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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect5 ”EGOISM”


 無駄話ばかりしていて仕事に遅れることも出来ないので、真名は千影のツッコミを軽くあしらってから家を出て行った。

 こうしてまた、千影は1人で留守番である。慣れたことだが、それはむしろ退屈さが増してしまう要因でもある。自然と思考だけが内面世界に落ちていく。


 「勉強を教えただけ―――教えた、だけ」


 千影は少し前の会話で使った言い回しを今一度繰り返し、「だけ」の響きに浸った。それ「だけ」のことがこんなにも新鮮で嬉しいものだなんて言ったら、迅雷はまた千影をからかうだろうか。

 生きて価値を示すために剣だけを握り続けた手にはペンを持って、血に濡れるだけの指先で理科の文章を指しなぞり、獲物の急所を見据えるための目で首を傾げる生徒の顔色を窺う。

 今までが不充実な人生だったとは思っていない。今までのままでも十分だった。でも、千影はこんなに充実した生活を送れている。


 「だからさー。とっしーもさー」


 やれば出来る―――というのはよく無責任な励ましの代表例として揶揄される。当然だ。人には向き不向きがあるし、差し当たって重大な必要性でもない限り、不要な努力なんてまさしく不毛なだけなのだから。

 でも、それを分かっていてもなお「君はやれば出来るんだから」と、千影は迅雷に言ってあげたかった。初めあれだけ無理だと言って放り出していた勉強でさえ、少しきっかけを与えてやったら不思議なほどスンナリと出来るようになったのだ。

 

 それがどうして、迅雷は強くなりたいと願った自分を、どうせなにも出来ない愚かでちっぽけなヤツだと決めつけてしまうのだ。

 やれば出来るのだと気付いて欲しかった。―――あれだけの才能と可能性を秘めた少年は、彼の他には存在しないはずなのだから。


 千影はのそりと起き上がってから背伸びをひとつした。


 「まだなんにも終わってないよ。というか、始まってもいないんだからさ、とっしー。君がその気になれば、きっと」


 きっと、なにが起きる?なにが変わる?なにが消えて、なにが生まれる?

 千影は小さく笑っていた。


 「―――おかしいな、ホントはボク、とっしーには危ないことなんてして欲しくなかったはずなのに・・・なんでだろ」


 いつか迅雷は千影に言っていた。


 ―――千影のことも『守り』たい。一緒に戦いたい、と。


 いつしか千影は思っていた。迅雷に背中を預けるような日が来るとするなら、と。

 平和に生きていく選択肢だってある少年になにを期待しているのだろうか。

  

 「でも、ボクはワガママなんだよ?」


 それではダメだ。まだまだ足りていない。


 千影が、きっかけになる。


 いつか迅雷は言っていた。病院のベッドに寝かされて、何本ものチューブを入れられながら、強がった笑みを浮かべて。これは自分の望んだことをした結果だって。

 でも、千影は知っている。それが彼自身ですら気付いていない嘘だと、知っている。


 算段はもう立てた。使えるものは全て使ってやるつもりだった。全部使い倒して踏み倒してなにもかも好き放題にねじ曲げて欲しい結果は全て手に入れて――――――。


 「分かってる。全部、全部」


 千影は少しだけ陰のある笑みを浮かべた。


 「ボクが君をワガママにしてみせるよ、とっしー」




          ●


 


 「いや、急にお呼び立てして申し訳ないことだな」


 豊かな白髪を誠実さの証にした翁が先に椅子に腰掛けた。2人しかいない大きな円卓の上に組んだ腕を載せた翁は清貧さも漂わせる。これまた豊かに顎髭もたくわえ、それをしなやかに弄りながら、翁は先方の長身の男にも座るよう勧めた。

 長身の男が翁と同じ高さの椅子に腰掛ければ、その座高は違和感でしかない。話しにくいかと思い、翁が椅子を変えるかと男に問うが。


 「いや、構わぬ。このままで良いだろう」


 翁を見下す高さにある視線をわざわざ平等にする理由など、男にはなかった。

 男は瞑っていた目を片方だけ開き、たった1人で話を持ちかけてきた老人の姿を見る。


 翁は常に見下した目をした男を眺める。その男もまた長い白髪だが、顔や体はまだ瑞々しく、あるいは妄想の世界にしかいない存在にさえ思われる気品があった。


 「アスモ陛下は、どちらにおられるかな?」


 「姫なら今は外をご覧になっておられる」


 「ふぉっふぉ。それはそれは・・・」


 ただ、ここで一応言っておくと、この長身の男は人間ではなかった。姿形こそ人間と酷似してはいるが、彼の種族は所謂悪魔、すなわち魔界(『アスモ・コスモ』)に住む知的生命体だ。

 赤い瞳は血を溜め込んだようで、肌は一切の熱を失ったように白い。この容姿は魔族系種族内においても極めて稀有なものらしく、これこそ彼がこの場に呼ばれるほどの地位を得るに至った証明だった。 

 

 「これは、首が疲れるのぅ・・・」


 やたらと高いところにある男の目を見て会話をするのは、もう引退した方が良いのではないかと面と向かって言われる程度には老いた翁にとって大変だ。参ってしまった彼は項垂れるほかなく、それを悪魔が冷ややかに嗤う。


 「ならその重い首を外してやっても良いのだぞ?」


 「それはなおさら困る。面と向かって悪意をぶつけるというのも失礼ではないかね?」


 「なるほど、人間というのはそういう種族だったか。魔族というのは死んでもらいたい相手には素直に死ねと言うように教えられた種族なもので」


 これでこんなにも真っ直ぐに殺意が向けられるわけだ。翁は肩をすくめた。


 「やれやれ、儂も長く魔法士をやってきたが、そなたほどの悪魔は知らんわぃ」


 「奇遇だな。我も我以上の同胞に出会ったことはない。―――さて、つまらない話は終わりにしよう。我も本来多忙な身なのでな」


 今も男の精神の半分は魔界に向けられている。翁は男の言葉に頷いて、改めて首を持ち上げる。


 「まず、言わせてもらおうかの」


 「なんだろうか?」


 「―――随分と思い切ったことをしてくれたな」


 「それを言うなら人間界も協定を侵しているのではないかね?もしも再びあのようなものを生み出すつもりなら、魔界はそれを看過出来ぬが」


 威圧的な態度を保ったまま、男は刃を抜くかのように言葉を返した。

 初めの一言で既に2人しかいない空間にはギスギスとした空気が満ち始めてしまう。なにかの拍子に暴力が飛び出したとしても、きっと納得出来ただろう。


 「知っているかね、魔界の将よ。人間という種族は半ば過ぎる理性の裏には半ば過ぎた野心・・・いや、知識欲があるのじゃ。人というのは知っての通り酷く弱い生き物でな、勉強するしか能のない劣等種じゃよ」


 「それは言い訳になるまい」


 依然として男の存在は人の重ねた知識の前で絶対を名乗れるだけの確固たるものだ。けれど、それはこの会談において大した意味を持たないだろう。人間という生き物がどういうものか語るのも、同じくナンセンスだ。


 「言い訳ではない。儂も事情は詳しくは知らんが・・・少なくとも同じものを作る気はないと思うがのぅ?」


 「精々言っておくと良い。いずれにせよ事実は変わらんだろう」


 「―――そなたら魔界にその原因があると、分かって言っておるのかね?」


 「なぜ、我々がそのように扱われる?」


 男は翁を睨んだが、そもそも悪魔が「悪」であると言うことなど、頭痛が痛いのだと説明することとなにも変わらない。ならば翁の反応は至極当然なのだろうか。

 否、と翁は考えた。悪魔という呼称は所詮人間が魔界に住人に対して古くから抱いてきた印象を押し付けたものに過ぎない。

 

 魔族はあくまで魔族として培ってきた価値観で考え、動いている。人間と同じだ。

 故に生まれる不和。国家間の摩擦と偏見こそ、男の反応を自然なものとしていた要素であることは明白。一介の聖職者としての立場も預かっている翁としては、ジレンマの多い会話でもあっただろう。

 

 結果として翁は一度瞑目した。


 そうした全てを含めて、「核を撃とうとしている国」がどちらであるか、考え直す。


 けれど、結論は変わらなかった。


 近年になって遂にいくつもの世界に侵攻を始めた魔界と、保守的理由でその征服行為に対抗するための防衛機構を作る人間界。

 前者が現状ありとあらゆる世界に対する脅威であることにはなんの疑いもないだろう。


 「こちらは別に積極的なわけではないからな。あくまで、世界情勢を読んで備えているだけじゃ。多少の迷惑はかけるかもしれぬが、それは我慢していただければ幸い・・・」


 「交渉は決裂、ということで良いかね?」


 翁に合わせるように男はゆっくりと目を閉じ、口元には穏やかな笑みを湛えた。それは紛う事なき安堵の表現だった。

 悪魔は会談の失敗を初めから望んでいたのだ。


 「ふぉっふぉ・・・初めから話なぞするつもりなどなかったじゃろうに」


 「いいや、あったとも。これで大義も名分も得た。つっかえが取れたようだよ」


 新代の王たるは。示された結果はこうして互いに認め合ったことで正式となる。

 悪魔はさぞかし嬉しそうに、人間はただ疲れ切ったように、笑う。嗤う。


          ●


 「姫、ここにおられましたか」


 「ルー!やっと終わったのか、妾はもう待ちくたびれたぞ!」


 「申し訳ございません」


 「ふむ、まぁ良いぞ」


 ようやく話を終えて戻ってきた男に待ちくたびれたと言った小さな少女―――魔界の姫は、実際はくたびれている風には見えなかった。きっと、そこそこに人間界の観察を楽しんでいたのだろう。男にはその面白みがいまいち理解出来ないのだが。

 姫は男にささっと近寄って、主従関係にしては物理的に近すぎるようなところに立った。


 「ルーは、なんだか嬉しそうだな」


 「そうでございましょうか?」


 「ああ、そうだ。妾の目を疑うか?」


 「いえ、滅相もない」

 

 扱いにも慣れた様子で男は姫の応対をする。そんな素っ気ない家来の態度に姫はかえって満足げでさえある。普通なら小馬鹿にしたような彼の表情ひとつで処罰を考えるものだが、姫はこの傲慢な男をいたく気に入っていた。


 「話はまとまったのだろう?どうなったか、かいつまんで聞かせてくれ。どうせ妾には細かいことは分からんからな」


 「そう卑屈なことをおっしゃらないでください。姫は聡明な方であられる」


 「ははは!好き勝手後ろから妾を操り人形みたいに使っておいて!ルーは実に良い!これだから任せてしまう!」


 どこの世界にだって摂政や関白のような職業はある。姫と呼ばれる少女は、姫であると同時に女王としての力さえ握っていた。そしてつまり、男は姫の摂政に当たる。幼少の頃から男に悉くを任せた姫は今や傀儡であり、本人はそれを自覚している。

 それを知って、姫は彼に自らの権限を委ねていた。

 実に聡明な姫の豪快な言葉遣いに男は小さく笑う。


 「ふ―――。して、会談ですが」


 「ああ。聞かせてくれ」


 「残念ではありますが、決裂でした」


 「ふっ、あはははは!!そうか、そうであろうな!ルーは本当におかしなヤツだ。お前、今日妾がこちらに赴いた理由を分かっているのか?」


 「もちろんですとも」


 「そうかそうか!はははは!なら良い!」


 姫は淑やかさの欠片もなくしなやかな黒髪を掻き上げて、黄金の瞳を輝かせた。せっかく和平交渉で一旦は手を打とうと思ったのに、しかも議会でもその方針で固まったはずなのに、なんという徒労だろうか。なにもかも台無しである。用意した安定策がこれで水泡に帰した。

 故に彼女は歯を見せて高らかに笑う。


          ● 


 もう止められない。正義も悪も存在しない時代は来る。始まる。否。始まっていた。


 なぜならこれは、冒頭で千影が背伸びをするより1ヶ月前、5月頃の話なのだから。

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