episode5 sect11 ”潜入、5番ダンジョン!”
見渡す限り、並び立つ柱、柱、柱――――――。
奇妙という言葉が形を得たかのような光景を目の当たりにした迅雷たち『DiS』の一行は、思わず口をあんぐりと開けてそれを眺めていた。
さて、柱と表現した物体をもうちょっと具体的に説明しよう。まず、並び立つとは言ったけれど、実際は柱の根は地面とも天井(そもそも上は空)とも繋がっておらず、宙にフワフワと浮いている。
色は緑―――というのも苔むしているからだろう。その隙間から覗くのは鉱物的な鈍い色彩ではなく、むしろどこか有機的な赤から青へのグラデーションであった。
「これ、なんなんだろう?」
慈音が不思議そうな顔をして、その得体の知れない巨大なオブジェクトを触ろうとするので、迅雷と真牙が慌てて引き留めた。もしも触っただけで変な菌が感染ってしまうような危ないモノだったら冗談にならない。
煌熾はここから見るだけでも何百本はあるように見えるその長さ6~10メートルの柱に近付き、触れないでその表面を見上げて回る。歩いていてぶつかりそうな高さにある柱もあればジャンプしても頭がぶつからない高さに浮いた柱もある。
このダンジョンは柱以外の自然環境的特徴は人間界のものと近似しており、植生も言うに及ばず。
なので、柱の表面を覆う苔の地球で採取出来そうなものに思われた。
「・・・ん?カニじゃないか、これ?」
ちょっと見ているうちにどこから登ってきたのか、カニのような・・・というより間違いなくサワガニなのだが、要はカニが柱のデコボコした表面を歩いていた。
煌熾の言葉につられた1年生3人は、彼の見つめているのと同じところを見て小さく歓声を上げた。どこか頼りない横歩きで急斜面を頑張って登る姿が微笑ましい。
「へぇ、ホントだ、カニですね」
「わぁー、カニさんだ。こんなところにもいるんだね、びっくりだよ」
「うーむ、煮るか焼くか・・・いや、ワンチャン生か?」
1人だけワンステップ飛ばしたことを言い出した真牙がそのカニをヒョイと掴んで取り上げてしまった。
「あ!?ちょっと真牙くん、触っちゃ危ないんじゃなかったの!?なんかズルい!」
「いやぁ、カニくらいなら触っても大丈夫なんじゃないかなって思ったんだけど」
むくれる慈音を適当に宥めながら真牙はしばらくカニの観察をして、それから結局カニの身が引き締まっていなさそうだったのでリリースしてしまった。カサカサと逃げ去っていくカニを慈音が寂しげに見送るが、彼女はあのカニになんの愛着があったのだろうか。
「でもカニがいたってことは近くに水があるっていうことで良いんでしょうね」
迅雷はさっそく地図デバイスを起動して、周辺の大まかなイメージを確かめた。
さすがに柱は見ないと分かるものではなかったが、そうでない、地図で想像出来る地形としては、まばらな林と湖、遠目に見える山脈といったところか。
「みたいだな。さすがに地形まるごと抉れて別物になってる、なんていうことはなさそうだ」
安心したように煌熾がそう言うのは、重ね重ね説明するようで申し訳ないが、大袈裟ではない。『ゲゲイ・ゼラ』の放つ『黒閃』の嵐に曝されればどんなに高い山だって数万年の風化並みに削れるだろうし、湖が繋がって海になるほど陸が吹き飛ぶだろう。
そう思いながら現状を見れば、『ゲゲイ・ゼラ』の掃討も現実のものだと理解出来た。杞憂ではないにしろ、心配は薄れる。
「それじゃあ、とりあえずしのたちで先にこの辺見て回りましょうか」
「そうだな。よし、じゃあみんな、行くぞ」
「「「はーい」」」
ギルドに用事があるからと1人残った千影に言われた通り、ステーションから離れすぎない程度の距離で煌熾たちはダンジョンの探索を始めた。『特定指定危険種』モンスターの可能性が否定されただけでも足取りは軽くなる。
少しの間木々の間を縫えば、すぐに湖畔に出た。水はちゃんと水で、恐らく飲んでも人体に悪影響はないだろう。澄んだ水の中には魚もいるらしい。
「えっと、ここら辺のチェック箇所は・・・」
ちなみに説明しておくと、転移ステーションはダンジョン内にたくさんある。逆に言えば人間たちのダンジョン探索の進捗がステーションの数で表せると言っても良いかもしれない。なので、『DiS』がやって来た区域は先ほど出発した『山崎組』の向かった区域とはある程度離れており、それ以前の探索チームの足取りとも全く違うルートを辿ることになる。
もし既にチェック済みの場所があればそう表示されるし、要チェック箇所である場所も別で表示されるので分かりやすいのだ。残念なのはGPSみたいにして自分たちの現在地を表示出来ない点だが、それは自分たちで地図を確認して最寄りのステーションと照らし合わせることで合わせるだけである。
デバイスから情報を引っ張り出してきて、迅雷は画像や文章と実物を比較した。
「これといって―――異常もないみたいかな」
「みたいだね」
こんなに適当で良いのかも分からないが、地形なんて時々刻々と変化するものなので、目立った変化でもなければ無視して妥当だろう。
続いて確認するのは生物だが、まさか水中に潜る準備をしてきたわけでもないので、湖の生態系のチェックは他のチームに任せるべきなのか。
しかしながら、考えてもみれば『DiS』には世にも珍しい後衛職のスターがいるではないか。当の本人はそれとなく提案してみる。
「しのが結界で囲ったら水中もは入れるよ?どうしよっか、としくん?」
「是非もないよ、行こう!」
「おー、いつになく乗り気だね」
慈音は自分が役に立てる場面が来て喜んでいるが、実はこの水中探査って結構報酬額が高いのだ。やはり危険度や手間を考慮すれば、それが当然なのである。
しかしそこは真名直伝の結界だ。慈音の腕なら多少のことでは壊れないはずなので危険対策もそこそこ、まさに水中探査にうってつけである。迅雷も乗り気になるわけだ。
とはいえ慣れない結界魔法の使い方なので心配な煌熾が、それでも後輩を信用する心で質問をする。
「えっと、じゃあ・・・東雲、その結界って何人乗りだ?」
「何人・・・うーんとですね、一応頑張ればみんなで乗っても大丈夫そうなんだけど、でも出来たら2人くらいがいいですね・・・なんて?」
チラッと迅雷の方を見て慈音はそう言った。
もしかしたら天然のアクアリウムを2人きりで楽しむチャンスかもしれないのだ。クエスト中ではあるが、平等主義の慈音も今日ばかりはちょっと出しゃばってみることにした。
それとなく向けられた視線に気付いた迅雷は一瞬分からなくて目を丸くしたが、それから苦笑して頬を掻いた。
「えっと、じゃあ俺が行ってきますね。先輩と真牙は千影が来るかもしれないから・・・」
「「はいはい、いってらっしゃい」」
●
幼馴染みの2人が水入らずの水中遊覧旅行へと出発してしまったので、陸に取り残された真牙と煌熾は手持ち無沙汰になって草の上に座る。
「それにしてもあの2人も仲良いよな」
「そりゃあ住んでる家もすぐ目の前だし、家族とそうそう距離感も変わんないんでしょうよ」
「でも家族の間柄ってあんな甘酸っぱいのだったか?なんか東雲も神代も照れ臭そうにするから見てるこっちまでなんか変な気分だったぞ」
「とりあえず羨ましい。そして焔先輩が甘酸っぱいとか言い出すとなんか面白いっすね」
「わ、悪かったな!野太い声でそういうこと言うと変なのは自覚してるさ・・・はぁ」
「冗談ですって」
煌熾をからかって笑う真牙。さすがにデリケートなところを突かれた煌熾は悔しげな表情だ。
「く・・・!まあとにかく、家族ってあんな胸がときめきそうな感じじゃないと思うんだけどなぁ」
「さぁ、分かんないですけど」
などとは言ってみるが、真牙の知る限りでは神代家内で見てもそんな節があるから否定するまでは出来なかった。それに、彼自身、姉弟関係ではないが、昔はそれっぽいことを考えていたこともあったものだ。
対する煌熾が持っている家族観は一般的でありつつ、少し薄めかもしれない。嫌いではなかったが、息苦しかったから飛び出してこの一央市にまでやって来たのだから。
「・・・にしても、平和ですねー。ピクニックにでも来たかった」
「そうだな」
浮遊する柱群も景色の一部としてはファンタジー的に見物だろうし、行ってみればこのダンジョンは「天気が良い」から、お出かけにはピッタリだ。もちろん、凶悪な生物がいなければの話にはなるが。
「あ、いたいた、やっほー」
あどけない女の子の声が聞こえた方を2人が振り返る。そこでは千影が手を振っていた。見たところダンジョンに来る前より少しだけ疲れている風に見えた気もしたが、素振りからして気のせいだろう。一瞬後にはもう元気な千影の姿しかなかった。
千影は迅雷と慈音がいないことに気付いて小首を傾げた。
「およ・・・?とっしーとしーちゃんは?」
「2人なら今頃湖の中でお楽しみ中だよ」
「な、なぬッ!?それは聞き捨てならない!!」
千影はけしからん2人を追いかけるべく湖に飛び込もうとしたが、それを煌熾が慌てて捕まえた。
しばらくは煌熾を足蹴にしてもがいた千影だったが、さすがに彼の筋力には勝てないのか折れてくれた。濡れた服のまま探検するのは風邪を引きたくもないので良くない。千影は仕方なく草の上に腰を下ろした。
「むー・・・早く戻ってこないかなぁ」
●
千影が来てからかれこれ20分。1人でギルドに残った千影がなにをしていたのかとか、その他諸々、3人で他愛ない話をしていたが、さすがに遅すぎる。
次第に心配になってきた千影は腰を上げた。
「ボクやっぱりとっしーたちのこと探してくるね」
「いや、だから入れ違いになっても困るし・・・」
「大丈夫だって、ボクに任せなさいっ」
千影は胸を張ってそう言ってから、付け加える。
「というか、ムラコシと真ちゃんも来るんだよ?」
「「えっ」」
直後、一瞬なにが起きているのか2人とも理解出来なかった。
―――人間って水の上を走る生き物だったっけ?
ギャグマンガでのテンションを地の道で再現してしまった千影は一瞬で水平線の彼方。その両手にはそれぞれ真牙と煌熾が引っ張られていた。