episode5 sect41 ”泥にまみれて血反吐撒き散らして、最後には勝ってみせる”
「・・・ゲホッ、ゴホッ!」
黒い破壊線が横薙ぎに森を焼き払った。巻き上げられた土を吸ってむせ返る。
「ぜ、全員無事か!?」
英語で、くぐもった低い男の声が聞こえた。リーダーの声だと分かる。
「はい、大丈夫です!」
「私も間に合いました・・・!」
リーダーの安否確認に兼平とエイミィは返事をした。しかし、それでは1人足りない。チームメイトのブライアンの声が聞こえないのだ。
ふと蘇るトラウマ。エイミィは全身の血液が足先にまで落ちて淀むような不快感に襲われた。
しかし、彼女のそんな不安はすぐに解消した。
「ブライアン、無事か!?いるなら返事をするんだ!!ブライアン!!」
「ここだ、生きてるよ・・・」
「おぉ、無事だったんだな!」
「あぁ、なんとかな!ただ後頭部をやられた!」
「なんだと!?怪我か?早く見せろ・・・・・・って、オイオイ、そういう・・・くっ」
リーダーの含み笑いの声がした。兼平とエイミィも、無事だったブライアンの無事ではない後頭部を見て、思わず噴き出して笑いそうになってしまった。
なにせ、さっきまでアフロでふっさふさだったのが嘘みたいに、鏡のようにツルリとブライアンの頭皮が見えていたのだから。
「くそぅ、こうなったら育毛剤を買う分の報酬を上乗せしてもらわないとだぜッ!クソッタレめ!」
「無駄口は叩くな!敵はすぐそこに潜んでるんだ・・・!」
「おっとすまねぇリーダー。・・・で、どうするんだ?」
「心配は要らない。予定外の戦闘だが、作戦通りにやれば勝てる!フェイズ2からスタートだ!」
「おうよ!」
「了解」
「分かりました!」
兼平たちはすぐさまフェイズ2のペアを組んで散開した。
敵が『黒閃』で鬱蒼とした森の木々も空中を冬する石柱も全て吹き飛ばしてくれたので、視界は良好だ。
しかし、その威力の恐ろしさも実感する。
現れた『ゲゲイ・ゼラ』は4頭。さっきの『ファーム』にいた数の半分だ。油断せずに作戦通り戦えば、無理なく勝てる相手のはず―――。
「ぁぱ・・・?」
「・・・・・・リーダー?」
―――はず、だった。
まさかだった。反応出来なかった。
巨大な化物が突進して、爪で一突きにするその一連の動作に、兼平たち4人の誰も、追いつかなかった。
ただ、気付けば1人の男が黒い粒子となって消滅していた。それだけだった。なにがあったのかを理解したのは、彼の持っていた武器と着ていた戦闘服の切れ端が地面に落ちた、その後だった。
「ひ・・・、あ!?」
「―――ダメだエイミィさん!!」
兼平がエイミィを引っ張らなければ、その直後で死人が2人になっていたはずだった。
でも、リーダーは、死んだ。
「クソッタレが!!リーダーのくせに先に逝ってんじゃねぇよ、馬鹿野郎が!!」
リーダーの男とタッグを組んでいたブライアンが激昂し、飛び込んできた『ゲゲイ・ゼラ』に斬りかかって鋏を1つ落とすことに成功した。完全には殺せていないが、急所に甚大なダメージを与えたので、これでほぼ無力化には成功した。
「仇は取ったぜ・・・。サンダースちゃん!足止めるなよ!!2人とも、プラン変更!!3人でフェイズ3だ!!」
「エイミィさん、行きますよ!」
「り、了解!」
発破をかけられ、エイミィは震える唇を噛んで臨戦態勢に移行した。兼平も魔法陣を先組みして攻撃の準備を整える。
だが、指揮を代わったブライアンの目は明らかに焦っていた。このままでは連携プレーは成功するかも怪しい。
「右端のヤツ、『黒閃』くるぞ!散開して発射直後の隙でそいつを仕留める!!」
「「はい!!」」
兼平とエイミィは指示通りに広がったが、狙う『ゲゲイ・ゼラ』は口と2つある鋏のそれぞれに黒色魔力を分散して、3方向に『黒閃』を放ってきた。さらにもう2体いた別の『ゲゲイ・ゼラ』までもが回避する兼平たちの動きを制限するように最大威力の『黒閃』を撃つ。
「なんだ・・・こいつら!?さっきのとまるで動きが違うぞ!!」
人間ほどではないが、慣れた連携だ。まるで訓練でもしてきたかのようでさえある。
予想外の事態が重なりすぎて兼平もエイミィもフォーメーションを維持出来ない。
化物が遂にただの獣を辞めてしまった。安易な作戦で仕留められるレベルのモンスターではない。危険度が跳ね上がった。
タイミングを合わせたように撃ち込まれた『黒閃』の照射から兼平は逃げるので精一杯だ。
「くそ、くそ、くそォォォ!!」
ブライアンが高火力の魔法で1頭を迎撃しているが、殺すには威力が足りていない。でも、ブライアンの魔法が焦りで手抜きになっているわけではない。それは見て分かる。
つまり―――。
「個体ごとの能力も『ファーム』のより圧倒的に高いということなの・・・!?」
エイミィもまた、恐るべき事実に目を剥いていた。
速度も膂力も魔力量も段違い。三分割された『黒閃』の威力も、『ファーム』の個体がフルパワーで放つ『黒閃』の半分程度の破壊力はあるようだった。
兼平は回避の合間を縫って『ゲゲイ・ゼラ』の体部位の中では特に脆いはずの腕に魔法を叩き込んだが、血を噴かせるのがやっとだ。まともな魔法を撃つだけの余裕がない。
「くそ、完全に分断された!?」
周囲を見れば、既に『ゲゲイ・ゼラ』と人間で1対1の構図が完成していた。
まるで調教されたかのような見事な立ち回りだ。およそ知能と呼べるほどの知能も持たないはずの化物に、知能だけが取り柄の人間がハメられた。それが現状の危険度を物語っている。
それはもう、一言で言うなら絶望的、だった。
圧倒的な力。知能。こんな怪物、1人の手に負えるものではない。
「―――るかよ・・・」
でも、ダメだ。
「こんなところで終わってたまるか!!」
兼平にはまだやることがある。道半ばでは死ねない。夢の途中で格好良く散るくらいなら、泥にまみれて体がボロボロになろうとも、格好悪く生き残る方を選ぶ。
正しく歩み、そしてもう一度誇れるようなことを為して、いずれは連れ去られた初めての部下を取り返す。またあの屈託ない笑顔を見るそのときまでは、例えなにが立ちはだかろうと、死ぬことは出来ない。
幸い、エイミィもブライアンもなんとか応戦出来ている。あとは、兼平だけだ。
3人の中で兼平は唯一のランク5だ。つまり、最弱だ。でも、そんな言い訳は要らない。
「手早く片付けて2人に加勢しないと、な!!」
兼平は青と黄色の『二個持ち』だ。強力な火力を持つ魔法には長けている。隙さえ作れれば勝敗は分からない。
水属性の拡散魔法で目眩ましをし、兼平は『ゲゲイ・ゼラ』からある程度距離を取った。しかし、そんな子供だましなどお構いなしに『ゲゲイ・ゼラ』は爪を叩きつけてくる。
「こいつら、ビビらないのかよ!」
直撃寸前の爪を腕で受け流すが、掠めた摩擦だけで火傷をした。
でも、この間合いはチャンスだ。兼平はダガーナイフを『召喚』し、雷魔法を乗せて『ゲゲイ・ゼラ』の大きな目に投げつける。
『ギュパァァァ!!』
「効いた!」
強化個体とはいえ、さすがに眼球まで頑丈なわけではなかったようだ。目を潰されて怯んでいる今のうちに逃げる。距離を取りつつ、水魔法で射撃する。およそ効いているとは思えないが、ダメージはないわけではない。それに、体毛に水を含ませれば多少は動きを鈍らせることも出来るはずだ。2つの鋏からそれぞれ『黒閃』が飛んできたが、やや狙いが甘い。
「あるもんは全部使うさ・・・!」
かつての上司、小牛田竜一は慎重な男だった。彼の言っていたことを、兼平は今でも守っている。
故に、兼平の『召喚』のストレージは、まるで夢のポケットのように様々な便利グッズが入っている。
追撃の姿勢を見せる『ゲゲイ・ゼラ』に兼平は野球ボールくらいの球を投げつけ、電撃をぶつけた。そしてすぐ、兼平は腕で顔を覆う。すると迸る強烈な閃光。
光で怯むかは知らないが、一瞬は方向感覚を崩せる。その隙にワイヤーとダガーナイフ2本を取り出す。
『ヴァアアァァァァァ!!』
「ぐッ!?あぁぁあ!!」
突進してきた『ゲゲイ・ゼラ』の頭部甲殻が兼平の脇腹を浅く引っかけた。やはりまだ動きが速すぎる。他に意識を向けるのは明らかに危険な試みだ。
「が、はッ!く・・・でも!!」
腹から血を撒き散らしながらも歯を食い縛って意識の波を水平に保ち、兼平は転がる勢いでワイヤーを近くの切り株に巻き付けた。
その先端に括り付けられたダガーナイフを力任せに、その切り株に突き立てる。手応えは深く突き刺さる。
「は、はぁっ!!もう少しだ・・・!」
兼平はもう一度走り出し、『召喚』でありったけの手榴弾を出して『ゲゲイ・ゼラ』に投擲した。対大型モンスター用の強力なものだ。
凄まじい爆発が連続し、その爆風に巻き込まれないために兼平は全力で前に跳ぶ。そしてそのまま、まだ握っていたワイヤーのもう一端を別の木の幹に巻き付け、刺し留めた。張りは十分。
「今のグレネードでくたばっては―――」
煙を内側から押し退けて突進してくる黒い影。閃光弾より多少稼げる時間が多かっただけだ。
「―――ないよな。分かってるさ・・・」
ひたすら逃げて、兼平は魔法を撃つ。
それ以外、今の兼平に出来ることはない。だから痛む傷も知らんと言わんばかりに、全力で走り続ける。でも、敵はもっと速い。
死に物狂いで稼いだ距離を一瞬で追いつかれる、その刹那。
「おォ!!」
関節に無理がかかる勢いで兼平はUターンした。いや、もはやUではなくIと言っても良いほど完全に、元来た方向に切り替えした。
あの巨体だ。さすがの超級『ゲゲイ・ゼラ』もこんな小回りまで利くはずがない。それこそ、上半身を180度回しでもしない限りは。
『ゲゲイ・ゼラ』の横をすり抜ける瞬間に受ける風圧はまるで新幹線のそれだ。
そして抜けきれると思った直後だった。
『キェェ!』
「な、尻尾だと!?」
はんぺんみたいにのっぺりした形状の『ゲゲイ・ゼラ』の臀部は、武器にならないと思っていた。
でも、兼平の背面を打ったのは、その使えそうもないはんぺん尻だった。バキリという鈍い感覚がした。背よりやや後ろに出していた左肘がその威力を一番もろに受け、砕けてしまったのだ。
「ぶぐぐぐっ!?」
勢いはそのまま倒され、顔面で土の上を滑走する。顔がやすりがけされる苦しさの中、兼平は地面に右手を突き、跳んだ。このまま転がったら死んでしまうからだ。
「おぁァあ!!」
土で汚れた視界に光を照り返す極細の一本線が入る。
直後に地面に落ちた兼平は必死に迫り来る猛威から逃げ続けた。
これではまだ近すぎる。
もっと、もっと、いや、もう少しだけ―――離れないと。
追い縋る『ゲゲイ・ゼラ』。折れた腕にバランスを奪われて地面に倒れ込む兼平。
でも、間に合った。
彼は窮地にて笑う。なぜなら。
「俺の・・・勝ちだな!!怪物め!!」
『ギュッ!?』
兼平に赤斑の巨爪を振りかざした瞬間、『ゲゲイ・ゼラ』は2つにスライスされた。