episode4 sect63 ”阿本流話術??”
「例えば、オレなら重力魔法の制御とか、焔先輩なら魔法・魔力制御の高効率化とか」
それしか使えないのに、それさえ当たり前に使えないようではこれから先話にならない。せっかく出来るのに効果的に展開を操作していけないなんてもったいない。
遊びなんかではない。生きるために、死なないために。今のためは未来のためで、過去は今のため。
煌熾のようなしっかりした考えの持ち主には、真牙も相応に心根を示す必要があった。
煌熾は真牙の言葉が、思い返せば図星なことに気付いて苦笑いした。
「さらっと人の弱点を言ってくれるな・・・」
「なんかしら出来るつもりになってたって足りないところはたくさんある。勝てるから気付かない。負けても案外気付けない。でも実は最初から気付いてる。オレは、やることキッチリやる場所作ろうって話をしてたんですよ。だから、遊びなんかじゃないですからね」
真牙は悪戯でもしたように笑って、くすぐったそうに鼻を指で擦った。
どうにも敵わなくて、煌熾は白旗でも揚げたい気分だった。でも旗はないから、代わりに頭を垂れる。
「思ったんスよ、俺たちが強くなるには今の環境じゃ生ぬるいって。仮にマンティオ学園の実力上位にいたって、精々オレらの実力なんてのは学生の枠に収まっちまうか、飛び出せてもなにかに届くことはないというか。なにも考えないでひたすら勉強してるだけじゃ、本当に必要なものに気付かないし、気付いていても理由も手段も見出せない」
分かっているつもりだったが、どうやら真牙でさえそれを知った気でいただけだったらしい。ようやく酔いが醒めて、分かった。
真牙は先の4日間で2人の少年少女の姿を見た。そして思い知った。学園なんて学びの場所であり、それ以上でもそれ以下でもないのなら、修得して習熟するには学校だけでは不十分なのだ。
安全なアリーナの中で殺意のない人間同士が斬り結んで学べることは綺麗な動きだけ。
戦う理由はなんなのか。それにはなにが必要なのか。それがないならどうするのか。どうもしないで無為に過ごせばどこに辿り着くのか。真牙は、決してあの少年のようにはなりたくない。
もう一方、あの強さ。なんと聡明なことか。とてもではないが、半端な覚悟であの完成された最強に打ち勝つことは出来ないだろう。
だけれど、目指すべき高みはそこにあると思った。
「オレ、雪姫ちゃんの強さが証拠だと思ってるんスよ。あれは温室育ちのオレらとは違う」
「天田が証拠・・・?なんのだ?確かに目標にするべき到達点の1つだとは思ったけども」
「あの子が強いのは、多分あの子が強いから、なんですよ。それが他には不足してる」
訳の分からないことを言う真牙を見つめたまま、煌熾は困った顔をする他に出来ることはなかった。実は宗教の勧誘だったのか、なんて疑うくらいに哲学的だ。
本当は真牙もそんなに深いことを言っていない。彼が指を立てて言うのは戦闘力と精神力の関連だ。
怪しい言動を受けて今更ながら、2人きりの状況を危ぶむように周囲を気にし始めた煌熾を真牙は慌てて宥めた。
「そんな怪しまなくて大丈夫ですってば!」
「宗教とかじゃないよな・・・?焔さんのお宅はそういうのお断りなんですが」
「だから違うんですって!はぁ・・・」
この際真牙は今日この話を持ち出した一番の理由を言ってしまうことにした。
それはただ、例の少年の方について、真牙が彼にもう一度やる気を出してもらうことを望んだだけの話に過ぎない―――というのが重い話になるのが嫌だっただけだ。
「先輩、もうホントのとこ、言って良いですかね?」
「ホントのとこ?まだなんかあったのか・・・。まぁ、聞かせてくれ」
「別にそんな複雑なことじゃなくて。迅雷のヤツ、まだかなり落ち込んでるんッスよ。誰がなに言ったってもう多分ダメなんです。暖簾に腕押しっていうか、ホントに今のアイツはヒラヒラしてて、つっかえ棒なくなったらどこ飛んで行くんだか危なっかしくて」
その暖簾少年のつっかえ棒自体、とっくに折れているかもしれない。迅雷は理由を失ったと言い、力も価値も全く足りていないとも言っていた。
けれど、「そんなことはない」という言葉は迅雷の受け入れた現実の前にはあまりに無力だった。
なににせよ事実に励ましは追いつけないのだから。
理由があるなら、強さを求めるに値するだけの価値や資格があると分かったなら、迅雷はきっと、みんなを守る魔法士を諦めなくたって良いのだ。
「神代が・・・?俺には元気そうに見えたがなぁ」
「いやいや。酷いもんですよ。オレ、散々言って思い知ってますからね。とにかく、迅雷もオレらももうちょっとだけ強くなりたいって話ッスよ。だからもっかい自分を見直すところ作りたくて。それにオレも、もう誰にも負けたくないですしね」
「・・・阿本って、そんな風なこと言う奴だったんだな」
「あ!?」
「あぁ、いや、すまん!そう言う意味じゃなくてむしろ感心したって言うかだな!?」
「ホントっすかねぇ」
はっきり言って、煌熾が真牙に抱いていた印象はこの時点で「いざというときには頼れる軟派少年」といったところだったのだが、故に彼は今の真牙が軽い表情で居続けていることに気圧されてしまった。
大きな思い違いだった。真牙はいつだって真面目にものを考えている。どこまで本気なのか悟られないように振る舞っているのではないかとさえ感じられる。
もちろん煌熾の思っていることは考えすぎだ。さすがにそれでは真牙がマンガの隠しボスキャラレベルの考えの読めない超大物になってしまう。実際に真牙が軟派野郎なのは事実だし、いざというとき以外は完全にバカばかりやる知能指数平均以下の変態だ。
ただやはり、今の真牙が真剣なことは間違いない。
こうまで立派な頼み事をされては、煌熾もいつまでも困っているわけにはいかなかった。
「よし、分かった。俺も確かに、お前が言うような理由というのがないような気がするからな。ぜひ、俺もそこに参加させて欲しい」
「え?」
「・・・は?」
「いや」
「え、なに?なんか俺変なこと言ったか?」
だいぶ熱い展開だった気がしたのだが、なんだろうか今の圧倒的平熱感。真牙の気の抜けた声1つで空気が熱平衡状態になった。
煌熾はから回る勢いに振り回されて前のめりになりながら真牙に尋ねたのだが、対する真牙はあくまで呆けた顔をするだけだった。
「いや、なに言ってんスか。焔先輩がパーティーリーダーやるんですよ?ちょうど良いお手本は先輩しかいないですからね。つーことで参加というよりも、ねぇ?という」
「はは、そうか。俺がリーダーだったか!そりゃあ確かに参加というよりも――――――って、はあ!?俺がか!?」
もしかしたら今度こそ、煌熾の顎が外れて目ん玉がこぼれ落ちたかもしれない。
「だからなに言ってんスか。当たり前ですよ」
「いやいやいやいや、なんでよりにもよって俺なんかを?もっとこう、リーダーっぽい人だってそこらに・・・」
意外に気弱な反応を見せた煌熾が面白くて真牙は含み笑いをした。
間違っても真牙が人の向き不向きを読み違えるはずはないのだが、なるほどつまり、パーティーのリーダーがよっぽど重い役職だと感じたのだろう。それも一理あるから、彼の反応もまたありがちなのか。
でも、考えてみて欲しい。合宿のインストラクターで素人の後輩7人(1人素人とは言えない子がいた気もするが)を引き連れるのとパーティーのリーダーとして頼っても良い仲間数人と連れ立つのとでは、どちらが楽だろうか?
合宿できっちり最後まで役割をこなした煌熾が今更こんなことで及び腰になる理由なんてないだろう。
・・・という諸々の根拠を武器に真牙は追い打ちをかけて煌熾の逃げ場を奪っていく。
「ホントなーに言ってるんですか。じゃあ一応だめ押ししときますけど、3年の先輩方は受験に切り替えないとだから頼めないですし、2年生で探せば焔先輩か清水先輩の2人になりましてですね?」
「それもそうだが―――なら清水でも」
「あの人だって生徒会で忙しいし、順当にいけば次期生徒会長ッスよ?というか清水先輩と焔先輩で比べれば、焔先輩の方がリーダーシップありそうだし?」
「なんで語尾が上がったんだ・・・?」
「いや・・・考えたら清水先輩は団体戦で司令塔やってたなって思って」
「ほらな!?」
「まあでも、オレ的には先輩の方が向いてるって思ったんですってば!丁寧に指示出すだけがリーダーの仕事じゃないんですよ!」
呆れつつ、反論もしづらい。
やはりリーダーの仕事を引き受けるしかないのかと思って、煌熾は嘆息した。実のところ、煌熾本人は自分を忠実な部下に近いキャラだ、と自負しているのだ。
萌生や明日葉といった上級生のサポートというスタンスで団体戦に臨んでいたことからして煌熾は自分の意志でサブになっている。他の生徒たちに言わせれば「主役にも見劣りしない名脇役」を演じているか。
いずれにせよ彼は稀に後輩を率いたりしても、基本的にチームのキャプテンではなくエース型の人間だ。
やりたいとかやりたくないというよりも、ちゃんとこなせるかが不安なのであれやこれやと意見を言うのだが、真牙に全部あしらわれた。
口ではどうあがいても真牙に勝てないと悟った煌熾は痩せて見えるほど肩を落としてしまう。
「・・・・・・」
「いい加減諦めてくださいよー」
「いや・・・・・・あ!!」
「な、なんですか!?」
と、諦めかけた矢先だった。
最高の言い訳を思いついた煌熾は大声を出して手を叩いた。煌熾でもこんなに間抜けな顔をすることには驚きもひとしお・・・。
「そもそもパーティーを組もうと思ったらランク4以上の魔法士が1名以上在籍してないとって決まっているじゃないか!抜かったな阿本!まずはそこら辺について調べておくべきだったぞ!」
いつの間にか煌熾の口調がおかしくなっているが、これも彼の性格なので仕方がない。それは良いとして煌熾の言った内容を整理しよう。
これは個人と法人のような考え方で良いかもしれない。パーティーというのは確固たる立場を要求されるものなのだ。登録するなら確実に治安維持活動や各種の直接依頼されるクエスト等にも従事する責任を持たねばならない。
故に一般には任せられないほど危険度の高い場合でも対応可能な実力の認められたランク4以上の魔法士が1名以上必要とされている。また、その当該ライセンサー1人当たりでランク3以下及びライセンス非保持者(ただし16歳以上)の引率人数を定めることとなっていた。
そして今は、そのランク4以上がどこにもいない。
なにせマンティオ学園に在籍するランク4以上といえば萌生か、あるいは教師陣。しかし教師が生徒とパーティーを組むなどまずない。そんなことがあれば問題になるだろうからだ。
しかしそこを突かれてもなお真牙は余裕だった。
「チッチッチッ。甘いぜ焔先輩。そんな大前提、オレが知らないわけがないでしょ。そこんとこは大丈夫ですよ。すぐに話に乗ってくれそうなランク4には心当たりがありますんでね」
「なん・・・だと・・・?」
と、そこで煌熾は話に矛盾を感じた。
「なら、俺よりその人がリーダーをするって方が道理なんじゃ?」
「それはちとムリがありますね」
真牙は困って苦笑した。実際そこには難しい問題が残っている。
謝るように手を合わせている真牙には煌熾も仕方なさそうに溜息を吐いていた。
だが、なにはともあれ煌熾を囲い込むことに成功した。真牙も、またここから新たな一歩を踏み出すことになる。
「それじゃ、これからよろしくお願いしますね、焔先輩!」
「分かったよ。よろしくな、阿本」