episode5 sect44 ”報告、介入者について警戒を”
空奈がああ言い終えるとほぼ同時に、5番ダンジョンの門が光り輝いた。
「また戻ってきます!ID確認して!今みたいに怪我人がいるかもしれません!すぐ医療ブースに運べるように担架も持ってきてください!」
帰ってくる魔法士を万全の体制で迎えるためにギルド職員たちがテキパキと準備をしている。もちろん、魔力検査装置も持って、悪魔が現れた場合でも対応出来るようにギルドで待機中の魔法士数人も付き添っている。
空奈はその様子をチラッと見てからエイミィに視線を戻し、自慢げに笑う。
「おや、ウワサをすれば、やね」
門から人が顔を出し、ギルド職員が駆け寄る。
「来ました!小西李さん、戻ってきまし・・・・・・」
「ギャアアアアア!!ななななんだなんですかこんなにワラワラと人が、人がァァァ!キャアアァァァ!!私やっぱりダンジョンに帰りまず!!」
「えええ!?ちょ、待っ、魔力検査を!?というかダンジョンは帰るところではありませんよ!?」
なにやら騒がしいので『渡し場』にいた全員がそちらに注目する。そうすると李はなおさら恐怖で発狂するので手がつけられない。
「あちゃー、集まりすぎやな。あんなんもう確かめるまでもなく本物やろ。しゃーないなぁ。ほなアメリアはん、めげずに頑張りや。ウチちょっと李ちゃん落ち着かせてくるさかいなー」
「あ、はい、ありがとうございました」
重苦しい空気が漂うこの場所であんな風に笑える彼女たちは、果たしてどんな世界を生きてきたのだろう。警察なら主な活動は日本国内だけのはずなのに、世界中で仕事をしてきたエイミィなんかよりずっといろいろなことを知ってきた風だった。
エイミィはランク6になってもうそれなりなところまで辿り着いた気でいた魔法士の道の、その先を発見したのかもしれない。世界は広い。IAMOが業界の頂点とは限らない。
あれくらい強くなれたなら―――ほんのちょっとした、憧れっぽいなにかだった。
●
門の内側に隠れてしまったとのことで、職員らも李に手を出せずにいる。あの謎の多い空間で余計なことをしたら、なにがどうなるのかも分かったものではないからだ。
こちら側とあちら側を結ぶ門の中は、雑多でサイケデリックな光の奔流だ。RGBで表せるのかも分からないくらい極彩色の空間はまさに謎である。最近の研究ではどうやら、そのダンジョンや異世界に出るまでのあの足場も分からなくなる奇妙な空間で観察出来る光は、莫大な魔力の奔流らしいことが分かってきたようだ。
まぁ、そんな知識があったところで、なんにしたって変に暴れて足を踏み外したりすればなにがあるのかも分からないのだから、無闇な行動は控えるべきだ。
李は門内の空間の半ばほどのところに体育座りをしてガタガタと震えていた。
「にっ、人間が1匹、人間あ2匹、人間が3匹、人間が4・・・匹、あばばば・・・」
「そんなもん数えとったら寝てまうでー」
「ひっ!?」
「おーい、李ちゃーん。なんもビビることあらへんやろー?戻っといでー」
「空奈、さん・・・?」
向こう岸に顔を出してきた仲間の顔を見て李はようやく気分が落ち着いた。
恐る恐るもう一度外に出るとまだギルド職員たちがたくさん待ち構えていたので後ずさった李だったが、空奈が腕を掴んで引きずり出してしまった。
「ほぉらお帰りなさいやで李ちゃん」
「ギャッハァ!ハメられました!?」
「なんでウチが李ちゃんのことハメなアカンねん。李ちゃん揃わんかったらウチらが次に行かれへんのやから、その辺もうちょい自覚していただきとうございますよ隊長代理?」
李は痛いところを突かれて仰け反った。昔の上下関係のままでいられたならこの光景も微笑ましかったはずなのに、と、彼女は涙目だった。
「・・・まずは報告を先にしましょう。少しマズい相手が現れたかもしれません。ということで空奈さんは私がしゃべるときの通訳のためにも同行してください」
「隊長代理の命令とあらば。でも李ちゃんもちょびっとずつでええから人としゃべる練習した方がええよ?さっきみたいなのにウチが殺されたら、あとどないするん?」
「その心配はないですよ。空奈は俺が守ってやるからな、キリッ」
「キャー、頼もしい子やわぁ」
照れたのかツッコミなのか分からないが、攻撃と思って良いくらいの勢いで背中を叩かれた李は前につんのめった。
でも、冗談ではない。本当に、空奈だっていつ死ぬか分からない。確かに李はその軽口を実現出来るだけの力もある。だが、仕事でいつでも一緒に行動出来るわけではない。
空奈の心配はひっそりと続いていくのだろうか。いや、続くのだろう。その程度には、李の人間嫌いの根は深いのだから。
李の本人確認を取って無傷であることも分かったところで、2人はギルド職員に連れられて『渡し場』に特設された作戦本部に報告のために向かった。
「李ちゃん合流したので、報告に来ました」
「警視庁組ですね。全員無事で良かったです。さっそく報告をお願いします」
「もちろんや。まず、『ファーム』はやっぱり最寄りのステーション同士を結んだ線分上のちょうど中間らへんにあったよ。多分配置パターン予想はあれで間違いないで。それと―――これ」
空奈は『召喚』をしたのだが、なにやら魔法陣の大きさが尋常ではない。というのも、それこそまさに中から『ゲゲイ・ゼラ』が出てきてもおかしくない大きさなのだ。それを見たギルド職員や魔法士たちがまさかの事態を考えたのか、身構えた。
しかし、空奈は苦笑した。
「あー、ごめんね。そんな恐がらんといてーな。李ちゃん、引っ張り出すの手伝うてー」
「・・・本気です?さすがの私もこれは・・・」
文句を垂れてみたが、空奈の笑顔(の強制力)に負けた李は他の警視庁メンバーも呼びつけて、巨大な『召喚』の魔法陣に手を突っ込んだ。
「ほな、せーので引っ張ってや」
「はぃ・・・」
「せーのっ、よいこらせっ!・・・っと!」
ズルズルと引きずり出されたのは、なにやら禍々しい感じの見た目だが、強いて言うならよくマンガに出てくる円筒状の培養装置・・・みたいなものだった。とはいえ中に誰かのクローンが眠っているわけではない。むしろ、なにも、本当に水の一滴さえ、入っていない。
「これは・・・なんなんですか?」
「さぁ。ウチらもよう分からへんけど、多分これ使うて『ゲゲイ・ゼラ』になんやしとったはずやで。これの他に制御装置みたいなんも拾ったけどどれもこれもキレイに後片付けされとったからまともな証拠もあらへんのよ」
「いえ・・・なるほど、十分すごい成果です。・・・で、こんなものをどうやって入手したので?」
「それはー、なんというか、切り出した?みたいな?『ファーム』内にあったんを引っこ抜いて無理矢理やね」
「・・・・・・」
「まぁたもー!そないな顔せんといてよ、壊す前から使いもんにならへんかったし」
「なら良いんですが」
「おおきにな」
電源の入る機械をわざわざがらくたに変えて持ち帰ってきたのだとしたらとんだおバカだったが、そんなこともないようなのでギルド職員も溜息交じりにオーケーを出した。
ギルドの研究施設にこの培養装置(仮称)を運び入れる作業は後回しにして、空奈たちは報告を続けた。
「それと、これももしかしたら新しい話ちゃうかな。あの黒い『ゲゲイ・ゼラ』やけど、実際は『ゲゲイ・ゼラ・ロドス』っちゅう名前らしいで。やっぱりあれ、普通のと全然別の生き物になっとるで」
「ロドス・・・ですか」
何語だろうか、とりあえず・・・地球上に存在する地名とは関係ないと思われる。しかし、その3文字が指す意味は謎だが、これで間違いなく、少なくともあの強化個体の『ゲゲイ・ゼラ』が本来の(またはさらにもっと自然な状態の)『ゲゲイ・ゼラ』とは異なる存在であることが分かったことになる。
「分かりました。恐らくこれはかなり重要な情報になりますね。でも、『やっぱり』というのはどういう意味です?」
「どうもこうも、ウチは昔、ちょっぴりやけど『ニーヴェルン・ラ・シム』で本物の『ゲゲイ・ゼラ』を見とるんよ。でも、あの子たちはみんなが知っとるやつほど黒くもないし、体も一回り小さかった。つまりあの黒いのは、魔族がなんかしらの細工をした殺戮のためだけの化物―――ちゅうことやないかと」
「なるほど・・・えぇ、確かに4月のギルドに現れた個体は数件だけですが、過去に観察された『ゲゲイ・ゼラ』と違う点が多い、という報告が上がってました。・・・でも、いかんせんデータが少なく、真偽が定かでなかったものであの黒いタイプを亜種に仮区分していたそうです」
「やろ?」
事実と合わない”『黒閃』を放つ『ゲゲイ・ゼラ』”も、魔族の手によって生み出された存在だとすれば辻褄が合う。
「それからもひとつ、報告が」
「はい?」
「ステーションからすぐのとこに、魔族が構えとってん。『ゲゲイ・ゼラ』もぎょーさん連れてな」
「それは・・・!?撃退は!?詳細を!」
「まぁそいであちらさんが大怪我して帰ってきたんやけど―――これは李ちゃんに任せんで」
「えぇっ!?」
不意に話を振られたので李は仰天したが、空奈は呆れた顔をした。この隙で、急な話に思わず音を立てて立ち上がってしまった職員は椅子に腰を落ち着け直していた。
「当たり前やろ、李ちゃんしか戦ってへんのやし、ほれ、ウチが手伝うたるから」
「むぅ」
空奈の言うことももっともなので、ギルド職員と直接話すのが難しい李は空奈の耳と口を介して報告を始めた。
空奈は言われたままの内容を口調も全部そのまま繰り返す。
「『撃退には成功しましたが、IAMO第5班の2名が犠牲になりました。敵の平常時の戦闘能力はおよそSからSSレートと予想されますが、やはりモンスターと違って作戦で仕掛けてくるので不意打ちには警戒が必要です』」
「それ以外に、なにかありませんでしたか?」
「『恐らく「ゲゲイ・ゼラ・ロドス」を数体召喚することが出来るはずですね。悪魔自身は単独行動を取り、作戦のコマにそれを利用していました。それと、よく分かりませんが「魔界七十二帝騎」と名乗っていました。また、その七十二帝騎とやらは特殊な能力強化魔術を行使すること出来るようです』」
聞き覚えのない言葉には、仲介する空奈も報告をまとめるギルド職員も怪訝な顔をした。
「その、強化魔術について詳しく」
「『はい。「レメゲトン」という名前で、それを使用した悪魔は姿が変化し、魔力量が急激に増大しました。レートは恐らく2、3段階上がるものと思われます。それと、固有能力の強化もあるようです。なお、その魔力増大に関しては本体の強化ではなく、どこか外部からの力の供給が為されているものと推測しています』」
「・・・・・・それは、なぜ?」
尋ねられると困るので、李は一瞬考えて、具体的な言葉にまとめてみた。
「『強化後の魔力パターンに変化を感じたんですが、その辺かは元のパターンに別のパターンを混ぜたような感じだったから・・・』」
ここにきて曖昧なことを言う李だったが、誰もそれを疑わなかった。そもそも彼女や空奈は魔法事件を捜査するのが本業なのだ。職業柄、多少フィーリング能力が鍛えられている。
中でも李の魔力感知能力は人間にしては鋭敏すぎるほどだ。その李が言うのであれば、高確率でそれが事実である。
「以上、ですね?分かりました。魔族の介入については緊急で警戒を促させていただきます」
「うん。ほんならウチらは次に向かうで」
空奈は軽い調子でそう言ったが、現状、実は彼女たちが一番多くの『ファーム』を潰している。同率のチームはいくつかあるが、特に着実に潰しているのは警視庁チームだ。
再びダンジョンに潜る前に、李はメンバーたちを振り返った。
「いいですか、向こうに出る前から戦闘に備えといてください。いつ攻撃がくるか分かりませんからね」
「了解や」
「「「はい!!」」」