Connection ; ep.4 to ep.5
「さて、みなさんよくお集まりくださいました!いえーい!」
「いえーい!」
全国大会が終了した週の土曜日。
真牙に呼び出された迅雷、千影、慈音、煌熾の4人は、一央市内のとあるボクドナルドに集まっていた。事前に打ち合わせをしていたということもなく、割と急に呼び出されたので、迅雷と千影は仲良く不満げであった。
とりあえず真牙に合わせて「いえーい」と言ってみた慈音がその後になって挙手する。
「はいはーい。えっと、真牙くん。今日はしのたちなんで集まったの?」
「そうだよ真ちゃん、せっかくのお休みだからボクもうちょっと寝てたかったんだけど!」
慈音はただ気になっただけで首を傾げるだけだが、千影はあからさまにプリプリしている。真牙は千影を宥めながら事後承諾を求めることにした。
「まーまー、千影たんも落ち着いて。今日集まってもらったのは他でもない、第1回パーティーの名前なんか良いのを考えようぜ大会を開催しようかというものであります!」
「あぁ、なるほど・・・。そういえばまだ決めていなかったからな。登録するときに適当に決めるんじゃもったいないか」
真牙の説明に煌熾は納得して頷く。
それならそうと昨日にでも言ってくれれば良かったものを、今日になっていきなり呼び出すあたりが適当感満載だが、気にしてはいけないのだろう。
迅雷はとりあえず知っているパーティーの名前を思い浮かべてみた。
「パーティー名っつーと・・・山崎さんとこの『山崎組』的なやつか」
「そうそう」
他にも一央市では『スリーセブンズ』とか『ミドラーズ』は有名だ。もっとも、『スリーセブンズ』は4月の一件でメンバー全員が重症を負っており、事実上の活動停止状態なのだが。とはいえよく生きて帰ってきたと言う方が良いかもしれない。
他にも新興勢力としては『風王』とか『トランプ・オブ・ハント』とか、あとは怪しい宗教でもやっていそうな『福音の使徒』とか。
「シンプルなのからややこしいのまで、いろいろあったっけな」
「迅雷はそのややこしいヤツの方が好きなんだろ?ちゃんと辞書でも引いて考えてろ」
「べ、別にそこまでじゃねえし・・・?」
さりげなく中二病患者扱いされた迅雷は恥ずかしかったので、先に昼食の方を注文するためカウンターに行ってしまった。ちなみに、迅雷が本当に英和辞典でも持ってくれば良かったな、なんて思っていたのはヒミツである。
そそくさと逃げる迅雷を追いかけて慈音と千影も財布を持ってから席を立つ。
煌熾はトイレに行くと言うので、真牙は荷物番で1人テーブルに留まっていた。
しばらくして全員が席に揃ってポテトを咥え始めた。テーブルの上はたちまちジャンキーな匂いが充満して腹の虫を活気づける。
自分もナゲットを1個口に放り込んでから、真牙は改めて話を切り出した。
「―――で、なんか良いの思いついた?」
「うーん、しのじゃあんまりカッコイイ名前は思いつかないなー・・・。としくんは?」
「俺?そうだなぁ・・・というか、俺たちのパーティーのテーマが先だと思うんだよなぁ」
ネーミングマスター迅雷の言い分があまりにごもっともなので、他全員が一瞬「あ」という顔をしてから唸り始めた。子供を名付けるのと一緒だ。まさかなんの意味もない名前をつけるわけにはいかない。なにせこれから命を預ける場所の名前なのだから。
「ま、一応最初になにがしたくてって話はしたけども、俺としてはどっちかって言うと真牙のワガママに付き合わされてる感がすんだけど」
「はいはいナルホド?まずはキーワード『ワガママ』いただきましたー。あざまーす」
「スルー!?」
メモ用紙に真牙は「ワガママ」と書いて、それから横に「なんだとコラ」と続ける。
「オレはちょっと刺激が欲しかった―――とかかなぁ。もちろん軽いノリじゃないけど。焔先輩はどう考えてます?」
「俺としては、阿本が最初に言ってたことに賛同して入ったわけだしな。―――でも強いて言うなら、人の役に立つグループでありたいかな。有り体に言えば正義の味方とかかもな」
臆面もなくそう言える煌熾のイメージは市民を守るライセンサーの姿そのものだろう。大義があって、そのために未熟な若者たちが寄り合って腕を磨く。非常にシンプルで正統派な情景は王道を貫いている。
彼の家が優秀で心の正しい魔法使いの家系だからこそ、煌熾の発想はあるべき形に育まれてきたというこだ。
「うむうむ、なるほどっすね・・・」
真牙はメモ用紙に「刺激」と「正義」を書き連ねた。こうして並べてみると、てんでばらばらな意味ばかりが集まってくる。まとめるのが大変そうだ。
真牙の隣でメモ用紙を覗き込みながら、迅雷は慈音に質問を振る。
「しーちゃんはなんかあった?」
「しのはね、なにか良いことありそうだなーって思ってたんだけど」
「差し詰め希望みたいな感じか」
「うん、そうそう、そんな感じだよ。としくんが元気出るじゃないかなって」
そんな風に言っている慈音を迅雷は真っ直ぐ見られない。もし―――もしも迅雷がもう一度立つことを望むなら、そこに慈音自身が得られるなにかが在るのだろうか。
嬉しいとか、楽しいとか、そんな言葉では誤魔化せない危険があるのに、慈音は迅雷のためにこのパーティーに加わった。でも、慈音は結局そういう少女なのだ。とても、優しすぎる。それが迅雷にとってどれほど悔いることになるのか。
迅雷が真牙の我儘に付き合わされたなら、慈音は迅雷の我儘に付き合わされたのだ。
―――ダメだろう、そんなのは。そこまでしてもらえるほど、俺は碌なヤツじゃない。
迅雷だって慈音の考えていることはよく分かる。ずっと一緒にいたのだから、彼女がくれる無償の優しさが迅雷のダメさ加減なんて気にしないことは分かっている。多分こういうのを身に余る幸運と言うのだ。それがとてももったいない。
そんなとき、千影がまるで迅雷の気持ちを代弁するかのようなことを言った。
「しーちゃんはそれでなにか得するの?」
「うん、するよ?これはね、しのが一番やりたいって思ったことなんだもん」
「そっか」
・・・と思えば、あっさりと引き下がってしまう。否定するべきものは別の場所にあるということも知らず、迅雷の否定は甘えを放さなかった。
頭ごなしに否定した自己の価値は、他の人だけが信じ続けていて、それが苦しいのに言い出すのがもっと嫌で、黙って平静を装う。
どんどんと迅雷だけが置いていかれる。
「じゃあボクと一緒だね、しーちゃんも。あ、でも冒険するのもいいよね!ワクワクする!」
「そうなんだぁ・・・って、すごく気楽!?」
「ボクが近くにいるうちはみんなの無事も保証しちゃうのだ!」
テーブルで一番ちっこい女の子が胸を張る。
頼もしい限りではるが、さて、結局パーティー名はなにになるというのだろうか。
出揃ったキーワードは「ワガママ」と「刺激」と「正義」と「希望」―――。
「で、真牙。いろいろ出たけど、どうまとめようか。削るのもアレだからしたくないんだけど、繋げんのも大変じゃね?」
「お前がテーマ決めようって言ったんだろ」
「それもそうでしたね・・・」
迅雷は頭を抱えた。良い案が思いつかない。ワガママが刺激的に正義を希望してしまうのだろうか?真牙はもちろんだが、慈音と煌熾の顔を見ても難しそうな表情をしているだけなので、ならばと思って隣の千影を見てみる。こういうときこそ子供の柔軟な発想力というのが重要になってくるはずだ。
「なあ千影ー。いいのないかなー」
「えー・・・ボクあんまりネーミングセンスないんだけどなぁ」
「いやいや、千影の使ってる刀の名前とか良い感じじゃん。『牛鬼角』って書いて『阿傍羅刹』だろ?イカしてるじゃん」
「元ネタ知ってることにビックリだけど、あれはボクがつけたわけじゃないもん。でもじゃあ、そうだなー。『ワガママな正義』とかはどう?」
「あー」
千影はなんとなく名前を考えてみてから、自分にはかなりピッタリなことに気付く。
ちょっと自信が出てきた千影の意見に迅雷も感心したような声を上げていた。割と迅雷の琴線に触れるところがあったようだ。
さっそく真牙が候補としてそれをメモし、迅雷がその文字列を吟味する。
「あとは『希望』と『刺激』を入れたいんだよな」
ただ、2つとも入れると長ったるい。
今までの話を思い出すと、『ワガママ』と『希望』が実は同じものだと気付くことが出来るだろう。
だとすれば、と真牙が呟いた。こればかりは迅雷も思いついてはくれないはずなので、真牙は意気揚々として当たらし案を出した。
「『ワガママな希望の正義』ってどうよ!」
「なんか長くないか・・・?俺たちはなになにのメンバーですって自己紹介するときに言いにくそうな気がするんだが。・・・まあ印象的だから覚えてはもらえそうだけどな」
真牙のアイデアに煌熾は困ったような顔をした。フォローを忘れないのはいかにも煌熾らしいが、どうやらこのテーブルに限っては彼の意見はマイノリティなものらしい。発案者の千影とそれに乗った迅雷、そしてそこに付け加えた真牙は揃って「えー・・・」とでも言いたげである。
なるほどワガママだ、と煌熾は苦笑。
「うーん、長いならフリガナでも振ってみたらいいんじゃないですか?言いやすそうな短めのを」
慈音が少し自信なさげに提案する。要はオサレの代名詞、ルビだ。
しかし、そんな風に言われたって煌熾は良い案を思いつかない。なにせ彼の精神年齢はとうの昔の時点で中学校を卒業して制服もフリーマーケットに出しちゃったくらいのところだったし。
「うーん・・・『ワガママな希望の正義』とかか?・・・すまん、なんか言ってて恥ずかしいんだが・・・」
「それはアレですよ、単純すぎるからイタく聞こえちゃうんですって。英語でルビ振るならもっと凝ったのにしないと、それっぽくならないと思いますよ」
「お!ルビ振りのプロが動いたぞ!」
真牙が茶化すのをチョップで止めてから、迅雷は咳払いでペースを取り戻した。ここからは迅雷のターンである。
「思ったんですけど、『ワガママな希望の正義』って、なんか実行したら刺激的な気がしませんか?」
「ふむ、確かにな」
ここで迅雷は脳内の和英辞書、英和辞書を徹底的に調べ上げる。訳すのは名前そのものではなく意味。つまり『刺激』、もとい刺激的なイメージを表す言葉。
やがて、言葉がきっかりと1つの型に収まった気がした。
「―――『ディープ・イン・ソルト』」
いろいろと考えて、迅雷はこの3つの言葉に落ち着いた。『Deep in Salt』。迅雷が呟いた3つの簡単な英単語に、みんなが首を傾げて解説を期待していた。
「・・・・・・って、どうかな?なんかこう、良くない?」
「えっと、としくん?お塩に潜ったりでもするっていう意味・・・?」
「とっしー、塩分の摂りすぎは良くないよ?」
目を点にしている慈音と千影のリアクションはまさに迅雷の期待通りだった。ちょっと満足した迅雷はフフンと鼻を鳴らす。からかわれたからには、ちょっとやる気を出してみた次第である。
「先輩は意味分かります?」
「いや・・・正直よく分からん。塩に熱中するみたいな意味なのか?」
上級生でしかも優等生であるらしいの煌熾でも知らない知識を披露出来たので、迅雷はいよいよ面白くなってきた。
「惜しい。実はですね、この場合『salt』には塩じゃない別の意味があるんですよ」
「お、おう・・・?」
始まった迅雷のウンチクに煌熾は燻って、千影と慈音は目をキラキラさせ始めた。それを外巻きに眺める真牙も面白がっているようだ。
「急にとっしーが得意げになってるー」
「わー、としくんが元気になったぁ」
「そこ、やかましい。それはそれとして、塩って調味料じゃないですか。つまりスパイス―――刺激的なものです。だから、『ディープ・イン・ソルト』で『刺激にどっぷり』とか『痛快味の大海原』とかって訳せるかと」
真牙から取り上げたメモ用紙にここぞとばかりに日本語や英語を並べて、迅雷は一気に語った。
説明を受けた千影と慈音は間抜けな歓声を上げていて、真面目な煌熾は感心した様子で「なるほど」と唸っている。まるで迅雷がちょっとした講義でもしていたみたいだ。ただ厨二力を披露しただけなのに。
迅雷が調子に乗りかけたところで真牙が手を叩いて中断した。
「へいへい。迅雷の脳内辞書の優秀さは分かったから。てかそんくらい辞書読んでんなら英語のテストとかも頑張れよ・・・」
「う、うっさいな・・・。なんかほら、カッコイイ単語とか探しちゃうとそういうのばっかり忘れずに覚えてられるんだけどさぁ」
これは男子たる者一生に一度は経験があるだろう。よく聞く格好良い響きの単語の意味を辞書で引いて、なぜかそれよりずっと簡単でよく使う単語も覚えられないのに、そっちばっかりスルリと頭に入ってきた体験はきっとあるはず。
ちなみにそんな迅雷の中学時代の英語・国語の定期テストの点数は平均以上、上位以下。察しよう。そんなもんだ。
結局治る目処の立たない中二病を露呈させただけの迅雷はドンヨリと肩を落として残っているポテトをかじり始めた。
「あぁっ、せっかく元気だったのに!?」
「大丈夫だよとっしー、ボクは例え君がどんなにイタい男の子だったとしても引いたりしないからね。だってとっしーの良いところ、ボクいっぱい知ってるもん。例えば・・・例えば・・・うーんと、ほら、そこはかとなくいい感じだよね!うん!」
「ああぁっ!?としくんが灰になって飛んでいっちゃうよぉ!店員さんに換気扇止めてもらわないと!?」
千影にトドメを刺された迅雷がつまんでいたポテトすら床に落として死んだ目になったので、慈音が慌てて誤魔化し始めた。誤魔化せているかは別として。
というか、今の迅雷に千影のジョークはクリティカルすぎる。
「は、ははは、はははは・・・そうだよね、俺なんて・・・あはははは」
「それはそうと、迅雷の案はいただきだな。なんだかんだ言ってセンスはあるだろ」
「――――――!!そ、そうか!?あぁ、ちくしょう、心の友よ!」
真牙のフォローで一転、迅雷は花が咲いたような笑顔に戻った。自分のセンスをどれだけ気にしていたのだろう。ただちょっと鬱陶しいので、真牙は適当な相槌だけ打ってスルーした。
新しいメモ用紙を千切り、真牙はその上に改めて大々的にこれから自分たちが名乗るべきパーティーの名前を書き、机の上へ豪快に叩きつけた。
「『我儘な希望の正義』!!これがオレたちのパーティー名!賛成ならお返事と拍手を!」
「おっけー」
「わーい」
「おう」
「―――ああ」
こうして、ここに改めて魔法士パーティー『我儘な希望の正義』が結成された。
正式な手続きが完了すれば、彼らは日本国内において非常に稀な構成メンバー全員が未成年のパーティーとなる。しかも、所属ライセンサーのうちにブラックライセンスの所有者がいるとなれば、それは日本どころか世界初の異例の事態だ。静かな波乱はまず不可避だろう。
だけれど、これは一時の我儘。それ以上にもそれ以下にもなることはないはずだった。
優秀な学生たちが集まり、特殊な背景を持つ子供1人を交えた超新星パーティー、『我儘な希望の正義』。『Deep in Salt』―――略して、『DiS』。
結局それは、いずれこの世界そのものを否定した一人の人間を育む冒涜の巣だった。