episode5 sect35 ”My Own Truth”
「一央市ギルドが募集している例の件についてなんですが、是非僕らも参加させてください」
「そんなことを言ってもだなぁ・・・。大体君ら元小牛田班は・・・その、なぁ・・・?」
「そ、それは重々承知しています!ですけど・・・!」
川内兼平は現在、事務係にゴネていた。
エイミィことアメリア・サンダースも先日無事に仕事に復帰出来たこともあり、班長を含めて2人もの仲間を同時に失った小牛田班はIAMOに帰ってきていた。
本当にいろいろありすぎて大変なことばかりだったが、兼平とエイミィは徐々に以前のペースに戻ってきている。
ただ、彼らが1ヶ月前にしていたことはれっきとした犯罪だ。兼平はネビア・アネガメントに、エイミィは千影に妨害を受けたおかげで実際にチップを埋め込むことがなかったから辛うじてこの場にいるが、だからといってイメージは既に底辺だ。他に同様の行いをしたIAMOの魔法士たちも殉職していない者は、金に目が眩んで非道な実験に協力した愚か者として冷遇されている。
兼平は当然の報いと思ってその扱いを受け入れていた。加えて兼平はネビアの世話役を任された際に世界の暗い部分を垣間見た人間なのだ。もはやしくじった時点で処分されていないことの方が不思議なくらいである。
窓口で一応話だけは聞いてくれる中年の男は、しかし兼平のお願いを聞き入れるのには難色を示している。
「君らが実力的に条件に見合うのは分かるんだがね、経歴書を見て信用してもらえるかが分からんのだよ」
男はこの支部の中では最も兼平たちに優しい部類ではあるが、組織のイメージもあるから、兼平たちを送り出すことには抵抗があるのだ。
「それでも、やれることから、やり直していくと決めました。・・・こんな感情論では書類の文面が書き変わったりしないのは分かっていますが、だからなにもしない、させないでは、先に進めないんです。僕らは」
「急にかっこつけたことを言われてもだね・・・」
「お願いします、やらせてください」
兼平の眼光に気圧されて事務員は唸った。
以前までは小牛田竜一のオマケのようにとりあえず班の行動についていくだけの下っ端だった兼平だ。ルックスが良いから班のイメージキャラ担当みたいな面はあったが、それ以上にはならなかったはずなのに、そんな彼がどうしてこんなに積極的になっているのだか。
「待っていて。・・・少し相談してこよう」
「・・・!ありがとうございます!」
しばらくかかるだろうとのことなので兼平は窓口を離れ、窓口の近くのベンチに戻った。随分と粘っていたので、ただでさえ長い列がいっそう長くなってしまっていた。
列の横を通り過ぎるときにはヒソヒソと囁き声が聞こえ、肩をぶつけられたり足をかけられそうになったりする。だが、もう慣れた。腹を立てる権利もない。
ベンチに戻ると、待たせていたエイミィが別れたときと同じ姿勢でいた。
「エイミィさん。もしかしたら行けるかもしれないですよ、あの依頼」
「・・・・・・そう」
髪を掻き分けて、エイミィは皮肉げな目を覗かせた。仕事のペースは戻っても、彼女はあの事件以来ずっとこの調子だ。
全部失ったように感じて自棄になっている。
今まで築いてきたものが瓦解したのは確かだ。なにもかも馬鹿らしくなるのだって分かる話のはずだ。誰だって何年もかけて作った作品を汚されれば嫌になるものだ。
でもそれは違う。なにが違うのかと言えば、今回に関しては汚されたわけではないのだから。麻薬に手を染めるのは、最後は当人の意思でなくてなんだ。
金に目が眩んだ愚かな自分たちだと心から認めなければ、どうしようもない。
「エイミィさん。僕らはもう元には戻れないんです。してはいけないことをしたから反省して、これからは真っ当に頑張る。子供の頃からやってきた―――簡単なことですよ」
「だからといって、そんなことをしてなんの意味があるっていうのかしら。いいえ、ないわ」
「過ちを犯したからこそ、僕らは正しくなくちゃいけないでしょう?元々・・・そうだったみたいに。真っ当な魔法士として」
「でもなくしたものは帰らないんでしょう?正しさなんて、もうどこかへ置いてきてしまったじゃない。とっくに、もう、ないじゃない」
エイミィは頭を抱え込んで低く漏らした。真っ当真っ当と兼平は語るが、子供たちに異物を埋め込もうとした自分たちには今更それを語る資格なんてない。それが彼女の考えである。根本的な罪悪感は、2人とも同じなのだ。
でも、兼平は説得を諦めなかった。
「じゃあもう自分が正しいと思えることはなにもないんですか?見てきたもの、聞いてきたもの、こなしてきた仕事も、全部ウソだなんて思っているんですか?」
「それは・・・」
いくらやらかしたとしても、なにも過去の記憶全部が自分の中でさえ埃を被ることはない。他人が蔑んでも、自分だけはその正しさを忘れない。そんなものだ。
その正しさに従うのは、まだ悪いことなのだろうか。
アナウンスで兼平が呼び出された。
「許可が出たら、必ず2人で行きましょう。置いていったりはしませんよ」
「やるだけやって、結論を出させてもらうわ」
「それで十分。じゃあ行ってきます」
●
甘菜はギルドにやってきた2人組を見つけ、手を振った。
「あら、迅雷くんじゃない。それと・・・直華ちゃん、だったよね。いらっしゃい。今日は兄妹揃ってどうしたの?」
今日はちゃんと約束を守るために学校から飛んで帰ってきた迅雷は、直華を連れてギルドを訪れていた。
いつものように迅雷は甘菜に受付をしてもらうついでに、立ち話をする。
「今日はナオの特訓に付き合う約束してまして。ほら、一中の魔法大会の試合の」
「あぁ、なるほどねー。じゃあ小闘技場?」
迅雷は頷いて、甘菜は空き部屋のカードキーを渡した。
それから甘菜が受付カウンターを離れるところを呼び止めて耳を貸してと言うので、迅雷は立ち止まる。
「どうしたんです?」
「前みたいにボロボロにしないでね?」
「前・・・ぁ、ごめんなさい!あれは別にわざとじゃないというか事故というかですね!?」
「なんか痴漢の言い訳みたい・・・」
「痴漢ではないですけどね!と、とにかくもう絶対あんな風にはならないので」
「分かったらよろしい。修理代、結構するんだからね?あれでも」
「ホントすみません」
最近はもうだいぶ解放状態の魔力量にも慣れてきたので、今の迅雷であれば『制限』解除も限界時間いっぱいを無理なく戦えるはずだ。まぁ、それ以上は分からないので『制限』を完全に外してしまえるかは不安が残るが、少なくともこれ以上国民の血税を無駄にする破壊現象は起こさないはずである。
今度こそトボトボと小闘技場に向かおうとした迅雷だったが、また甘菜に服を掴まれた。
「それとっ!」
「な、なんです次は!?」
「まぁまぁ。とりあえずほら、耳貸して」
言われるまま迅雷は甘菜の口元に耳を持っていく。なんだか照れる状況なので目で手短に頼みますと訴える。
ちなみに直華はちょっと赤くなっている迅雷を見てなんだか悔しい気分である。
「ごにょごにょごにょ、もにょもにょもにょ・・・」
「へぇ・・・そうなんですか。ちなみに―――」
「それはその―――」
「えぇっ!?そんなぁ・・・」
「ドンマイだよ。あぁでもその代わりに―――」
「えっ・・・」
「まぁ、良ければ明日も来てみてねー」
「はーい。ひとまず楽しみにはしておきます」
今度こそ内緒話を終えた迅雷は直華と一緒に小闘技場に向かうのだが、さっきから直華の視線がどこか棘があるように思えてならない。
「なぁ、直華さん?どうかしました?」
「別に?ただ、なんかあの受付のお姉さんとお兄ちゃんって仲良いんだなぁって思って」
「ん?もしかして甘菜さんに妬いてんの?」
「そっ、そんなことはございませんが!?」
「大丈夫だぞ。お兄ちゃんの目にはナオしか映ってないからなぁっ!」
公衆の面前で抱き付いてくる実兄を直華は反射的に蹴り飛ばしていた。ちなみにこのなんでもなさげな一幕以降、迅雷は妹に愛の告白をするシスコン野郎という根も葉もある噂が拡散していくことになったとかならなかったとか。
だがそれも本人が気にするどころか前向きに肯定する噂なのでどうでも良いことだろう。
顔面に靴の跡を残したまま迅雷はカードキーの番号と対応した部屋の扉を開けた。
「てかもうナオって十分強いんじゃない?俺を一発KOするくらいだし」
「ごめんなさい!ホントにわざとじゃないの!びっくりしてついやっちゃったの!」
―――痴漢の言い訳みたいだ。
つい、にしては見事な一撃だった。自分より一回り背の高い相手の顔面に足の裏を叩きつける体の柔らかさ、多少油断していたとは言え迅雷の反応に勝る攻撃速度。もはや文句ナシである。あれなら中学生同士の試合なてやらせているうちはかなり優秀な方だ。
「直華・・・・・・末恐ろしい子っ・・・!」
「もう!!」
疾風のことを知っている人が見たら、さすが神代さん家の子、と思うのだろうか。
さて、考え事はやめて、2人は適当な準備運動を済ませた。
「それじゃあまずは素振りからやろうか」
「はーい」と言って、直華は『召喚』を唱えた。迅雷よりもだいぶおおきな魔法陣から引っ張り出されてきたのは、大金槌だった。
いつ見ても女の子が振り回すような代物には見えないのだけれど、本人が「これが良い」と言うのだから余計なことは言えない。身の丈に合わなそうなハンマーでせっせと素振りする直華の姿を迅雷は面白そうに眺めていた。
思い返せば、迅雷と直華でちょっとした手合わせをすることは昔からあったけれど、こうして大真面目に特訓をするのは初めてだったかもしれない。直華があれだけ楽しみにしていたわけだ。期待に応えられるよう、迅雷も頑張ろうと思った。
「こんなもんでいいんじゃないかなー!」
「よーし、オッケー。じゃあ本練習といこう」
「ぷっ。なに、お兄ちゃんのその口調・・・」
「いや、なんか教官っぽくね?」
「それだと私が集中出来ないから!」
笑いのツボが割と浅い直華で遊びつつ、迅雷は今日やることをまとめた。最初だから、内容は魔法の遠距離攻撃への対応といったところか。
直華の運動神経の優秀さを考えれば接近戦で後れを取るとは思えないから、これが最優先事項である。