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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect18 ”まどろみ”

 

 日暮れ頃、一央市ギルドの小会議室に2人の中年男がやって来た。


 「まったく、怪我人だぜ、俺だって。もう少し労ってくれってんだ」


 「そうだぞ!こちとら危うく死にかけたんだ!1日くらいはゆっくり休ませてくれよ!なっはっは!」


 「あっはは・・・本当に申し訳ないです・・・」


 とはいえ、こんな軽口が叩けるのなら、まあまあ大丈夫と解釈しても問題ないだろう。


 5番ダンジョンからボロボロになって帰ってきた『山崎組』と『DiS』だったが、そんな彼らのうちでは比較的マシな方だった山崎貴志と日下一太が、ギルドに呼び出されていた。

 理由は簡単で、ダンジョンの中でなにがあったのかを報告させるためである。


 「とりあえずお二人とも無事で良かったですよ」


 「俺たちがいなくなったら一央市ギルドの大損失だー、ってな。へへ」


 「まぁそれもなくはないですけど。ホントに、我々含め、やっぱり山崎さんたちのことはみんな信頼してますから。素直に無事でいてくださって嬉しいですよ」


 いい歳したオッサンも、そんなことを言われると照れ臭いらしい。無事を祝われて貴志は頬を掻いていた。

 とはいえ、大人の自分たちばかりが無事で一緒にいた『DiS』のメンバー、つまり子供たちが入院しているというのは、大きな失態だった。ギルドとしてもそこは分かっていて、フォローもしないでいた。


 「さて、それでですが山崎さん、日下さん。さっそくですがなにがあったのか、事細かに教えてください。出来ればダンジョン潜入直後からの行動を辿る感じで」


 「分かったよ。とはいえ、最初はなんてことなかったんだ。だがな、ステーションからある程度離れた頃だったんだ。そいつが見えたのは」


          ●


 5番ダンジョンの探索から帰還した『山崎組』および『DiS』の2パーティーの報告によれば、ダンジョン内には例の『ゲゲイ・ゼラ』―――正確にはその亜種と目される生物を飼育している(可能性の高い)施設が存在したとのことだった。


 今回彼らが発見した当該施設を『ファーム』と仮称することにし、一央市ギルドではその件について緊急会議が開かれることとなった。


 「そもそも、これはどういうことなんだ?」


 ひと通りの報告書を読み終えた上で、一央市ギルドの局長である安田奈雲(やすだなぐも)はそう切り出した。この質問は、決して彼の理解力が乏しい故に発せられたものではない。そんな人間に任せられるほど、その役職はお飾りではないのだ。

 怪我の処置を終えた後の山崎貴志より直接に聴取を行った安浦平治が説明する。


 「確かに、これは不可解な事態ではありますね。既に異常なしと報告を受けていた地域に『ファーム』が存在していたのですから、矛盾します。しかし、帰還した『山崎組』、『我儘な・・・、ごほん、『DiS』のメンバーの報告が虚偽である確率は―――」


 「著しく低い、だろうな。あのやられようは演技じゃねえはずだし、出来た人だけとはいえ魔力検査でも本人であると確認が取れたんだろ?」


 「―――はい、そういうことです」


 平治の説明に割り込んだのは、ギルド職員で構成されたレスキュー部隊の隊長を務める清田浩二だった。姓で予想したかもしれないが、まさしく彼はマンティオ学園の学園長、清田宗二郎の息子である。


 「それで、なぜこのような食い違いが起きたのか、その理由はこの2つということか」


 奈雲は再び資料にあった予測を見た。

 1つは、普段はなにかしらの隠蔽工作が為されていたものが、今回に限ってはなぜか解除されていたという説。

 そしてもうひとつは―――。


 「それはその・・・あまり信じたくはありませんが・・・」


 思いつくだけなら簡単だが、それが事実であった場合があまりに恐ろしい推論だった故に口にするのが意味もなく躊躇われ、平治は声を詰まらせた。


 「そもそも過去に発見した全ての魔法士がダンジョン内で、ひいては恐らくダンジョン内部で監禁されている、あるいは―――殺害・・・されており、その報告が我々のところにまで届かなかった、という可能性です」


 『ゲゲイ・ゼラ』という生物の脅威レベルからして、それと出くわした人間が死亡している可能性は極めて高かった。なにしろこの再探査クエストの受注制限は比較的緩かったのだ。受けた人間がみな山崎貴志のように自力で対抗し、周囲の人間まで守りながら帰還できるだけの力を持っているはずがない。

 

 ただ、この仮説には別の問題があった。


 ―――なら、なぜその場所が確認済みとなっているのか。なら、なぜ例の探査クエストにおいて未帰還者が1人も存在しないのか。


 これがその問題である。しかし、実はその疑問への答えはもう出ている。正確にはとある魔法士が、今日、ギルド内においてそのロジックを強引に証明してしまったのだ。 


 「なお、今までの帰還者のうちの一部は・・・魔族が魔術によって人に擬態していたものと予測されます。みなさんもご存じの通り、その変身技術は表面的な魔力色も書き換わるため黒色魔力の検知センサーも反応しません。なので、その判別がつかなかったのだと思われます」


 要はただのなりすましだ。ダンジョンから帰ってきたと思ったその人物は本当はダンジョンの中に取り残され、代わりに彼らの姿を真似た悪魔が平気な顔をして人間界に入り込んできたということになる。

 虚偽の報告が紛れ込んでいるのもそれなら合点がいくはずだ。


 「その線が・・・強いだろうな。でも、捜査はどうするかだな。召集して問い詰めても埒は明かないだろう。情報チームは一応過去ログを探して怪しい人物をリストアップしておくこと」


 奈雲はひとまずそう指令を出しつつ、こめかみに手を当てて唸った。

 いいや、今のギルドには本当は非常に確実な手段がある。あるのだが、未だに信用しきれないのが人の心だった。なにしろ、その存在そのものの危うさが今日にも見せつけられたのだから。人々があの行為を恐れるのは明白だ。


 「あの子が捕縛したというサキュバス2人はどうしている?」


 今日、例の魔法士が取り押さえた悪魔の尋問を任されていた浩二が奈雲の質問に答えたが、結論から言うと、特に有用な情報は得られなかったらしい。相手が魔族のため拷問を行うわけにはいかないので、現状では手詰まりに近い。


 「まぁでも、いずれにせよ5番ダンジョンの探査クエストは一旦停止かな。これ以上犠牲者を出すわけにはいかないです。IAMOの本部からも十分な人数の魔法士部隊の派遣を要請して再度制圧作戦を行うのが最善かと思いますねぇ」


 やや攻撃的な言い回しをした浩二ではあったが、彼の意見には会議に参加する全員が頷いた。最低でも『ゲゲイ・ゼラ』などという生物は確実に駆逐せねばならない。事の規模や重大性から鑑みても、IAMOの助力は必須であり、あちらもそれをすぐに受諾するはずだ。


 「そうだな。全貌が分からない以上は最低でもランク6の魔法士が30人は欲しいところだ。清田君」


 「はい、分かってます。俺も行きますし、父にも予定は空けさせますよ。それと、出来れば神代さんの助力も得られれば―――なんて思っているんですが・・・いけますかね?」


 「それは分からんが、私が直接警視庁とIAMOに問い合わせるさ。あの人は今どこにいるのかもサッパリ追い切れない」


 奈雲は肩をすくめて、議題を次に進めた。


 着々と大規模討伐作戦の輪郭が出来上がっていく。

 会議の主題はこうしてまとまり、作戦の決行も近日中、可能ならば4日後の7月14日に、となった。

 

 まず内外からの情報の収集、人々の中に紛れ込んだサキュバスの捜索、注意の呼びかけ、戦力の募集、等々、追加の課題も多い。

 特にまた、サキュバス捜索関連は当のサキュバスたちに勘付かれないようにしなければ、ドミノ倒し的に全計画が破綻してしまう可能性を孕んでいる。

 これに関しては、つまるところ、信用度と確実性を秤にかけても、手段は選ぶべきものを選ぶべきなのだろう。確かな理由もなく恐れている場合ではない。


 これほどまでの混乱は、実に5年と少し振りだっただろうか。


 「今回の件は我々ギルドの威信と、そして市民の安全が懸かっている。みな心して作業に取り組むように。各チームのチーフはこの後も少し残ってもらうが、これにて緊急会議を終了する」


 未だ多くの懸念が残るが、方針は決まった。

 一央市が人の安心して暮らせる街であり続けるために、彼らは総力を結集させる。



          ●



 洋服ダンスの中身や、洗面台横の歯ブラシ。


 家の中のいろいろなところにあった千影の名残がことあるごとに迅雷を苛んだ。

 千影は今どこで、なにを思っているのだろう。迅雷はこんなにも後悔しているけれど、千影はやはり、まだ怒っているのだろうか。


 「いや・・・当たり前、だよな。分かんないけど、分かってる。分かんないとかなんとか言ってる時点で、そうなんだろうさ。全部、俺が半端なせいなんだ」


 千影にそう言われたときから、ずっと迅雷は考えていた。ずっと、と言えるほどの時間には見えないかもしれないが、それでも、迅雷はずっとあの言葉の意味を思っていた。

 あんなにも自分のことを考えてくれていて、大して良いところもないのに、ぺったりと慕ってくれて、何度も窮地から救い出してくれた千影だったというのに、迅雷はと言えば―――。


 そんな彼女に、会わなければ良かった、とさえ言わせた。言わせたのだ。迅雷は。


 「最低だよ。最低だ、本当に最低だ最低だ、最低なんだ・・・」


 床に膝をついて、迅雷はベッドに頭を埋めた。千影が言ったことを分かってやれなかった罪悪感から逃げるように世界を闇に遮断して、でもその思いから逃げたくないから、分からないことを考える。

 

 半端と評された迅雷は、そうだから半端なのだろうか。弱いのだ。自分で歩けないほど、弱いのだ。拠りどころを否定されてしまえば、もう彼にはなにも残らない。歩くべき地面もないし、目指すべき北極星なんてもちろんない。


 こんなときでも使い慣れたベッドは迅雷の体を優しく包み込んでくれる。

 こんなところにも千影の残り香があって、迅雷は歯を食い縛った。いつもベッドに入ると一緒にモゾモゾと布団に潜り込んできた、あのふんわりした甘い香り。


 今のままでは、いつか、きっとそう遠くない日にはこの微かな匂いも消えてしまう。


 「やだなぁ。やっぱり、そんなの・・・」

 

 いつだってあざとく甘えてきた少女の温もりの幻に包まれ、迅雷はゆっくりと目を閉じた。

 こんな優しさに包まれたら、誰だって甘えたくなる。きっとみんなは迅雷を咎めることをしない。人間の心は、そういうものだ。


 今のままではダメなのはもう思い知った。でも、だったらどうすれば良い?変わりたいなんて簡単に口走ったって、それで本当になにかが変わるヤツがどれほどいる?

 

 なんでこんなにも腹が立たないのだろう。喧嘩して、互いを罵り合ったはずなのに、こんなにも虚しさばかりが体の中を席巻している。あれだけ感じていた怒りを少しも思い出す気にならなくて、ただただ、この部屋に独りぼっちなのがこの上なく悲しくて寂しくて堪らないのだ。


 泡沫の意識は次第に微睡んで、現実から浮き上がっていく。



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