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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect25 ”見せたい思い”


 おぞましいなにかを見る目。心に刺さり、苦しみの記憶を蘇らせる―――が、それでも千影は無理に笑った。力のない微笑みは恐怖の眼差しだけを受け、感情を薄れさせていく。


 ―――でも、大丈夫。ボクは正しいことをした。ここにいる人たちを守るために、すべきことをした。それに、やりたいと思ってしたことなんだから、どんな目で見られたって良い。


 「それにきっと、とっしーだけは・・・・・・って、そっか。ボクもまだまだ甘えん坊だなぁ」


 受け入れられることに慣れてしまった。この暖かさを知ってしまえば、もう手放したくはないだろう。なら受け入れられてしまえば良い。きっと、受け入れられ続けてしまえば良いのだ。

 千影はワガママを通すだけの子供でありたい。


 そう思うと自然と自信が湧いた。


 知らない間に千影の中のなにかが変わっていた。


 「人はみんな、他の誰かから受け入れられたい。だから人は社会を作った。だから人を『人』と書き表した、か・・・」


 久々に思い出したのは、もう随分と昔、千影に人の理知を教えてくれた男が謳っていた文句だった。


 「なにを言ってるんだ・・・!お前が手にかけたのは人なんだぞ!こ、子供だからと言って許されることとそうじゃないことがある!お前は・・・お前みたいな子供は、悪魔の子だ!!」


 「・・・・・・ッ」


 ―――悪魔の子。鬼子。


 唇を噛み、千影はほんの数秒前の感情を必死に思い出す。それだけで穴は満たされるから。

 覚悟を決め、千影は大きく息を吸った。


 「それは違うよ!この2人は人間なんかじゃない!!」


 なにを、とざわめく人々。言葉では足りない。証明が要る。


 千影にしか気付けないこの違和感を確かな情報を提示することで今この場で一般化するには、どうすれば良いのか。魔力の計測器具を用いるのか―――否、そんな時間はない。今頃は迅雷たちがダンジョンで千影のことを待っている。

 そんな大袈裟な作業なんてしなくても、IAMOはとても便利なモノを作っただろう。千影はそれを利用する。


 「それじゃ、君。1個、簡単な魔法を使って欲しいんだけど、良いかい?」


 「・・・・・・ッ!やはり貴様は―――」


 「そうだよ。そうじゃなきゃ、気付いてないからね。ほら、とりあえず『マジックブースト』やってみて?そしたら解放してあげるからさ」


 千影の正体を確信した男が脂汗の中に冷や汗を混じらせた。

 こんなところで正体を暴かれてしまえば、せっかく隠密に進めてきた計画が未完の脆い状態で終わってしまう。

 ならどうするべきか。少なくとも魔力を放出しただけで人間でないのがバレることはないはずだ。ただ、それも少量の場合に限る。

 つまり、見て分かるように『マジックブースト』を行えば―――。


 男はなにもせずに組み伏せられた姿勢のまま床を見ているしかない。だが、千影の催促は冷徹に投げかけられ続ける。


 「どうしたの?それっぽちも出来ないの?そんなはずないよね、ダンジョンに潜るくらいだし」


 大怪我をした男にそれ以上を強いようとする悪魔の子に人々はやめるよう言うが、千影はそれを一蹴して黙らせた。よもや千影に手を出そうとする者はおらず、結果的に千影の要求を呑むのが男にとっても最善の方法であるように、場は移りゆく。

 千影のあまりにも簡単な要求にも関わらずなぜか従わない男を、人々は次第に訝しみ始めた。


 それが分かると、男はもう笑えてきた。なぜ自分に限ってこうも不幸だったのか。今まであんなにも順風満帆だったのに。


 いつも以上に神を呪い、男は口の端を裂いたように歪めた。目は血走り、表情の歪さの源は苦痛から狂気へと変わる。


 「分かった。分かったよ、やってやる・・・」


 魔力を使うチャンスを与えられたのなら、いっそのことこの場にいる目撃者を全て殺してしまえば良い。

 男には、ほんの数秒千影を欺ければそれで良かった。

 男は魔法という技術のノウハウを一切知らない。なぜなら男の持つ魔力ではそもそも魔法を構築出来ないからだ。


 だけれど、男には魔術(・・)がある。


 次の瞬間、千影に下敷きにされていた男の体が消えた。



          ●



 古来より、人が記した悪魔の術法というのは奇跡と呼ぶに相応しい結果を残している。契約を交わせば―――例えば自らの魂を売り渡せば―――どんな望みでも叶えてくれる。


 既に魔法という超自然的力の存在が立証された後の時代ではあったが、ゲーテの戯曲『ファウスト』で知られる錬金術師ファウストの伝説が悪魔という存在の超常性を物語っている。


 それが結局ただの伝説だったのか、それとも現実に起きたことだったのか、悪魔と呼ぶべき存在の実在が確認された今では分からない。

 それでも確かだったのは、悪魔が行使する、人の理路整然として汎用な魔法と対を為した複雑怪奇なる技術体系、魔術だった。


 魔術はきっと、虚空から金貨を生むことも美しい少女の心を誘惑することも、未知を既知とすることも出来ただろう。



          ●



 結論から書くならば、男、もとい悪魔が行った瞬間移動は成功だった。


 だが一方で、男の目論みは既に失敗で終わっていた。


 一切の連続性を無視して群衆の頭上へと「跳んだ」悪魔に、千影はありとあらゆる連続性に縛られたまま追いつき、空中で再び悪魔を拘束する。もはや数秒どころか1秒ほどの猶予しか得られなかった悪魔には、当然眼下でなにが起きたかも分からずたじろぐ人間の1人を殺すことすら能わなかった。


 やがて風魔法と重力によって加速する千影に押され、悪魔は激しく床へ落着した。全身に骨が割れる感覚が駆け抜ける。


 「が・・・ぁ・・・」


 「余計な抵抗はオススメしないって言ったのに。君1人じゃボクとは張り合えないよ?・・・でも、結果オーライかな」


 IAMOが配信している公式アプリケーションが、今この瞬間に発生した黒色魔力の反応を警告していた。

 これで千影の行動は証明された。ここにいるのは、人の皮を被った異界の住人、魔族である。

 そして千影が確かめるように振り向けば、人々は引きつった声を出して逃げ去っていった。



          ●

          ●

          ●


 

 「そして分かった彼らの正体は人間に化けたサキュバス・・・つまりは悪魔だったの」


 サキュバス族というのは、一般的に知られる夢魔・淫魔のうちの特に女性型と同一視するかもしれないが、その実、同じとも違うとも言いにくい。ただ、簡潔にまとめると変身魔術に秀でた魔族人種の1つだ。

 基本的に変身の技術の他には特筆すべき点もなく、魔族の中ではサキュバス族は至って平凡な能力の人種である。しかし、それでも彼らの生物としてのスペックは人間よりは高い。


 人間の魔族の関係はかなり昔から良好とは言えず、したがって彼らの「密入国」というのは人間世界の人々にとって脅威以外のなんでもない。それは少し前に晶界に魔界が攻め込んだというニュースに全世界が震撼した事実が証拠である。


 「・・・な、なるほど」


 「今は2人ともギルド内の特殊な牢屋に入れてるから、その2人だけに限ってはもう心配はないわ」


 甘菜の話は、薄々分かっていてなお十分に驚き怯むに値する暴露だった。

 ただ、その一方で迅雷は安心してもいた。肩の力が抜けてホット理と息が出る。理由だって簡単だ。


 「でもつまり、千影はなんにも悪くなかったってことですよね。そこだけは・・・まぁ、ちょっと安心しました」


 「うーん、あの場での千影ちゃんの判断そのものは正しかったと思うけど、善し悪しはつけられないよ。少なくともその場にいる人たちには、あの子が無慈悲に人間を斬りつける悪魔に見えただろうから。しかも最後のアラートも結局サキュバスと千影ちゃんのどっちが原因だったのか、見ていた人には分からなかったかもしれないし」


 「それは・・・」


 「それに、君にもなにも伝えなかったのは酷い気もするし」


 最後には斬られた人の方こそ悪魔だったと判明するとして、だからその前に見た惨い光景への恐怖もトラウマも怒りも、綺麗になくなるはずがない。記憶には千影が危険な存在だという印象がこびり付いているはずだ。


 「なんだよ・・・それ」


 「ん?」


 「あぁ、いや・・・」


 ―――そんなの、報われなさ過ぎる。


 話だけだ。話だけだったのに、その中で千影が取る行動のひとつひとつがどうしようもないほど、千影らしかった。

 千影はとても矛盾した少女だ。ただただどちらにしても優しくて、貴い。


 なんだか彼女が受けるはずの痛みを自分が受けるような気持ちになって、迅雷はつい不満を漏らしていた。

 甘菜は迅雷の呟きに尋ね返していたが、迅雷が苦笑して「なんでもない」と言うので、次の話に進むことにした。


 「これで千影ちゃんの起こした騒動の話は一段落なんだけど、この後、この事件はかなりの規模にまで話が広がったのよ」


 本来は内密にするべきだが、ここまで話してしまえば今更だ。甘菜は迅雷には被害者として十分な理由を知る権利があると判断したので、続きを話し出した。


 それは5番ダンジョンの異常事態の話であり、その探索に向かった人の一部が恐らく悪魔の手によって殺害され、成り代わった彼らが人々の中に紛れている可能性の話だった。


          ●


 迅雷が怪しまれた理由も、元々どこに悪魔が潜んでいるかも分からず緊張していたところに意味深なことを言ってしまったからだった。

 納得したり腑に落ちなかったりしたりはあるが、迅雷はそれすら置き去りにした事態の重大さに頭を抱えていた。


 「そんなの、メチャクチャじゃないですか。俺一人に構ってる場合じゃないっていうか・・・」


 まだまだ世間知らずな学生の分際でも分かるほど、今の一央市は危機的なのだ。まだ潜在的名悪魔の脅威だって、いつ牙を剥き、顕在化するか分からない状態にある。

 しかし、慌てる迅雷を甘菜は優しく宥めた。

 迅雷の言う通り、現状ではこの件の規模はデタラメなことになっている。迅雷に謝罪している暇があるなら、その時間でもっと多くの人手が欲しいところだ。

 

 とはいえ、ギルドも無策ということはない。既に打てる手は打っている。


 「大丈夫だよ、迅雷くん。焦る気持ちは分かるけど君たちに危害が及ぶことがないようにギルドも頑張ってるから。それと、千影ちゃんも」


 「千影が?」


 「うん、そう」


 話の流れとしては、恐らく不自然な点はなかった。ただ、それは分かっていても、この話を受けた時点で迅雷も黙って納得しているわけにはいかなくなった。

 

 元より迅雷は戦列への参加も厭わないつもりだ。ランク1でも、迅雷は既にライセンサーだ。とうに守られる側の枠からははみ出している。

 そしてなにより、そこに千影がいるのだから。


 「甘菜さん、俺にもなにか手伝えることはないんですか?」


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