episode5 sect2 ”妹だから愛があっても問題あるよね”
―――こんにちは!あれ、もしかしてこんばんはですか?神代直華です。ぶっちゃけちゃうと、私はお兄ちゃんのことが好きです。・・・え、知ってる!?う、ウソッ!?い、いやいや、そうじゃなくって、そのー・・・異性として意識しちゃうことがあるっていう意味でしてね!?って、ちょっと、なんでそんな顔するんですかぁ!!
ええと、とにかくですね・・・。はぁ、なんで私・・・あんなストレートに言うとスゴく恥ずかしい・・・。いや、それは普通に考えて変だって分かっているんです。常識的に、というか現実的に考えて自分のお兄ちゃんをそんな風に見ている妹なんて中学生どころか小学生でも今どきいないものだと思いますとも。
でも、だとしても好きだなって思ってしまったんですから、仕方ないじゃないですか。あと、だからそんな目で見ないでください!私だってその・・・メチャクチャ恥ずかしいんで。
で、なんで今そんな話をしたのかですけど。
「俺、直華ちゃんを初めて見たとこに衝撃を受けたんだ。雷にでも打たれたような!」
「は、はぁ・・・」
「一目惚れだよ。だから俺と、付き合ってもらえないかな・・・?」
―――と、いう風に、現在進行形で私は中学校の体育館裏で告白されているんですよね。
「そ、そんなこと言われても、私・・・」
「大丈夫、君が困るようなことなんて俺絶対にしないから!約束するよ!」
―――いや、だから今既に困っているんですが。
とは言っても私も実はこうして男の人に言い寄られるのなんてお兄ちゃんの冗談を抜きにすれば初めてで、どうすれば良いのか全然分からないんです。
あ、ちなみにこの人は1つ上の学年の先輩です。成績優秀スポーツ万能で魔法も得意だそうで、オマケにルックスも良い。まさに学校中の女子の憧れの的みたいなんですよね。
いえ、確かにその通りみたいです。テストのときには毎回上位5位以内に入るし、部活はサッカーもやっているけれど、たまに野球とかテニスとか、いろいろやっているみたい。で、魔法は確か普通の魔法に加えて魔剣も上手に使えるとかって。
顔はまあ、ファッション誌の読者モデルでもやっていそうな印象ですし、背も高めで中学生にしては結構大人っぽかったりもします。
「で、でもー、私なんかで良いんですか?」
「そんなこと言わないでよ。直華ちゃんだから良いんじゃないか」
―――でも、別に私は勉強の出来る男の子が特別好きなわけじゃありません。というか、私まだ中学校のテストがどんなものなのかもよく知らないから、そのスゴさも実感ないし。
「学年違うから予定合わなくなっちゃうかもしんないけどさ、でも俺、君と一緒にいろんなとこに行ってみたいしさ―――」
―――それと、運動神経の話をするならお兄ちゃんは割とスゴいです。剣を片手に持ちながら体操選手みたいな動きが出来るんだもん。
「俺、こう見えて結構綺麗で良い眺めの場所とか、美味しいレストランとか、オシャレな服たくさん売ってる店とか知っててさ、だから直華ちゃんと・・・」
―――というかそもそも魔法が得意で、特に魔剣がって。なにをどう比較したってお兄ちゃんの方が圧倒的にスゴいと思うんですが、私、間違っていますかね?
加えて言うと、ルックスで言うならこの先輩はかなり格好良いのですけど、正直私にはチャラチャラして見えて微妙です。もう少しこう、落ち着いた雰囲気があれば良いのに。
その点お兄ちゃんは素朴ですからね。・・・まぁ、お兄ちゃんの場合はもう少し工夫しても良いような気もするんですけど。
「だから、お願い!ちょっとの間、俺をお試ししてくれるだけで良いから!その間にきっと俺のことを気に入らせて見せるから、付き合ってください!」
―――そしてなにより、この人は自己主張が強すぎです。八方美人?なのは良いですけど、あんまり「俺が俺が」って言われても押しつけがましくて正直引きます。
だから私は、意を決して言っちゃいます。
「あの・・・先輩」
「――――――!なにかな?」
「私実は、もう好きな人が他にいて・・・」
●
「いやー、まさかあの神田先輩をフッちゃうなんてね!明日から学校中の女子の敵だよ?」
「えー・・・。それはイヤだなぁ。いわれのない罪だよ、そんなの」
「またまたー。直華ちゃんの罪はモテることだよねー。あーあ、ホント羨ましいなー」
まだまだ碌に実感もない色恋沙汰を知ったかぶりで誤魔化す咲乎が直華をおちょくる。どんなにこっそり呼び出されたって、一央市第一中学校のスターみたいなものである神田の思わぬ行動である。しかもその結果まで予想外。彼が1つ下の後輩に告白してあっさりとフラれた、という噂は瞬く間に広まってしまっていた。
もしかすると本当に目の敵にされるかもしれないと思うと直華は明日からの学校生活が少しだけ憂鬱になった。今後神田本人と顔を合わせる度に気まずくなるのはもちろんだろうし、後ろ指を指されるかもしれないなんて、そんなのはひたすら居心地が悪い。直華は無意識に溜息を吐いていた。
「大丈夫だって直華。私たちはずっと直華の隣にぺったり寄り添ってあげるから!」
心配そうに肩を落とす直華が見ていられなくなって、安歌音は直華に肩を寄せて、言葉通りにぺったり密着してやった。
「わっ!?くっつきすぎだよ!・・・でもありがとね、安歌音ちゃん」
満足そうに笑ってから安歌音は邪気っぽい目をした。
それにしても、先ほど直華が言っていた気になる一言である。学校一のモテ男をスッパリズバッと斬り伏せられるような直華の「好きな人」とは誰なのか。
薄々分かった気もしながら、それでもそういうお年頃の安歌音は聞かずにはいられない。
「それでー?直華の好きな人って誰よ?」
「ぶっ!?ちょ、な、なんでそのことを!?」
「大事な大事な友達のビッグイベントなんだから、茂みの陰でコッソリ聞いてたんだよ、最初っから」
「あれ、なんで私も神田先輩もそんな怪しい人に気付かなかったんだろうね!?」
告白される側からしても当事者以外にその場の様子を見られたら恥ずかしくて堪らない。
赤面して慌てふためく直華を見て咲乎も馬鹿笑いしている。ちなみに、本当は安歌音と咲乎の2人は茂みではなく体育館の壁に隠れて話を盗み聞きしていただけだ。まさかそんなに忍び足スキルが高い中学生なんていまい。
「で?で?誰なの?教えてよー」
「私も気になるなぁ」
「知らなくたっていいでしょ、もう!2人とも茶化さないでよぉ!!」
「えー。じゃあ当てっこしよう!」
「そうしよー!」
「なんでそんなにしつこいの!?当たってたって知らんぷりしちゃうもんね!」
頬をぷうと膨らませてそっぽを向いた直華の横顔に挑戦者の安歌音は楽しそうだ。安歌音は丸くなった直華の頬をつっついて「ぷふー」と言わせると、ますます直華は拗ねてしまったので苦笑い。
気を取り直して、安歌音はとりあえず思いつく名前を逐一挙げていくことにした。
「うーん、同じクラスの武田君!」
「・・・つーん」
「なら3年生で水泳の全国大会行った森先輩!」
「・・・つーん」
だが、比較的有力な候補を上げていくのはただの布石に過ぎない。詰め将棋をしている安歌音はいちいち反応が可愛い直華で楽しんでいるようだった。
そんなとき、今度は咲乎が手を上げて1歩前に出た。
「ハイハーイ、私もやるー!」
「えー・・・」
「ふっふーん。私、名推理しちゃったもんね。ズバリ、直華ちゃんが好きなのは神田先輩だったのだ!」
「・・・その心は?」
アホの口からとんでもない迷推理が飛び出したので、直華は無視することも忘れてついつい聞き返してしまった。そうなれば、直華が初めてゲームにリアクションを示したことから自分の答えが当たっていたのだと思い込んだ咲乎が自信満々で推理の内容を語り始めた。
「直華ちゃんは照れ屋さんだから、きっと好きな人に告白されてもついつい断っちゃうタイプだと私は予想したんだよ!ヘヘン!」
「う、うむむ・・・・・・案外当たってるのかもしれないけど、でも別に私は神田先輩のことは好きでもないよ」
意外に推理の内容自体は的を射ている感じがしたので、直華は思わず唸ってしまった。確かにもしもそんな状況になったら、直華は正論を並べて逃げてしまうだろう。
複雑そうな表情をしている直華を見て確信を持った安歌音がファイナルアンサーをすることにした。
「あ、私分かったかもしれない」
「ひぃっ!?」
「直華が大好きなのって―――」
若干歩調が速くなった直華が少し前を歩き始めて、明後日の方角を見ている。下手っぴの口笛が掠れて聞こえてくる。
「ずばり、お兄さんでしょ!絶対!」
「ウッ、ふ、ふーん?なんでそう思ったのかなー?私たちは普通の兄妹だけど?」
「いやいや、直華ってこの前マンティオ学園にお兄さんの試合見に行こうって話してた日ずっとソワソワしてたし、放課後とかすっごい嬉しそうにすっ飛んで行っちゃったし」
「ふーん?そ、そうだっけ?」
「そうだってば。ね、さくやん?」
「うん?あ、確かにね!!おおっ!なんだなんだ、禁断の恋ってやつでしょうか!?」
安歌音の解に思い当たる節のある咲乎がはやし立てると、直華の横顔がみるみる赤くなるのが分かった。多分図星だったのだろう。
「つっ、つーん!そんなことはないけどねー!」
「ちょ、速い!待てぇ!」
「逃げた!」
そろそろ競歩レベルのペースで歩く直華とどんどん距離が開いていくので安歌音と咲乎は小走りになって追いかけるが、やたらと速かったので遂に直華に白状させる前に神代家の前まで来てしまった。
直華は自分の家が見えてなんとか逃げ切れたと安心するのだが、事態はむしろ安歌音たちに都合よく転がった。
「あれ?ナオ?今日はちょっと遅いんだな」
「―――あれ、お兄ちゃん!今帰ってきたところ?」
ちょうど玄関の鍵穴に鍵を差し込んだところの迅雷が後から続いて帰ってきた直華に気付いたのだ。
ついさっきまでの不機嫌はどこへやら。一瞬でテンションが上がって直華は素敵な笑顔になっている。
なんとか彼女に追いついた安歌音も咲乎も今度こそニヤけた。
「こ、こんにちは、お兄さん」
「こんにちはー」
「お、安歌音ちゃんに咲乎ちゃん。一緒だったんだな。こんにちは・・・というかなんで息も絶え絶えなんだ?」
「いやその、直華が逃げるから追い掛けてて」
「はい?」
軽く手を上げて気さくに挨拶を返してくれた迅雷と彼の隣でちょっとウキウキしている直華を見やり、お腹いっぱいになった2人は帰ることにした。
「じゃあ私たち帰りますね」
「直華、お兄さんとは仲良くね?うふふっ」
「ハッ・・・!?ちがっ、これは!」
「「ばぁい♪」」
「あああ、安歌音ちゃんとさくのやんバカぁ!」
完全に悪意しかない笑顔で手を振る友人2人を直華は追い払うように帰らせた。捨て台詞として迅雷にまで「直華のことを末永くよろしく」とか言うので、もう羞恥の限界だった。
あの2人であればこのことは他人に言いふらしたりはしないだろうけれど、それでもマズい。学校で一番人気の先輩をフッたあげく実は重度のブラコンだったとか、完全になにかの末期患者ではないか。
直華はやり場のない恥ずかしさを唸り声で表現してその場に崩れ落ちた。
「はぅぅ・・・」
「・・・・・・?なんだったんだ、今のは?逃げるとか追いかけるとか」
そして、そんな女子中学生3人のやりとりの意味がイマイチ分からない迅雷が1人で首を傾げた。大体、迅雷は言われなくたって直華のことを末永く愛で続けるつもりなので、今更他人に言われるまでもないのに。
「いや、なんでもないよ、うん」
「すげえ棒読み・・・。別に普段から俺とナオって結構仲良しだと思うんだけどなぁ。そう思わないか?」
「へ?う、うん」
迅雷が何の気なしに発言する度に直華はその場にうずくまったまま顔を横に逸らしたり肩を跳ねさせたりとせわしない。怪しく思って迅雷は眉をひそめたのだが、なにはともあれ家の前でボンヤリしているのも変だから、さっさと中に入ることにした。
「ほら、ナオ。そんなとこで遊んでないで早く入ろうぜ」
「私的には遊びじゃないんですが・・・」