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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect64 ”分水嶺”

 慈音は今日一日ずっと迅雷を観察していて、とてつもない違和感に頭を悩ませていた。些細なことはあまり気にしない慈音でも気になるような違和感だ。あるいはそれは、16年間ずっと迅雷と一緒だった彼女だからこそ初めて違和感を持てるような、ごくごく微細な変化だったのかもしれない。


 けれど、その違和は決して異常性を見せていないから、つつくにもつつけない正常化にも見えた。悪く言えば熱が冷めたというところである。

 そしてよく言えば、大人になったというか、落ち着きが出てきて普通になったというか―――。


 全国大会の前と比べても特に変わることはなく、迅雷は今まで通りに明るく振る舞い、別に鼻につくような自慢話をするでもなく大会会場だった『のぞみ』での体験談をみんなにしていた。

 

 本当に、なんにも変わっていないように見える。


 でも、そうではない。


 友好的でちょっぴりクールないつもの迅雷なのに、慈音は彼の目の虚ろさに気付いてしまって、不安ばかり感じていた。

 ネビアがいなくなったのに明るくいられるのは、こっちに帰ってくる前に十分悲しんで立ち直ったからかもしれない。試合に負けたのをあまり悔しがらないのは、負けた事実をストイックに受け止めたからかもしれない。


 ―――でも、それならあの平熱感はどうしたのだろう?どことなく、迅雷の話に彼の夢を感じなくなった。急に1人で大人になって、大それた夢や希望をスッパリ捨てて現実主義になって―――。


 もちろん慈音が自分の頭の中でここまでひねくれた表現をしていたわけではない。しかし、つまりこれが慈音の感じていた気味悪さの、具体的な色合いである。


 でもその原因を尋ねることも出来ず、学校の時間は過ぎていった。

 このままでは帰れないと思い、他に誰もいなくなった放課後の教室で、慈音は荷物をまとめている迅雷に意を決して話を振ってみた。


 「ねぇ、としくん」


 「ん?どうかした?」


 ケロッとした顔で迅雷は慈音の目を真っ直ぐ見た。

 昼間と違って、今の彼女の瞳はどっか不安げに揺れていた。迅雷はそれに気付いて小さく微笑み、首を傾げて見せた。


 「なんだよ、珍しくそんな目しちゃって。なんか気になることでもあった?」


 「えっと、そのー・・・うん、あったよ?だって、としくんがなんか元気ないなぁって思ったんだけど・・・」


 「俺が?元気だと思うんだけど、そう見えたのかな?ふむ・・・しーちゃんに言われるとそんな気がしてくるからやめてくれよ」


 やっぱりちょっと変。いつもの迅雷なら最後の一文はきっと言わない。彼は素直ではあっても口までは正直ではない。

 どことなく「慈音が好きな迅雷」とは違っている。もう少しやんちゃしていれば可愛げがあってちょうど良いのに、だいぶ大人しい。


 「う、うーん・・・?なんかね、よく分かんないんだけど・・・・・・・・・・・・ふぇぇ、なんて言ったらいいんだろう!?しのってやっぱりボキャ貧!?」


 「今頃気付いたんかい。これからは愛読書は広辞苑です系女子やってみよう」


 「それはそれでなんかいろいろおかしいんじゃないのかな!?」


 迅雷に頭をポンポン叩かれてからかわれながら慈音は猛抗議した。

 それはともかくとして、このまま思っていることを言えないままだと慈音も落ち着かないのである。


 「とにかくね!・・・とにかく、なんかしのは今日のとしくん見てるとモヤモヤするっていうか、ウズウズするっていうかー、ね?」


 「『ね?』って言われてもなぁ・・・」


 「でもとしくん、絶対今なんか気にしてますって顔してるんだもん!しのは分かるから、気になっちゃうんだよ!」


 真剣な慈音に詰め寄られて、迅雷も戸惑いはした。でも、こんなことはいちいち慈音が気にすることではない。迅雷はそう思っていた。

 そんな顔をされても困る。そんな風に言われても困る。なんだか困ってばかりだ。


 「なんも気にしてなんかいないって。大丈夫だよ、どんな大したことじゃないから」


 以前にも同じようなことを言われた気がして、慈音は頬を膨らませた。確かそれはネビアが転校してきた日だったか。思えばどちらもネビアが来たりいなくなったりだ。

 

 「ねえ、もうしのじゃとしくんには寄り添ってあげられないの?」


 「ちょっ、い、いきなりなんでしょうか!?」


 ずっと向き合っているのに、その間には壁でも作られた気分だった。悲しくて、慈音は迅雷にしがみついた。それなのに、まだ遠い気がした。迅雷の体だけがここにあって、心はどこかにでも置き去りにしてしまったのではないだろうか。

 もっと近付いてあげたくて、額を迅雷の胸元に埋める。


 急に慈音に密着された迅雷は焦って目を白黒させる。


 「でもしのだって、お話相手くらいは出来るよね?としくんのことでも、ネビアちゃんのことでも、心配なことあるんだったら、しのには聞かせて欲しいな・・・」


 「・・・鋭いこと、言うなぁ」


 溢すように言葉を紡ぐ慈音の顔は、迅雷からでは見えなかった。ただ、薄くなった制服の布地を通して慈音の熱が伝わってくる。しっとりと染み込んでくる幼馴染みの心遣いとさみしさが、迅雷には苦しかった。本当のことを言ったら真摯に受け止めて、一緒に悩んでくれる。たどたどしくても導いてくれる。

 

 迅雷は特に誤魔化すこともせず、ただなにも言えないでいた。


 すると教室に真牙が飛び込んできた。


 「迅雷!パーティー組むぞ!!」


 「「ふぁっ!?」」


 これっぽっちの前触れもなく現れた真牙にビックリして迅雷も慈音も声を裏返して飛び退いた。

 しかも迅雷に至ってはなんの脈絡もなくわけの分からないこと言われたものだから、なおさらびっくりである。真牙が叩いた机が割れたのではないかと思うような音を響かせた。


 なにごとかと教室の外からも視線が集まる中、真牙は半ば脅しをかけるような睨めっ面で迅雷に詰め寄る。

 さっきまで自分のいたところに割り込んできた真牙に、慈音は恐る恐る用件を尋ねた。


 「えーっと、真牙くん、どうしたの?そんなにおっきな声で」


 「よく聞いてくれた、慈音ちゃん!これはアレだ、『神代迅雷育成計画』的な!」


 「としくんを育成!?なにそれ!?」


 「おい真牙、人で勝手にわけの分からんパロディ始めんな。つかなんだよパーティーって」


 男と寄り添ってもむさ苦しいだけなので一歩下がりながら、迅雷は面倒臭そうな顔をした。それと、なんとなく嫌な予感もしていた。

 せっかくの誘いではあるが、碌なことにならないことくらい分かるので断るが吉。


 「悪いけど俺はパスだぜ」


 「そんなつれないこと言うなよ。俺たち友達だろー?」


 「出来損ないの不良みたいな絡み方すな」


 肩を組んでくる真牙の顔を手で押し退けながら迅雷はジト目をした。余計に怪しい。

 でも、真牙はすんなり押し退けられてから改まって話し出した。


 「迅雷も全国行って分かったんだろ?まだまだ弱いなって。なら強くなろうぜ!と、いうことでだ。パーティー組んでガンガン経験値稼いでいかねえとな!」


 「イヤ待ってゴメン、いくらなんでも話が突飛過ぎると思う」


 そう、いくらなんでも―――真牙の言うことは紛れのない真実だとしても―――パーティーを組んで荒野(ダンジョン)を駆け回るのはいささか冒険が過ぎる。アクセルを踏みすぎているからして、真牙がなにをそんなに焦っているのかが迅雷には分からない。

 いや、分かるが、理解してはやれない。正しくはそれが今の迅雷の心情である。


 「突飛なもんかよ。オレたちに足りないもの、オレなりに考えたんだぞ。いろいろさ」


 「でも危なっかしいよ。行くとしてやっぱ、実力的にちょっと危ないダンジョン、とかだろ?」


 「ビビってんのか、迅雷?リハビリとでも思っとけ。みんなで戦ってたらさ・・・またなんか見えてくんだろ」


 「・・・そうだよ、ビビってるよ。そんな都合良くなんていかねえよ」


 急に真剣な目で睨み付けられ、迅雷は馬鹿らしそうにそっぽを向いた。唾でも吐きたい気分だった。

 なにが見えるというのか。死体の山?血の海?肉の欠片?迅雷はもう進んで剣を握りたくはなかった。理由もない。


 真牙はそれを否定してくれている。だから今日もこうして迅雷にパーティー結成の話を持ちかけた。真牙の見る世界がまだ希望を持てる余地があって、迅雷にはそのわずかな余裕がない。


 「オレの他にも焔先輩が入ってくれるんだぜ?」


 「へえ、焔先輩まで誘ったのか。でもランク3だぜ、あの人は」


 「心配すんな。千影たんにも話を通したからな!ふはははは!」


 「へぇ、千影まで・・・・・・って、はぁ!?」


 さすがにそればかりは迅雷も聞き流せなかった。いつの間にそんなことをしでかしてくれたのだろうかと思えば、真牙はついさっき電話で、と言う。

 

 「さあ迅雷、千影たんが大事ならオレらのパーティーに大人しく加入するんだな!」


 「千影は人質かなにかかよ。大事かもしんないけど、やっぱパスで」


 「あれ!?」


 千影は強い。なら迅雷がパーティーに加わる意義はますます薄い。あの少女がいるなら迅雷の能力は一縷にも満たない相対価値だ。

 心配することと『守る』ことは違っている。そして特に後者が要求するものの難しさを迅雷はよく理解している。だから前者の立場に自らを置きつつ、迅雷は冷静に断り続けた。


 けれど、迅雷のそんな考えは次の瞬間には揺らがざるを得なくされた。 


 「よく分かんないけど、しのはそれナイスアイデアだと思うよ!ね、としくん!」


 「へ?いや・・・」


 「えー、やってみたらいいんじゃないかなぁ?」


 「しーちゃんまで・・・?てっきり危ないからダメだよって言うと思ったのに」


 「うーん、しのもそう思ったのはホントだけどね、多分今のとしくんはそれでもチャレンジするべきだって思ったの」


 「チャレンジ、ねぇ」


 果たしてそれでどうなるというのか。


 なるようにしかならない世界において挑戦というのはどれほどの挑戦的意味合いを持っているのか。知れた気分の迅雷は頭を掻いた。


 頑なに返事を渋り続ける迅雷を見て、慈音も決断を迫られたように感じただろう。

 危ないと思ったのも本当だし、それでもやってみたら良いんじゃないかと思ったのも本当。

 慈音の人生は彼女自身のものであると同時に、恐らくその岐路は迅雷の人生の岐路でもあった。今までずっと一緒だったなら―――これからも一緒にいられるはずだから、迅雷もそれは望んでくれるから。

 だから、転機はここに作る。


 「ねえ真牙くん、そのパーティーってしのも入れるかな?」

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