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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect15 ”あと少し―――”


 ―――もし、今オレに叫んだあいつが本物だったら?いや、嬉しいさ、それは。だって、生きていたんだから。

 

 でも、もしそうでなければ、今四散したあれはなんだったのか。信じたくて思い込みたくても真牙の二択はエラーを起こしていた。


 つまり、それほどの激情だった。


 もはやあれが正真正銘本物と言って一切の問題のない迅雷であろうと、そうでなかろうと、そう見えた事実のせいで前提は無関係だったのだから。『ゲゲイ・ゼラ』は真牙から、奪った。奪ったのだ。


 その事実だけで、彼が牙を剥くには十分過ぎた。


 「ぁ、アアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」


          ●


 地震―――と錯覚した。それが人の情念で生み出されたものだとは、思い至るに一刻を要する。生まれた力場はそれほどまでに超常的だったのだ。

 獣の雄叫びと紛うたのは、真牙の激昂だった。

 感じた震えは、恐怖と衝撃によるものだった。

 大地ではなく大気を伝い、聞く者の精神を牙で噛み砕くような圧倒的な憤怒と憎悪。


 剥き出しの刃を連想するような暗く輝く瞳が敵を照らす。


 「テメェら、まとめてブッ殺してやる!!」


 「まず―――ッ!?」


 あまりにも筋違いな咆哮だったけれど、迅雷はそれが及ぼすであろう結果をいち早く察知した。


 「みんな、伏せて!!」


 『!?』


 果たして全員の反応が間に合ったのだろうか―――というのも、それが伏せたのか、伏せさせられたのか、誰にも分からなかったから。

 確かなのはとある魔法が発動したことだった。


 「這いつくばれよ!ケダモノ!!」


 居合いを断つように真牙が刀を抜き放ち半弧を描けば、大空に限りなく広がる薄紫色。それは、重力魔法。


 全力だった。なにもかも、万象一切等しく、命あるものも無きものもなにもかも全てを潰せ、と。

 もはや魔法の詠唱なんて必要もなく、その破壊衝動が破壊の権化を導き出していた。 

 

 抗いようのない力を受けた『ゲゲイ・ゼラ』は6体とも地面にへばりつく。無様にその頭を垂れて土を舐めて呻くだけ。

 当然だ。『ゲゲイ・ゼラ』は強大な生物だが、別に生きるのに必要な分以上に強靱なわけではない。彼らが人間を易々と狩るのは、彼らという生物の存在が自然にそうであるからであり、特別鍛えたなんてはずもない。

 一瞬で3倍になった自重をどう支えろと?


 真牙は一直線に、死体を踏み潰した『ゲゲイ・ゼラ』に走った。


 「まずはお前だよ!!」


 『グ、ギョォ・・・』


 真牙は迅雷の武勇伝を聞いていたから知っている。『ゲゲイ・ゼラ』を殺したいなら、鋏を斬れば良い。背を空に向けて小刻みに震えているだけの情けない化物なんて、ただのザコだ。


 「消えろ、消えろ!!消えちまえよ、うす汚えバケモノが!!」


 『ゲゲイ・ゼラ』の背中に刀を突き立てるようにして跳び乗った真牙は、引き抜いた業物、『八重水仙』を乱雑に振るい、真っ赤な血で溢れかえる。気の済むまで斬り刻んで、最後だけは鋭く鮮やかに、真牙の太刀筋が鋏翼を落とした。


 「ハァ、ハァ・・・くそ、ったれが・・・!」


 悪鬼の如き重圧を放つ真牙の双眸は次なる獲物に向いた。刀を薙いで払った血滴は地に当たる前に黒い粒子となって消える。


 「す、すげえな、あのボウズ・・・。これが重力魔法なんだろ?こんなに強烈なもんなのか・・・!?」


 どんなモンスターにも負けないよう鍛えていたはずの肉体でさえ2本の足で立つことが出来ない世界。あまりの衝撃には貴志でさえこの有様だった。

 けれど、こんなにも強力な・・・それこそ特大型魔法さえ凌ぐ可能性すらあるような魔法なのだ。なにが待っているかなんて―――。


 「ダ、メだ・・・・・・!真牙ッ!下がれ、ぇ!!」


 「アアアアアァァァァァァァァッッ!!」


 この数十秒間だけで真牙はもう2体もの『ゲゲイ・ゼラ』を屠っていた。まさに修羅そのものだ。いつかの迅雷の自棄なんて可愛いものだと思い知る憤怒の嵐。

 ひと掠りの攻撃も受けていないはずの真牙の鼻から血が溢れた。叫び声と共に血が散った。

 分かっていた。こんなようではなんの意味もないということを、少なくとも真牙本人と迅雷は。敵は遙かに強大で、自分たちは本来為す術もなく喰われる矮小な存在だから。


 初めて見て、体験した重力魔法の凄絶極まる効果に貴志たちは期待したのだろう。魔法とは真にあるべき理を覆してきたものなのだから。


 「でも、ダメだ、下がってくれよ・・・!!」


 一方で、これも確かだ。


 魔法も現実は変えられない。所詮それは有限から生み出された有限の夢幻だと。


 証拠として、真牙の刀は3体目の『ゲゲイ・ゼラ』を、もう捉え損ねた。彼の魔力が底を突きかけているのは明白だった。

 期待するのは良い。人間はそんな生き物だ。でも、忘れてはいけない。彼らであれば出来るのかもしれないが、その彼らが今期待している相手が素人でしかないことを。結果が覆っても現実は変わらない。


 重力が、フッと消えた。宙に浮くような感覚をきっかけに貴志や一太、煌熾は上空の魔法陣もなくなっていることに気付く。

 そんなはずなかったのだ、と。


 『キョォォォォォォォォォ?アァァビィィィ!!』


 「ッ!?」


 体が動くのを確かめるでもなく、立ち上がろうとしてずっと込めていた力がようやく解き放たれたといった風だ。

 意趣返しも甚だしい反撃が真牙を襲った。横薙ぎの『ゲゲイ・ゼラ』の爪を真牙は『八重水仙』を縦に構えて受け止める。―――が、どだい無理な話だ。


 「あっ・・・!?」


 「真牙ぁ!!」


 あっけなく真牙は弾き飛ばされ、なにかの冗談みたいに、そのまま湖面を1、2度跳ねて湖の中に沈んでしまった。

 わずかに浮かんでくる水泡もすぐに見えなくなった。


 「は・・・?そ、んな・・・」


 「とし坊、ボサッとするな!!あのボウズは俺が拾ってく―――」


 「バカか貴志さん!!」


 「!?」


 「無茶だ。無茶が過ぎる、貴志さん!俺たちだけで精一杯なんだぞ、こんなのは!!」


 既に礼仁も抱えた一太は貴志に反対した。他人をこうまで助けていられるほど彼は甘くない。

 それに、『黒閃』の嵐なのだ。真牙の奥の手が『ゲゲイ・ゼラ』の怒りを買ったのだろう。生き残った4体が絶え間なく黒いビームを撃ち始めた。


 破壊線が掠めた樹木は消し飛び、空中の柱は爆散する。

 こんな中でどうやって他人の面倒が見られるというのか。


 「でも見捨てらんねえだろ!」


 「1人助けて2人死ぬんじゃ話にならんでしょう!」


 「こっ、こんなときに喧嘩してる場合じゃないでしょう!!―――っ、2人、危ないですよ!!」


 「「な!?」」




          ●



 入り乱れる漆黒の余波だけで迅雷たちの全員が倒れるのに、そう時間はかからなかった。森は吹き飛んで、土は抉り返され、湖は広がり、生き物は死に絶え、地図は書き換わったかもしれない。

 なぜ自分がまだ意識を保てているのか分からなかった。迅雷は、血と涙で滲んだ視界を悔しさで細めた。

 

 ―――まただ。結局こうなるんだ。やっぱり、こんな風にしかならないんだ。圧倒的に、世界は理不尽なんだ。だから、なにがどうであろうとなんにも出来ない。


 「しーちゃん、真牙、焔先輩・・・。貴志さんも、礼仁さんも、日下さんも・・・なんで、だろうな。こんなんで終わっちまうのか?」


 よぎる『約束』。こんなときなのに。

 ひとした自己矛盾に、迅雷は気付かない。


 「こんなときだから・・・ってかよ、唯姉・・・。なぁ、もうやめてくれよ・・・無理って言ってんじゃんかよ・・・俺なんかじゃあさぁ・・・」


 土を掴んでわななく煌熾の姿が見えた。彼の背にはおぶられていたはずの慈音の体がなく、彼女はとうに地面の上だ。頭上では一太の呻き声が聞こえる。あれだけ豪壮な男もこの体たらくだ。真牙は水から上がってこないし、貴志も礼仁も生きているのか死んでいるのかも分からない。


 「いや、まだ・・・みんな生きてる・・・」


 どうしてだろう、と迅雷は力なく笑った。

 握った剣が、未だに放せないでいる。

 律儀に約束を守るわけでもないだろうに、こんな、今にも折れてしまいそうな棒切れ、いくら振り回したって、なにも『守れ』っこないのに。


 つとめて健やかに響き渡る『ゲゲイ・ゼラ』の咆哮が地面を震わせている。全身にそれが伝わってくる。もう――――――もういっそひと思いに全部消し去ってくれれば・・・こんなに苦しい葛藤もしないのに。諦めの、最後の一押しが、目の前にあるのに・・・。


 「は、はは・・・なんだよ、そりゃあ・・・」


 素直に、そんなのは嫌だと思った。思い知った。迅雷が諦めれば慈音が死ぬ。真牙が死ぬ。煌熾も死ぬ。貴志も死ねば、一太も、礼仁だって、死んでいなくなる。それで仕方ないと思っていたのに、言っていたはずなのに、今になって嫌だなんて思う。

 でも、『守れ』ないのに失うのが嫌だなんて矛盾している。だというのに、だというからこそ、今の迅雷がどれほど見苦しいことか。


 握り締めた剣の柄の、グリップの感触。ラバーに滲む汗のぬめり。指先から伝い、上がってくる震え。小刻みに打ち鳴らす奥歯。押し殺した荒い吐息と湿度。壊れそうなほど強い心臓の脈動。

 感じたのは、みんなの生命の鼓動だった。


 まだ、やらないといけない?まだやらないと、いけない。


 「まだだ・・・まだ終わってない・・・そういうこと・・・なんだよな・・・?」


 やっと分かったような気がした。


 「なら、戦うよ。戦えるさ。そこには―――」


 ようやく見出した自分なりの―――。


 迅雷のその思考は、口から出る前にノイズの向こう側に消えた。最後の最後まで剣を握るなら、その最後が今、訪れるからだった。

 『黒閃』は迅雷の正面から飛んできた。避けられるはずもない。

 

 ―――なにもかもが遅すぎた。迅雷の心は弱すぎた。弱さに寛容すぎた。所詮迅雷は物語の主人公のように、華々しく魅せられるようななにかなんて持っていなくて。



 なにかを取りたくて伸ばした手も、ようやく見つけたなにかに晴れた顔もそのまま、思うだけ思ってハイ終わり。やっぱり世界は非情なんだ。そうやって舞い上がらせておいて、いともあっさりと、変わらない結末を突き付ける。



 最後に溜まっていた涙だけが流れ尽くした。


 「やっぱり、意味なんてなかったんだ」 


 迅雷の目の前で『黒閃』に黒いなにかが飛び込んできて、大爆発を起こして、それで全部がブラックアウトした。



 「・・・あと少しだったのにな」




 

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