episode4 sect61 ”テンションを過冷却”
「あっれれ?なんかすっごい集まってるね」
「今日って特別なにかあったかしら・・・?」
そう言って教室に入ってきたのは、配布用のプリントの束と学級日誌をそれぞれ持った向日葵と友香だった。きっとどちらかが日直だったのだろう。
迅雷にとっては2人の来てくれたタイミングがちょうど良かった。
「おう、向日葵に友香じゃん。ひさしぶり」
「おー、迅雷クン、おはよー」
迅雷が軽く手を上げて2人に挨拶すると、向日葵が軽めのテンションで手を振り返してプリントを落としかけたので、友香が慌てて横から押さえた。
それにしても、ビバ夏服。なんだかんだ言ってやっぱりサンキュー夏服。
向日葵はみんなが期待する通りの真っ白ワイシャツと少し丈の短くなったスカートという服装だ。一方の友香はまだピンクのカーディガンを羽織っていたが、それもそれでもまた良しとする。持ち前の肉感的なスタイルがうまく中和されているので、可愛さと色っぽさが両立していた。
なんとかプリントの雪崩を未然に防ぐことが出来た友香が改めてニッコリ笑った。
「ふぅ、危なかった・・・。みんな、おはよう。迅雷君も真牙君も、全国大会お疲れ様!」
「おう、応援ありがとな」
「オレはもう2人の夏服で疲れも吹っ飛んじゃったぜ!ビバサマーユニフォーム!」
本当に疲れている様子もなく鼻息を荒くしている真牙を見て、友香も向日葵もそそくさと後ずさった。
「真牙君なんか4位だったんだもんね。惜しかったけど、おめでとう。いやー、3位決定戦なんて見ててハラハラしちゃったよ!もうあのどんな反射神経でやりあってんのか分かんないようなインファイトなんかそれはそれは―――」
「楽しんでくれたのは嬉しいけど友香ちゃん、せめてもう少し近くでお話ししようよ!?」
逃げながら素直に称讃するという友香の高レベル話術にはさすがの真牙も対応に困ってしまった。あれは心と口の矛盾を正面から突き破る究極奥義に違いない。
などと考えているうちにも試合を見ていたときの情熱がぶり返した友香のボルテージが急激に上昇していく。どこで文を区切っているのかも分からないほどのマシンガントークで感想をぶちまける友香の目がヤバイので、今度は真牙が引く番だった。最後は卒倒しかけた友香を、荷物を机の上に置いた向日葵が介抱して事なきを得る。
「ってかさ、あたしとしては迅雷クンがあそこで負けちゃった理由が未だに分からないの。ねぇ、なんでなんで?」
「遠慮ねえなぁ・・・」
「あたしと迅雷クンの仲じゃん」
「そんな強引な」
向日葵が言っているのは迅雷と七種薫との試合のことだ。
二刀流で終始圧倒した迅雷が勝ちを目前にして攻撃の手を止めた。その裏にあった真実を誰も知らない。だから、向日葵の素朴な疑問には他のみんなまでもが便乗して「なんでだ」と言い始める。
変に圧力をかけられるので黙って終わらせることも出来ず、迅雷は引きつった笑いを浮かべた。でも、これはむしろ変に疑われ続けるよりは良いのかもしれない。そう思えば答えるのもやぶさかではなくなった。
「いや、実はさ・・・」
「実は?」
「剣のストックが切れちまったんだよな。ほら、俺メッチャ剣出してただろ?それで終いには在庫切れ。結局、七種の方が一枚上手だったってことだよ」
迅雷はそう言って降参するように両手を挙げた。それに、ストック切れは本当だった。『雷神』を除けば。
つまり、今の迅雷がストック切れと言ったならそれはある意味真実たり得た。
そんな彼の態度は全員に伝わって、ストック切れによる敗北は多数が信じる真実となった。結局本当の敗因を知っているのは迅雷と真牙だけだ。
「フーン・・・?じゃあー・・・なに?あの七種クン?ってすっごい強いってことで良いのかなぁ?」
納得したようなしていないような、微妙な顔をした向日葵が首を傾げていた。彼女にはまだ疑問に思うような記憶があったのだろうか。
ただ、それも友香が口を出したので埋もれてしまった。
「いやだってヒマ、あの人は真牙君にも勝ってるんだよ?じゃあ、とかじゃなくて、本当に強いって」
「まぁそっか・・・」
さて、向日葵と友香も混じって話題が余所に行き始める頃にはチラホラと他のクラスメートたちが教室にやって来た。大会明けの今日は例にもよって全校集会なので、みんな少し早めに集まるのだ。
「あー、としくん、おはよー。朝もう行っちゃったってとしくんのお母さん言ってたからビックリしちゃったよ。としくん今日ちゃんと寝た?」
「おはよ、しーちゃん。朝から変な心配すんなよ」
そんなことを聞く慈音こそあくびをしているので、迅雷は苦笑した。彼女の顔を見ると日常がさらに日常になるような感じがする。
きっちり夏服コーデを決めてきた慈音は間違いなく可愛いのだが、薄着になったせいでない胸がさらに強調される感じがする。可愛さともの淋しさを同居させるとはなかなかである。
慈音も来たので迅雷らがますますワイワイしていると、波のように廊下がざわめいた。
このざわめき方に迅雷と真牙は思い当たる節があった。だから2人は顔を見合わせた。彼らの間に挟まれた慈音だけがなんのことか分からずにキョロキョロしているが、これは男と男の勝負なので彼女には関係のない話だ。
「迅雷、賭けの話は覚えてるな?」
「ああ、覚えてるよ。ごちそーさん」
真牙がニヤつくと、迅雷はくだらなさそうに手をヒラヒラ振った。迅雷はのんびりと、真牙は緊張して、教室の入り口を見つめる。
そう、このざわめきは例のあの方を中心に湧き起こるアレだ。今や『高総戦』での大活躍で話題性の方もバッチリなあの子。もう間違いない。
「「さあ来い・・・!」」
スッと水色の髪を靡かせる人影が入ってきて、容赦なく勝敗が決した。
・・・が、しかし、もはや済んだ勝負に意味などなく、教室中の男子も女子も、全員が彼女の姿を凝視した。
「こ、これはむしろ―――予想以上、だ・・・!」
真牙でさえ最優先の驚愕で顔を白くしていた。
結論から言って、雪姫は夏服だった。・・・だったのだが、それもなんと7月か8月にでもするような極限クールビズで、だった。
ワイシャツはもはや半袖で、首元を締めるリボンは初めから取り去り、まさかの男子よろしく第2ボタンまで解放。スカートの丈もなぜ中身が見えないのか不思議でならないほど。
雪姫は涼しさを追求し尽くして生徒指導に目をつけられそうなほどに肌を見せていた。
「こいつはもう俺の大敗だ・・・・・・。ワイシャツの裾までスカートの外に出してるし、完全に夏仕様じゃねえか」
そんな、迅雷の予想とは全く逆のちょっとお行儀の悪い格好をして現れた雪姫は、気怠げに自分の席に突っ伏していた。
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選手たちのコメントや優勝旗の披露で盛り上がった全校集会も終わり、マンティオ学園には微熱は残しつつ平凡な日常が戻ってくる。
体育館から戻ってきた生徒たちが全員着席したところで、真波は改めて朝のホームルームを開始する。
彼女の目の下のクマがとんでもないことになっているのは、昨日―――というより今日だが、とにかく学校に帰ってくるなりすぐに全国大会の引率をした教員たちは帰宅もせずに居残って報告書の整理やその他諸々の後始末(他校の教師とケンカして拘留されたことの始末書とか)をしていたのだ。
・・・いや、主に後者がヘヴィーだったのは言うまでもない。というより、一般の観客に迷惑をかけた範囲内であれば細かい件まで反省文を書かされるので、まだまだたくさん残っている。毎年恒例のことながら、紛うことなき自業自得だ。
「まずは、盛り上がっていたところに水を差すようで気が引けるんですが、これはちゃんとお話しておかないとだから、聞いてください。ネビアさんについてです」
今は教室にいない1人のクラスメートの名前に、今まで色づいていた空気がモノトーンになった。
「もうみんな知ってるかな・・・。ネビアさんは大会中に不幸にも怪我をされて、今は入院しています」
もちろん真波の話は全員知っている。まさに不幸としか言えない出来事を受けて、1年3組にはオラーニア学園に同率で獲った全国一位を喜ぶ空気も薄さが残る。
もしも彼女が最後まで残っていれば。どうしてよりにもよって彼女が。とても口惜しくもったいない結果だし、なにより1人向こうに残されたネビアの無事が心配だ。考え出せばキリがない。
「それで、原因は調査中とのことだけど、恐らくはそれ以前から出没していた不審者に急に襲われたんじゃないかって話が有力みたい。犯人は今も警察が捜してるけど、やっぱり一番心配なのは犯人の行方なんかよりネビアさんよね・・・」
一応、ネビアがさらに大きい病院に移送されたという情報は学校側も受け取っていたが、同時に全身の傷があまりにも重いためかなり衰弱しており、面会は一切拒絶でしばらくは絶対安静であるとも伝わっていた。
以上の旨を生徒たちに伝え、真波は校内で1ヶ所だけポッカリと穴の空いたような自分にクラスが堪らなく悲しかった。報告だけでは一体どれほどの重傷を負ったのかも、かえって想像がつかないほどだ。それはもう、酷かったのだろう。
なぜ、ネビアだったのか。なぜ、彼女に限ってそのような重傷を負わされたのか。
今になってそんなことを考える自分自身が、真波は空しかったかもしれない。
自分がその場にいてやれればネビアは無事だったかもしれないのに、と思わずにいられない。―――けれど、そんな真波には悪いが、彼女1人がいたところできっとネビアの運命は変わらなかったはずだ。理由も結果も明白だ。迅雷ですらネビアを踏み止まらせることが出来なかったのだから。
事の真実なんてなにも知らずに、ただ自分がいなくなってから当たり前に心を痛める真波をネビアが見たなら、健全にも苛まれる担任教師に感謝とからかいと、それから嘲弄を向けただろう。真波は間違ってもそんなことを想像しないだろうけれど。
ただ、沈んでしまった生徒たちに発破をかけるのは、大人である真波の仕事だ。自分までずるずると後悔していては示しがつかない。そもそも、ネビアと永遠に別れるわけではないのだから。そう言い聞かせながら真波は一旦息を吐いて気持ちを切り替えた。
「えー、それからもうひとつ、残念なお知らせがあるんです・・・」
輪をかけてしんみりした顔をする真波に追い打ちをかけられた生徒たちは、強張った表情で次に担任が出す言葉に集中した。集まる緊張には真波も真剣な面持ちを保たされる。
「―――みんな、そろそろ中間考査です」
『・・・・・・ハッ!?』