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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect56 ”さあ若人よ、その目を見ろ、そしてゆけ”

 なにが良いものか。勝手なことをし始めた選手たちにそう怒鳴るのはオラーニア学園の教師たちだった。そのはずだ。なぜ嫌いも嫌いで認める余地もないマンティオ学園に勝利の証拠を、生徒の一存で渡さなければならないのか。

 彼らとてマンティオ学園に起きていた問題のことは分かっている。むしろその解決のために協力さえしたくらいなのだから。

 でも、それはそれ、これはこれ。元来2校は犬猿の仲と決まっているのだ。

 故に彼らからすれば、怒りよりも先に意味不明だった。


 達彦は自校の教師たちに向き直る。


 『先生方、どうか角を立てないでください。―――多分無理でしょうけど。いえ、総合優勝したのは俺たちです。それは誰がなんと言おうと変わりません。ですが、旗くらいはくれてやろうと言ったんです。彼らの奮闘を、少しは認めなければ』


 本心かは知らないが、マイクを手に達彦はそう言った。勝利は勝利であり、モノでしか示せないような不安定な概念ではないだろう、と言い切った。そもそも『高総戦』の全国優勝なんて日本中の人々が共有するようなニュースなので、その誉れを誇示するのなら学生証でも事足りる。

 達彦の言い分はそういった点で正論たり得てしまうのが面白い。


 公式には今もなお「最強の高校生魔法士」であり続ける達彦の力強い口調にはその場の多くが納得を促された。彼のカリスマと人徳性が人々の間に共感を伝播させていく。

 さしものオラーニア学園の教師も日本人の(さが)には逆らえず、唇を噛んで席に着き直すほかなかった。旗は欲しいが、あまりしつこいと後で大人げない連中だと思われるからだ。―――まあ、今更そんなことは誰もが了解しているものなのだけれども。


 『皆様も・・・ご納得いただけるでしょうか?』

 

 達彦の問いかけには賛同と、多大な讃辞が飛んだ。彼のこの行いはきっと後々に長く語り継がれるだろう。



          ●

 

 コツコツと自分の足音しか聞こえない廊下を兼平は歩いていた。


 今頃はもう、マンティオ学園の生徒たちも帰りのバスに揺られて、疲れで眠っていることだろう。どうかせめてその眠りが、4日間の不幸な出来事に苛まれぬ、健やかな安息であることを願うばかりだ。

 まだまだ青いが、それだけに希望の詰まっている彼らが名残惜しい。でも、少なくとも兼平がそう思うのは図々しいというものだろう。

 結局最後まで兼平は例のマイクロチップ入りシールを誰かに使うということはなかったが、いずれにせよ埋め込むことに成功してしまった四川武仁の出場枠を作るために聖護院矢生に手を上げはしたのだ。そんな身でこれ以上学生たちとのふれあいを楽しもうなんて許されるはずがない。


 それにしても、真っ直ぐにやり直そうと決めたそばから下ってきた辞令は、護送だけかと思えば「ネビア・アネガメントの仮パートナー」である。「パートナー」と言えば聞こえは良いが、要は「監視役」とか、「管理役」とか、そんな感じだ。

 ・・・いや、それでもまだ字面だと綺麗なままだ。具体的に言ってしまえば、彼女が反抗すればそれを処罰する仕事であり、また、その生活を一定水準までは保障しなければならない役職でもある。


 救いなのはまだ仮パートナー扱いなことだろうか。

 現職でこれと同様の役割をしている人物が実際にはどんなことをしているのか兼平も見たことがない。

 しかし、噂では彼女らを動物かなにかと同じように―――近いとすれば猟犬かそこらだろうか―――「飼って」いるような感じだとかは聞く。


 まあそれもそうか、とは兼平も感じられた。あのような存在を人間として扱えなどと言われれば、まだ難しい。

 言葉を交わし、思いの外関わることもあって、兼平の中でのネビアの印象というのは少し変化していた。兼平は正解が分からないなりに真っ直ぐやり直す覚悟を決めた。それでも、蜘蛛が嫌いな人はいくら蜘蛛を知ったところで蜘蛛を好きにはなれないものだ。

 正直、護送だけでも「ゲッ」と言いたくなるほどだった。


 「顔を合わせるなり殺しにかかってきたりしないよな・・・?」


 冗談ではない。事実として「たまに死ぬから気を付けてね」と千影から渡された紙にも書かれていた。情報では今のネビアは四肢欠損状態とあったが、手も足もなくたってネビア・アネガメントの脅威性はあまり下がらない。


 いろいろと弱腰になって気を揉みながら、兼平は『のぞみ』D地区にある病院の地下に設けられた隔離病室まで足運ぶしかなかった。既に裏口には護送車も構えているようなので、やるしかない。


 「・・・なにを緊張してるんだ、俺は。今更かもしれないけど、ナメられたらダメだ。俺は強い俺は強い俺は強い」


 万一ネビアが暴れ出しても兼平なら押さえられると判断されたから、彼は今ここにいるのだ。

 恐いことなんてない。そう自己暗示した。今ここでネビアとも真っ直ぐ向き合えなければ兼平は正しく前に進めない。信じるだけのなにかはないが、それでも彼女に普通を垣間見る瞬間もあった。己が信じる正しさのために、到底信じることの出来ない相手と正面から向き合うところから始めなければならない。


 兼平はドアをノックした。返事はない。


 ドアの取っ手に手をかける。

 

 「―――入るぞ」


 部屋は照明で明るかったが、とても不健康な白色光ばかりで、病院の中で病気になりそうな風景だった。

 碌な設備もなく、当然見舞いの名残もない。

 そんな無情な空間の在り方に、兼平の心は小さく刺激された。いがいがとした感覚と、当たり前に受け入れる感覚だ。


 けれど、そうして出てきた一言目はこうだった。


 「これは・・・・・・あんまりだな・・・」


 意外な言葉に、ネビアは首を動かした。

 今動かせる唯一の部位を精一杯に曲げて、ネビアは入室してきた男を見る。幾度となくからかったIAMO所属の青年だ。


 「本当に、そう思ってるの?カシラ」


 あの男は、つまり川内兼平は、典型的な意見を持つ人物だ。こうして何度も顔を合わせると奇妙な縁を感じるものの、なんの用で来たのかは知らないが、ネビアは彼の言葉を容易に受け入れることは出来なかった。

 それは兼平も認めるようだった。


 「・・・そうだな。まだ君ならこの扱いでも仕方ないか、とも思いはするな」


 「でしょうね、カシラ」


 「でも、酷いと思うのだって、本心では、ある」


 奇妙なことを言い出す兼平にネビアは眉をひそめた。本心がそれ同士で矛盾している。

 これを葛藤と表現するのだと、ネビアはまだ気付かない。自分の葛藤でさえそうであると受け止めなかった彼女には、人の葛藤まで理解するほどの能力なんて備わっていないからだ。


 「案外大人しいんだな。ついこの前までは飲み物奢らせたりしていたのに」


 「見りゃ分かるでしょうねぇ、うん?カシラ」


 皮肉げに鼻を鳴らすネビアには、本当に元気がなかった。なんというか、隠しきれない喪失感が漂っているのだ。

 

 「あぁ・・・。今から君を移送する。ひとまずはIAMOの本部だ」


 「それで、あなたが私の次の飼い主様ってことで良いのかな?カシラ」


 疲れ切ってなんの感情もない笑みを浮かべ、ネビアはなにもない壁を見ていた。

 兼平はこのとき、なんと返せば良いのか、分からなかった。彼女はなにを見ているのか―――もしくは探し求めているのか。決して同じ人間として見られない相手の思考もまた、人間のそれに参照してやることなど不可能だ。


 「・・・飼い主なんかじゃ・・・ないさ」


 しかし、兼平はこの一瞬の迷いを客観して「正しいこと」を考え直した。今、ネビアを前にして、無力化されたそれに未だ怯え続け、その相手には飼い主呼ばわりされ、まだまだなにも覚悟なんて決まっていなかったのだと気付いた。やっと少しだけ、自分の考えている正しさというのが見えた気がしたのだ。


 きっと兼平がこんな黒い仕事を任されたのも、グレーな依頼を受けてこの街に来ていたからだろう。けれど、彼はもう一方で決めたのだ。今度こそ、と。

 なら、これはまさにその「正しくやり直す」ための第一歩なのだろう。常識的に考えて俗に言う闇堕ち同然のこの道を、兼平は信じた正しさによるアプローチで歩むべきなのだと、そう思った。


 だから、まずはその初手として兼平はネビアの悲観的でもの悲しい言葉を否定した。


 じゃあなんの用だ、とでも言うように目を細めたネビアは、おもむろに顔を兼平へと向けた。淀んで荒んで衰弱し切った眼光に刺される。


 そんな彼女に兼平は勇気を出して、微笑んだ。


 「俺は、君のパートナーさ」


 「・・・・・・は?」


 「あぁ、いやっ・・・まだ仮、だけどな」


 気でも触れたのだろうか。とんでもないことを口走った兼平を、ネビアは訝しげに見やる。なにが「パートナー」だろうか。どうせこの後ネビアはIAMOに強引に正規所属させられ、戦闘のコマとして、またあるときは実験のモルモットとして、安全に(・・・)、生きていくのだろう。

 少しは千影の意図も分かった。ネビアを裏社会よりかはまだ表に近い場所に放り込んであげようとかいう魂胆だったのだろう。

 だが、五十歩よりも百歩を選んで「どうだい、安全で安定しているでしょ?」などとふんぞり返られては失笑ものだ。どうせ待っているのは家畜同然の待遇だけなのだろう?と聞き返してやりたい。相応の報いは受けたが、自由は今までの方があったはずだ。押しつけがましい庇護ごっこなんてくそ食らえだ。


 パートナー?笑わせる。口ばかりの飼い主が良い気になったものだ。


 「つまり、やっぱ飼い主じゃない、カシラ。いや、良いのよ?別に、カシラ。確かにあなたの下であくせく働けば人生イージーモードでしょうしねぇ、カシラ」


 「皮肉るなよ。やっぱひねくれたヤツだな」


 「はぁ?なに?皮肉?皮肉なんかじゃないわよ、カシラ。この後どんな風に扱われるかなんざねぇ!言われなくたって―――!!」


 「あー!分かった分かった。分かってるさ」


 一拍置いて、不愉快な静寂の中で兼平は切り出す。

 そう、分かっている。兼平の存在なんてたかが知れていて、目の前のダルマ少女に怯えて生きていかねばならないほど矮小でさえある。そんな当たり前のこともなかなか頭にくる。

 でも、決めたものを曲げたくはない。そのためにここのドアを開けるまで何度意を決したことか。


 「その辺はお前の想像している通りになるだろうさ。俺じゃどうしようもない」


 「・・・なら、あなたはなにを否定したいの?カシラ」


 ネビアの問いは兼平にとって一番考え尽くさなければならない命題だった。彼だってそんなもの、はっきりとは分からないのだ。

 だから兼平は、ひとまず態度を決めた。なにを否定して、どこを肯定してやるか。それは、これから時間をかけて分かっていけばいい。


 「ネビア・アネガメントはもう俺の部下だ。だから、命令には従ってもらうぞ」


 気が短い青年は腰に手を当て、初めて出来た部下(・・)に、威張って命じてやった。


 

 「お前、俺のチャレンジに付き合え」




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