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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect55 ”Compassion”


 『―――ありがとうございました。続いては結果発表及び表彰式となります―――』


 あっと驚くダイナミックかつデリケートな装置でなんとリングアリーナの穴になっている中心部分と隣り合った壁が変形して、『望』の6つあったアリーナが1つの大きなスタジアムに大変身。今まで毎年テレビで見ていたギミックでも、目の前で見ると迫力が全然違うものだ。よくもこんなに大きな建築物のフレーム内部にそんな摩訶不思議な仕組みを盛り込んだものだ、とただただ感心する。

 とはいえその発想は白眉、閉会式という大イベントにおいて会場に入れない観客が溢れるという問題はこれで解決してしまっている。


 かくしてリングアリーナ『望』では、今年も数多くの激戦と次代を担う若者たちの熱いぶつかり合いを世にこれでもかと送り出した第68回『高総戦』も、無事に、締めくくられようとしている。

 

 大会中に獲得した総合得点や勝利状況で成績上位8校が発表される。

 8位から順々に学校名が響き渡り、中央の巨大なモニターに表示されていた。


 「はぅぅ・・・。目が覚めたらこれというのはさすがに酷すぎませんの!?私なにも出来ていませんわ!?」


 そんな感じに泣き言を言っているのは、ちょうど個人戦の決勝が始まる少し前くらいになってやっとこさ意識を取り戻した矢生だった。彼女は現在この閉会式を観客席スタンドの一角から眺めつつ、悲しみに打ちひしがれていた。


 そんな矢生に救いがあるとすれば、見ていないうちに自分の学校が大敗を喫することがなかったことだろうか。勝手に戦線離脱したせいで団体戦の結果がベスト4にすら入れていなかったりしたなら、多分矢生は切腹しようとかし始めるだろう。


 それにしても矢生が2日以上気絶しっぱなしだった人間とは思えないほどピンピンしているので、安心するようなむしろ恐いような。実際は犯人がとても繊細に手加減してくれていたおかげなのだが、そんなことは犯人の正体含めて誰も知らない。


 「ま、まあ師匠がこうして元気な姿で戻ってきてくれただけでも私はすっごく嬉しいですから!」


 「愛貴さん・・・!ありがとうございます、そう言っていただけるととても嬉しいですわ!ですが、やはり・・・」


 「うーん、こんなこと言うのはちょっと空気読んでない気もしますけど、師匠はまだ1年生ですし来年もあるんですから・・・ね?今は元気出してくださいって」


 「そう、ですわね―――ええ、そうですわ!来年こそは頑張りますわ!そしてあわよくば優勝もいただきますわ!ほーっほっほっほ!!」


 「よっ、さすが師匠!」


 なんだかんだでやっぱり仲良しな師弟を見るマンティオ学園一同たちの目は温かい。きっとああやって高笑いしてる矢生も心の中では愛貴の優しさに感謝しているだろうし、愛貴もそんな風な矢生を見て嬉しそうにしている。師弟というよりも親友とか、そんな風にも見える。


 さて、個人戦1年・一般、団体戦の各部門上位3名の選手は表彰式があるのでリングアリーナの中央、要は式の行われているステージの下に控えているので観客席にはいないのだが、つまりそうではない選手はみんな観客席にいる。

 ほぼほぼ上位と変わらない実力を発揮していたって、3位決定戦で負ければベンチというわけだ。それを面白く思わないから威圧感満載で座っている選手もいれば、結果を受け入れて穏やかにステージを眺めている選手だっている。

 

 「終わるんだな、『高総戦』・・・」


 「うん、終わっちゃうね」


 警備の仕事を終えたので戻ってきた千影と並んで座っていた迅雷は、表彰台に上がった華々しい選手たちを見てそう呟いた。


 まるで本当に「平穏無事」なまま4日間の全国大会という一大イベントが大々的に終わっていくかのようだった。そして迅雷は、そんな偽りの雰囲気に甘んじてその様子を眺めていた。

 いいや、きっとそれで良いのだ。あんな地獄が何百何千と集まっていた人々の見えないところで広がっていたなんて、誰も聞いて嬉しくない。

 だから、これできっちり綺麗に終わったのだ。

 

 「終わっちまったな。ぜーんぶ」


 「そんなことないと思うけどなぁ」


 「そんなことあるさ」


 気が抜けて弱々しい声色の迅雷を少しでも慰めてやりたくて千影はそっと彼に寄りかかるけれど、返ってくる反応は虚無的だ。「ありがとな」などと言って迅雷は千影の頭を軽く撫でて、それだけだった。


 やはり、もう本当に空っぽだ。

 神代迅雷という少年は初めて出会った頃から空虚だったが、今はそれより危ういかもしれない。千影が一番最初にバカみたいな挨拶をしたときの迅雷をなにも入っていない箱だったとすれば、今の迅雷は真空状態の箱だ。元から希薄な内容物さえ溢してしまって、本当は当たり前の大気圧で押し潰されてしまいそうな箱だ。



 結局、今年の総合優勝はオラーニア学園の手に渡った。これで彼らの4連覇となったが、でも実はマンティオ学園も同率1位だったりした。双方共に上位入賞選手、及び4位となった選手の得点に加え、団体戦の戦績も全て加味した上で、両校は完全に同点となったのだ。よって、個人戦4位より下位の選手の成績からオラーニア学園が優勝とのことだった。


 分かりやすく説明してみれば、仮にネビアが参加し続けていれば確実に優勝はマンティオ学園のものだった、ということである。僅差の良い勝負だったとか、ギリギリの戦いだったとか、そんなものはネビアがいなくなった結果の、その結果でしかない。

 けれど、誰も彼女を責めはしない。そんな風なことを思いつくことさえない。なにせネビアは「不慮の事故で入院中」なのだから、責めるどころか案じるべき相手だ。

 だから、マンティオ学園は最後の最後に接戦で競り負けただけなのだ。つまり巡って、良い勝負だった。


 そうして優勝旗が掲げられる高みの舞台を迅雷は見ない。残念がる周りに紛れて、きちんと能力が伴っている栄光に選ばれた彼らを見るのが悲しかったから、俯くのである。

 なんとも利己的で情けないことだな、と迅雷は思うが、別にそれは良いのだ。どう思えど平常心はここにあって、あくまで卑屈に見える表現をしたに過ぎない。


 そんな迅雷を見上げて千影は肩を落とした。もう見ていられないが、放ってもおけない。彼がどんなに抱えた心の闇をこじらせようと、千影にとって彼は自分に対し、良い意味で普通に、当たり前に好意的でいてくれる数少ない人物であり、不思議と居心地の良い居場所なのだ。

 昨日は真牙にもとやかく言われたようだが、迅雷は今日もこの調子である。いや、そもそも真牙の価値観は今の迅雷の一番の問題となる部分を否定しないから、なにも出来なかった。

 それを思い、迅雷のことを想い、千影は果たしてどうなるのかと落胆する。

 けれどもし、迅雷がもう一度理由を見出して、そして今度こそ中身を生むとすれば、千影が一度ガツンと言わないといけないのかもしれない。


 「とっしー、ステージ見ないの?」


 「そうだな―――なんか、眩しくってさ」


 「・・・・・・あのね、とっしー」


 「・・・?」

 

 「あの、さ・・・」


 それなのに、千影は言い出せなかった。

 ―――もし、もしも、彼がこの一言で壊れてしまったら―――そう思うと、とてもではないが千影は言い出すことが出来なかった。

 大切なもののジレンマ。つまらない我儘。口をつぐめば安定は保証される愛情に甘える自分がいた。それを分かって、千影は自分の心も本当は大したこともないな、と嘆息した。


 でも千影だって、恐いものは恐い。

 

 「なんだって。言ってみ?」


 「―――ううん。やっぱり、なんでもないよ」


 「なんだそりゃ。らしくねぇの」


 千影に話しかけられて迅雷が少し顔を上げたそのとき、会場中が、否、日本中がざわついた。


 

 なんと、千尋達彦が受け取った優勝旗を手放す、と言ったのだ。



 騒然。耳を疑う。正気も疑う。前代未聞の発言に誰もが絶句した。

 けれど、達彦は疑念の波をものともせず、その旗を敵の代表である萌生に差し出してしまった。そしてマイクを取り、語り出す。


 『これは同率一位への情けではない。が、しかし、貴校は有力選手であったネビア・アネガメント選手の失踪、事故による負傷、離脱という苦境の中で常時万全であった我々に並んだ。仮に彼女が本来通りに参加していれば貴校の勝利は固かっただろう。なれば、貴校には相応の証明が与えられるべきだ』


 達彦の発言を受けた萌生が、それは出来ないと言っているのか首を振った。それもそうだ。確かにネビアの離脱でマンティオ学園は物理的、精神的両面で厳しい圧迫を受けていた。その影響で万全に試合に臨めなかった選手も間違いなくいた。

 その点、達彦の言い分は聞こえは良いし正確である。きっと事件がなければマンティオ学園は勝っていたのだから、その実力を評価するものが優勝していないという理由でなにもないのはもったいないと思う人間も多い。


 だが、それは罷り通る理屈ではない。そんなことを言い出せば、これから先の大会でも不幸で欠員が出る度に勝敗がうやむやになる。

 だから運の善し悪しも―――暴論だとは思うが―――実力であり、真剣勝負の中でさえ有効な因子であると定義せねばならない。公平でないことこそ、明確な結果のために公平でなければ締まらない。


 『それは、分かっている・・・でも。いや、本当のことを言うなら、俺たちは素直にこの優勝旗を誇れる気分じゃないんだよ。ああそうさ、前言撤回しよう。やっぱりこれは、情けだ。ただし、俺たちから君たちへの情けであると同時、こちらが君たちにかけて欲しい情けだ』

 

 達彦の言っていることの意味は、恐らく本人たちだけが計り得ただろう。それだけに真剣な達彦の顔を見た萌生は苦渋の表情を浮かべた。

 それでもルールはルールだから手を伸ばさない萌生を、後ろに立っていた雪姫がどかしてしまった。

 

 雪姫自身は旗の一本や二本に興味はない。ただ、くれると言うのならもらわないこともない。なぜなら、素直に敗北を認める要因が彼女には一切なかったのだから。

 どうしてあんなに勝ったのに「負け」なのか。同じ人間に理不尽な遅れを取るのは、彼女自身が許せなかった。故に乱暴に旗を掴み取る。

 

 そして、達彦はなぜか雪姫に礼を述べた。


 『ありがとう、それで良いんだ』



遂に長きに渡った高総戦編もひと段落・・・。しかし主題はまだ起承転結の承に過ぎないという。ここからは次への流れを作りつつ、ですね。嗚呼、としくん頑張れ・・・

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