episode5 sect24 ”事件の真実”
気付いたら累計PVが100,000超えてました(感無量)。ありがたいことですね(これからもよろしくお願いします)!
ひとしきり笑いきってから甘菜は目尻に溜まった涙を指で拭った。
「あっははは・・・ふぅ。あー、おかし。君、実はSなんじゃないの?」
「まさか。今は強気になれるだけの名目があるだけですって。それがなくなったら次に土下座するのは俺の番ですよ」
「いやいや―――あれ?なにこれ、今は私が土下座する番だとも取れる・・・?そ、そうだよね、私は本当に酷いことをしたんだもんね―――」
「だからそういうのは大丈夫ですって!言ってみただけですからいちいち気にしないでくださいよ!」
これで流れのままに甘菜に土下座をさせたら、多分迅雷の中の大切ななにかが音を立てて崩れるような気がする。
迅雷は必死になにかちょうど良い話題はないかと考えて、さっき部屋を出て行った男のことを思い出した。
「そ、そういえばさっきの人はどこ行ったんですか?」
「あー、清田さんのこと?あの人なら逮捕されました」
「なぁんだ、逮捕されたんですかー。そっかそっか・・・・・・って、今なんて!?」
「おお、見事なまでのノリツッコミだね」
「いやいや、待ってくださいよ。なんでそんな暢気なんですか。逮捕とかいう衝撃の瞬間が壁一枚向こうで起こってたんですよ!?」
「『いやいや』は私のセリフよ。ホントは私だって同罪みたいなものだから捕まってて当然だったくらいなのに」
甘菜は、未だに自身が受けた被害を事件として見られていない迅雷を心配そうな目で見た。警察は直接危害を加えたわけではないからと甘菜のことは見逃してくれたのだが、その代わりに見られた少年の純朴な様子が一種の罰のようにも感じられる。
これなら怪我の1つでも残っていた方が良かったのだろうか、なんて風にも思えてくる始末だ。
「あのね、清田さんは傷害罪で捕まったのよ?」
「・・・・・・まぁ、はい」
「理由はともかく、私たちはなんにも悪くない迅雷くんを疑って、一方的に攻撃した事実は、君だって分かるでしょ?君がどう感じているかは私には分からないけど、少なくとも私やギルドのみなさんにとってこれは謝って済む話じゃないの」
「そりゃ、そうですけど」
「分かってるのかなぁ・・・」
甘菜に諭されてなお、迅雷は複雑そうな表情っで髪を掻き毟っていた。言われるまでもないような、言われないとしっくりとこないような。結局のところ、迅雷にとって重要なことはそこではなかったからだ。
逮捕云々の話よりは納得のいく理由を先に与えて欲しいだけなのだ。
ただ、それとは別に迅雷は甘菜の言葉に引っかかるところがあった。
「というか、あの人の名前って、その・・・なんか今『清田さん』とか呼んでたような?」
「そうだね、清田浩二さんっていうのよ?」
「いや、すみません、俺なんかいろいろ巡り巡ってまた自分の学園生活に心配が・・・」
迅雷はまた頭痛がしてきて眉間を押さえた。主に、逮捕された男の姓を聞いたせいで。
この上なく聞き覚えのあるその苗字はマンティオ学園の学園長と同じなのだ。
甘菜はそれを察して苦笑した。
「あー、はいはい。ふふふっ、確かに清田さんは君の学校の学園長先生の息子さんなんだけど、この事件がそっちにまで飛び火することはないから安心してね」
「ホントに?」
怪訝な顔をする迅雷に甘菜は頷いた。
その理由はいろいろと大人の事情とかが入り乱れるからなので、そこまでは説明しない。
代わりに甘菜は話を茶化すことにした。
「それにしても、清田さんは一央市ギルドのレスキューチームのリーダーですっごい腕の立つ魔法士だったから、あの人いないと戦力的にちょっと困っちゃうかもだよねー」
「へぇ・・・そんなに強かったんですか、あの人」
昨日はだいぶ痛めつけられたのだが、それは迅雷が健闘したわけではなくて、あれでも殺さないように浩二が精一杯力をセーブしていたということなのだろうか。あるいはそもそも、本来得意な戦い方をしていなかったのかもしれないが、いずれにせよ迅雷は無性に悔しくなって顔をしかめた。
いつか清田浩二に一泡吹かせてやろうと密かに決意する。
「あ、でもそっか。清田さんも一騎当千って言葉が似合いそうだったけど、迅雷くんのお父さんと比べたら一騎当100分の1くらいみたいな感じなんだよねー。あはは」
「100分の1!?」
―――なんだそれ、大丈夫なのかそれ?一騎で1にも満たないじゃん。
迅雷のツッコみなど意に介する様子もない甘菜であった。
このままでは話題があらぬところに飛んでいきそうだったので、迅雷はベッドの上で居佇まいを直した。
「で、話を戻すんですけど―――」
ぐぅ、と、迅雷の腹の虫が鳴いた。
●
「それじゃあ、本題に入ろっか」
「なんかすみません・・・」
優しく微笑みかけてくれる甘菜に迅雷はちょっと照れた。真剣な顔で腹を鳴らした迅雷のために、今は甘菜の奢りで病院内の一般食堂に来ていた。
好きに頼んで良いよと言われても申し訳なさで遠慮がちになる迅雷が焦れったかったのか甘菜がカパカパと食券を買い足したので、迅雷が机に置いたトレイは食べ物でずっしりだ。なかなかこれが病み上がりの少年への仕打ちとは思えない―――のだけれども。
昨夜誤って迅雷に重症を負わせてしまったというギルドからの連絡があり、先ほど迅雷が目を覚ますよりだいぶ前に真名も直華も病院に飛んできていた。その後2人は迅雷の無事を確認して一旦帰宅したのだが、朝には再び真名が来て迅雷の着替えを置いていった。
・・・ということで、迅雷はとっくにボロボロではない私服に着替えていて、どこからどう見ても病み上がりには見えない。
さて、無駄な事情説明は切り上げよう。
ようやく一番初めの話題に戻り、甘菜は声の大きさには多少気を付けながら話し出した。
「千影ちゃんの起こした騒動、だったよね?」
「はい、そうです。俺、あいつからなんの話も聞かされていないから」
「分かった。ただ、声は小さめにね?もしかしたらこの中にも昨日のことを見た人がいるかもしれないから」
「そんなに・・・酷いんですか?」
「多分君が思ってるよりずっと。これから先、ウワサはもっと広がって、みんながあの子のことを恐がると思う」
「・・・・・・」
「昨日は、確かあの子が人を攻撃したってところまでは話をしたよね?」
「え?えーっと・・・はい、そうっすね」
それ自体、迅雷としては未だに疑問なのだが、ここで無闇に追求しても話の腰を折ってしまうだけなので、彼は聞きたいのをひとまず我慢した。それから、その後には自身が言ったことも思い返していた。例の、自分の方の騒ぎのトリガーとなった出鱈目な発言だ。
もっとも、それは当人同士の間では、捉え方は違えども出鱈目ではなかったようだが。
「それで、千影に攻撃を受けた2人組は結局人間ではなかったんじゃないか―――というところでしたよね。つまり、俺の言ってたことって・・・」
なにを思い返すのか少し沈黙した甘菜は、2秒後には小さく「そう」と言った。
●
煌熾に背中を押されて真牙と慈音、そして迅雷が5番ダンジョンへの門に消えたのを確かめて、千影はホッとした。
―――これでいい。これで、心置きなくやれる。
千影は先ほど自分たちと入れ替わりに5番ダンジョンから帰ってきた2人の男に声をかけた。
「ねぇ、そこの2人」
「ん?なんだい?・・・・・・!?」
千影に意識を向けた男たちの表情が不自然に変化した。つまり、そういうことで確定、ということになる。
もはや言葉を続ける必要はなかった。
なんの予備動作もなく、一切の前兆もなく、ただ唐突の極致として起こったその出来事に人々が反応を示すのは、勃発から数秒後のことだった。
誰もがそれをただ「渡し場」に風が吹き込んだのだと認知した。
その超速で放たれた暴力を聞きつけるまでは。
「ごぁッ!?」
殺さない程度には運動量を抑えつつ、それでもなお無抵抗な人間であれば確実に重い後遺症が残る威力で、千影は男の1人に延髄斬りを叩き込んだ。
斜め45度、下へ吹き飛ぶ男。なにが起きたかも分からない顔をしたまま男は額から床に激突し、赤い液体を撒き散らしながら2度3度と、何メートル単位の高さでバウンドした。
「―――まずは1人」
自分より身長の高い相手の首を蹴るために大きく体を捻った千影は空中で頭を下にしたまま呟き、もう一方の男に視線を移す。
こちらはまだ気絶させない。最終確認がある。
「さすがに良い判断スピードだねっ!」
相方を潰された男の迷いのなさは、ともすれば異常なほど冷静だっただろう。
千影が空中にいる隙を見逃さない男は黒いオーラを纏った手刀を繰り出してきた。
その一撃には間違いなく、容易に少女の薄皮を引き裂いて、その首を床に転がすだけの脅威性があった。
にも関わらず、無防備とさえ思われた体勢の千影がその結果を被ることはなかった。
「でも全然だね。君はナメクジかなにか?」
その一瞬に間に合わせて放たれた罵倒は男の耳にとっては言葉に聞こえなかった。常人の反応域を超えた領域にあって、それでも千影と男の住んでいる世界では時間の流れが共通していない。すぐ触れられる距離に存在した、別次元の存在。
仲間を倒した少女の口から声が漏れたように感じた頃には勝敗が決している。
迫る床面に気付いて、ようやく男は自分が押し倒されたと実感出来た。床で顎を打つと、途端に自身の体に及んだ被害が現れる。
「・・・が、ぁ?おあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「うるさいよ、君。これ以上の抵抗はオススメしないけど―――どうする?」
止まっていた時間が動き出す。
ゴス、という鈍い音。ゴキリ、という骨折音。ビチリ、という重い液体が跳ねる音。ジリリ、というアラート音。ドサリ、という人体の転がる音。ドチュ、という肉塊が床に落ちる音。
人々には、その全てが同時に起きたように感じられただろう。
その音を気にして目を向けた1人の女性が悲鳴を上げれば、恐怖は瞬く間に蔓延していく。
「渡し場」の最下階の、広い床のその中央。血溜りの中に倒れて、今し方隻腕となったばかりの男が絶叫していて、その背には幼い少女がいた。
少し離れたところには首がおかしな方向で曲がった男が、鮮やかな赤の尾を床に引いて倒れている。
知覚不可能の領域で行われた凶行と、その結果生み出された惨状は、日常を生きる彼らにとってあまりに衝撃的だったに違いない。
同じく被害者と思われた子供は、しかしその手に握られた血塗れの短刀によって加害者であると判明した。
その事実が動揺の広がりを加速させ、悲鳴とは別の反応も生まれ始めた。
「な、なにをしてるんだ!君は!?」
「とりあえず事務室と救護室に連絡を―――!」
「わ、私たちがあちらの人を介抱しますからそちらは―――」
男の背に乗ったまま、千影はその声を聞く。そして、こう言った。
「ビックリさせてごめんね、みんな。でも、その必要はないよ」
子供の無邪気な笑顔で、その場の全てが凍り付いた。