episode5 sect36 ”武器の扱いの心得”
室内でピシャッと稲妻が走った。
身を翻してそれを避ける。
迅雷がいろんな方向から、威力はほとんどない代わりに弾速の速い魔法を撃ち、直華はそれを避けながら迅雷に近付いて一撃を入れる。一見すると単純に見えるかもしれないが、これがなかなかハードな駆け引きだったりする。
「ほいっ、それ!次いくぞ!」
「わわっ!?」
休む間も与えずに飛んでくる雷撃を直華は躱しきれなかった。容赦ない、と思わなくもないが、実際の試合もそういうものだろう。特訓をお願いしている直華は文句を言える立場ではない。
高速で飛んでくる電撃や視認しにくい風魔法は飛び道具としては特に厄介な属性だ。
そんな2色の魔力を両方使える迅雷は良い練習台なのか、それともいきなりこれでは練習になりにくいのか。
当たる度に静電気が走ったり髪型が乱れたりする。直華は重いハンマーを持ったまま逃げ回るが、それでは迅雷の魔法を避けきれない。
「ひぇぇ!もう全身がビリビリするよ!」
「ナオ、こういうときは武器でガードしてみるのもアリだぞー!そのデカブツならだいぶ広範囲のガードが出来るはずだし!」
「デカブツじゃないもん!『ミョルニル』っていうちゃんとした名前があるんだってば!」
「あ、はい・・・。とりあえず、やってみ」
お気に入りのマジックウェポンを馬鹿にされて不機嫌な直華はむくれつつ、とはいえ素直なので、言われた通りにハンマーこと『ミョルニル』の巨大な頭を盾にしてみた。
すると、迅雷が撃つ魔法は全部それに当たって四散した。反動はあるが、耐えられないレベルにはほど遠い。武器の重量もここで生きるのだろう。
「なるほど、さすがお兄ちゃん!これなら・・・!」
正面からの攻撃はこれで受けきれるので、直華は『マジックブースト』も『エレメンタル・エンファサイズ』もふんだんに使って迅雷に突撃してみた。その様はまるで障害物を蹴散らし爆走するモンスタートラックである。
「いっけええぇぇ!!」
「うおっ!?」
ちょっとナメていたら『ミョルニル』の頭から飛び出ている棘で腹を刺されそうになったから、迅雷は慌てて飛び退いた。的が急に躱すので棘がそのままの勢いで思い切り壁に当たったが、さすがに特殊加工された壁がヘコむほどの威力はなかった。
・・・と、迅雷はひと安心したので直華の追撃への反応が遅れてしまった。棘と壁の間で火花を散らせながら、直華は横薙ぎフルパワーの一撃を放っていた。―――そう、フルパワー。
「てぃ、やあああっ!!」
「おぶッ!?」
X線で見たら骨の折れる瞬間が撮影出来たのではないか―――と思うほどヤバイ。・・・というのは後の迅雷談である。
まぁ、実際は骨が折れるどころかヒビも入っていなかったのだが。
とりあえずこの瞬間、迅雷は一度天井にバウンドして顔から床に激突した。
「あ、あれ・・・?ああああ!?お兄ちゃ大丈夫!?」
「い、今のは効いたぜ・・・ぐふっ・・・」
とことん油断というのは恐ろしいものだ。人にものを教えていると自分も学べることがあるとはよく言ったもので、迅雷は今後武装した直華と向き合ったときはもっと集中しようと心に決めたのだった。
冗談ではなく本当に内蔵の位置が変わってしまったのではないかと思うほど辛くて迅雷は1分ほど床に伏せったまま動けず、ひたすら小刻みに震え続けていたが、なんとか根性で起き上がった。
「なんとなく腹が腫れてる気がする」
「ごめんね!!本当に!!よけると思ってたの!!それと鼻血が!?」
「うわマジだ!?」
準備の良い直華からポケットティッシュを寄越されて、迅雷はそれを丸めて鼻に突っ込んだ。その後も謝り続ける直華を、迅雷はそもそも自分が油断していたのだと言って宥めた。
まずもって直華が強くなるための特訓なのだから、本当にやっつけるつもりでやってくれてちょうど良いのである。そして迅雷だってこれくらいでぶっ倒れているようではこの先が思いやられる。千影の期待に応えられるだけの強さが欲しいのなら、なおさらだ。
「でも、むしろ有効な手だよな。多分だけど今の戦法で基本的には勝てるんじゃないのか?」
中学生で直華のあの攻撃を突破する人は少なそうだ。対策として手っ取り早そうなマンティオ学園の石瀬兄弟が使うような設置型魔法や、雪姫が得意とする高密度高火力全方位攻撃をするような奴はまずいない。真牙のような重力魔法の全体攻撃なんてもっての外だ。
「そんなにうまくいくかなぁ?」
「うーん、実際はさっきよりも魔法をガードしたときの衝撃は強くなると思うけど、ナオの力なら押し切れると思うな」
「・・・なんか私が馬鹿力みたいでいやだなぁ」
「そういう意味ではないけども」
直華は魔力量もあるから『マジックブースト』が良い味を出しているという意味だ。決して直華がカワイイ顔して本当は大豪傑の怪力女子中学生とか、そういうことは決してない。実際体力測定で測った握力は点数にしてみたら8点だったらしい。―――いや、12歳で8点は普通に強いかもしれない。
それはそうと、である。
さっきのガード突撃戦法で押し切った後は臨機応変に、だ。今の追撃から、さらに棘で刺突も可能である。
ここで説明しておくと、『ミョルニル』にはハンマー部分が下にスライドする仕組みがある。棘と表現した例のパーツだが、実はそれはハンマー内部に格納されたハルバードの先端だったりする。この変形機構のおかげでハンマーに分類される『ミョルニル』は槌、槍、斧、鉤爪、盾と実に多彩な戦術を採れるのだ。
一方で難点もまたその多機能性の一点に尽きる。なにせ複雑な戦法をその場その場で考えて実行するのが簡単なはずがないのだから。
「ねぇお兄ちゃん。他になにか面白いやり方ってないかなぁ」
「面白いやりかた?ふむ・・・」
迅雷も考えるには考えるが、彼の本音を言うと、両手持ち推奨の武器の工夫した使い方なら父親の疾風に聞く方が良いのではないだろうか、だ。
疾風が現在愛用している魔剣は非常に重く巨大で、しかし薄く鋭い漆黒のツーハンドソードだ。過去には迅雷も購読している魔法雑誌『月刊マジカル』の「世界の名剣」というコーナーで紹介されたこともある世界に一振りだけの一級品である。
ただ、昔迅雷がそんな大剣を軽々扱う父親にコツを聞いたときは、ああ言っていたか。
「武器を体の一部にするんだ・・・ってか」
「え。いやよく分かんないであります先生」
「大丈夫だ、俺もよく分からん」
「えっ・・・」
直華はすごく白けた顔をした。
迅雷は分からないと言いつつ『召喚』で『インプレッサ』を呼び出して、軽く振ってみた。どうあれ世界最強とさえ言われる偉大な父親のありがたいアドバイスだったので、言われてからしばらくは意識していた記憶があった。
未だに意味は分からないが、ただ、自然に体が動くのは確かだ。
「こういうこと―――なんじゃないかな。まぁ、俺なんかが知ったような口利くのもアレだが」
強いて意識するなら、パンチやキックをするように剣を振っているのであって、剣という異物をそれ単体で操作するのではない、か。
直華はまだよく分からないといった風だ。当たり前だ。迅雷が分からないのだから。
「こう、と言われても、どう、としか・・・」
「だよなぁ。ホント、あー・・・くそ」
こんなときに思い出してしまうのは、また千影だった。迅雷はなにかと千影ならと期待する節があるらしい。
「じゃあさ、お兄ちゃん。ちょっともう一回素振りするから、よく見てて。そしたらなんか違いが分かるんじゃないかな?」
「なるほど」
いつの間にか特訓というより兄妹で平等なお勉強会になっていた。
なにかの型のつもりでハンマーを振る直華を見ていて、迅雷はあることに気が付いた。
「そういえば、なんかナオの動きはぎこちないな」
「え?」
「足運び・・・?」
「うーん。やってみるね?」
直華の足捌きを観察しても、迅雷では特に大きな隙を見つけられなかった。元々運動の得意な直華の動きに無駄を感じた方が不思議なのだ。改めて見てもバランスは良いし、軸足もぶれない。あと綺麗な足―――と思って迅雷は首を振った。今はそんなことを考えているときではない。
ならなんなのか、と思って、迅雷はなんとなく直華ではなく『ミョルニル』を目で追ってみた。武器を体の一部にする、という意味を改めて考える。そして、ハッとした。
「重心が死んでるんだ・・・そうか、なるほど」
「はぁ、ひぃ・・・な、なんか分かったの!?」
ずっと踊りっぱなしだった直華は息も上がってリンゴみたいに血色の良い顔をしている。
「ナオ、体回転させるときに・・・こうして?」
迅雷は例を示すように剣を持って動く。肩より高めに武器を持ち上げ、振り向きざまに下ろす。敢えてダイナミックな動きで遠心力を強めつつ、それに体を任せることで無駄なく次の攻撃へ移る感覚があった。
思えば、これはいつも迅雷がやっている動きの基礎だ。やったところでやっぱり詳しい言葉は出てこないけれど、普段から慣れている動きだ。それらしいことに気付いた直華はすぐに真似をしてみた。
「こうかな?・・・っと。・・・あ」
なにか感じたようで、直華は小さく驚いた。そういう、とても繊細な気付きだった。
「分かる?」
「うん!うん!・・・なんっとなくだったけど!」
「なんっとなくか。・・・まぁそれでいっか」
腕や足を動かすときの体のパーツごとの重心というのは恐らくあって、今迅雷と直華が持った感覚は、その重心が体の外に一点増えたものだった。
結局迅雷も直華も言葉には出来ないままだったが、こういうのは「なんとなく分かる」の方が良い。変に意識すると急に出来なくなるものだ。
それとない集中で急激にスマートになった直華の動きに迅雷は「おー」と歓声を上げていた。
「良いじゃん!今の良かったぞ!なんというかすごくフツーになった!」
「ありがと・・・ってあれ?フツー?」
「そう、フツー」
「褒めてるの?」
「うん」
「やったー!」
「やったなナオぉ!」
喜びのあまり抱き締め合ってから、ハッとした直華は真っ赤になってそそくさと迅雷から離れた。迅雷は寂しそうに手をワキワキさせている。
「なんだよぅ、急に赤くなっちゃってさ?」
「な、なんでも!?」
「お兄ちゃん気になる」
「あ、あー!そろそろ退室の時間だね!」
「え?」
時刻を確認すれば、確かにそろそろ小闘技場の使用時間も終わりのようだった。誤魔化されたみたいなモヤモヤした感じを残したまま、迅雷は仕方なく後片付けをし始める。
「なんだかなぁ・・・」
「と、とにかくっ!今日はありがとうね、お兄ちゃん!」
直華の笑顔にあっさりと負けて迅雷はニコニコ笑顔で闘技場を後にした。