episode1 sect18 ”紫色”
「ふあぁぁ・・・・・・。・・・?」
目が覚めると、いつもよりも見える天井の色が白くなかった。
「・・・そういえば、昨日帰ってきたんだったよな」
右腕に纏わり付く小さな温もりもひさしぶりだとむしろ落ち着いた。体格差のおかげで彼女のいろんなところが腕に当たって柔らかいようなコツコツと固い感触しかしないような中途半端な感触なのだが、まぁそれは今はいいとする。
迅雷は、なんとなく部屋の壁に掛けたカレンダーを見る。
「4月15日金曜日・・・・・・。15日?」
日付を二度見して迅雷は大事なことに気が付いた。
「あ、誕生日じゃん、俺!?」
ずっと病院暮らしだったのですっかり忘れていた。だが、4月15日、本日、迅雷はめでたく16歳になった。
「あー、昨日退院で良かったー。バースデイ・イン・ザ・ホスピタルとか笑えねぇって」
いやでも美人のナースさんにお世話をしてもらいながらの誕生日もそれはそれでなかなか・・・というところまで考えてイヤイヤと首を振る。やっぱり家が一番だ。
「んん・・・どうしたのとっしー?朝から騒がしいなー。ひさしぶりにボクの寝顔を見て発情でもしてたの?」
千影が迅雷の奇行によって目を覚ました。しかし起き抜けからとんでもないことを言う。もしそうだったらそろそろお巡りさんがやってくる。
・・・そういえば彼女は迅雷の誕生日を知っているのだろうか?迅雷はちょっと試してみることにした。
「すまんすまん。あと俺はロリコンじゃない。・・・そういやさ、千影、今日なんの日か知ってるか?」
「え?うーん、登校日?」
「それ平日すべてだな」
じゃあなんだとでも言いたげな顔になる千影。
「ハァ。実はな、今日は・・・」
と、言いかけたところで直華が迅雷の部屋のドアをノックした。
「お兄ちゃーん、病み上がりだからって遅刻したら恥ずかしいよー、起きてー」
そう言われて枕元の時計を見る迅雷。2本の針を見て顔色が変わる。
「とっしー?」
「・・・ヤバイ、マジヤバイ」
7時半っていつもならあと30分で出発なんですけど!?
迅雷は病み上がりとは思えない身のこなしでベッドから跳ね起きて、部屋で先に制服に着替えてから部屋を飛び出した。
「あら、迅雷、お遅うございまーす」
真名が暢気にそんなことを言う。迅雷はそんな言葉も聞き流して、まさに迅雷の如く支度を済ませて30分に間に合わせて直華と一緒に玄関を出た。千影と真名がヒラヒラと手を振って見送る。
「いやー、間一髪だったねお兄ちゃん?」
「いや、ホントにな。・・・あ、そうだ」
やっと落ち着いた迅雷は大事なことを思い出した。
「なぁ、ナオ、今日なんかあったような気がしないか?」
「なにニマニマしてるの?早くしないと結局遅刻しちゃうよ?じゃあねー」
そう言って直華もヒラヒラと手を振ってにこやかに行ってしまった。
―――――あれ?おーい、お兄ちゃんのお誕生日なんですけどー?
「そ、そんな・・・!?ナ、ナオ、俺はお前をそんな薄情な子に育てた覚えはありません!」
開いた口が塞がらない迅雷の視界の端でドアの開閉が見えた。
「あれ、としくん?おはよー。どうしたの、そんな顔して?」
慈音が家から出てきたところだった。
「あ!しーちゃんなら・・・!なぁ、今日ってなんの日か・・・」
「全校集会の日、かな?」
―――――違う!いやというかそれ先に言ってよ!ちんたらしていたら本当に遅刻するやつじゃないか!
今更自分で自分の誕生日だと言い出すのも寂しかったので迅雷はもうそれ以上なにも言わずに渋々歩き出した。
●
学校に着いて教室に入ると、思いがけないサプライズが迅雷を待っていた。
『迅雷、退院おめでとー!!』
「うおっ!?」
クラッカーが弾ける音がした。慈音もそういえば病院の話から話題を逸らし続けていたのだが、こういうことだったのか、と迅雷は驚きながらも感動していた。
「よっ、迅雷。心臓は無事か?朝早くから大量のクラッカーを持って登校したんだぜ?感謝しろよな?」
真牙が教室の入り口に突っ立ったままの迅雷に声をかけた。教室を見渡すと、みんなが迅雷の顔を見てほっとしたように笑っていた。一応、チラッとだが雪姫もこちらを見ていた。まぁ、すぐに視線を逸らされてしまったが。
「みんな・・・・・・!あぁ、なんか逆に怪我して良かったって思う自分がいるよっ・・・!」
涙を浮かべ教室に入った迅雷にクラスメイトが群がった。どうやら入院の細かい理由は聞いていないようだったが、それでもみな口々に同じことを言ってきた。
「入学早々入院とか面白いよな!」
――――あれ、笑い事?
ハッと気付いたように迅雷は真牙の方を見る。すると真牙はフイと目を逸らして口笛を(無駄に上手く)吹き始めた。とりあえず迅雷は一番近くにいた室井君にお話を伺うことにした。
「なぁ、ちなみになんで俺がケガしたのか知ってる?」
「え、そりゃな。あれだろ、河川敷の土手でジョギングしてたら後ろから来たジジイのチャリに轢かれてそのまま下に落ちてそこにあったパイプが刺さったんだろ?」
・・・・・・なんだその小学生並の発想力しか感じられない武勇伝は。
「お、おう、そうだな・・・うん・・・?」
なんかシリアスな負傷だったとは言い出せない。
と、そんなところで校内放送が入った。もうそろそろ放送のアナウンスには慣れてきたものだ。
『これより全校集会になります。生徒の皆さんは体育館に集まってください。なお、次に呼ばれる生徒はステージ脇に並ぶようにしてください』
そう言って放送は3年生から順々に何人かの名前が呼ばれていく。なんだろう、表彰でもあるのだろうか、と迅雷が考えていると、アナウンスの声が1年生も呼び始めた。
『同じく2組、聖護院さん。1年3組、天田さん。同じく3組、阿本君。同じく3組、神代君』
「・・・へ?俺?」
慣れたと思っていたのに、不意に自分の名前が出され、結局鳩が豆鉄砲でも食ったような顔になる迅雷。
彼だけでない。クラス全体がざわついた。なんなのかは分からないがどうも大イベントのような雰囲気だ。
「・・・?よくわかんねーけど・・・」
とりあえず指示されたままに迅雷は真牙と一緒に体育館に向かい、ステージ脇に並んだ。
●
列に並んだところ、雪姫が目の前にいたのでとりあえずウキウキとテンションが上がる男子2人だったが彼女に睨まれてシュンとして終わった。
「で、真牙、これなに?」
迅雷が真牙に小声で尋ねる。
「ん?さーて、なんだろうねー?」
絶対になにか知っている様子なのに真牙は意地の悪い様子なくもったいぶる。そうこうしているうちに集会が始まってしまった。教頭が不在の学園長に代わって話をした。
続いて・・・
『それでは、次はライセンス付与式を行います。対象の生徒、教員は壇上に上がってください』
「はぁ!?」
迅雷は思わず叫んでいた。対象の生徒、とはつまりここに並んでいる生徒のことだろう。
思い切りも思い切りに叫んだので場の空気が固まった。
迅雷はもうまったく意味が分からなくなったので、とりあえず。
「・・・・・・っくしょん!!」
「なんだーただのくしゃみかー!」
真牙がすかさずフォローを入れてくれた。固まっていた生徒が笑いに入ったのでひとまず難を逃れることには成功したようだった。ただ、多分誰も騙されていない。騙されていたら迅雷の方が笑ってやりたい。
「た、助かった・・・。悪いな真牙」
「おう。にしてもイイ反応だったな、おい?」
真牙がもったいぶっていたのはまたもやサプライズのためだったらしい。実際サプライズどころか迅雷の脳内はパニック寸前であった。とりあえず迅雷は深呼吸をしてから状況の確認をする。
「なぁ、つまり、アレだよな」
「アレだよ」
「だよな、ライセンス、だよな」
「んだ」
「俺が?」
「お前が。オレもだけど」
答え合わせは終了した。
つまり、迅雷がライセンス取得、ということになる。
理解できないままだが、同時にえもいわれぬ喜びが沸き上がってきた。もしかしたらではあるが、日曜日の戦闘のデータが取られて、急遽決定したのかもしれない。
「唯姉、これで一歩進めたのかな、俺は・・・」
ステージに移動しながら体育館に差し込む麗らかな光を眺め、迅雷は知らない間にとはいえやっと踏み出せた一歩を噛み締めるようにそう呟いた。
1人、また1人と教頭に名前を呼ばれ前に出て行く。そして――――――
『1年、神代迅雷』
「・・・はい・・・!」
教頭は、迅雷の抱えていた事情をもう知っていたのだろう。マイクに声が入らないようにして、小さな声で「本当に、おめでとう」と言った。
今、迅雷の手にはその栄光を讃える表彰状と、そして薄紫色のラインが入った白い1枚のカードが握られた。
●
学校帰り。今日はいつもの3人に、珍しく向日葵と友香の2人を加えた5人で迅雷らは帰り道を歩いていた。
「ひさしぶりに学校行ったけどなんとか授業ついて行けたな。友香の見せてくれたノートがやっぱり丁寧にまとめられてて助かったよ」
「そんな、あんなのたいしたことじゃないですよ」
迅雷は入院中特にやることもなかったので毎日見舞いに来てくれる友香にその日その日のノートを見せてもらってある程度勉強していたので、4日のブランクもあまり感じることなく普通に学校生活に戻ることができた。
いや、普通に、ではなかったか。
「それにしても今日はとしくんも真牙くんもすごかったねー」
慈音が今朝の全校集会の後に迅雷と真牙の周りにできていた人だかりを思い出しながらそう言った。あの後の彼らはクラスのヒーローみたいな扱いだった。一方で雪姫もライセンスを取得したのに人だかりができなかったのは、やはりというか彼女の素っ気ない態度でみな追い払われたからだが。それに彼女ならそもそもライセンスが取れて当たり前だったので、それも理由の1つかもしれない。
ただ、結局としてはライセンスを取るのはいくらマンティオ学園の生徒であっても特別魔法科の中でもそれなりな実力や素養の認められた生徒や一般魔法科の医療魔法専攻の生徒くらいであるから、そんな中で入学早々ライセンスを取った彼らは注目の的になったのである。
「いやー、チヤホヤされんのって楽しいよな。まぁ、オレの剣術の腕を持ってして?それでライセンスなしってものあり得ない話なんですけど?トーゼンだよなトーゼン、だっはっは!」
真牙が未だに調子に乗りまくって高笑いをしている。
「真牙クン調子乗りすぎー。あんまりそんな風にしてるとせっかくライセンスとって格好良かったのも格好良く見えなくなるよ?」
向日葵が呆れたように真牙をたしなめる。友香も真牙のテンションには苦笑している。
ちなみに迅雷が入院している間にいつの間にかこの5人の間では全員名前呼びで話す感じになっていた。
「つか、お前の場合魔法の有用性の方が重要視されたんじゃねぇのか?重力魔法とか好んで習得してくれるやつなんていないしな」
迅雷がそんな風に言う。確かに真牙の言うとおり彼の剣術の腕はどれだけ小物っぽく高慢なことを言っていても揺らがないほどではあるのだが、迅雷としては真牙のライセンスの理由には思い当たる節は他にあった。
「制御もできないのに評価されるかよあんなモン。あーあ、どっかの誰かさんたちのせいでなー、あれは一時の気の迷いだったっての」
「「うっ・・・」」
真牙の言葉に迅雷と慈音が小さく呻く。そもそも、元はと言えば真牙が重力魔法なんていう人の手では制御するのも一苦労なネタ魔法を使うことになったきっかけはこの2人にあった。慈音が冷や汗を流しながら弁明する。
「そ、それは本当にごめんね?でもほら、重力魔法をちゃっかり使いこなしたらすごくかっこいいと思うよ、ね?」
「いいっていいって、今更気にしてないし。それにそう、せっかくだし、我は万物を地に平伏さす強大な重力魔法を司る者!とか言ってみたいしな」
そう言って真牙は笑う。実際真牙も気にはしていないらしい。
と、真牙の魔法について話していると、友香が食いついてきた。
「重力魔法!?ホントですか!重力魔法って言ったらホントにレアじゃないですか!ねぇ、もっと!もっと教えて!」
重力魔法と言えば、いろいろある地属性魔力の亜種魔力の一種で、非常に特殊な性質を持つために使う人が少なく、そのためバトルマニア(視聴者)に人気が高い。それは友香も例に漏れずそうらしい。
●
結局さんざん重力魔法談義をしながらしばらく歩いて、向日葵や友香と別れ、もうちょっと歩いて真牙と別れ、迅雷と慈音も家に着いたので手を振ってそれぞれの家に帰る。
あっという間の1日だった。今は夕方の5時半頃だろうか。夕焼けが力強く、脈打つように揺らめいていた。
迅雷が玄関のドアを開けて帰りの挨拶をしようとしたときだった。
「ただい・・・」
「お兄ちゃんお兄ちゃん!!こ、ここここここれっ!」
迅雷の4文字しかない言葉すら遮る勢いで直華が玄関にすっ飛んできた。彼女の手にはなにやら通知書のようなものが握られていた。
「どうしたんだよ、そんな慌てて?」
「これ見てよこれ!ほら!」
そう言って直華は折り畳まれていた紙を開いて迅雷の目の前に突き付ける。迅雷は少しのけぞりながらその紙を受け取って書いてあった内容を見る。
「なになに・・・・・・『IAMOライセンス交付通知』・・・」
それはIAMOからの書簡だった。なるほど、一般の人はきっとこの通知と一緒にライセンスも同梱されていたのだろうが、迅雷の通知書には『後に実物を配布する』といった旨のことが書かれている。後に、というのはつまり今日の全校集会で、という意味なのでむしろ通知の方が後になっていたが。
一通り内容を読んだらしい直華が興奮した様子で迅雷の顔を見る。多分迅雷がおったまげて奇声でも上げるのを期待していたのだろう。そこで迅雷はわざと白々しく驚いたように目を丸める。
「フム・・・・・・」
「ね、お兄ちゃん、びっくりした?ねぇびっくりした?」
「ふっ・・・・・・これのことかな?」
そう言って迅雷は1枚の白いカードを取り出して得意げに直華の目の前でちらつかせる。
「うえ!?なんでもう持ってんの!?」
「今朝もらった」
「えぇっ!?」
迅雷を驚かせるはずが逆に迅雷に驚かされて直華が目を白黒させている。
「びっくりしたか?」
「したよ!びっくり!で、でもホントだったんだ!すごい、すごいよお兄ちゃん!やったぁ!」
直華が迅雷の手を握って飛び跳ねる。まるで自分のことのように喜んでくれる直華を見て迅雷も嬉しくなる。
とりあえず荷物を自室に置いてから迅雷は1階に戻る。
「やぁ、とっしー、お帰り」
「・・・なにしてんの、お前は?」
リビングに入ると千影がソファーでふんぞり返り、足を組んでいかにも大物っぽい雰囲気を出しながら迅雷を迎えた。
「おやおや?そんな風な口をきけるのかな?これからはボクのことを先輩と呼びたまえよ?お墨付きの大先輩とねっ!」
「ん、確かにな。ライセンス持ってる期間的には不本意ながら千影の方がだいぶ長いもんな」
迅雷の反応に千影も満足そうに頷く。
「だが断る」
「なんで!?流れがおかしいよ!?」
あまりにもきっぱりと断られて千影がいつもの口調に戻る。
「なんでって、必然だろ。よーく考えろ。オレは年長者、千影は年少者。年上を敬うのが日本人ってもんだぞ。これからは俺のことを先輩と呼ぶんだな、千影後輩!」
こんな掛け合いも楽しい。勝ち誇ったように高笑いしながら迅雷は満足していた。昨日はなんだか疲れてすぐ寝てしまったのでろくにアホな会話をすることもなかったのでこうして千影とバカをやっているのもいい気持ちだった。
帰ってきたのだ。日常に。
いつも通りの。
新しい。
日常に。
と、千影の頭をポンポン叩きながら迅雷が感傷に浸っていると、真名が帰ってきた。いつもより早い気もしたが、仕事が早く終わったからそのまま帰ってきたのだろう。
「お帰り、母さん」
「ただいまー。あ」
「は?」
日本語がおかしい。一言目から「あ」とか言い出した母に迅雷は怪訝な目を向ける。彼女の手には買い物バッグがある。
「・・・察した。察しちゃったよ、俺。卵と牛乳だろ、分かります」
迅雷がジト目でそう言うと真名はピンポーンと言って迅雷に1000円札を預けて台所に行ってしまった。1人で行くのも寂しいなー、とか思って千影の方を見ると彼女は手をヒラヒラと振っていた。
「なぁナオ」
「いってらっしゃーい」
「・・・いってきます」
こんな時は直華に、と思ったのだがその直華に満面の笑みで、まるで追い出すかのように追い出されて迅雷は一人寂しくトボトボとスーパーに向かって歩き出した。
元話 episode1 sect48 ”紫色” (2016/7/19)
episode1 sect49 ”おつかいの再来” (2016/7/21)