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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect8  ”5番ダンジョン”


 7月10日、天気も良い至って普通な日曜日。千影の提案を受けて『DiS』の面々はギルドに集まっていた。割とみんな真面目なのか、集合予定の時刻の10分前にはメンバーが揃う。千影曰く、夏休みは補習で参加が難しい慈音のために予定を前倒しにしたということだ。


 「とりあえず、クエスト受注してこよっか」


 千影はそう言って受注書自動発行機の方へ歩いて行った。

 機械のサイズと身長が合っていないので(そもそもこんな子供が使うことを想定していないから)、千影は背伸びしながらタッチパネルを操作している。


 「で、千影。どれをやりたかったんだ?」


 「む、とっしー?」


 「俺が代わりにやるよ」


 あの様子だと無駄に時間を食いそうだったので、迅雷は千影の後ろから画面を覗き込んだ。

 現在自動発行機に挿入されているのは千影の黒いライセンスカードだ。画面に表示された受注可能クエストの数は無数にさえ見えた。

 ランク4ともなると、まだランク1でしかない迅雷とどれほどの差があるのか。並べられた選択肢の多さを見れば一目瞭然だった。


 と、そんな風に思いながらクエストの一覧をスクロールしようとする迅雷を千影がやめさせようとし始めた。


 「い、いいよいいよ!ボクがするから!」


 「なに言ってんだよ。こういうときくらいは―――」


 迅雷は途中で言葉を切った。というのも、めったやたらに多いと思われたクエスト群の中に、明らかに場違いなものが見えたからだった。


 「・・・・・・?お前、これ」


 「あーもう!」


 「おぶっ」


 頬を膨らませた千影が尻を突き出して迅雷を押し退けた。感触は柔らかいとはいえ勢いのついた一撃をもろに股間に受けた迅雷が呻く。

 理不尽に与えられた男の苦しみには迅雷もその場で床にうずくまり、股間を押さえて悶えるしかない。それを後ろから見ていた真牙が馬鹿笑いをする。

 

 「おう、うぅ・・・!」


 「ぷぷーっ!泣かされてやんのー」


 「うるぜぇ!泣いでねえじ!俺なにも悪ぐないはず・・・!」

 

 「まったくもう、いくらボクのことが気になっててもプライバシーっていうのはあると思うんだよね!」


 いかにも子供らしくプンスカする千影は、その傍らで意外にサクサクと機械を操作していく。だが実際はそれもそのはずで、千影はこの発行機とは長い付き合いなのだ。伊達にプロ魔法士はやっていない。


 他の発行機のところではなにかのクエストを団体で受注しようとしている人たちが全員で画面を見てああだこうだと話しているので、迅雷は少し拗ねた気分になった。


 「なんでだよ。そんな見られて困るような情報でもないじゃん」


 「困るもーん」


 とはいえ、見られたものは仕方がない。迅雷もちらっと覗いただけであって、千影の受けられるクエストがそこまで特殊だとは気付いていないはずだろうから、千影は適当な説明だけしておくことにした。

 ついでだから千影は迅雷の後ろの連中にも手招きをして、真牙と煌熾、慈音も呼んだ。


 「あのね、とっしーもみんなも。クエストレベルの制限解除制度って知ってる?」


 「制限解除?いや・・・分かんない」


 迅雷は初耳だったので、真牙や煌熾の方を見た。しかし、2人も揃って首を横に振るだけ。


 「あれ、しのの方は見ないの!?」


 「いや、絶対に知らないと思って。ごめん」


 「知らないけどね!?知らないんだけど、なんか最近しのの扱いがひどいような・・・」


 アホ毛まで用意している千影すら捨て置いて真っ先にアホの子扱いされる慈音はどこかシニカルな笑みを浮かべて目を伏せた。

 慈音らしからぬ表情をされてしまったので、迅雷は慌てて取り繕うことにした。


 「そ、そんなことないぞ、うん。しーちゃんのことは大事だから。雑に扱ったりしてても本当はそんな風には思ってないから」


 「ホント?やったぁ、じゃあ大丈夫だね!」


 幼馴染みの変わらぬ素直さに迅雷もホッとする。ちょっと照れ臭い言い回しもあったが、別に嘘を言ったわけではないので誤魔化そうとしたことへの罪悪感はない。


 それにしても慈音が見せる表情が近頃少しずつ増えたように思える。あくまで迅雷の主観だが、されど迅雷の主観である。慈音とはかれこれ16年と少しの人生まるまるの付き合いな彼がそう思ったのなら、きっと間違いない。慈音の変化は本当にその通りなのだろう。


 ただ、表情が豊かになるのは良いことのように聞こえるが、迅雷が感じたのは決して一概に喜べるものでもなかった。

 どことなく疲れたような、悲しそうな、辛そうな―――総じて表すならネガティブな、そんな顔をよくするようになった。悩ましげな目配せや陰のある苦笑は、意外なほど急速に迅雷の心の中に蓄積されていた。


 「あるいは俺のせい・・・かな」


 「・・・?」


 「いや。なんでもないよ、ホントごめん」


 慈音が迅雷のことをまるで自分のことのように気を揉んでくれているのは、迅雷も分かっていた。でも、そのことが彼女に与える不安やモヤついた感覚は幾何だろうか。もどかしさだけが迅雷の喉の奥を焦がす。


 「それで、話を戻すけどね?」


 なにか察したのだろうか、千影が早くも脱線し始めた話のレールを引き戻した。


 「制限解除っていうのはまさにそのままの意味で、今のランクよりも上のランクの人向けのクエストがやれる制度のことなんだよ」


 「いや、待て。それは危ないだろう。多少実力が基準以上としても、そればかりは・・・」


 煌熾が眉をひそめるが、千影は「チッチッ」と舌を鳴らして指を振った。彼の言い分は至極真っ当なのだが、それでもこの制度は運用されている。現実の例で言うなら、千影以外にも天田雪姫がいる。当然、他の人は基本的にそれを知らないが。

 それに、高ランクの魔法士はクエストとは別の依頼で忙しくすることが多いので、この制度を積極的に適用していくことは数あるクエストをうまく回転させるためにも必須なのだ。元より一央市であってもランク5以上の魔法士がそこら中にウジャウジャいるはずがないのだから、ある意味では慢性的な人員不足の解決策なのだ。

 これだけ言うとまるで身の丈に合わない依頼を受けてしまう低ランク魔法士が出てきそうな気もするが、それこそナンセンスな疑問なのだ。

 

 「この制度を使おうと思ったら相当強くならないとダメなんだよ。目安で言うなら現在のランクより2つ以上上のランクに匹敵するだけの戦績と証明が必要だからね」


 「ふ、2つ・・・?マジで言ってるのか?」

 

 「ホントだよ」


 「・・・確かにそこまですれば問題はない・・・んだろうな」


 想像を絶する条件の厳しさには煌熾も納得してしまった。煌熾がこの制度を利用しようと思ったなら、現時点でランク5の魔法士と互角に渡り合えるだけの力を見せつけなくてはならないということだ。非常に分かりやすい難題である。

 実際のランク昇格には戦闘能力以外にも様々な適正を審議されるものだが、それでも戦力性が目立つのは確実だった。

 ここで個人の強さを数値化したとする。もしランクが2つも上がれば、それはその数値が元のランク平均値の2倍どころか、ときには3倍以上にもなるだろう。


 さっきの記憶と合わせて、迅雷は千影がいっそう遠くの存在である気がしてきた。


 「つーことは、千影もそれを?」


 「まぁね。ふっふっふ、ボクのすごさを改めて思い知ったようだね!さぁ、千影先輩を尊敬するのだ!」


 「としくん、実は千影ちゃんって・・・」


 「想像以上にトンデモな幼女なんじゃ・・・」


 「これは実際尊敬した方が良いのかもしれない・・・?」


 「ドヤ顔の千影たんも可愛いよ」


 「あ、あれ?みんな思ったより真に受けてる?」


 それとなく軽い話っぽくして終わらせるつもりが、迅雷と慈音は口をポカンと開けて固まり、煌熾に至っては本当に千影のことを尊敬し始めそうな雰囲気を醸し始めている。ちゃんとニマニマしているのは真牙だけだ。

 ちょっと気まずくなった千影は自分のほっぺたをつつきながら考えたが、長話をしていて次に機械を使う人を待たせるのも悪いので、「それはそれとして・・・」と呟きながら機械の方に向き直った。本当はもっといろいろな事情があるが、出来ればそれは教えないままでいたかったから、結局これぐらいの説明がちょうど良いはずだったのだろう。

 

 受けようとしているクエストを一覧の中から探すのは骨が折れるので、千影は予め控えておいたクエストのシリアル番号を入力した。


 ピッ、という短い電子音が何回か続いて、筐体下部の取り出し口から受注書が出てきた。


 「今日ボクがみんなと行きたいのはこのクエだよ。まぁ、細かい話は別のところでしようね」


          ●


 千影が案内するまま、一行はギルドの2階にあるレストランに来た。お昼時は過ぎたので、今は客もまばら。人が少ないということではないが、空席は十分にあったので、すぐに全員一緒のテーブルに座ることが出来た。

 特に食べる必要はないのだが、座ってなにも注文しないというのも店に悪い気がするので、5人はそれぞれに適当な飲み物を注文した。


 オーダーを受けた店員が離れていくと、千影がさきほどのクエスト受注書をテーブルの上に出した。


 「それでは、今日やることをカンタンに説明しまーす。まず場所だけど、5番ダンジョンだよ」


 「5番・・・」


 「5番、か」


 5番ダンジョン。そう聞いて表情を固くしたのは、迅雷と煌熾の2人だった。

 なぜ目的地を聞いただけで彼らが顔色を変えたのか分からず、真牙が怪訝な表情をした。だが、彼が分からないのも無理はない。この印象は当事者でしか知り得ないものだ。


 「5番ダンジョンってなにかあったっけ?」


 「そういえば真牙は細かくは知らないんだったよな。5番はその―――4月に『ゲゲイ・ゼラ』の討伐クエストが出ていたダンジョンだったんだよ」


 「『ゲゲイ・ゼラ』・・・あの?」


 その名前だけで―――場が凍り付いた。


 迅雷と煌熾が恐怖を感じてしまうのは当然のことだった。2人ともあの事件当日、事件の現場に居合わせていただけでなく『ゲゲイ・ゼラ』の脅威を目の当たりにしたのだ。

 迅雷にとっても煌熾にとっても、生まれて初めてはっきりと「死ぬ」という可能性を強く感じたあの一件は、それに関連する情報もまた、記憶には焼け付きを超えて焦げ付くほど鮮明に残っている。


 黒い巨躯、長くて太い爪、異様に丸い眼球。どれを取っても、あの時対峙して今ここに命があることを奇跡と感じる。


 その絶望性はまた、話で聞くだけでも恐怖の一端を強引に押し付けられるものだった。


 予想通りの反応。想像通りの空気。押し黙る迅雷たちを眺め、千影は静かに目を瞑った。あとは期待通りになるか。


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