episode5 sect32 ”解散の危機”
もう安全になったので、避難していた人たちは建物の外へと出てくる。子供たちが、一緒に避難していた大人たちがそうするのに倣って戦ってくれたライセンサーたちにお辞儀をするのは、いつ見ても心温まる光景だ。
もはやモンスターが出てライセンサーがそれを退治する日常が普通になった今もなお、こうした習慣があるのは素晴らしいことだろう。
それもやはり街の安全を守ってくれている魔法士たちへの感謝を忘れない大人たちの姿があってこそか。彼らのその姿勢を見て育つ子供たちが5年後10年後は今度は市民を守るか子供たちに礼儀正しさを見せるのか、いずれにせよ、心地よい関係は受け継がれていくのだ。
『有り体に言えば、正義の味方とかかもな』―――迅雷はふと以前煌熾が言っていたことが分かるような気がした。ベタな「市民を守れる強い魔法士」になる意味はここに見つけたに違いない。
・・・なんて風に迅雷が感慨に耽ってると、ランドセルを背負った3人の男の子が彼の目の前まで駆け寄ってきて、キラキラした目で見上げてきた。急だったので驚いて、迅雷は小さく声を上げた。
「おっと?なんだなんだ?」
「お兄さんすげーな!あれさ、真っ先に突撃してさ!そんでさ、ババーってさ、一瞬で強そうなのやっつけてたじゃん!」
「おれもいつかあんな感じで剣使ってみたい!」
「てかさてかさ、その後もヤバかったよなー!」
寄ってきてはどうにもとりとめのない感想をぶつけられて迅雷は嬉しいやら困るやら。でも、こんな風に言ってもらえることが自信になる。むしろこういう褒め言葉は見ず知らずに人に言われた方が印象も強いことがあるかもしれない。
迅雷は3人と視線の高さを合わせるようにしゃがみ込んで、それぞれの顔を順に見てから二カッと笑ってやった。
「ありがとな。君らも頑張ってたらすぐにこれくらい出来るようになるさ」
「ホントに!?じゃあお兄さんみたくなれんの?」
「・・・・・・多分?」
「あ!?なんかやな笑顔だ!!」
簡単に追いつかれても癪だなぁ、なんて大人げないことを思った迅雷は、少年たちを小馬鹿にした笑顔で茶化してやった。
「・・・冗談だよ。でも俺みたいになっちゃいろいろな人に迷惑かけちゃうから、目標はもっとしっかりしとけよ?」
「「「は、はい・・・?」」」
「そーれ、遅刻しちゃうぞ。行った行った!」
迅雷が腕時計を見せてやると、男の子たちは「やべっ」と声を揃えて走り去ってしまった。ランドセルを揺らす小さな背中は遠退いていき、彼らの名前も知らないのに一抹の淋しさを感じさせる。
「さて、俺もそろそろ―――」
「あのー・・・すみません・・・」
「はいはい?」
ひっきりなしに声をかけられるので、迅雷の方こそ遅刻してしまうかもしれない。まぁ、そのときは退院したてだから、という感じに言い訳すれば良いのだろう。
それで、次に迅雷の背をつついたのは大学生らしき女性だった。相手が年上の女性と分かった途端に迅雷の顔から冷や汗が滲み出した。甘菜と普通に話せているから慣れた気になっていたが、どうやら迅雷の年上女性への緊張症は治っていなかったらしい。これだからたまに変な趣味を疑われるのだ。
「な、なんでござ・・・じゃなくて、なんでしょうか?」
「・・・?どうかしましたか?」
「いっ、いえいえー?お気になさらずー・・・」
なんて言った時点で訝しまれるのは目に見えていて、迅雷は耳まで赤くした。
「で、どうしたんですか?」
「あー、はい、ごめんね。それで、あなたってあの新しく結成した高校生パーティーのメンバーの人だよね?」
「へ?あぁ・・・」
「あっ、違ったらごめんなさい!?その、もしかしたらそうなんじゃないかって思って」
「大丈夫ですって、合ってます合ってます!それにしても、よく分かりましたね。ウチなんてまだ出来たばっかりで大きな活躍したわけでもないのに」
「そんなことはないですよ。私もランク3だから時々ギルドに行ってクエスト受けたりもするんですけど、一緒に行く仲間とも、ここのところは『我儘なき・・・、とにかくあなたたちの話ばっかりなのよ?というか、他の人たちもよく同じ話してるし」
「やっぱ名前覚えにくいんですね」
最終的にパーティー名をキメた張本人である迅雷は萎えた笑みを浮かべた。とはいえ、こんなに冗長な名前にしたことは後悔していない。なぜなら、そこには大切な仲間たち全員の思いが込められているのだから。
女子大生の話で迅雷は自分たちの存在が他に与えたインパクトを実感していた。これも見知らぬ相手が一方的に自分のことを知っていることが大きかった。まるで『山崎組』みたいな大物パーティーの仲間入りをしてしまったみたいだ。もちろん知名度の方向性は違うから、威張れるものなどまだ持っていないが。
強者がひしめき合う魔法士業界の1つの要衝に『DiS』は自らのスペースをこじ開けて、居座ることに成功したのだ。
「名前はごめんね、あはは・・・。でも、応援してるからね!これからも頑張って!」
「ありがとうございます」
「それとさ、あなた、確か『高総戦』でも結構いいところまで勝ち進んでた1年の子でしょ?」
「そ、それも覚えてるんですね」
「うん、期間中はテレビにかじりついてたものでして。すごかったからなんとなく覚えてるよ。でもなんか実際に話してみると思ってたのとは印象が違ったから、ちょっとビックリしたな」
ビックリと言いながら女子大生は安心した顔で笑っている。
あぁ、この人は最後のヤケクソを見て俺の顔を覚えていたんだな―――と迅雷は理解した。
それなら確かに、いやきっと、あのときテレビの中にいた少年と今ここにいる少年とでは内面に大きな違いがあるだろう。見る人によれば別人にさえ見えるかもしれない。
「あ、長く引き止めちゃってごめんなさい。高校も遅刻しちゃいますよね。じゃあ、頑張ってね!」
「いえ、ありがとうございます」
ただの普段通りの位相歪曲かと思えば、モンスターを倒すだけではなくて、意外に思うことの多い朝だった。迅雷はエールを送ってくれた女子大生に軽く会釈してから、ようやく肩の力を抜いた。
迅雷は今度こそ、遅刻しないように早足で歩き始めた。
●
学校に着いた迅雷を迎えたのはクラスメートたちの驚きの視線だった。事情を詳しく話してしまうといろいろ面倒なことになりそうだから、迅雷はみんなの「なぜなに」にそれっぽい誤魔化しで返事を済ませた。
『DiS』のメンバーの安否についても聞かれたが、それについてはなにも心配するなと伝えた。そうは言って迅雷もまだ目が覚めない慈音のことが心配なのだから、まだ見舞いにも行けていないクラスメートが不安に感じないはずないことは知っている。
ただそれでも、今にも泣きそうな顔をする友香や向日葵の前で迅雷まで自信のない表情は出来ない。だから、「心配ないからさ」と可能な限り励ますのだ。
そうこうしているうちに真波が教室にやってきてホームルームを始めるので、迅雷に詰め寄る生徒たちも着席を余儀なくされた。
点呼の空白に木霊する幻聴は無形の鋭さがある。教室の中には当然、1人だけ無事に戻ってきた迅雷がヘラヘラ笑っていることを良く思わない人もいるということだろう。静かな悪意は確かに感じられるのだった。
いくら心構えが固まっても、刺さるものは刺さる。汗が染み出るような気がして、迅雷は机の上だけ見つめ、滑らかではない板の傷を数えた。
重苦しいホームルームが終わると、真波が教室を出る前に迅雷の席まで歩いてきた。彼女は少し腰を屈めて迅雷に耳打ちをする。
「神代君、悪いけど、ちょっと来て」
「・・・はい」
真波に連れられて迅雷がやって来たのは、職員会議や委員会活動なんかで使う小さめの会議室だった。つまり、そういうことだ。
「さ、入って」
「失礼します」
もう席に着いている顔触れを見渡して、迅雷はすぐにこれからなにを話すべきか考え出した。言われそうなことは、とっくに分かっている。
相変わらず学校にいない学園長・清田宗二朗の代わりに今日も教頭の三田園松吉が口火を切る。
「すまないねぇ、神代君。1限もあるのに急に呼びつけたりしてしまって」
「いえ、こっちの方が大事な話ってことなんですよね。仕方ないですよ」
「ふむ」
困ったように笑ってみせた迅雷だが、そこはベテラン教師なのか、松吉はそこに見えている弱々しさとは別のものに「ふむ」と呟いていた。
今度は松吉の隣に座る生徒指導主任の西郷大志が迅雷の様子を窺っている。
「体の方は―――本当に大丈夫なんだな?」
「はい。もうギルドから聞いてるとは思うんですが、まぁ・・・しっかり手当してもらえたので」
「聞いてはいたけど、そうか。いや、良かった。ただお前だけケロッとしてると文句言うヤツもいるかもしれないからな。困ったらいつでも先生たちに言ってくれ」
「はは・・・。そのときはお願いします」
主軸とは関係ない話は済んだところで、時間も有限なので、松吉が本題を持ち出した。
それは案の定、迅雷が想像していた内容とほとんど一緒だった。いいや、本来としてそれ以外にはあり得なかったのだ。
松吉はあくまで淡々としゃべるが、迅雷は緊張を緩めないでいた。
「率直に言うんだけどねぇ、神代君。パーティーごっこはもう終わりにして欲しい」
「すみません。お断りします」
「ふむ・・・。私だって意地悪したくて言っているわけじゃあないんだ。君も、焔君や阿本君も確かに優秀な生徒だ。東雲君だって才能は高いと思う。けどねぇ、まだ君らは学生であって、魔法士じゃないんだ。本来は」
「それくらいのことは分かってます。俺は全然―――半人前が粋がったことしてるだけです。でも、だからって否定される筋合いなんて、ないです」
「ちょっ、神代君!教頭先生も私たちも、本当に心配で・・・」
「それだって分かってます!・・・でも、心配されないようじゃ、先には進めないから」
語気を強める迅雷に真波は慌てて声を被せたが、迅雷はもう意見を変えなかった。
今のは、真牙の言葉を迅雷なりに言い直したものだ。届かないものに届くために、要るものを手に入れるためには、多少の無茶は必要だ、と。
最初は一番の反対者だった自分がその考えをここで述べる意味を、迅雷は思った。
あの場所は、『DiS』は、迅雷には必要な場所だった。
「どうしても、聞き入れられないのかい?」
「出来ませんね。―――それに、俺1人がどうこうする問題じゃないでしょう?俺はパーティーのリーダーじゃありません。みんなでキチンと話をしないと、なにも決まりません」
言外に迅雷は「大人がよってたかって生徒1人をいじめるのは汚い」とでも言うようだった。静電気のように空気が張り詰めたのを感じた直後、始業5分前のチャイムが鳴った。
「とにかく、俺たちは『DiS』を解散する気はありません。・・・そこに、ちゃんと意味と価値がある限りは」
「そうかい。あぁ、そうだ。最後に聞くけどねぇ。君らのパーティーに加わったっていうランク4の魔法士を先生たちにも紹介してくれないかなぁ?早めに顔を見ておきたいんだ」
「すみません。あいつ、今手が放せないらしくて、それも今は難しいです」
「ふむ・・・まぁそれなら仕方がないねぇ。また今度、機会があればにしよう。その子の名前はなんて言うんだい?」
「え?えっと・・・千影、です」
「・・・分かった。それじゃ、授業に行きなさい」
「本当にすみません。では、失礼しました」
―――あれ?苗字は言わなくて良かったのだろうか?
まぁいずれは広く知れる可能性もあることなので、迅雷はそこまで気にしなかった。なにより千影自身が自らのプロフィールをランク4の魔法士にしている上、そこにいる大志も千影のことは知っている。
迅雷はとりあえず今紹介出来ないことを謝りながら、会議室を出た。