episode5 sect20 ”チョコスナック”
千影はしばらく歩いていて見つけたコンビニに入ることにした。
今日はだいぶ暴れる羽目になったので、魔力を蓄え直さないと体が怠くて仕方がない。・・・と、いざコンビニの中に入ろうというところで千影はやけに店内から漏れてくる光が少ないなと思った。現代のコンビニはこの時間帯でも眩しい場所の印象なのだが、どういうことかと思って見れば、窓際の雑誌コーナーに横一列で行儀良く並んだ大柄で真っ黒な学生服たちに遮られて暗く見えていたらしい。
学生と言っても、深夜に外をほっつき歩くのなんてはぐれ者のすることだ。
「ま、いっか。ボクが困ることでもないしね」
気にせず店内に入ると不良少年たちが千影に揃ってガンを飛ばしてきた。実は訓練でもしていたのでは、なんて思うほどのシンクロ率に千影はちょっとだけ感心した。
もしかしたら1回コッソリ店を出てもう一度入り直せば、また同じリアクションをしてくれるかもしれない。
ということで、面白くなってきた千影は足音を立てずに一旦店の外に出た。
レジの店員さんだけはそれに気付いて千影に申し訳なさそうな顔をしていた。多分あのひょろっこいバイト青年には不良少年たちに話しかける勇気がないのだろう。それで、千影が恐くなって帰ってしまったのだと思っているに違いない。
「やれやれ、今どきの男の子は軟弱だなぁ」
千影は小さく肩をすくめ、それから意気揚々と再び自動ドアの前に立つ。聞き慣れた入店のメロディーが流れ、またもや不良たちの視線が息ピッタリに千影を射貫く。華麗だ。
なんだか本当に楽しくなってきたので、千影はまた店の外に出た。
入って出て、入って出て、入って出て、入って―――。
「オイこのクソガキャァ!俺らで遊んでんじゃねぇぞオッラァ!?」
「バ、バレてた!?」
もう千影でさえティロリンティロリンとひっきりなしに鳴り続ける入店メロディーには飽きてきた頃、遂に入り口に一番近かった不良Aがキレた。
急に大声を出されたので千影は驚いてしまったのだが、よく見るとレジにいた青年がいない。見張る目がなくなったからか、不良少年Aはズカズカとふんぞり返って千影に近寄ってきた。
「バカにしてんのか?調子乗りやがって!」
「な、なんじゃい!いいじゃんいいじゃん、だってシンクロみたいで面白かったんだもん!」
「だからって人で遊んでんじゃねぇよ!あんまりナメてっとマジでガキでも容赦しねぇぞ!」
「なんだなんだ、ボクとやろうってか!というか君たちだってゾロゾロ押しかけて店員のお兄さん困らせてるじゃん!」
「俺らはフツーに立ち読みしてるだけだっつーの」
「・・・?それもそっか・・・?」
アホ毛をハテナマークにして千影は首を傾げた。
ちなみにコンビニの立ち読みは一応マナー違反らしいので、ほどほどにしましょう。
「じゃあいっか。あ、でもあんまりワルいオーラは出さないでね。他のお客さんが困っちゃうからね」
「なんだコイツ。ババア並みに肝据わってんな・・・」
「ババア!?今そう言った!?こんなおめめクリクリの女の子にババアはありえないんですけど!!これは1時間くらいお説教しないとダメかな!!」
千影はこれでそれなりにロリであることへの拘りがあるので、中身完熟説にはブチ切れた。
それは確かに今までの人生経験上、一般的な小学5年生平均の女の子と比べると千影はかなり異質なメンタリティをしているかもしれないが、それでもまだまだ子供らしい方だ。現に今もまだ子供らしいイタズラをしていたくらいだし。
「まったくもう・・・。まぁいいや」
また腹が鳴ったので、千影はお菓子売り場の棚を漁る。甘いものが食べたい気分だったのでチョコレートスナックをひとつ選び、カゴにおんなじものをたくさん放り込む。すると窓際からゲラゲラと笑い声が。
「おいおい、そんなにかよ!お小遣い足りまちゅかー?ぎゃははははは!」
「余計なお世話だよ!」
鼻を鳴らして不機嫌を表現し、千影は体に不釣り合いな重さになったカゴを持ってレジに行くのだが、そういえば店員がいなくなっていたのだった。・・・と思ったのだが、よく探すと店員の青年はレジのカウンターの影に隠れて震えていた。
「・・・なにしてるの?お会計お願いしまーす」
突然声をかけられて青年は肩を跳ねさせたが、千影の無邪気に目を見てホッと息を吐いていた。
「お会計は3240円になります・・・払えるの?」
「む、店員さんまで。払えるもんね・・・・・・ぁ」
「『ぁ』?」
すっかり忘れていた。ダンジョンで戦ったときにズタボロにされた服はもうさすがに着られないし、そもそも血まみれだったので、上も下も新しく買い直したから千影の財布はすっからかんだった。
店員の青年が気まずそうにするので、千影は苦笑して後ずさった。
「ご、ごめんね。ちょっと下ろしてくるから待ってて」
ATMでとりあえず1万円ほど引き出し、ついでなので馬鹿にされた仕返しに窓際の不良どもに千影は諭吉様を見せびらかしてやった。ヒラヒラたなびく壱万円札に不良どもの目の色が変わる。
「あぁ!?なんでガキが口座持ってんだ?」
「あ、もしやお前、マンティオ学園に今年赴任したっていうロリ養護教諭か!?どおりで大人ぶったこと言いやがるんだ!」
「なるほど、それなら辻褄が合う!じゃあガキじゃないじゃねぇか!ナメやがって!どう落とし前つけてくれんだあァン!?」
「おじょーさーん、悪いんだけどー、俺ら今ぁ、金に困ってんすよー?」
と言った具合に、急に千影がカツアゲされそうな空気になってきた。
「い、いやいや、それは人違いだよ!本物はボクより少し背が高いし、栗毛ちゃんだから!ボクはほら、金髪!」
「うっせぇ!どうせ染めたんだろ!」
10歳女児を取り囲む14から18歳の野郎共。今更千影がロリコンホイホイスマイルを浮かべても、そっちの気がない不良たちが伸ばした手を引っ込めることはしない。
しかし、そんなときだった。数分ぶりに自動ドアが開いて人がやって来た。
「おいお前ら、ガキ相手になにしてんだ」
「あ、厳島サン!」
どうやらその強面の少年(?)は不良たちのリーダーかなにからしい。しかし、厳島とやらを見た千影は見覚えのある顔に小さく声を上げた。
すると、向こうも千影の顔を見て目を丸くした。
「なんだ、千影嬢じゃねえか」
●
暇を持て余して繁華街に顔を出すうちにそこそこに面識を持った強面の不良少年(?)の仲裁で厄介ごとを回避出来た千影は、ようやく会計を済ませて大量のお菓子を手に入れた。
それと。
「いやぁ、ホントスンマセンっした。まさか厳島サンのご友人だったとはつゆ知らず・・・」
「それはもう良いんだけど、ねぇ、なんで君らボクについてくるの?」
「おうちまでボディーガードを務めさせていただくっすよ!」
「通報するよ?」
「それは勘弁!」
などと言いつつ、やめる気配はない。不良には不良なりのプライドというものがないのだろうか。厳島に怒られていつのまにか親衛隊と化した彼らを見ていると、千影は変な気分になった。
全然似てなんていないはずなのに、どこか彼らの従順な姿が親しかった少年の姿と重なって、千影は溜息を吐いた。もっとも、敢えて似ているとするなら、あっちはよっぽど重症だったけれど。
「とっしー、まだ怒ってるかなぁ・・・」
家出少女の千影には帰る家がないので、帰るまでエスコートするなんて言われても困る。気まずくて、というのもなくはないが、先にも述べた通り、千影には目的があってこうしているのだ。その内容が内容なので、こうして無関係の人間に付きまとわれても迷惑である。
しばらく歩いて、千影はちょうど良い場所を発見した。千影は不良たちにあたかもそうであるかのように「ここが家だから」と言った。オートロックのない古いマンションなので千影は難なくその中に入れたのだが。
「・・・ねぇ、どこまでついてくるの?」
「いやいや、案外マンションの階段に不審者が潜んでるかもしれませんぜ最後まで送り届けるっすよ」
「いやいや、フツーいないから。いるかもだけど、階段にはいないから。大丈夫だから。どうもありがとね。それではお気をつけてさようならバイバイ」
あまりにも鬱陶しいので千影は不良たちを建物の外に押し出して、大手を振って無理矢理帰らせた。家に帰るかは知らないが。
以前『のぞみ』で小西李と出会ったときもそうだったが、たまにツッコミ役をすると調子が狂うので疲れてしまう。
千影はとりあえず目標の気配を感じたマンションの屋上まで上がり、夏の夜に独特なぬるいコンクリートの床に座った。ぺたんとくっつけた尻から伝わってくるなんとも言えないムサさに千影はブルリと体を震わす。
「さて、と・・・」
さっそく千影は買ってきたチョコスナックの1袋目を開けて、1つつまんで口に放り込んだ。少しだけチョコレートが溶けていたらしく、指先に甘い茶色が残ってしまう。
静かになった。気付けばこの街に暮らし始めてもう3ヶ月も経っていて、多くの人たちと繋がりを持ったものだ。築き上げたルートはひとつだけではない。迅雷を原点にした彼の友人たちとの交遊。ギルドで知り合った魔法士たちも多い。街をふらついて知り合った不良少年(?)と、そのユカイな仲間たち。
世界は出会いに満ちている。この期間でこんなにも広がる。昔からそうだったように。
指先のチョコの残りカスを綺麗に舐め取って、千影は誰にともなく呟く。
「ボクは、これでいいんだ」
ふと思い出したのは、千影がその手でバラバラに斬り刻んだ「友人」の顔だった。
でも、やっぱり千影は彼女とは違う。やりたいようにやっているだけで、素直に生きている。のびのびと―――とまではいかなくたって、千影は我儘を通す方を選んだ。
チョコスナックをひとつひとつ袋から取り出しては口に放り込み、噛み砕き、飲み込んで、生きる糧にしていく。それで良いのだ。
袋の中身はどんどん減っていって、空になったら次の袋を開ける。これがやっぱり甘くて、なかなか手が止まらない。
いつしか最後の袋の、最後のひとつになっていた。
「・・・あ。これ、当たりの形だ」
千影は初めて出てきたハート型のチョコスナックをしばらく眺めていた。
記念に写真でも撮っておこうか、なんて風に思いついてスマートフォンを取り出す。
「・・・やっぱいいや。ぱくっ・・・」
待ち受け画面の画面と溜まりに溜まった不在着信の通知を見て、千影はそのハート型を口の中に放り込んだ。
―――それだけは、なんだろう、ビターな味がした。