episode4 Last section65 ”苦悩への布石”
「「え、ええぇっ!?」」
慈音が放った想定外の発言に、迅雷も真牙も目を剥いた。
自分も迅雷や真牙たちと一緒にパーティーを結成して頑張る。それが慈音の取った選択肢だった。
初めから慈音は真牙の言い分に賛成だった。危険に晒されることは考えなくても分かるけれど、その上で彼女はそれが良いと思った。足りない語彙のせいで表現出来なかった違和感が、きっとこの誘いに乗れば解決すると感じたのだ。
ただ、自分たちと違ってライセンスもなく、率先して誰かを守るために戦う必要のない慈音がそう言い出したことは、少なからず迅雷と真牙の焦燥を掻き立てた。
「し、慈音ちゃん・・・?さすがにそれは危ないんじゃないか?オレも実際みんなでワイワイやってはいきたいけど、でもこれは遊びとかじゃ・・・」
「分かってるもん。しのだって真剣だもん!」
からかうつもりはなかったことくらい慈音も分かるが、真牙の言っているのはちょっと失礼だ。見くびられた慈音はムスッとした。
「危なそうなのも分かるよ。でも、としくんも、しのも・・・多分ね、そうした方がいいんだよ。なんていうか、しのも真牙くんやとしくんを助けてあげられるようになりたいよ。見てないところで元気じゃなくなって帰ってきて、今みたいにモヤモヤするのも悔しいから。そんなのやだよ。まだしのなんてヘナチョコだけど、頑張るから!」
迅雷1人に勧めて慈音は後ろから見守るだけで足りる時間は、そろそろ終わりが近付いているのかもしれなかった。学内戦で彼と同じ標線に足を揃えたとき、実力差なんて言うまでもなかったはずだけれど、それでも同じ場所にいられることが慈音は例えようもなく嬉しくて、そして安心出来た。
「―――そっか。なるほどね。慈音ちゃんは今でも十分ヘナチョコなんかじゃないよ。すごいじゃん。良いじゃん」
真牙は、そう言ってから迅雷の顔を見た。言葉にする前から真牙の目は「これでも答えが変わらないのか?」と尋ねていた。
迅雷は真牙ではなく慈音を見つめる。
「しーちゃん、ホントに・・・やんの?」
「うん、やってみる。頑張ってみたいんだ、しのも。だから、としくんもやってみようよ」
「・・・そうかよ。・・・はぁ」
慈音にここまでされてしまったら、迅雷はもう首を横に振れなかった。どんなに迅雷が弱くたって、今の慈音はもっと非力なのだ。
「分かったよ、真牙、しーちゃん。俺も・・・参加する」
「ホント!?やったぁ!」
「よし、よく言った!ま、とりあえずちゃんと慈音ちゃんを守ってやれよ?」
「ああ、そうだな。やれるだけやってみるよ」
疲れて色の悪い苦笑をする迅雷だけが仲間から浮いていた。
世界は残酷で平等な選択肢を与えてくれない。『守れ』るかどうかは分からない。もしも危険生物と出会えばみんなまとめて死ぬかもしれない。
嫌な予感は強い。けれど、戦いが苦手な慈音がパーティーに加わると言い出して、どうして迅雷がそれを放っておけるのだろうか。でも、放っておかないだけでなにが変わるのだろうか。
迅雷は辛い選択を強いられていた。慈音は自分の選択に満足していた。
「としくん、しののことお願いね!―――あ、でもずっと助けてもらう側じゃないよ?しのだって魔法をいっぱい練習すればね―――」
いろいろとテンションも高めに言っている慈音を眺めながら、迅雷は恐かった。こんなに柔和に笑う慈音に、なにかがあったら。そんなのは想像もしたくない。
慈音の今の高揚―――否、興奮は、きっとこれから先起こるかもしれない「危ないこと」が心配で心配でどうしようもないのを我慢しているから。それなのに、慈音は迅雷がパーティーに加入するのを促すためだけにこちらを選んでしまった。
迅雷にそうまでもしてもらう価値や理由があっただろうか。あるとしたら、多分それは夢見がちな少年の姿だ。でも、その少年はもういない。
本当なら真っ先に慈音にメンバーから外れるように言わなくてはならないのに、迅雷はそうすることさえ出来なかった。
「とりあえず、帰ったら千影ともキチンと話をしとかないと、だな。今後の方針について」
誰もきっと、迅雷のことも慈音のことも真牙のことも、間違っていると言ってはならないのだろう。
夢と限界を乗せた天秤を見て、現実的に生きていければそれで良いと思った少年は、間違いなく正当だし、普通だ。でも、切り捨てかねる希望の残骸は一生心の隅に遺物としてまとわりついていく。
急に醒めてしまった大事な幼馴染みに、貴重な友人に、もう一度目を輝かせて大口を叩いて欲しい少女と少年は、良い未来を描き出せる健やかで正道に違いない。でも、その選択は青く浅はか。
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新しい道の先に待つのは完膚なきまでの破綻と、潰えたはずの夢の続き。
そして―――。