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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第一章 episode1『寝覚めの夢』
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episode1 sect14 ”慈しみの音色”

 迅雷(としなり)はアスファルトを眺める至近の視界すら涙に歪ませながら、積もり積もってきたやるせない過去を思い出す。


 こんなのは今が初めてでもない。例えば、あの日あの時。あの時はまだ小さかったから仕方ない、と言ってくれる。それにもし力があってもどうしようもなかった、とも。『約束』をした。『守る』ための力を付けるために頑張った。剣道も全国優勝に行くほどまで努力した。真牙(しんが)と出会ってからは切磋琢磨してきた。魔法だって回数は無理でも質を上げようと励んできた。マンティオ学園に入学だって出来た。努力を惜しまず、その結果も得てきた。


 でも、変わらない。報われない。何も出来ない。


 そうして得てきたのが、今地に這いつくばっている「現在」なのだから。哀れなのかもしれないし愚かなのかもしれないし。努力で変えられないものは、自分自身の馬鹿さ加減だった。報われないと嘆くのは愚かなのだろうか。なにかしたいと思うのは差し出がましくて馬鹿なのか。


 ・・・まだそんなことを。もういい加減に分かれば良いのに。


 いやだ。


 いい加減に認めてしまえ。なんでそんなに頑ななのだ。分かっていることを認められないなんて、愚かしい。


 認めたくない。


 もう分かっているというのに、同じところを延々と回り続けて。一度絶望したくせに、また希望(まやかし)を求めてかけずり回ろうとする。


 やめてくれ。


 身から出た錆は、剥がしたところで手遅れだ。すぐにまた元通り。


 ・・・分かっているさ。分かっている。良く、良く良く、分かっているさ。



 千影に、俺は、必要ない。いや、違うな。いざという時に、俺は、必要ない。ナオにも、しーちゃんにも、真牙にも、誰にも(・・・)、必要ない。



          ●



 「お兄ちゃん・・・」


 直華(なおか)もまた、叫びきった迅雷になにも言えないでいた。いつもなんだかんだ言いながら頼り甲斐のあった兄の姿はもうどこにもなく、慰めの通じるような中途半端に傷付いた少年の姿すらそこにはなかった。

 

 窺い知れない兄の顔が涙と共にアスファルトに溶け込んでいくのを、直華は止めようがなかった。


          ● 

 

 幻聴・・・かもしれない。


 大好きだったあの子の声だ。


 ついつい、意識だけがふわりと思考の最奥へ歩みを進めようとする。


 『ごめんね、君には、重かったよね』


 あぁ、そうか。


 君にも、俺は必要なかったんだね。


 ううん、知ってた。


 もう、いいんだ。


 いいんだ・・・けど。


          ●


 迅雷は、なにか頭の中でプッツリと切れてしまった気がした。

 

 泣き叫ばずにはいられず、誰の胸に顔を埋める権利も持たず、頼る背中も地べたにあるはずがなく、晴れやかな青空を見上げて仰向けになるだけの資格すら持ち合わせず、もしかしたら自身の哀れさすら相応に哀れんでもらうことも悲痛さを自分自身で宥めることも、許されず。


 けれど彼は、声を上げて泣くしかなかった。


          ●


 なりふり構わず喚く迅雷から発した、近づくことすら憚られるような重い空気が漂う中、小さな変化があった。


 静に、音もなく、今の今までなにも言わずに直華の後ろで迅雷の独白を聞いていた慈音(しの)が、直華の横をすり抜けて迅雷に歩み寄った。唇を噛みながら、悔しそうになにかを堪えるようにしている。それでいて迷いなく、彼女は迅雷の前に両膝をついて座った。


 「慈音さん・・・?」


 どことなく普段の柔和な雰囲気の弱まった慈音に直華が戸惑いの声を出したが、慈音の眼差しは真っ直ぐ、伏せられていて見えない迅雷の両目に向けられていた。もう直華に返事などしない。


 彼女は迅雷の頭を撫でながら話し出した。自然、迅雷の嗚咽は小さく、小さく、頭を撫でてくれる感触へと依存は移る。これもまた甘えであることを知りながら、彼女はそれを許しているのに甘んじて。


 ――――――そう思っていた。


 「としくん、まずは起きて。ここに正座するの」


 まるで子供をあやすように、諭すように、慈音はゆっくりと言葉を紡ぐ。


 しかし、迅雷はなにも言わない。視線も動かさない。その両の目はただ焦げたように黒い黒いアスファルトだけを見つめ続けている。迅雷の依存は一言目によって薄まっていた。


 慈音はそれでも彼に言い続けた。


 「起きて?」


 動かない。


 「ほら」


 差し伸べられた手も見もしない。


 「ね?」


 悲しそうに彼を見つめる彼女の眼差しにも気が付いてさえくれない。


 「・・・・・・」


 遂に慈音は口を止めた。それから、肺にあった空気をまとめて吐き出し、そして息を大きく吸い直した。迅雷の両肩を掴み、あらん限りの力で彼をアスファルトから引き剥がす。そして、思い切り頬を張った。痛々しくも痛快な高い音が響いた。


 

 「としくん!いまさら、こんなところでっ、こんなときにっ、そんなかっこ悪いことしないで!!」



 いつまででもついて行きたかった背中は今こうして何も背負えなさそうなほどに沈み込んでいる。耐えられない。でも。


 「確かに、としくんは魔力もないし、剣ができても肝心なときに戦うだけの実力がないかもしれない。・・・・・・いや、今は無いよ(・・・)


 普段なら絶対に使わないような、完全な否定の言葉を、それでも慈音は選んだ。迅雷の歯がギチリと、より強く合わさる音が聞こえた。それを分かっていながら彼女は言葉を止めない。


 「今のとしくんじゃ千影ちゃんの邪魔になるし、どうしたってあのモンスターには勝てないよ。どうしたって勝てっこない。千影ちゃんを助けられっこない」


 言いながら涙が(にじ)むのを感じる。本当のところ、慈音は自分がどうしてこんなにひどいことを言っているのか、自分でも分からなかった。

 ただ、次の言葉を導くためにこれらの言葉もまた導き出されるように出てきていた。



 「それじゃあ、としくん。としくんはそれで諦められるの(・・・・・・・・・)?なにもできないから、邪魔にしかならないから、だから本当にやりたいことも押し殺して諦めるの?押しつけがましいかもしれないけど、しのが大好きだったとしくんはそんな簡単に折れちゃったりしないんだよ」



 そう言って、慈音の声が少し、柔らかさを取り戻した。変化に誘われたように迅雷の口に入った力が緩んだ。


 「としくんは、本当はどうしたいの?今、どんな現実を突き付けられとしても、としくんは、それでもどうしたい?」


 迅雷は顔を上げた。恐る恐る、慈音と目を合わせる。


 そこには、いつもと同じ柔和な笑顔をたたえた、そんないつもの慈音がいた。これほどまでに醜い姿を晒してきた迅雷に新しいチャンス(・・・・・・・)をくれた。


 「俺は、きっとクソの役にも立たない」


 「だろうね。でも?」


 迅雷の自虐をふわりと受け止めて、さらりと受け流す。それはそうだ。千影より迅雷の方がずっと弱くて、それこそ「足手纏い」なのだから。


 「千影のとこに行ったって、怒鳴られて終わりだろうさ」


 「うんうん。それで?」


 そんな分かりきったこと、今ウジウジ考えたってなにも変わらないのだから。今考えるのは、そんな誰かの都合じゃない。諦めたように吐き捨てられた迅雷の言葉を、慈音は優しく受け止めるだけでいい。

 

 「もしかしたら死ぬかもしれない。なにも出来ないまま、消し飛ばされる」


 「それはしのも困るけど、でも、それで?」


 彼に死なれるのは、慈音は悲しい。後を追ってしまうかもしれないから、それだけは許さない。慈音だけじゃない。直華だって、真名(まな)だって、真牙だって、そして、千影だって。

 でも、それでも、それで良いのか?


 「・・・良いのかな。迷惑にしかならないような、俺の我儘なのに、言って、良いのかな・・・?」


 「うん。良いんだよ。言ってごらん?としくん」


 慈音の微笑みは残酷なまでに優しかった。こんなに打ちのめされた雑巾みたいな少年の希望を、正面から聞き届けてくれようとしている。こんなにも信じてくれていた。

 甘えて良いんだと、慈音は手を差し伸べてくれた。迅雷が前を向くのなら、彼女は快く甘えさせてくれると。また、涙がこぼれ落ちた。こんなにも、こんなにも―――――。


 「・・・たい。『守り』たい。それが出来るかどうかなんて関係なくて、俺はただ、千影が危険の渦中にいるんなら、一緒に戦って『守っ』てやりたかった。・・・いや、ごめん。『守り』たい」


 「うん。・・・分かってる」


 思いもしなかったほど素直に、いとも簡単に答えは口から出てきた。喉につかえさせていたはずの望み(やくそく)が活力を取り戻した瞬間だった。


 「・・・・・・よくできました」


 慈音がにっこりと笑った。迅雷も思わず、少しだけ笑ってしまった。まだまだ赤点ギリギリだろうけれど、まだ。


 「しーちゃん、ナオ。悪い、やっぱり先に行っててくれ」


 改めて、同じ台詞を繰り返した。さっきとは違い、芯を取り戻した声で、もう一度。


 「ちょっ、お兄ちゃん!?」


 直華はまだ焦った様子を見せる。しかし、


 「うん、分かった。気を付けてね(・・・・・・)、としくん?」


 直華を制止して慈音が返事をした。直華も迅雷がなにを思っているのか(・・・・・・・・・・)を理解していた。しかし、慈音は迅雷のこと(・・)を理解していた。慈音が迅雷を見てきた年月は、直華より長い。


 「・・・やっぱりしーちゃんには敵わないな。あぁ、せいぜい生きて帰ってくるさ。ちゃんと、千影も連れてな。連れられて、になるかもしれないけど」


 まるで憑き物が落ちたようだった。心が冴え渡っている。


 『召喚サモン』で剣を取り、今来た道を振り返った。

 もうこれ以上の言葉は、お互い必要なかった。

 迅雷は力強く、駆けだした。今最も隣で『守り』たい者の下へと。


          ●


 「あーあ、行かせちゃったなぁ。本当はしのだってとしくんには一緒に逃げてほしかったのに。ちょっとは自重してほしいんだけど、仕方ないよね。そんなのはしのが知ってるとしくんじゃないもん」


 迅雷の後ろ姿を見送り、角を曲がって消えた背中今更な溜息をつく。ただ、困ったように微笑みながら。


 「慈音さん、行かせちゃって大丈夫だったんですか・・・?」


 直華が心配そうにしている。迅雷をわざわざ危険な目に遭わせたくないのだ。たとえ本人がそれを強く望んでいたとしても。


 それに対して、慈音は、簡単に答えた。


 「さぁ?どうだろうね?」


 曖昧な返事をする割には、慈音の顔には不安や緊張といったものは見受けられない。ただ、ずっと小さく笑っているだけだった。


 「多分だいじょばないとも思うよ。でも、としくんはやるよ。大切な、大切な『約束』だもん。しのも自分のことを棚に上げちゃったからこれ以上偉そうには出来ないけど、だからこそ今はとしくんを信じるの」


 直華には慈音の言葉が自分の心に溶け込んでくるような、そんな気がした。きっと迅雷もこんな気持ちで彼女の言葉を聞いていたんだろうな、と考える。優しい説得力がもう一度兄を信じるようにと思いを揺さぶる。直華も迅雷があの日から大事にしてきた『約束』のことは知っている。そのために彼が重ねてきた努力も苦悩も見てきた。


 「・・・そう、ですよね。『約束』だもん。信じるしかないよね」


 半分呆れたようにもみえるような顔になって直華は焦りと不安の拘束を外していく。『約束』。それは彼の意思であり、彼女の遺志なのだ。

 慈音と直華は彼が消えた建物の角の向こう、千影と例の化け物がいるであろう壁の先に思いを馳せた。心配じゃないわけではない。でも、たとえ無事とは言えなくても生きて帰ってきてくれさえすればいい。そう思った。


 「「頑張ってね、お兄ちゃん(としくん)」」


           ●


 直後、空に向かって一筋の「黒」が突き抜けていった。遠目に、なにか細い、刀のような物が建物の屋上よりもずっと高く吹き飛ばされているのが見えた。


           ●


 ・・・確かに『ゲゲイ・ゼラ』の喉笛を縦に切り裂いたはずだった。手応えもあった。凄まじい血飛沫だって見たはずだった。


 だが。


 「・・・ちょっと甘く見てたかな・・・?」


 千影は宙に吹き飛ばされていた。右腕は・・・もう使えそうにはない。持っていたあの両刃刀も自分よりさらに高くまで弾き上げられてしまっていた。


 喉を掻っ捌いてやったところまでは完全に千影の独壇場だった。しかし、喉に突き立てた刀がなかなか抜けず、それを抜こうとして動きが止まっていたところにあの黒い一閃、『黒閃』を撃たれたのだった。間一髪のところで刀が抜けたのでそれで防御を試みたのだが、さすがに凌ぎきることは敵わなかった。

 刀を構えた右手は肩から先すべてが血まみれで肌の色も見えない。普段は痛みやダメージにあまり危機感を抱かない千影だったが、久々に受けた傷に焦りを覚えていた。


 受け身も取れないままに千影は地面にドサリ、と落下した。建物の外壁に叩きつけられていた方がまだ対処のしようもあったのだが、受けたベクトルがなまじほぼ鉛直上方だったために、跳ね上げられてそのまま落下する羽目になったのだ。意趣返しのつもりで、弾き飛ばされながらも『エクスプロード』で『ゲゲイ・ゼラ』の右腕も吹き飛ばしてやったのだがピンチに変わりはなかった。


 千影が宙に飛ばされている間に『ゲゲイ・ゼラ』は多少蹌踉めいてはいるが致命傷など受けていないかのように何事もなく起き上がった。タイミングを合わせたように、落ちてきた千影に向かって、残った左腕の死神の鎌のような爪を振り上げた。当然、高高度から受け身なしで落下してきた直後の千影には防御行動を取ることもできない。


 「・・・・・・ッ!アレ(・・)やるしかないのかな・・・でもっ・・・!?」


 ここしばらく味わったことのない絶体絶命の危機的状況に動揺し、逡巡する千影。


 しかし、そんなことは『ゲゲイ・ゼラ』の知ったことではない。その怪物は容赦などせず、爪を振り下ろした。千影は遂に振り下ろされる爪撃に目を閉じ、身構える。

 だが、それが彼女の小さな体を引き裂くことはなかった。

 


 「千影ェェッ!!」



 少年の叫び声と、ガキィッ、という強烈な金属の衝突音が鳴り響いた。火花が激しく散って、視界が白む。

 千影は驚きに目を見開いた。その出来事にではない。その光景、自分の目の前に立つ、その人物に。


 「と、とっしー・・・?」


 信じがたいものを目の当たりにしたかのように、千影は恐る恐るその人物の名前を呼ぶ。


 「どうして、とっしーがここにいるの・・・!?」


 「ぐ、ぐく・・・く・・・!だ、大丈夫・・・じゃなさそうだな・・・!」


 必死に怪物の振り下ろした漆黒と赤斑の重い一撃を剣で押さえながら、少年は彼女のことも見ずにそう言った。


 「な、なんで出てきたのさ!?無茶だよ!」


 千影もまた必死に彼に訴える。これでは、このままでは一番避けたかった結果になってしまう。

 だが、その少年は言い返す。


 「分かってるよそんなことは!そりゃ勝てねーよ無茶だよ。でもな、それでもだ!たとえ俺がどんなに無力だったとしても足手纏いだったとしても、俺はお前のことを『守ら』なくちゃなんないんだよ!!」


 なにか、無茶苦茶な日本語をでたらめに叫んでいるのを迅雷は分かっていた。ただ、それだけの余裕すらなかっただけのことだ。急速に魔力が枯渇していくのを感じる。心臓が締め上げられように苦しい。


 だが、千影を『守る』ためだ。


 魔力が尽きようが、体中の筋肉が肉離れしようが、ここは耐えきってみせる。そう意気込んで迅雷はこの化け物の前に飛び込んだのだから。


 「た、助けてくれたのは嬉しいけど、このままじゃとっしーが!!」


 ギチギチと耳障りな、剣と爪が擦れる音が千影の焦燥感を加速させ、既に手遅れな心配をさせる。そして、そんな手遅れ感は迅雷にもまた伝わっている。


 「そうだ、ヤバい。この・・・ままじゃマジヤバい。・・・・・・でも・・・なん、とかするから、早く・・・下がれ!」


 プルプルと震え、歯を食いしばり、迅雷はそう叫ぶ。いよいよ魔剣や筋肉に込める魔力の底が見えてきた。千影も口を動かしている場合じゃないということが分かったので、ひとまずバックステップで後方に跳び退く。

 千影が退避したのを確認した横に逸れながら受け止めていた爪をやり過ごそうかと思って。そんなことを考えていて。しかし。



 ピシリ、と嫌な、小さな、それでいて確かな音がした。



 それは、魔力不足で強度補強が足りないままに凄絶な力積を受け続けた迅雷の剣にヒビが入った音だった。


 「・・・・・・ぁ・・・!?」


 音が耳に届くのとほぼ同時だった。今まで爪を押さえていた剣の刀身が真っ二つに折れた。

 急激な状況の変化にバランスを崩した『ゲゲイ・ゼラ』が、そのまま前に倒れ込み。

 


 その爪がドスリ、と迅雷の左胸(・・)に深く突き刺さった。



          ●



 イタい?痛い痛い痛い・・・いや・・・熱い?



 


 焼けるようだ。傷が、燃えるように熱を帯びる。




 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い厚い暑い篤い熱い厚い暑い篤い熱い篤い篤い篤い熱い!?



          ●



 肉を抉られる激痛は灼熱となる。強烈な激痛と吹き出した自分の血液に迅雷は大きく意識を揺さぶられた。これほどの鈍くて鋭い痛みも、こんなマンガかアニメでしか見たことがないような出血も、今まで1回だって経験してこなかった。


 「か・・・あッ・・・」


 なにかの壊れた(・・・・・・・)ような音(・・・・)と強烈な衝撃の第二波が迅雷の体を後方に弾き飛ばした。喉をせり上がり、溢れ出そうとする血のせいで呼吸もできない。


 (あぁ、ヤバいな、これは・・・本当に・・・。心臓も・・・いかれちまったんじゃねぇのか・・・?はは、生きて帰るっつったのに即死かよ・・・笑えないぞこりゃ・・・)


 朦朧とした意識のまま10数mほど離れた隣の建物まで吹き飛ばされた迅雷は、そのままコンクリートに叩きつけられた。その勢いは、まるで冗談みたいに彼の衝突点から同心円状に亀裂が入るほどだった。しかし、ふと見れば『ゲゲイ・ゼラ』までもが大きく弾かれていた。


 衝突の反動で喉のつかえがとれて、呼吸の自由だけが帰ってきた。急速に再充填された酸素によって麻痺していた思考力と感覚がじんわりと戻ってきて。


 「・・・・・・ッ!?あ・・・・・・あッ・・・がァァァァァァ!?」


 それはやっぱり、


 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタい・・・!


 傷を受けた瞬間に感じたより、さらにずっと痛い。やっと通じた喉が再び潰れてしまいそうなほどの絶叫を上げながら迅雷は地面をのたうち回った。


 傷口を手で押さえようとすると、そこに皮膚はなかった(・・・・・・・)


 「あが・・・あばあぁ!?」


 赤で見えない、いや見たくなかった、の方が正しいかもしれない。中身を外気に(さら)している状態なのだろう。ちょうどあの怪物の爪の太さ分にぴったりな肉体の陥没だけを手に感じてすぐに手を放した。これ以上触るのが恐かった。手のひらにはドロドロとした感触だけが残る。


 やっぱり、ダメだったのだろうか。分かっていたとおりの結末にしかならないのだろうか。こんなところで、慈音にも直華にも散々迷惑かけて、千影にはそれ以上の迷惑をかけて、あれだけいい顔をしてのこのこ出てきて。


 ――――――結局、死ぬのか?


          ●


 しかし、その一方で、頭のほんの片隅に残った分析力になにかが引っかかった。胸の奥で熱を吹き出す脈動。塞ぎきれない傷を押さえる彼の手には、確かな脈動を感じていた。


 (鼓動・・・?心臓が無事・・・ってことなのか?でもなんでだ?・・・爪は思いっきり突き刺さったはずじゃ・・・?)


 自分で自分が死んでいて当然と思うようなおかしな思考パターンになるくらいには致命傷を受けていた。気絶できなかった方が不幸だったと言われれば言い返す言葉もない。


 しかし、それでも迅雷は自らの生命の鼓動を感じていた。それこそ、今までにないほど。


 強く。




 


元話 episode1 sect39 ”慈しみの音色” (2016/7/3)

   episode1 sect40 ”His Fatal , Strong Beats” (2016/7/5)

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