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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect12 ”死を育む牧場”


 いざ勇んで湖の中に入ってしまった慈音と迅雷だったのだが、気が付けば陸地がどこにも見当たらなくなっていた。


 「ふええ、ど、どどどどどうしよう、としくん!?」


 「俺に聞くなよ!あー、どっちから来たのかも分かんなくなっちまったじゃねーか!?」


 どう考えても魚を眺めてキャッキャウフフしている場合ではなかっただろう。一応浮上して、迅雷と慈音の2人は水の上に立っていた。足下は当然ながら無色透明の絶海の孤島である。まあ、海ではなく湖なのだが。


 「わぁん!あんまり怒鳴んないでよぅ!」


 せっかくのダンジョンなのでちょっとだけ早めに、ちょっとだけ2人だけの夏の思い出みたいなものを作ってみたかったのもあったけれど、慈音の思いはそれだけというわけでもなかった。

 例えば、綺麗な景色を見たら迅雷の元気も戻るんじゃないだろうか―――とか。


 とはいえ結界の潜水艦を操舵していたのも慈音だし、今こうして迷子になっているのも景色に見入ってボンヤリしていた彼女の責任だろう。

 目印のない水中で方角を分かれという方が厳しいのは分かるが、ならそもそも水中に入らなければ良かったのだろう。


 「・・・・・・ごめんね、しののせいだよね・・・」


 「え?あぁ・・・まあこれは擁護しかねますけど」

 

 すっかり元気がなくなってしまった慈音を見て、迅雷は弱ってしまった。本当に途方に暮れるしかないのか、ポリポリと指で頬を引っ掻きながら、一度明後日の方角を見る。

 相変わらず原理不明の浮遊柱はそこかしこにあって、目印になるものもない。とはいえ、手の打ちようがないわけでもなかろう。

 

 迅雷は慈音を小馬鹿にしたように笑って、彼女の頭にポンと手を置いた。


 「―――まぁ、なんとかなるさ。それに行こうって言ったのは俺の方だし。・・・あれ?じゃあやっぱりダメだったのって俺なんじゃ・・・?」


 そこはかとなく嫌な予感がしてきたので迅雷は咳払いをした。


 「と、とにかく大丈夫だよ。帰れないなんてことにはさせねえからさ」


 「ホント?」


 「ああ。任せとけ」


 ひとまずは陸に上がりたいので、慈音が結界のいかだで適当な方向に進む。


 迅雷の考えはこうだ。


 ギルドから借りた地図デバイスは方角を示す機能がない(ダンジョン内にそもそも東西南北が適用しきれていないので)が、それでも陸地に着けば目印は多いはずだ。一応元来たステーション周りのことは覚えているので、あとはデバイスの地形情報と見比べて湖のほとりを歩けば良い。多少大変になるかもしれないが、元々のクエストがずっと歩き続けるような仕事内容なのだから変わらない。


 幸い、5分ほどで岸が見えてきた。思えば迷子になるのにかかった時間は10分と少しくらいなので、思いの外湖も小さいのかもしれない。


 「よいしょっ」


 「お疲れ、しーちゃん」


 実際、結界に乗って長距離を移動なんて普段は絶対にしないので精神力を削ったのだろう。慈音は疲れ切った様子だった。結界を解いた慈音は地面に足を着けるなりその場にへたり込んでしまった。

 なんだかんだと言ったって、それなりに気を遣ってもらった迅雷は慈音を近くの木陰まで連れて行き、座らせた。


 「ありがとな。しーちゃんはちょっと休んでてよ。疲れただろ?」


 「え、でもとしくんは?」


 「俺はサラッと辺りを見てくる。ここがどの辺か分かったら戻ってくるからさ」


 迅雷がそう言って立ち去ろうとすると、慈音は心配そうな顔をした。迅雷はなんとかして彼女を安心させようと思った。

 大丈夫なはずなのだ。別になにかと戦うわけでもなし、迅雷にだって地図と風景を見比べるくらいのことは簡単に出来る。しゃがんで慈音と目線の高さを揃え、優しく笑ってみせた。


 「そんな顔すんなって。すぐだから」


 「うーん・・・・・・分かったじゃあ、待ってるね?」 

  

 「おう」


 あまりこれ以上の別行動はしたくなかったけれど、迅雷もすぐに戻ると言うので、慈音は彼の言葉に甘えてみることにした。

 迅雷の足音が遠ざかって、心細い。でも、ここから動いたら、それこそまたはぐれてしまうかもしれない。それだけは、絶対に嫌だった。


          ●


 ガサリ。


 慈音がしばらくボンヤリと風で波立つ湖面を見つめていた、そんなときだった。


 「うわぁっ!?・・・・・・って、なんだ、リスさんかぁ」


 リスにしてはやけに大きいが、危険な感じはしない。クリクリとした黒い目の小動物が走り去っていくのを見送って慈音はホッと胸を撫で下ろした。

 胸を撫でた手がストンと真下に落ちるので慈音が1人で勝手に落ち込んでいると、またもや近くの茂みが揺れた。


 「わわっ!?またもやビックリ・・・って、としくん!なんだぁ、としくんかぁ」


 「ああ、お待たせ―――」


 「としくん?」


 そして、迅雷の手は、フラリ、慈音の首に伸びた。



          ●

          ●

          ●



 特になにもおかしなことはないと思い込んでいた。けれど、なにかがおかしい。明らかにおかしい。自分たちが初めに降り立ったその場所だけが正常だったのかもしれない。


 今までさんざん浮いていた柱がない。森の中で木がない。まるで他の生き物の気配がない。あると言えば、不自然な人工物。


 なにがおかしいって、そんなのは決まっている。全部だ。情報と―――過去の探索で異変なしとチェックされていたはずの情報と、全く違う。


 「なんなんだよ、これ・・・・・・なんなんだ!?」


 しばらく歩き回って見つけたその光景に絶句する。


 それは簡単に言えば牧場だった。牧草が青々と生えていて、大きな厩舎が隣り合っている。いつからこんな場所があったのだろうか。


 いや、そんなことは問題ではないのだろう。地図にあるとかないとか、そういう次元の問題ではない。




 迅雷の目の前に広がった小さな農場を歩き回っていたのは牛でも馬でも豚でも鶏でも羊でも山羊でもなく、そこに言葉の響きから感じられる長閑(のどか)さの片鱗すらなく、彼の脳に今だ焼け付くあの『黒』だった。




 聞き覚えのない人間の鳴き声。化物はその音を生んだ小さな生物を黒く巨大な眼で凝視していた。


 「・・・・・・はっ、ははは?」



 『キョァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!』


 

 耳を(つんざ)く幾重の死の方向は突然に―――。


 ちょっと辺りを見てくる、だけのはずだったのに。


 見間違うはずもない。忘れたはずがない。黒い異形が、『ゲゲイ・ゼラ』が、8体。全部が迅雷を見て吠えていた。


 絶望は、かえって感じない。あまりにも呆気なく終わってしまうのか。


 いいや、違う。


 どうせ死ぬのなら、これで良かったのだ。


 うっすらと笑いがこぼれる。


 「1人で来て良かったな、こりゃ・・・」



 「バカなことを言ってんなよ、とし坊!!」


 

 「うおっ!?」


 「走るぞ!!」


 『ゲゲイ・ゼラ』より先に迅雷を襲ったのは予想外の浮遊感だった。体がくの字の折れる加速度。何事かと思う前に響いたのは連続する銃声。直後には煙が爆発的に発生して迅雷の視界から『ゲゲイ・ゼラ』の姿を隠した。


 「大丈夫だったか、とし坊!!」


 「た、貴志さん!?なんでここに―――!?」

 

 「それはこっちが言いてえよ!!とし坊らは違うステーションに行ったんじゃなかったのか!?なんでこんなとこにいんだよ!!」


 「そっ、それはいろいろと・・・・・・それよりも!」


 「分かってる!舌噛むなよ!!」


 肩に担いだ迅雷を降ろすだけの余裕すらない。

 山崎貴志は同じパーティーの仲間たちと共に全身全霊の『マジックブースト』を使ってひた走る。


 煙を内側から突き破って怪物が追いかけてくる。


 6メートルはある巨体。黒灰色や白の体毛。異常な大きさの眼球をはめ込んだ黒甲の頭。蟹の鋏の両翼。血塗れの長大な一本爪。海獣のヒレの足。その全てが死の恐怖と互換性を持っている。

 口元に蓄えられた『黒』が解き放たれ、それを回避するために貴志たちは横へ跳ぶ。


 「くそ、あっぶねえ!!なんつう馬鹿火力だ!あんな『黒閃』撃つようなモンスターなんざほとんど見たことねえぞ!」


 「山崎さん!!服の端が消し飛びましたよ!?」


 「礼仁(れいじ)、気を抜くな!これからアレの雨だ!!」


 「・・・ちくしょう!!なんだってんですかぁ!!」


 あの『山崎組』でさえ逃げるしか出来ない。『ゲゲイ・ゼラ』はそれだけの怪物だ。

 もう駄目だ。生き残る術がない。あるはずがない。あの場に居合わせただけで死は確定していたのだろう?そう問いたい。なにもかもを破壊し続ける黒い力の塊は容赦なく人間という矮小な存在を狙っている。

 8つの絶望。逃げたって意味はない。戦って勝てるはずがない。どこまでもどこまでも追いかけてきて、執拗に殺そうとするのだ。あれだけの魔法士が囲んでも1体すら殺しきれないのだ。諦める他に迅雷たちが出来ることなんて―――。

 

 上下左右に揺れる視界を狂相で猛追してくる『ゲゲイ・ゼラ』が埋め尽くす。生きた心地がしない。


 無事に。叶わない?帰る?叶えられるはずない。でも、なら、しかし、だって。それでも、何気なく交わした約束が。


 無理だ。


 不可能だ。


 だけど。


 迅雷は激しい頭痛で呻き声を漏らした。でも、そんな中で何千と頭に響いた自分の声の1つが、なぜか掴み取らずにいられなかった。


 ―――違う、そうじゃない。そんなことより―――。


 「放してください!!貴志さん、放して!!」


 「なにバカ言ってるんだ!!死ぬ気か!?」


 「関係ない!しーちゃんがいるんだ!!まだ向こうに!!」


 ―――置いていけるはずがない。こんなにも危険だと分かって、慈音をあの木陰に置いていけるはずがない。ちゃんと帰ろうと言ったのだ。すぐに戻ると約束したのだ。


 放っておいて、このまま、あの場所に、そうしたら、きっと―――。


 「くそ、なんだそりゃあ!!お前ら本当になにやってたんだよ、一体・・・!」


 貴志は思わず叫んでいた。怒鳴るべきだ。

 この場合、慈音には悪いが、『ゲゲイ・ゼラ』にまだ見つかっていない慈音を置いて逃げるべきだ。そんなに他人の命ばかり大事にしていてはいくつ命があっても足りない。

 まずは自分の生存を第一に考えろ。人を助けるのなんて、二の次だろう。命あってのモノダネだ、と言うのだ。変に格好つけてヒーローごっこをして死んでしまっては元も子もない。


 だから、だから、だから・・・貴志は背中で暴れる迅雷を要望通りに放り捨てることにした。


 「すまねえ」


 「ちょ、おああぁ!?」


 「――――――やっぱ無理だなぁ、こりゃ」


 そう、無理だ。分かりきっている。大人である貴志はこんなことをしていられない。もっとやるべきことがある。だから。


 「走れ、とし坊!!助けに行くぞ、慈音ちゃんを!!」


 「――――――!!はい!!」

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