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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect38 ”握手はしない”


 自動ドアをくぐった途端に浴びた熱気に雪姫は気分が悪そうな顔をした。前髪を手で軽く直しながら、ゾロゾロと集まっていた有象無象を一望し、雪姫は生ゴミ集積所にでも来たような目になっている。


 とりあえず、手近なところに寝そべっているクラスメートに雪姫はなにがあったのか尋ねてみた。


 「アンタ、なにしてんの?」


 「うわぁぁぁぁ!?天田さん!?」


 上から覗き込んできた雪姫に驚いて、迅雷はでんぐり返りながら飛び退いた。なお、寝転んでいるところを美少女に上から覗き込まれるというちょっと嬉しい気もするシチュエーションだが、雪姫に限って言えば、言うまでもなく冷え切った眼差しで見下ろされるのでちょっと恐かった。

 とはいえ、こんな機会はこれから先も滅多にないだろう。恐かったけれど、迅雷はなんだか得した気分だった。


 「今のローアングルは忘れない・・・」


 「は?」


 「い、いやなんでもないです!」


 「・・・・・・」


 相変わらず目を合わせるだけでジワジワと心にダメージが蓄積していくのを感じつつも、迅雷は苦笑して疚しい煩悩を誤魔化した。


 「―――で、これは?聞いてた話と違うんだけど」


 雪姫は迅雷から視線を外して、人混みのずっと奥、受付カウンターで縮こまっている甘菜に声をかけた。あれは一体なにをしているのだ。


 「オーウ、ジャパニーズビューティーガール!ユー、カワイイネー」

 「ヘイ、ガール!」


 なんか絡んでくる軽薄そうな外人など雪姫は歯牙にもかけず受付のところまでズカズカ歩く。話しかけるな、なんていうレベルではない強烈なプレッシャーには、IAMOの魔法士たちですら無言で道を空けさせられた。

 そのまま雪姫は脅すように受付のカウンターを叩き、甘菜に詰め寄った。


 「いいもの見れるって言うから時間割いたってのに、なんなんです?これ。バカ集めて見世物小屋でもする気だったとか?」


 「いっ、いや!違うのよ!この方たちは『ゲゲイ・ゼラ』駆逐作戦のために集まっていただいたIAMOや警視庁の魔法事件対策課とかの優秀な魔法士たちなのであって決してバカとかキチガイとかいうわけではないんだよ!?」


 「んなことは服見りゃ分かりますよ」


 というか、雪姫は別にキチガイとまでは言っていないのだけれど・・・。甘菜が内心でどう思って見ていたのか、なんとなく分かった。

 その一言に敏感に反応したのは、件のキチガイだった。


 「キチガイ!?キチガイって私のことでしょうか受付のお姉さん!!むっきゃー・・・っておやおや?そこにいるのは今年度『高総戦』MVPの超新星、天田雪姫ちゃんじゃないですか!うひょっ、モノホンだ!是非握手を!」


 「イヤです」


 「・・・・・・」


 「す、すごいなあの子!錯乱状態の李ちゃんを一瞥だけで黙らせよった!!」


 雪姫の偉業に空奈は感動と驚嘆で目を丸くした。李はショックで俯いて黙り込んでしまっていた。

 一方、李の叫んだ言葉に始まってIAMOの外国人魔法士たちまでもが雪姫のことを思い出し始めていた。ただの学生とはいえ、日本の『高総戦』で優勝すればその知名度は今や世界にまで届きうるということなのだろう。

 加えて雪姫の活躍は歴代でも飛び抜けていたので、業界の注目株であることに違いはなかった。

 大会当時はネットなんかで外見や性格云々で物議を醸したものの、いずれにせよ雪姫はちょっとした時の人である。


 それにしても、なるほど、と雪姫は思った。

 少し前に甘菜に洗いざらい事情を吐かせたから知ってはいたが、錚々たる面々だ。学園長以外にも2人ほど知った顔がいたが、雪姫は挨拶するわけでもなく、ただ、小さく鼻を鳴らした。


 確かに、良い笑い話である。


 「あたしへの当てつけですか」


 「そういうつもりじゃ・・・。ただ、なにか良い刺激になるんじゃないかと思ったのよ」


 「―――あたしにはそんなの要りませんから」


 そう吐き捨て、雪姫は目を閉じた。そう、彼女には今日ここに集った「目標にすべき理想的な魔法士」たちの姿なんて、見る必要はない。

 滑稽この上ない気遣いに愛想ない態度を返し、雪姫はカウンターを離れた。


 踵を返した雪姫と一瞬視線が合った煌熾は、彼女に声をかけてみた。


 「おい天田。お前は今日は―――」


 「別に。用もないんで帰ります」


 「あ、はい」


 ションボリと落とされた煌熾の肩を真牙がそっと抱いてやった。


 「よーしよし、可哀想に」


 自分がなに扱いなのか分からず困惑する煌熾だったが、なにか言おうと真牙の顔を見ると、彼は煌熾が困った顔をするところを面白がっている様子なので、言葉の代わりにチョップをした。

 思った以上に煌熾のチョップが効いたので真牙はおでこを押さえてうずくまっている。


 雪姫は本当に帰ってしまって、ギルドは騒然としていた。果たしてどうしようもない空気であるが、おかげで乱痴気騒ぎが収まって真面目な話が始められる場も出来上がっていた。


          ●


 IAMO組のリーダー格らしい、長い赤髪の男が数人の部下を引き連れて、さっそく警察組と打ち合わせをしているようだ。大規模な作戦だからこそ細かい点についてもお互いに情報を共有しておくべきこともあるのだろう。 

 あと、警察組のリーダーであるはずの李は人間恐怖症なので、相変わらず大広間の隅で乞食のように丸まっていた。


 迅雷と真牙、煌熾は今はすることもないので、そんな風景を眺められるベンチに仲良く並んで座っていた。こうして観察していると、確かにランク5や6の上級魔法士というのは学生がする真似事なんかとは別格なんだ、と実感させられる。

 ただ実力が人並み外れて高いだけでなく、ああして綿密な作戦も自分たちの手で立てるのである。


 「見ているだけで刺激になる―――か」


 最初は違う意味で刺激の強い連中だと思ったが、甘菜の言った通りだ。迅雷はボンヤリとした感覚に浸りながら、自分より遙かに高みにいる者たちを眺めていた。

 迅雷と同じ気分でいた煌熾も、ぽつりと呟いた。


 「これを見たら確かに、先生方が俺たちの活動を子供のお遊びと言う気持ちも・・・分かるような気はするな」


 「ちょい、焔先輩。そりゃないっすよ。解散認める気ですか?」


 「いや、そうじゃないが・・・」


 真牙がたしなめ、煌熾が慌てて取り繕う。

 やめるはずがない。初めは誰だって半端なはずだ。パーティーごっこのように見えても、本人たちは至って真剣で、いつかは馬鹿に出来ない1つの大きな戦力にだってなりたいと思っているのだから。

 

 2人の掛け合いを見ていた迅雷は小さく笑う。


 「なんか最近真牙と焔先輩の掛け合いが多くなってきましたよね。実はお似合いなんじゃ―――ぐふっ!」


 迅雷がオネエのジェスチャーをすると、2人分の強烈なツッコミが返ってきた。ちょっとした冗談のつもりだったのに酷い目に遭ったものだ。


 お団子ヘアーならぬお団子ヘッドになって涙目の迅雷のところに思わぬ客がやって来た。

 思わぬ、というのは迅雷の感想だ。

 

 「やぁ、君たち。見送りにでも来てくれたってことかな?」


 「こんにちは・・・」


 「川内さんにエイミィさんですか。2人も参加されてたんですね」


 「まぁ、いろいろあったから、ね」


 どうして『高総戦』の裏で起きていたあの事件の被害者でありながら、迅雷はこうも冷静でいたのだろう。

 いや、きっと冷静ではない。彼らは許されないことをした。しかし同時に仲間を2人も失っている。それがわずかな同情を生んでいるのだ。ただ、だからこそ、迅雷の目を見た兼平の表情が引き締まったのだろう。

 笑顔の裏の矜恃は同情心とは別のところで迅雷にも伝わってきていた。

 

 そんな雰囲気を、知ってか知らずか真牙がぶち壊した。


 「うわぁお、エイミィさんじゃないですかぁ!!オーマイゴッデス、エイミィさん!無事だったんですね!!」


 「え、あ、ええ・・・まぁなんとか・・・」


 この様子ではエイミィが真牙のことを覚えているかも怪しい。なんだか悲しいものを見てしまった。

 それにしても兼平とは打って変わってエイミィは沈んだ雰囲気だ。ストレスを溜め込んでしまっているのだろう。

 良い意味でどことなく変わった兼平の様子もあって、エイミィは差し詰め彼に手を引かれてここまで来たのだろうな、と迅雷は予想した。どちらの気持ちも今の迅雷になら分かるような気がした。


 「今日は小牛田さんとチャンさんはいらっしゃらないんですね。別のお仕事ですか?」


 そんな質問をしたのは、なんにも知らない煌熾だけだった。無垢な質問にエイミィの肩が震えたが、兼平は穏やかな声で答えてやった。


 「2人は仕事のときに起きた事故で亡くなったんだ」


 「え・・・・・・!?ぁ、すみません・・・とんでもないことを尋ねてしまいました!」


 「いや、良いんだ。気にしないでくれよ焔君。俺たちもすごく悲しかったけど・・・あれはもう仕方のないことだったんだ。覚悟はしてたさ」


 あのとき一番苦悩したのは兼平のはずだった。

 笑って煌熾に気遣いを返せる兼平は多分、彼らの罪に対する先入観さえ排せば、誰の目にも立派な魔法士だったのではないだろうか。


 兼平はそれから改まって迅雷に向き直って、深く頭を下げた。


 「本当に・・・迷惑をかけてしまった。この通りだ、すまない。許せとは言わないけど、今の誠意だけは分かって欲しいんだ」


 「川内さん・・・」


 兼平の謝意に潜んだ気迫に強制されたのか、エイミィも迅雷に頭を下げていた。

 ただ、それは筋違いだ。迅雷は小さく首を振り、こう言った。


 「小牛田さんとチャンさんは気の毒でした。ただ、2人が謝るのは俺なんかじゃないんじゃないですか」


 そうだな、と兼平は苦い顔をした。

 それで良いのだろう。求めないし、押し付けない。許さないし、責めもしない。


 去って行く兼平とエイミィを見送り、話は途切れた。

 

 それから迅雷は思いついたように別の話を振った。


 「実は今日の作戦には父さんも呼ばれてたんだってさ。父さん自分で教えてくれりゃ良かったのに、よっぽど忙しいんだろうな」


 昨日甘菜とのヒソヒソ話で迅雷がガッカリしていたのは、これである。

 さっき迅雷の父親の真実を知ったばかりの煌熾は、恐る恐る気になることを尋ねてみた。


 「そのー、お前の親父さんが参加したとしたら結局どうなるんだ?この場合」


 「俺も分かんないですけど、多分今いる人数の半分を削っても効率変わらないんじゃないかと」

 

 「うわ」


 「『うわ』ってなんですか」


 「いやすまない・・・。やっぱりすごいんだなと思って」


 漠然と神代疾風の強さを想像して煌熾は素直に引いていた。感心や尊敬も度を超すと薄気味悪さが混じってくるものだ。

 いずれここにいる後輩もそんな風に成長するのだろうか、などと煌熾は勝手な想像をする。見たことのない強さを具体的に想像するのは難しかったが、頼もしいような悔しいような、複雑な気持ちにはさせられた。言い方は変かもしれないが、後輩には可愛い後輩のままでいて欲しいと感じてしまうのは仕方がないことだ。

 

 話をしたところで疾風が急遽参戦するわけでもないので、迅雷は煌熾の月並みな返事でその話題を切り上げた。

  

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