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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect54 ”後味”


 剛貴は遂に雪姫の目前にまで迫っていた。幾十もの氷の弾丸をハリボテの肉体で耐え抜き、華奢な少女の体を覆い隠すように剛腕を振り上げ、掴みかかる。


 けれど、雪姫は剛貴の捕縛攻撃を踊るようなターンで避け、2人の間を遮らせるように粉雪を呼び出した。


 「・・・・・・やはり・・・・・・接近戦は、避けた・・・か」


 誰がどう見たって接近戦に向かないであろう、雪姫の細い四肢。魔法による遠距離攻撃を主体とした戦術。白兵戦に持ち込まれても全て粉雪による迎撃で済ませていた実際の試合。全てを総合して考えて、剛貴は雪姫は接近戦が苦手、もしくはからっきしなのだろうと結論づけた。

 現に今も剛貴の仕掛けた肉弾戦を彼女は拒否し、あまつさえ間に雪の壁を挟んで距離を取りさえした。


 「ならば、このまま・・・・・・離れないようにして、攻める・・・!・・・ムゥン!!」


 こうして、かつて何人もの猛者を喰ってきたトラップに、また新しい獲物が引っかかった。


 「へぇ、驚いたな」

 

 正拳突きの一発で軽々と雪壁に穴を空けてきた剛貴に雪姫は世辞を投げた。


 澄まし顔でパーカーのポケットに両手を突っ込んだままバックステップを繰り返し、雪姫は唸りを上げて飛んでくる握り拳の弾丸を躱していく。悠々と、容易に、軽々と、華麗に、安全なところへと立ち位置を微妙にずらしていくだけ。

 だが、剛貴はほぼ完璧と言えるほど雪姫に肉薄し続けていた。それがいかに凄いことなのか、過去の雪姫の戦いを知っている人間に説明させれば分かる。・・・のだが、朱部剛貴はそもそも勘違いしていた。それをそうと知らず、このまま互角に戦えると思っていた。


 「・・・・・・・・・天田雪姫、お前は・・・・・・」


 「接近戦が苦手―――」


 「・・・・・・そうだ」


 剛貴の目の前で、雪姫に口の端が愉快げに持ち上がる。不愉快げに歪む。どこまでも有り余った余裕の捌け口にでもしたかのように、雪姫の振る舞いは凍てつく冷気を放っている。


 「・・・なんであんたがあたしにここまで近付けたんだと思う?」


 「・・・・・・ム?・・・それはどういう・・・」


 「それはね――――――あたしがこうしたかったから」


 肉弾戦の強さが売りの選手を肉弾戦で軽く捻ってやったらどれくらい面白いだろうか。何年も頑張って習得した魔力制御技術をその倍以上の魔力量で再現されたらどう思うだろう。


 考えるほど愉快で仕方がない。悪意が満たされていく。

 これはただの雪姫の憂さ晴らしだ。剛貴には悪いが―――いや、雪姫自身は本当は悪いとも思っていないが、雪姫は気紛れで拳を握った。 


 流れるような手捌きで剛貴の幹のような腕を打ち払い、掴み、引き寄せる。そしてそのまま剛貴の鳩尾に膝を入れる。

 雪姫は以前明日葉と取っ組み合ったときに学んだ。それは奇しくも剛貴が長年頑張ってなんとか到達したその技術の、その必要性を。

 でも残念だが、剛貴と雪姫とでは魔力制御の才能も練度も違い過ぎた。だから雪姫は今初めて行う『集中強化』も完璧に行える。頭の中でその理論も、どのように魔力を制御すれば良いのかも、なにもかも分かっているのだから、失敗のしようがない。

 まぁもちろん、彼女の魔力量ならば常に適当に強化していたってなんの問題もないが、先も言ったとおりこれは彼女のストレス発散、お遊びだ。


 そうして作られた華奢な少女の見せかけの鉄膝はメキメキと大柄の少年の腹を穿つ。


 「グボッ、ォォ!?」

 

 「吐くなって、汚いなぁ」


 剛貴の吐瀉物を床に落ちる前に凍らせて消し飛ばし、雪姫は後ろ回し蹴りで剛貴をフィールドの端まで弾き飛ばした。

 常識を疑うその光景に会場は騒然とし、日本全国あらゆる市区町村でテレビに食いついていた人々が絶句した。


 ちょっとしたアクロバットでもしたように蹴りを振り抜いた雪姫の体は宙で一回転する。そして未だ上着のポケットに手を突っ込んだまま彼女は軽やかに着地する。

 目に掛かった前髪を頭を小さく振って払い、雪姫はまた立ち上がってくる剛貴を見やった。

 

 「これならまだあっちの方が強いかな」

 

 雪姫が言うあっちとは阿本真牙のことだ。彼が準決勝で剛貴に遅れを取った理由がよく分からない。いや、分かるけれども。でもそれは、ただ単に肩に力が入り過ぎていただけだ。おかげでまさかの4位とは、情けない話である。

 試合と関係のないことを考えながら粉雪を散らして目眩ましを仕掛け、雪姫は一気に剛貴との間合いを詰めた。剛貴が躍起になって追いかけていたさっきとは全く逆のシチュエーションだ。

 そのまま雪姫は回し蹴りのモーションを見せる。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムゥッ!?」


 回し蹴りに身構えた剛貴にはその代わりに至近距離から『アイシクル』を叩き込み、それから改めて回し蹴りを横顔面に叩きつける。非常に重い一撃が入った手応えがあった。神経を駆け上がってくる感覚に痺れる。フェイントを絡めた二段攻撃をもろに受けた剛貴の体はグラリと傾く。

 

 しかし彼はまだ倒れない。呆れた根性(いいサンドバッグ)だ。

 雪姫はよろめく剛貴の顎を蹴り上げ、踵落とし。


 「・・・・・・ムゥン!!ふぉッ、ォォォ、ォォォォ!!」


 反撃で剛貴はローキックを繰り出す。当たれば骨折ものの威力だ。当たれば、だが。

 依然として雪姫は上着のポケットに手を突っ込んだままだった。ひょいと跳んでローキックを躱し、そのままスラリと長い脚を剛貴の首に回す。首をキメたら体を捻った遠心力で投げ飛ばす。

 そして雪姫は続けざまに蹴りを―――。


 「ヌォォォォオアアアアアアァァァァァァ!!」


 ――――そういつまでもうまくはいかないということなのか。


 剛貴は雪姫の振るう脚を左手で掴み取った。そして彼は再び大地に立つ。2本の足で力強く。投げられようと、蹴られようと。

 片足を掴まれた雪姫は爪先立ちになり、初めて相手との体格差を感じた。


 「・・・なめるな!!・・・・・・もう、放さないぞ・・・!」


 「へぇ。じゃあ、放すなよ」

 

 「・・・っ!!」


 掴んだ雪姫の足が妙に冷たかったことに剛貴は遅れて気が付いた。

 この蹴りは剛貴が掴んだのではなく、雪姫に掴まされたのだと、気付く。


 ちょうど良い支えが出来た雪姫は片足で跳ぶ。剛貴の手の中で氷が滑る。握られた足を軸に雪姫の膝がまた同じ左側頭部に―――。


          ●


 「あーあ、つまんないの・・・」


 脳震盪だろう。気を失って倒れた剛貴の頭を足蹴にして雪姫の勝利は決まった。つまらない優勝だ。


 けれど、そんな1年生の部の優勝とは違い、一般の部の決勝の勝敗は「つまる」ものだっただろう。


          ●


 ここまで魔法の応酬を繰り広げられた相手は他にどれだけいるだろうか。豊園萌生も千尋達彦も消耗は限界スレスレを這い、それでも決まらない決着にお互い笑みを溢していた。

 もう好き放題魔法が撃てるほど魔力もない。フィールドを走り回れるほどの体力すらない。おまけにタイマーの残りも少ない。


 だったら、どうするか。決まっていた。


 「ああ―――最後の最後にちゃんとお前と戦えることが、本当に嬉しいな」

 

 「ええ、私もよ、千尋君。でもやっぱり、どうせ最後なら、勝って終わりたいなぁ」


 2人とも突っ立ったまま、ゆっくりと手を上に掲げた。残された魔力の全てがその手を伝って世界に現象として描写され始める。意志を持った光は紡がれ、意味を為していく。

 迎える決着の複雑な悦びを噛み締めて、2人は覚悟を決めていた。長らく甘んじてきた好敵手との惜しむべき決着だったのだ。どちらがより強い魔法士なのか―――ずっとはっきりさせたかったはずなのに、いざそのときが来ればなんともったいないことなのだろう。曖昧という快楽を捨てる、その覚悟だ。

 達彦は自身の代名詞とも言える魔法を構築し、萌生はまだ他の誰も知らない奥義を組み上げ、刹那の沈黙の後に勝負を謳った。


 「「それは、お互い様か」」


 広いフィールドが狭く見えた。

 顕現したのは2つの巨大な魔法陣だった。煌々と黄金に輝く天上の理。甘美な白桃色に萌え出づる母なる大地の恵み。それは共に特大型魔法に区分される、最強の魔法だった。

 萌生の手から描き出されたその魔法陣を見た達彦が目を見開き、興奮した声を出した。萌生も力強い笑みを返す。

 遂に、萌生もこの領域に辿り着いた。実力も技術も、全てが同じステージに立っている。これほどに昂ぶることがあるだろうか。


 「驚いた!君はいつの間に特大魔法を習得していたんだ?」


 「いつの間にか、今日ここであなたに負けないために頑張っていたら使えるようになっていた、とでも言っておこうかしらね!」


 「あぁ―――それで十分だ!!俺はむしろ嬉しい!」


 巨大な光陣から放たれる威圧感は魔力の余波として実際に彼らに降り注ぎ、高揚する強者たちは声高らかにそれぞれの魔法を詠唱した。


 「『ヘブンズフォール』!!」

 「廻れ、『峻華終刀(シュンカシュウトウ)』―――!」


 達彦の放った森羅万象を劈く天雷と萌生の生んだ暴れ狂う四季の花々がせめぎ合う。


 「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 「お願い、届いて――――――ッ!!」 


 果てしなく長い、一瞬だった。観客はもはやその光を直視することなど出来ない。2人きり、最後の最後、最高のぶつけ合いなのだ。喉が弾け飛びそうなほど叫んだ。花弁の刃は奔流となって達彦に注ぎ、天雷は愚かにも逆らう生命の躍動を焼き尽くして萌生を照らす。

 喉を嗄らした分だけ力が漲るような気がした。ないはずの魔力が絞り出されるような極限の解放感覚は、心の赴くままに力を出させてくれる。全てが鮮やかに見えた。

 


 でも、極彩色にして極光の壮麗極まる力のぶつかり合いは、遂に決着を着けるに至らなかった。莫大な破壊同士は最後まで互いを殺し続け、時間だけが終わりを迎えてしまったのだ。



          ●



 結局、一般の部決勝は達彦の判定勝ちだった。当人同士は一応の互いの決着を果たし、しかし次出会うときには今度こそ時間なんて関係ない明確な決着を着けることを誓い合って握手をした。そこにあったのは曇りない笑顔だった。 


 だが、冷静になれば彼らの戦いも天田雪姫という天才の登場には陰るばかりだ。

 

 本当に報われないのは、どちらだったのだろう。


 程なくして『高総戦』の閉会式が始まった。


 

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