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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect16 ”帰無”


 ―――闇の中から聞こえてきた惜しげな声は、自分のものではなかったことだけは、確かな気がした。


 目の前で不自然に弾けた『黒閃』の残滓が晴れた後、体の上半分がどこにもない化物の残骸が消滅していく瞬間に出会った。なにかが動いたことだけは分かった。もはや光の尾を引くようだとしか表現し得ない、なにか。

 焦土と化した大地を縦横無尽に駆け巡ったのは黄金の残光だった。

 

 その正体を思って、迅雷はたったひとつの名前を呼ぶ。


 「・・・・・・千影」


 立ち上がりかけた姿勢のまま呆然と尽きていた迅雷が呼んだのは、今までどこに行っていたのか、なにをしていたのかどこにいたのか、分からなかった、幼い居候の名だった。


 気が付けば、目の前に彼女はいた。


 4体いた『ゲゲイ・ゼラ』は既に、千影1人の手によって討ち滅ぼされていた。

 

 「やぁ・・・とっしー」


 なにげない挨拶に挟まった一瞬の溜めに迅雷は全身が総毛立つのを感じた。千影としゃべっているはずなのに、まるで全くの別人が返事をしたかのような、異常な恐怖だ。

 そこに存在していた脅威から迅雷たちを庇うようにしてそこに立つ千影の服はどこも血で汚れていた。それは一体誰の血なのか―――。


 そこまで思って、迅雷はデジャビュを繰り返す。記憶が痺れて、色彩にノイズがかかる。幼い少女の姿があの人に重なった。

 でも、迅雷が陥った既視感はすぐに否定された。赤い瞳。千影はあの人じゃない。決して。


 振り向いた千影は淡く笑っていた。なぜか、笑っていた。なら、その感情はなんだ。口の端からは血を溢し、腹を真横に裂かれた服を着て。どこもかしこも血まみれだ。顎から、指先から、ホットパンツの隙間から、血が滴っている。

 それなのに、痛みを感じていないような表情で千影は微笑む。冷ややかに、そう、冷ややかに―――。


 「とっしーは最後、なにをしようとしてたの?」

 

 「・・・ぇ?」


 千影は迅雷に、冷たく言い放った。今の彼がどう答えるかなんてきっと分かりきっていただろうに、残酷と知っていて、千影は迷いなく言った。

 

 「千影?な、なに言ってるのか分かんねえって。あ、あぁ!でも、助けてくれたんだよな、また。ありがとうな、千影――――」


 「そっか、なにがしたかったのかも・・・分かんないんだ。君は、本当に」


 「どうしたんだよ、千影、なんか変だよ」


 「『約束』」


 「・・・ッ!?」


 迅雷は千影がその単語を口にした瞬間、彼女が本当に千影ではないなにかなのではないかとさえ感じた。

 美しい金髪の可愛いサイドテールも、紅玉を嵌め込んだような澄んだ瞳も、いつまで撫で続けても飽きの来なさそうな白い柔肌も、小生意気な声も、全部千影そのままだというのに。

 千影が救いようのない愚者を嘲るかのように放り投げたその一言が、迅雷の心に、どうしようもないほど深く刺さった。


 「また、守れなかったみたいだね」


 

          ●



 自身に向けられた好意の全てが詐欺を働いて得たものと分かっている迅雷には、他人の評価が届かない。他人が信じる少年の理由と価値は初めから空虚な幻想に過ぎず、元来からしてそれはむしろ迅雷自身すらそう錯覚した都合の良い『約束』でしかなかった。

 

 ところが、現実を見る機会を得た末に、そんな耳に心地良い『約束』を愛おしく思う心だけ残して、不可能と無理で体積を削いだ世界が現れた。それはとても生き易かった。少しの虚しさに慣れてしまえば、笑うことにだって無理はなかった。


 ―――ただ、きっとその虚しさを捨てきるのに時間がかかるのだろうか。未だに仮面を捨てられない。


 なにが正しくて、なにが嘘?どうすれば良くて、なにをするのが間違い?


 尋ねはしない。なぜなら彼は、諦めたい夢を諦めたつもりで、まだ縛られてるのだから。


 その、なんて真っ直ぐなことだろうか。



          ●



 打ちのめされて、迅雷はひしゃげたかもしれない。言葉の力は時として単純な暴力とは比べものにならない重みを持っている。


 「『約束』は!・・・ただの『約束』だって・・・」


 「どうだったろうね、それは」


 「前にも言ったろ。『守れ』るのなら『守り』たい。けど、俺には『守れ』ないから、『守ら』ないんだって」


 「結局、とっしーはまだそんなことを言ってるの?」


 いつの間にか千影の目は、可哀想なものを見るようになっていた。迅雷にとってそれが途轍もなくそれが不愉快で、屈辱的だったのは、説明を要するだろうか。

 これほどの出来事を経てもなお、迅雷はそこから抜け出せなかったらしい。


 「とっしー。とっしーは空っぽなんだね」


 「・・・なにが言いたいんだよ、千影は?」


 大切なはずだった『約束』。可能とか不可能とかは関係ないのだとしたら、確かに大切な『約束』を、「そんなもの」と揶揄された迅雷の声は少しだけ苛立ちを見せる。迅雷自身がどれほど無価値でも、あの『約束』にだけは、大切に思うだけの価値も意味もあるのだ。

 けれど、千影は残酷にも、その考えそのものを根本から否定してしまった。それでもただ、千影は訊かれた問いに素直に応えただけなのかもしれない。


 「君は戦う理由すら、自分の中に持ってないんだよ。人に―――もうどこにもいない他人にそれ(・・)を求めるから、君はこんなにも中途半端なんだよ。剣を握る理由と意味、価値すら、他人に預けるから、結局誰のことも守りきれない」


 千影もまた、憤っていた。細めた目には自縄自縛の少年への諫めと、その縄を彼に渡した「誰か」への悲憤が紅の輝きとなって静かに燃える。

 ただ結論として、迅雷はこういう歪な形に辿り着いてしまった。力を振るう動機をまるきり自分の外側に据えてしまった時点で、誰も『守れ』ない現実は決まっていたのだろう。

 だから、千影は半端者の少年に対して限りなく辛辣な態度を取り続けた。言えるだけのことを突き付けてやっただけだった。


 「――――――かよ」


 「・・・うん?」

 

 力なく俯く迅雷がなにかを言おうとする。

 千影は挑発するような声色で聞き返し、次に浴びせかけられるザラついた声に怯んだ。予想だにしなかった彼の逆上は、千影の深層心理を間違いなく抉っていく。


 「お前が・・・言うのかよ?」


 「とっしー・・・?」


 向けられた迅雷の口元は、嗤っていた。ニヒリスト気取りの無感情な仮面が強引さに外れて、ようやく見えた彼の感情は、それだった。


 泣きそうな目で千影を嘲り、迅雷は醜悪に緩んだ口元からありったけの悪意を吐き溢していく。


 「一番の原因のお前が言うのかよ!」


 「ひっ・・・!?」


 「そもそもさァ、なにもかもがズレ始めたのは」


 迅雷が嗤えば嗤うほどに千影は後ずさり、「やめて」と懇願するように耳を塞ぐ。でも、もう止まってなんてやらないのだ。

 とうとう迅雷の放った痛罵は行き着く先を見失って、ただただ必要もなく黒く醜く肥大化し、千影がそうしたように、彼女の内面を否定した。


 でも、これだって確かな事実だ。


 「結局、全部お前のせいで――――――!!」


 「やだよ、やめて!とっしー!言わないで・・・」


 「やめないね!やめるかよ!」


 「分かったから・・・分かってるから・・・もう、これ以上はやめてよぉ!!」


 迅雷は初めて、千影が年相応の子供らしく泣いて喚く姿を見た気がした。逃げるように首を振り続ける彼女の頬を伝っていた大粒の涙滴が散り、儚く煌めく。

 それを見てなお―――否、かえって、迅雷の口の端が引きつり、持ち上がってしまう。否定し、否定され、親しかったはずの相手と織り成す悪意の応酬は彼の心を麻痺させてしまった。



 「分かる?分かるのか?本当に?笑わせんなよ・・・千影、俺がお前に一体どれだけ―――」



 きっとそのとき、迅雷も泣きたかったのだと思う。一瞬彼の目に取り戻された清澄は、最後は止めどない悪意の濁流に呑まれて消えた。

 決別の一言は、千影ではなく、迅雷の口から発せられてしまった。



 「どれだけ文句があんのか、分かんねえだろ!!ふざけたこと抜かしてんじゃねェェ!!」



 嵐でも駆け抜けたような叫びの痕には、千影の押し殺した嗚咽だけが残っていた。両手で耳を塞ぎ、へたりと地面に座り込み、怪物の群れをたった一人で屠ったはずの幼い少女は、心も体も血まみれにしても報われることなく、ただただ泣きじゃくっていた。

 

 「ひどい・・・ひどいよ、とっしー・・・。ボクはずっと、ずっと―――」


 こんな結末を呼び寄せたのは、つまるところ、どっちだったんだろう。


 ずっと―――なんだったんだろう。


 千影はそれを言うことなく、おもむろに立ち上がった。


 千影が斬るように息を吸い込んで迅雷を睨む。網膜を焼くような深紅。迅雷の瞳は焦げたから黒いのかもしれない。だからもう、なにも映らない。泥のような闇と、他者を排する感情の奔流しかそこにはない。声だけが虚しく交錯する。


 「ずっと、なんなのさ、千影?言ってみろよ」

 

 「そうまで諦めたかったんなら、そんな夢、さっさと諦めちゃえば良かったんだ!!」


 「・・・・・・は?」


 「バカみたい!!なにもかも、全部、バカみたいだよッ!!」


 「なっ、お前・・・・・・ッ」


 「君になんて会うんじゃなかった!!とっしーのバカ、バカ、バカァ・・・ッ!!」


 迅雷の目を見つめたまま千影は絶叫していた。

 なんのこともない、幼い罵声。叩きつけられた言葉に呆然とした迅雷の表情は、どこか悲愴感さえ漂わせていたのではないだろうか。

 もう直らない。瓦解して、崩壊して、帰無した。


 「言ってたよね、前に!なんでもひとつ言うこと聞いてくれるって!!だから・・・だからもう・・・ボクに関わらないで!!」

 

 

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