episode5 sect40 ”Bite of Darkness”
なんてこともなくパーティー活動を継続させて欲しいという話が済んでしまったので空回りした気分のまま、迅雷たちはギルドの事務室を出た。平治たち職員らは「これからもよろしくねー」などと、ともすれば間抜けにも思えるくらいのノリで手を振って、少年たちを見送っていた。
「なんか、あっさりだったな・・・」
いろいろツッコみたい気分もあったが、それ以上に肩すかしであった。調子が狂いっぱなしで、迅雷はぽつりと呟いた。こんなにうまくいくと、むしろなにか裏があるのではないかと思ってしまう。いや、実際にギルド側も迅雷たち『DiS』がもたらす利益に注目していた点はあるのだが、それ以上のなにかを疑いたくなるという意味でだ。
それが杞憂か否かは分からないが、迅雷と打って変わって真牙は頭の後ろで腕を組み、陽気な声で返す。
「まぁでもラッキーだったじゃんか。ペナルティーと言っても、1ヶ月の活動停止と受けられるクエストレベルの制限だけって話だったしさ。特に怪しい様子もなかったろ?」
「それもそうかぁ。まぁ真牙がそう言うんなら、下心もあれっきりなんだろうな」
「そうそう。お前は神経質なんだからあちこち疑ってると胃に穴空くぞ」
「うっせ。・・・にしても1ヶ月か。それならちょうどしーちゃんも夏休みの補習で一緒にいられないことだし、むしろ気にすること減ったくらいだもんな」
クエストレベルの件もメンバーのランクが上がって実力が評価されれば、自然と回復するはずだ。というよりそもそも、千影のレベルに合わせた受注可能クエストの設定そのものがおかしかったのだ。ようやく妥当なところに落ち着いたと言うべきである。
とにかく、煌熾も真牙もホッとした様子だ。目下最大の問題はこれで解決したのだから。
―――少なくとも、彼ら2人については、だが。
「ちょっと早いし、せっかくなんで俺、しーちゃんにも今日のこと報告してきますね。メールでも良いかもだけど、やっぱちゃんと直接教えてあげた方が嬉しいだろうし」
「んだよ水くさいな。オレも行くぜ」
「そうだな。俺もちょうど東雲にも話しておこうと思っていたところだ」
真牙に肩を組まれ、煌熾がいい顔で笑っているので、迅雷も嬉しかった。こういうのだって、『DiS』の良いところに違いない。
「それじゃあ、みんなで行きましょうか」
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「カァッ!!」
『ギョバ―――ッ』
閃光が物体を削り飛ばすなんていうと、想像するのが難しいかもしれない。光に触って物理的に皮膚が抉れたなんて体験をした人は少ないだろうから。
しかし、その想像しにくい現象を魔法として扱う人間がこの世界には一定数存在している。
「すごいな。あれが噂に聞く光魔法ってヤツか。清田宗二朗・・・マンティオ学園の学園長というだけのことはあるか・・・」
既にいい歳をした壮年男がああもあっさりと『ゲゲイ・ゼラ』を倒すのが、この魔法の世界ならではの光景なのかもしれない。
清田宗二朗もまた、日本国内ではずば抜けて優秀な魔法士の1人であり、世界的に見てもその実力は折り紙付きだ。彼の扱う光魔法は黄色魔力の亜種である光属性魔力を持つ人間のみが扱える亜種魔法で、幅広い分野で活躍出来るものだ。また、特に戦闘においては光というところから想像出来る通り、超高速の攻撃を繰り出せる。
現実には、光に魔法的に質量を与えて実体性を付加することにより攻撃力を生じさせているため、宗二朗が使っている光魔法の速度は実際の光速にはほど遠いが、それでも音速の数倍程度のスピードはあるらしい。相当強力な『マジックブースト』を使っても、相応の訓練を積んだ人間でもない限り反応出来ないはずだ。
宗二朗と同じ班で『ゲゲイ・ゼラ』の駆逐戦闘を行っている魔法士たちはみんな、初めて生で見る「実戦レベルの光魔法」というものに様々な関心を抱いていた。例えば尊敬、例えば嫉妬、例えば好奇心。
本来光は質量0である物理法則を破壊するか、あるいは一瞬で物体を焼き切れるほどのエネルギーを持った光線を緻密に制御する必要があるため、戦闘用光魔法の難度は非常に高い。それをこなすからこそ宗二朗はマンティオ学園のトップにも相応しいのだろう。
「例の『ファーム』というのがこの施設か。まさか本当にこんなものがあったなんて―――これでは信じる他ないな。しかしこの外観といい、やはり犯人は(中略)―――。奴らめ、これだから好きになれんのだ。元はと言えば(中略)。許し難いことだ。やはり排除せねばならない!さぁ諸君、なんとしてもこの化物どもを焼き尽くしてここから放逐するぞ!人類の安寧の未来のために・・・!!」
「いや、すみません清田さん。あなたがしゃべっている間にここの『ゲゲイ・ゼラ』は全滅しました・・・」
「む・・・?おっとすまない。話が長くなるのは職業病みたいなものだから気にしないで欲しい」
口に集中しっぱなしで数頭の『ゲゲイ・ゼラ』を相手取れるあたりがいろいろおかしいのだ。さすが、個人単位のくせにこれのためにわざわざ呼ばれるだけのことはあると言うべきか―――それとも、化物はどっちかといえばお前だと言ってやるべきか。
「申し訳ないですけど話ばかりしてる場合じゃないですからね。次の『ファーム』を探しましょう」
「あぁ、分かった。いや、つい熱くなってしまってな、こちらこそ申し訳ない。なにせこうして実戦に顔を出すのもひさしぶりなもので(以下省略)」
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「ハァ・・・くっそ!これは堪えるな・・・!」
「兼平君。無事かしら?」
「えぇ、なんとか。エイミィさんは・・・聞くまでもないですよね・・・」
乱れた髪を直して歩み寄ってくるエイミィに兼平は軽く手を上げて無事を伝えた。今は戦闘が終了した直後で、彼は大きくめくれ上がった地面を壁にして座り込んでいる。
張り切ってこの作戦に参加した兼平だったが、いざ本番となるとやっぱりランク5の彼なんかよりランク6のエイミィの方がずっと強いらしい。兼平は少しだけ情けない気分になっていた。
もちろん兼平だってちゃんと戦えているし、そこまで暗い気分というわけでもないのだが。
「エイミィさん、なんかシャッキリしてきたんじゃないです?」
「それはそうよ。こんな仕事をしていたら嫌でも目が覚めてしまうもの。まったく、あなたのせいで急に大変になってしまうわ」
「それはどうもすみません・・・」
「―――でもありがとう。あなたのおせっかいのおかげで、また頑張れるような気がしてきたわ」
「そうですか・・・良かったです。無理言った甲斐があったってものですよ」
エイミィの発言がどことなく死亡フラグの韻を踏んでいるように感じて兼平は苦笑しつつ、荒れ地と化した地面から立ち上がった。
休憩は大事だが、そう長々とはしていられない。既に兼平たちの小隊は移動の準備を進めていた。兼平は預かっていたダンジョンマップのデバイスに『ファーム』の位置を記録しておいた。定期的にギルドに戻ってこの情報を他班とシェアするのである。
移動時間もただの移動時間ではない。さっきの戦闘を客観的に整理して、次に生かす。彼らIAMOチームの戦術は連携だ。ランク5や6といっても、その実力は同じ数字の中でさえまばらなもので、彼らのうちの全員が一騎当千の怪物級ではない。
故に、仲間と強力して強敵に対し有利に立ち回ることこそが最大の強みなのだ。
さて、先の戦闘で不意打ちが有効なことは確認出来たので、次はその初撃で確実に仕留めるのが望ましい。興奮時の『ゲゲイ・ゼラ』の集中は目の前の目標から離れることはないが、そうでないときの感知能力は非常に高い。急所である背中の鋏を一撃で、その感知域外から破壊するのは困難だ。
高速かつ高火力、かつ高い感知不可能性を持つ魔法なんてものはない。
その上で改善された作戦はこうだ。
兼平たちのグループは4人であり、一応全員が不意打ち向きの魔法を使える。ただし、威力やスピードなどはまちまちだ。そもそも近接攻撃の方が得意なメンバーもいるので、それは当然とも言えるが、文句は言っていられない。
まずは『ゲゲイ・ゼラ』の感知領域スレスレに隠れ、2人1組で先制攻撃を仕掛け、2体を確実に倒す。これは不意打ちで敵を全滅させるのは実質不可能なので、正面切って戦う数を減らして連携を取りやすくするためだ。
このときの2人組は不意打ち魔法の性能のバランスを考えて分けるが、その後の戦闘での相性もあるので、初撃直後にすぐさま別の前衛後衛チームに組み替えて、2人ずつで残りを削る。敵が2体以下になれば4人集まり、着実に叩き潰す。
2人で相手をするときは敵の攻撃のコントロールが難しくなるが、もう一方のチームに『黒閃』の流れ弾が飛ばないように攪乱しつつ、仲間同士で離れてしまわないよう最小限の移動で戦うことを前提とする。
こればかりは軍隊並みの訓練を経ているIAMOの魔法士にしか出来ない「整地」だ。
しかし、まずは一度ステーションから人間界に戻り、他班の報告も収集する決まりだ。
これは参加魔法士の安否確認も含んでいる。サキュバスのすり変わりも検査することになる。
『ファーム』は2ヶ所のステーションからほぼ等距離の位置にあった。兼平たちは他にも近辺に『ファーム』がないか探しつつ、来た方と別のステーションを目指していた。
「どうやら―――他の『ファーム』はないようですね。あの浮遊する柱も途切れる様子はないですから、『ゲゲイ・ゼラ』がまともに活動出来る環境ではないようですし」
「そうね。まだ1ヶ所だからなんとも言えないけれど、私の予想では『ファーム』は転移ステーションと転移ステーションの中間地点に建てられているかもしれないわ。必ずあるかどうかは分からないけれど、遠さから考えて最も発見されにくい位置ではあるから」
兼平は『ファーム』とステーションと発音するところだけ急に思いっきりネイティブになるエイミィの日本語に少しだけ愉快な気分になった。普段はそんなしゃべり方をしない人なので、今のはエイミィなりな冗談だったのだろう。
余裕も見せて少しずついつものペースは戻ってきている。
「なるほど、その予想が正しければ探索の効率も上がりそうですね。他のチームとの情報とも照らし合わせれば、きっと分かりますよ」
「ええ」
―――しかし、そんなエイミィの予想は外れた。
いいや、違うのだ。本来、彼女の予想は当たっているべきだったのだ。でも、外されたのだ。
目的のステーションにあと少しのところにまでやってきた兼平たちを待っていたのは、真っ黒な横薙ぎの嵐だったのだから。
「伏せ――――――ッ!?」
「兼平君!!」
「しぃッ!?」
リーダーの声。
エイミィが叫び、そして。
森が、消えた。
ものの一瞬で、まるで巨大な蛇が丸呑みにしたかのように、消し飛んだ。