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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect3 ”慕う理由”


 靴を脱いで揃えながら、迅雷は直前までの直華たちの様子が気になったので質問を続けた。そうは言っても、直華のことだからそう心配するようなことでもないだろうが、過保護な兄の念のための行動である。


 「ナオ」


 「なに?」

 

 「もしかして安歌音ちゃんと咲乎ちゃんの2人とケンカしたとか、そんな感じなのか?」


 「いや、違うよ!?あっはは・・・ごめんね、心配かけちゃったかなぁ!?あはは・・・」


 「お兄ちゃんはいつだってナオのことが心配でたまらないんだぞ?それこそずっと隣で見守っていたいくらいには」


 「そ、それはさすがに恐いよ・・・」


 手をワキワキさせながら軽い足取りで2階へと上がっていく迅雷を見送りながら、直華も靴を脱いで彼の後に続いた。

 部屋の中にバッグを放り投げ、直華は小さく溜息を吐いた。やっと一人きりなので、これで思う存分恥ずかしがれる。さっそく直華はベッドに飛び込んで枕に頭を埋めた。溜まりに溜まっている羞恥を柔らかい枕に染み込ませていく。


 「はわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!ああぁぁぁぁ、もう!ホントにもう、どうしよう、私これで公式変な子だよぉ・・・!」


 明日から顔を合わせるのが気まずい人がまた増えてしまった。誤魔化すのに適当な言い訳でも1つか2つは考えておかないといけないと思いながら、直華は律儀なので、一通り叫んでから外から帰った後の手洗いうがいをするために1階へと降りた。


 もう本格的な夏さえ目の前になって、水道水はひんやりと冷たくて気持ちいい。鏡を見れば熱でもありそうな自分の顔が映っていて、慌ててバシャバシャと顔も洗った。

 雑な勢いで水を被ったから前髪が濡れておでこにくっついてしまった。手で簡単に髪を直しながら直華は呟く。


 「だって、仕方ないじゃん。・・・好きなものは好きなんだから、どうしようもないもん」


 「なにが?」


 「どっひゃあ!?」


 「うお!?」


 洗面所に迅雷までやって来ていたことに気が付かなかった。直華は素っ頓狂な叫びを上げて飛び退き、勢いのあまり壁に激突してしまう。


 「どうしたんだナオ、なんかさっきからおかしいぞ」


 「も、もももももももしかして今の聞いてました!?」


 「お、おう」


 「どっから?」


 「好きなものは好き?ってとこから。・・・ハッ!もしかしてナオって―――」


 「あわわわわわ」


 ここで敢えて解説しよう。迅雷はシスコンだ。一般的なシチュエーションならここで鈍感な男性キャラはまったくもってとんちんかんなことを言うのだが、重ねて言うが迅雷は重度のシスコンだ。


 「俺のこと好きなの?」


 「ふんっ!」


 「うぼぁっ」


 直華はひさしぶりに迅雷にボディブローをかました。なんとなく、いつもよりも手応えがあった気がした。きっと直華も前より強くなったのだ。物理的に。

 というのは良いとしても、なんでそこで適確に言ってしまうのか全くもって理解出来ない。本気でそう言っているのか言っていないのかは知らないが、もっと鈍感系男子をやっていれば良いものを。

 洗面所の外まで迅雷を吹っ飛ばして、直華はドアを閉めて鍵まで閉めた。


 「私たちは兄妹ですから!完全無欠に兄妹ですから!好きだとしてそれはただの家族愛ですから!」


 「は、はい・・・。ごめんなさい直華さんお兄ちゃんが悪かったです以後気を付けますもうこんな冗談は言わないので許してください」


 「じょ、冗談っ・・・!分かってたけどね!そういうこと言って本気にする人もいるかもしれないんだからこれからは気を付けてください!!」


 フーフーと荒い息を吐いて直華は残っていたうがいを済ませた。本当にはた迷惑な冗談だ。おかげで直華も淡い期待をしてしまったではないか。でも、それなのに。


 「・・・ほんと、どうしようもないもん」


 なら、そもそもどうして直華はこんな風に実兄に過度な慕情を抱くようになったのだろうか。そう考えると、直華は意外とすぐには理由が思いつけなかった。


 幼い頃から直華は特に迅雷以外の男の子との関わり合いが少なかったわけでもなく、むしろ幼稚園の頃なんかはよその家のなんたら君と結婚するだのと言っていた、と聞いている。本人としては相手の男の子の名前さえ「なんたら君」になるほどよく覚えていない記憶だが。

 ともかく、「お兄ちゃんのお嫁さんになる」と言っていても可愛げのある時代には直華には兄への恋愛感情なんてなかったのだろう。


 むしろ直華は自分が迅雷に惹かれ始めた時期はある程度覚えていた。あれもきっと子供心だっただろう。ただ、その感情はここまで続いてリアリティーを帯び始めている。

 

 迅雷に洗面所を明け渡して直華はアイスでも食べようと思いキッチンへと向かう。ちょっとしてリビングに来た迅雷がソファーにどっかりと座るのを見て、直華はなんとなく思い出した。


 居るだけでどこか儚げで鬱屈とした雰囲気を漏らしている兄の姿はなんとなく久しくて、放ってやれない気分が湧く。

 『高総戦』の全国大会があったあの数日を経て、なにかが変だった。迅雷の行動はいつもとほとんど変わらないし、普通に笑ったり怒ったりもする。

 ただ、その裏の無味乾燥な自意識というか―――。それだけがどことなく久しい。

 有り体に言えば、「かっこわるい兄」の存在が自分には1つの魅力に見えていたのかもしれない―――直華は、そんな風に感じていた。

  

 ちょっと思いついて、直華は今日学校であった話をしてみようかと考え、直華は迅雷の隣に座る。


 「あのね、お兄ちゃん―――」


 「ん?」


 「今日ね、実はね、私ね?」


 「どうしたんだよ、もったいぶって」


 「学校の先輩に告白されたんだよね」


 「どこのどいつだ!!俺の大事な妹に手を出す不埒なゲテモノめ!!三枚におろしてやる!!」


 ロケットのような勢いで迅雷が立ち上がって、その反動でソファーが後ろにひっくり返った。反応するより早かったから、直華までソファーごと転がって床に後頭部をぶつけた。


 「いだっ!?いやいや待ってお兄ちゃん!!」


 「いや、待たない!あとナオ、制服のスカートめくれてる!それでそのクソ野郎はどこの誰だ!」


 「ついでみたいに中見ないでよ!?」


 ソファーを元に戻すより先に直華はひっくり返った姿勢のままスカートを押さえて足を閉じた。


 「・・・私はその告白断ったし、それだけだよ」


 「いいや、告った時点でアウトだぞ!既に盛大に俺の不興を買った!」


 「理不尽!?」


 鬼も泣いて逃げそうな形相で迅雷がいきり立っている。放っておいたら暴れ出しそうなので、直華は大慌てで彼の腰にしがみついた。


 「ナオ、教えろ!誰だ、誰がやった!」


 「か、神田先輩だよ!ねぇお願いだから落ち着いてください!真っ二つも三枚下ろしもどっちもダメなヤツだからぁ!」


 「神田?神田、神田・・・なんか聞いたことあるような・・・あ!思い出した。あの完全無欠野郎か!」


 神田はちょうど迅雷が卒業した年度の新入生だったので、その頃から人気の高かったナマイキな1年坊主(男子目線)のことは多少覚えていた。


 「あの野郎・・・!見た目とか学力とかいろいろ敵わないけども!だがしかし、誰がナオに一番相応しいか思い知らせてくれるわ!!」


 「あれ!?お兄ちゃん、主旨がおかしい!っていうかホントにやめて!断ったんだからもういいじゃんってば!」


 


 10分後。10ミニッツレイター。


 ようやっと落ち着きを取り戻した迅雷はいそいそとソファーを立て直した。まだ怒りの炎が燻っている様子ではあったが。

 迅雷はそれから台所でインスタントのコーヒーを淹れながらソファーでくたびれている直華に声をかけた。


 「ナオはなんか飲むか?」


 「うーん、じゃあ私もコーヒー」


 「あれ?ナオってコーヒー苦手じゃなかったっけ?」


 「チャレンジだよ。・・・あ、でもお砂糖と牛乳は多めでお願い」


 どんどん大人になっていく妹の姿に迅雷は一抹の寂しさを感じながら、2つめのコーヒーマグにお湯を注いでいく。なんだか直華も手元から離れて行ってしまうような気分だ。

 それぞれ色の違うコーヒーの入ったマグカップを携えて迅雷は直華の隣に座り直した。甘くてまろやかになっているコーヒーを受け取った直華はチビチビとそれを口に含み始めた。


 「・・・でもさ、ナオ」


 「どうしたの?」


 「もちろん俺は最後まで全力で反対するだろうけどさ、なんで神田をフッたんだ?あんな優良物件はそういないと思うけどな」


 迅雷は飲んだコーヒーを腹の中でもう一回煮立たせるような苛立ちを堪えてそう尋ねた。

 迅雷はその神田という後輩とこれといった付き合いはなかったから、彼の細かい人となりは知らない。でも彼はルックスも良いし人付き合いも柔軟で学校の成績も良いから、きっと将来は良い大学を出て一流企業に就職して人生安定コースを一直線に歩くような人物に違いなかったのに。

 迅雷としては悔しい話だが、その感想が冷静なところだった。神田の八方美人が彼の本性かは分からないが、本気でやっても碌になにか出来るわけでもない迅雷と比べれば、猫を被りながらなんでもこなせる方が良い。

 けれど、直華はゆるゆると首を振った。


 「ううん。確かに神田先輩はスゴい人なのかもだけど、私はそんなに好きじゃなくて」


 「ほう、なんでまた?」


 「だって押しが強すぎてちょっと恐いもん」


 「あぁそれは――――――あれ?そう言われると俺も反省しなきゃじゃね・・・?」


 普段の妹への数々のセクハラ行為を思い出して迅雷は顔を青くした。暗に「お兄ちゃん嫌い」って言われた感じだ。いや、本当は真逆なのだが、常識的な兄妹像が邪魔になって迅雷もそこまでは気付けるはずもない。

 ましてや自分が好かれる理由の全てが紛い物と知っている彼には他の全ての人間が自分より遙かに魅力的に見えるのだから。


 「ん?・・・そ、そっか。そうだね、お兄ちゃんもちょっとは反省しないとね」


 「・・・でもナオに怒られんのも良いからなぁ」


 「うわぁ・・・」


 「ごちそうさま」


 呆れた言動をする迅雷に直華はジト目をするばかり。そうでもしないと兄からの愛情表現の真意を取り違えそうだったから。

 

 「にしても押しが強いから、ね。ならナオの好みなのってどんなヤツなんだ?」


 「え!?そんなこと急に聞かれても・・・」


 「まあまあ、なんとなくで良いから。そしたら俺も努力するし」


 「なんでお兄ちゃんが努力するの・・・?必要ないよね・・・?」


 「え?」


 「え?」


 謎の沈黙が生まれてしまった。

 直華が咳払いをする。


 「そ、そうだなぁ・・・」


 変な空白が挟まったとはいえ、迅雷の質問が不意打ちすぎて直華は耳まで赤くしていた。すぐそこにある答えを、本人に悟られずに形容するのが難しい。

 特に深い意味もない質問をしただけの迅雷は細かいことなんて知らない顔である。


 「例えば、私は見た目とか学校の成績とか、そういうのは別にいいの。もちろんその・・・カッコイイ人だったらそれは嬉しいけどね?」


 照れ笑いで見上げてくる直華に迅雷は「ふーん」と気のない相槌を返す。自分で聞いておきながら、結局のところ将来妹を掻っ攫うかもしれない輩の特徴なんてクソ食らえなのだ。


 「それで、じゃあナオはなにがいいの?」


 「えっとね、私のことを大事にしてくれて、強くて優しくて、本当に仲良しの友達もたくさんいる人かな。別にいっつも格好良くなくたって気にしないし、しっかりしてなくてもいい。本当に格好良くあって欲しいときに頼らせてくれる、そんな飾り気のない男の子が、好きだなぁ」


 「ナオ・・・。それってさ、もしかして―――」


 デジャヴする迅雷の虚を突かれたような顔。直華は言い切った後に俄に沸き上がる後悔で俯いた。ピッタリそのまま自分の特徴を言われて少しもその可能性に気付かない人はいまい。

 驚いたような、意外そうな、少し嬉しそうな、ただし訝しむような、迅雷の深く複雑な黒曈。俯いた顔を小さく上げれば、直華はその微熱の孔に吸い込まれるような気がして、いつしか彼の目に見入っていた。

  

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