閑話 番外編 Revolt
いろいろうまくいかないこともあったが、ひとまず最重要目的は達成して戻ってこられたので良しとした。大体、最初から思い通りに行く方がおかしい。いくらしっかりした地盤を固めていたって自分らはヤクザものだ。無償の愛なんて、他の連中に注いでやる余地はなかっただけのことである。
「ほい、親父。こいつが例のデータが入ってるメモリだってさ。一応研ちゃんが一通り中身のチェックはしてたから、大丈夫だろ」
「そうか。まぁとりあえずぁ、ご苦労だったな、紺。研のやつにもそう言っといてくれぃ・・・」
「やだねぇ、俺も研ちゃんも、なんだかんだ言って大して疲れてねぇし?」
大男―――今はとりあえず親父と仮称しておこうか―――に労われても、紺はヘラヘラと肩をすくめた。雰囲気でなにもなかったはずもないことは分かる。素直でない馬鹿息子の無礼に親父は頭突きで返してやると、紺はニンマリしている。
「いってて。いやさぁ、俺よかあっちのがお疲れなんだから俺が疲れたとか言ってらんねぇだろ・・・」
紺は額をさすりながらそんな風に呟いた。相変わらず放任主義なのか過保護なのか分かりにくいことを言う紺だが、そんな彼の癖も親父は嫌いではなかった。『荘楽組』に求められるのはそれくらいの器量である。
「んじゃあ、俺はこれで。おやすみー」
「なんでぃ、まだ昼間だろぅが」
「やっぱり疲れてるみたいだから寝るの。昼寝はイイぜ、親父もやってみな」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、俺が昼間から寝んのは死にかけのときぐれぇだ」
「じゃあ気ぃ張りすぎて昼寝しねえようにな。んじゃ」
気紛れな紺が手を振って親父の部屋を後にした。屋敷の中はまだうるさいのにどうやって眠るつもりなのだか。ふすまを締められるまでは親父も紺の背中を見送っていた。
「つくづく馬鹿な息子だなぁ、紺のヤツも」
外からは好き放題に騒ぐ声が聞こえてくる。
広い屋敷中が賑やかなのは、今回の仕事が順調だからに他ならない。紺が持ってきたメモリのデータをちょっと見やすく編集してしまえば、しばらくは全員で遊べるくらいの金が入るというのだから、それは喜ぶだろう。
なんだその虫のいい話は、と思うかもしれないが、『荘楽組』の力を持ってすればなんとかなる。多分。
とはいえ、親父は今更豪遊なんてしたいとは思わない。後ろ盾ではないが、確かに指定暴力団扱いされて然るべきの『荘楽組』には、それにも関わらずある程度の自由があった。けれど、そうだったとしてもフラフラと遊びに出かけられるほど親父の体は白くない。
それを言ったら紺なんかはよく遊びに行くのだが、あれはそもそも首輪をつける暇がないし、つけたそばから千切ってしまいそうだ。現状組織内で最も現行犯逮捕される確率が高いメンバーであると同時に、最も逮捕に失敗しそうな問題児である。
「さぁて・・・俺らもそろそろ、本腰入れていかねぇとだなぁ。イカレ野郎の相手は馬鹿にゃやらせるわけにもいかねぇしよぅ」
受け取ったメモリがどんな風にここに届いたのかを想像しながら、親父は腰を上げた。
最近は体も重く感じるようになった。さすがの彼でも寄る年波には敵わない。などと言いながらまだ親父、本名(?)岩波(??)とてまだ56歳なのだけれども。
ここらが引退試合だろうか、などと寂しいもの思いに耽りながら縁側に出てみると、いい歳したオッサン数人が集まってアダルト誌を囲んでいる。
彼らはやって来た岩波に気が付いて間の良さそうな顔をした。
「あ、親父!なあ、この子良いと思わねえ?」
「いやいや、あっしは断然こっち派だね。なあ親父、分かんだろ、な?な?」
「馬鹿だなぁ、お前ら。親父の趣味はな―――」
「・・・・・・中学生かテメエらは」
真っ当な仕事をしていれば今頃は小さい子供でも抱いていそうな男たちを睥睨しながら岩波はぼやいた。結局3人とも臆面もなく自分の趣味を主張するばっかりでやかましいので、適当にあしらってやった。
やれやれと溜息を吐きながら縁側を辿り、岩波はちょいちょい部屋を覗いて回る。なにぶん部屋は多いもので、暇潰しにはもってこいだ。
「のぁぁぁ!!また負けた!なんだこの『サマプリ』とかいう廃人野郎!動きが人間じゃねえ!」
「だっはははは!!また負けてやんの!俺に貸してみろ、楽勝だわ!」
「じゃあやってみろよ!こんちくしょー!」
「しめしめ・・・って負けたぁぁぁ!」
「5秒じゃねえか!ざっこ!」
ある部屋を覗けば昼間から酒を飲んでテレビゲームをしていたり。
「あ、あと1枚・・・って、ああああ!!」
「あぁ・・・、親父ぃ・・・そりゃねえよ・・・」
「そんな・・・もうだめだ・・・」
またある部屋を覗けばなんか数人で壮大なトランプタワーを作っていたり(ふすまを開けた振動で崩れたが)。
「ふんっ、ふんっ!!」
「はっ!ふっ!ほっ!」
またまたある部屋ではやたら必死に筋トレしていて汗臭かったり。
『よしきた!ふははははは!』
「ここはダメだ」
またまたまたある部屋は、多分中で危ない実験でもしているだろうから岩波自ら開けるのを躊躇ったり。
「すかー・・・」
「ホントに寝てやがるな・・・」
またまたまたまたある部屋では、騒々しい縁側のすぐ横で暢気に寝ていたり。
「やっぱまだあいつらには世代交代出来ねぇな・・・。ダメだこりゃ」
なんとなくお茶が飲みたくなって岩波は厨房に足を運ぶ。一応、女性がいる確率が2番目に高い場所だ。心の安らぎを求めるなら、やっぱりそこだろう。
え、1番はどこかって?そんなの決まっている。女子トイレ以外にないだろう。だって女子トイレなのだから。
この『荘楽組』の屋敷は人が多いので増築と改築を繰り返しており、トイレもそれに従って今やスーパーにあるようなやつが何カ所かにあり、しかもキチンと男女別なのだ。
「よぉう、茶ぁくれぃ」
「あらあら、親父さんから来てくれるなんて珍しいこともあるのねぇ」
「なんでぃ、まぁた岬か。俺がここに来んのがそんなに珍しいか?」
「えぇ、週に1回くらい。いっつも来ないか待ってるんだけどね?」
「・・・・・・あ、そう」
おばちゃん―――そうは言っても岩波よりは10歳以上若いのだが、とにかくもう完熟の岬がそういう重たいアピールをしてきても困るだけだ。
とりあえず子供をあやすように髪の毛を乱してやって、岩波はさっさと茶を淹れるよう言う。
棚から茶葉を取り出しながら岬はチラッと向こうに座った岩波の顔を見る。
「親父さん、なんか楽しそう」
「楽しいもんかぃ。部屋ぁ見て回ってきたら散々でこちとらヘトヘトだぜぇ」
「それを楽しそうって言うんですよ?」
「そら大変だ」
岩波は苦笑して、外の方を眺めていた。そういうところが、きっと馬鹿な子供たちばっかり集めてきたのだろう。おかげさまで屋敷中馬鹿ばっかり。組織として成立していることを内側の人間でさえ不思議に思うようだ。
彼にお茶を出した岬は自分の分の湯飲みまで持って、岩波の向かいに座った。座敷のちゃぶ台はショボい大きさで、大きな屋敷の中にあって妙にアットホームだ。
「今度の。親父さんも行くんですって?」
「あぁ、まぁなぁ。なんでぃ、心配か?」
「いいえぇ、とんでもない。親父さんが危ない目に遭うところが私、未だに想像出来ないわ?」
「そうか?疾風とかギルの野郎とはさすがに俺も辛いんだぞ。何回かホントに殺されかけたこともあらぁな」
「またまた」
こんなに強い力を持つ人間にだってその上はいる。岬はそのあたりを妄信的な価値観で計り損ねてしまっている。少し昔まではあの神代疾風よりもさらに圧倒的な強さを誇る正真正銘の化物までいたというのに。
あれはもう、とてもではないがケンカ出来た相手ではなかったのを覚えている。
それを思い出して岩波はニヤリと笑った。だって、その化物はいなくなったのだから、もうそれで良い。
「だからこの取引は大事になってくらぁな」
「親父さん、怖い顔してるのねぇ」
岬は嬉々として岩波の悪人面を見る。これから人でも殺しに行きそうな、それくらい物騒な笑顔だ。
「ワルの血が騒ぐってもんよ。なんたってこいつでこの世界が消し飛ぶかもなんだぜぃ?面白いったらありゃしねぇ」