスの件についてもやはり、どうしようもないことだと割り切る。コンプレックスは抉られても気にしなくなることがないからコンプレックスなのだ。
「そんな緊張すんなって。迅雷なら大丈夫だって。多分。恐らく。きっと。perhaps」
「あれ、真牙くん!?なんか次第に自信なくなってるよ!?」
結論から言って迅雷の学園生活最初のささやかな願望は、天田雪姫という少女と同じクラスになったことで劣等感に苛まれないことになるのだろう。
もとより魔力の少ない迅雷の場合、雪姫がいようがいまいがその点で悩まされるのは必至だったので今更な懸念ではあるのだが、聞いた話だけでも相当な実力を感じさせる彼女がいるとなれば、それも些細な問題なのである。
それほどまでに天田雪姫という存在は迅雷の中に印象付いていた。
「・・・まぁ、世の中良いこと悪いことごっちゃまぜだしな。教室行こうか」
●
教室に着くと、もうそこそこのクラスメイトが集まっていた。みんな席に座って周りの人と話している様子だ。迅雷たちも自分たちの席を探して腰を下ろす。
なるほど、天下のマンティオ学園とはいえどもこうしてみれば普通の高校みたいなものだ。よくある他の学校とか進学する学校とかに抱いている偏見的なイメージは、基本的にそんなほどでもないことを実感する。
今日の今日まで、迅雷の中のマンティオ学園の生徒や校風というのは、なんか魔法の話とかが盛んでずっと切磋琢磨しているような人が多そうなイメージだったし、あわよくば校内で魔法の実演的なものをしている人とかもいるんじゃないか・・・とかも考えていた。
これも本当は間違っていないのだが、程度はもっと控えめである。よくあるマンガの魔法学校ではないのだから、普通の生徒たちが集まっていてもなにもおかしくない。
と、やっと落ち着いたと思った矢先に迅雷は真牙からの緊急信号を受信した。
「・・・・・・!・・・・・・!!」
それも半分テレパシーがかった感じのアイコンタクトで。それでも、なんとなく真牙の言わんとすることが分かってしまう迅雷は自分が恐くなる。
しかしながら言葉で言ってもらわない分には、結局想像に確信が持てないので迅雷は苛立ちに眉根を寄せた。
「んだよ、うっとうしいな。こっちは室井くんと親睦を深めてるとこだぞ。つか言葉で言え」
室井くんとは迅雷の後ろの席の少年である。加えて言うと、下の名前は茂武夫である。早口に言ったら「もろモブ」みたいな感じで可哀想な名前だ。きっとこれから先登場することはないのだろう、多分。そんな迅雷の感慨は放っておいて、真牙がそそくさと近寄ってきて耳打ちするように用件を話す。
「なあ迅雷、目の前が雪姫ちゃんってこれはツイてんじゃねえのオレ!幸せ者ってことでいいの!?生まれて初めて阿本の苗字に感謝したね」
「アホか」
学年はじめの席順などまず間違いなく出席番号順なのだが、その流れで「阿本」は「天田」の後ろにくっつくことに成功したらしい。真牙にはもったいない席だ。
「・・・・・・なにニヤニヤしてんだよ」
「いんやぁ?ただ迅雷も素直じゃないのう、と思ってなぁ」
―――――――こいつの勘の鋭いところが嫌いだ。いつもいつもデリカシーのかけらもなく本音をずばずばとほっくり返してはここぞとばかりにひけらかしやがる。そして実際彼女の後ろの席とかうらやましい。100円あげるから席を代わってほしい。
「はーい、皆さんおはようございます。席ついてねー。」
教室の扉をガラッと開けて、快活な感じの女教師が入ってきた。スタイルは良い方だ。サラサラした黒髪を背中の半ばくらいまで伸ばしていて、赤くて細いフレームの眼鏡をしている。歳は25くらいだろうか。とりあえず、テンプレ設定の美人教師といった感じだ。
そのテンプレ美人系な先生は、黒板にスラスラと自分の名前を書いてから、教卓に両手をついて教室全体を見渡した。
「うん、みんな揃ってるね。ではでは自己紹介を。私が1-3の担任の志田真波。好きなものは読書とジョギング、あと生徒に補習を受けさせること!嫌いなものは、やる気のない生徒です!ということで1年生だからって甘やかさずにビシバシいくので1年間一緒に頑張りましょう」
――――――な?やっぱりテンプレだ。
期待を裏切らない素晴らしい先生なようだ。男子生徒は彼女を憧れの目で、女子生徒は彼女を羨望の目で見る。
しかし、真波はその様子を見てにっこりと、悪戯っぽく笑った。
「いま私のことをテンプレの眼鏡美人女教師と思った諸君、残念!この眼鏡はブルーライトカット用で度は入っていませんでした~。つまり今は必要なし!」
そう言って真波はそのブルーライトカット用眼鏡を額に押し上げた。オシャレなサングラスの付け方みたいになっているが、それもそれで快活さに磨きがかかるようで割と似合っている。
というか、今この人は自分で自分を美人教師と言った気がしたが、きっと気のせいだ。
それにしてもこのノリとかを見ている限り、思った以上にテンションは高そうだ。
「ま、簡単な自己紹介はこのくらいで、んー。移動まであと15分くらいあるから質問タイムにしよっか。はい、何か質問のある人は手を挙げて-」
真波が挙手のジェスチャーを取ると、すかさず男子が一斉に手を挙げる。
「元気いいねぇ。んーとじゃあ特に早かったそこの君!んーと、阿本くん?」
「はいっ!先生は独身ですか?」
「そうだけど、坊やにはまだ早いわよ?」
坊やこと真牙を軽くいなした大人の女性オーラ全開の真波が「ほかには?」と言うと、さっきまで挙がっていた男子の手が一斉に消えた。なんて単純なのだろうか。意外と迅雷の最初の印象を裏切ってこの学校の生徒は、結局入学前のイメージ通りにマンガみたいな性格の方々ばかりなのだろうか。それもこんな方向性で。
とにかく、せっかくの質問コーナーが静かすぎて気まずくなってきた。これは真波でもやや予想外だったのか、数秒オロオロして、
「え、えーと、あ、そうだ。先生の得意な魔法は中距離戦用の雷魔法で、ライセンスはランク3です!魔力色は黄色なんだけど同じ人はいる?」
さすがに持ち直すのが上手いもので、クラスのみんながキョロキョロし始めた。
ライセンスというのは《国際対魔法事件機構》、通称IAMOがその年度で16歳以上になる世界中のすべての人を対象に高い魔法技能が認められた人に付与される免許証で、いろいろな権利が認められるほか、ランク2以上になると、居住地域の魔法事件や魔力事故の解決に協力することが義務付けられる。ちなみにランクは1~7まである。
黄色魔力を持つ人口は、他の色の魔力のそれと比較してやや少なく、それでランク3ということなので、この志田真波先生は魔法士としてもそこそこ優秀だということになる。ちなみに彼女の質問で手を挙げたのは迅雷を含め3人程度だった。
「お、いるねー。やっぱり少ないけど。雷魔法のことで伸び悩んだらいつでも質問にきていいよ!・・・よし、時間もいい感じだし移動しよう。みんな、廊下に出席番号順に並んでねー。あと天田さんは先頭ね」
やっとこさ入学式だ。心配もないわけではないが、迅雷はいよいよ始まる高校生活に改めて胸を躍らせる。慈音が早速仲良くなったらしい女子2人と一緒に迅雷のところに来た。
「としくんとしくん、先生もクラスの人もみんないい感じだよね!楽しい1年になりそうだな-。じゃあまたあとでね-!」
慈音と一緒にいた2人にも挨拶をしつつ迅雷も自分の場所に並ぼうと思って教室を出ると全力で萎えている真牙に気がついた。あちらも迅雷に気づいてまた真牙がテレパシー的な何かを発している。
・・・なになに?雪姫ちゃんが遠い?当たり前だろうお前の手が届くような人じゃない。え?ちがう?物理的に遠い?だってほらあの人先頭だろ、当然じゃん。
「なあ迅雷、察しろよ!雪姫ちゃんが先頭なのは新入生代表だからでそれはいいんだよ。だがなぁ迅の字よ」
「うおっ!?いちいち来んなよ、ほんとめんどくせえな」
にゅるにゅるっとにじり寄ってきた真牙に迅雷が思わず飛び退く。そんな迅雷の驚愕も知りながら捨て置いて真牙は今し方思っていた不満を羅列していく。
「このクラス名字あ行の人多すぎるだろ!!雪姫ちゃん除いて相沢3人赤峰、秋野、朝田、朝峯、葦原、天野、天野田、雨宮各1人!しかもほとんど男!おかしいっ!まるでオレの下心を見透かしているようじゃんか!」
「つまりそういうことだ。世の中あきらめることも重要だぞ」
ギャーギャー喚くうるさい悪友を、迅雷はほぼ男子しかいない元の位置まで押し戻してあげた。
元話 episode1 sect1 ”おはよう、寝覚めはいかが” (2016/5/3)
episode1 sect2 ”as Cool as Ice” (2016/5/5)
episode1 sect3 ”新生活は意外といつものノリでいける” (2016/5/6)