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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect53 ”埋没”


 あくびの出るような戦いだった。


 確かに、まあ、確かに、千尋達彦なんかは以前試合をした煌熾と比較しても明らかに強い相手ではあったかもしれない。

 ただ、それはあくまでそれだけの話であり、雪姫の立つ位置から見ればドングリの背比べみたいなものだった。よもや特大型魔法すら習得した現役高校生最強の魔法士とやらがこの程度だったとは、残念を通り越して虚しくさえあった。

 ついでに、達彦とライバルだと言っていた時点で自動的に萌生のレベルも良く知れた。


 所詮、そういうことだった。


 「――――――あーあ・・・そっか。あたしもようやく踏ん切りがついたね」


 戦いの余波でボロ切れ同然になったフラッグを掴み、雪姫はビルの外に放り捨てた。


 『高総戦』団体戦、決勝戦。その決着は試合開始から約20分のことだった。


 練られた作戦と、若い闘志のぶつかり合い。両校の擁する最高戦力同士がせめぎ合う光景は見る者たちの心を釘付けにしていたことだろう。

 だからこそ、その誰もが熱い学生たちの戦いの冷たい末路を言語化しがたい感情で見終えることになる。


 それは、実質的な勝敗の要因はたった1人の少女によるたった5分間の蹂躙だったのだから。


 目に見える年長者たちの積み重ねの全てを完全に否定し、頂点に君臨し、奪い去る。笑えるほど愉快な勝利に雪姫は表情ひとつ変えず、そんな彼女の活躍を見届けた観衆だけがその絶対性に歓喜した。


           ●


 「優勝おめでとうございました。今回の決勝にどういう意気込みんで臨んでいたのか―――」

 「最後の猛攻は凄まじいものでしたが、あれも作戦の一部で?」

 「天田さん、ぜひインタビューを―――」

 

 団体戦で優勝したマンティオ学園のAチームが凱旋する。新聞記者が、報道インタビュアーが、彼らのところへゾロゾロと集まってくる。そして、彼らに笑って答えるのは豊園萌生や焔煌熾、三嶋政の仕事だった。

 雪姫はマイクを向けられてもめを閉じて俯き、そのまま横を通り過ぎ、置き去った。


 「おいおい天田、お前も少しはしゃべってやれよ、主役なんだぜ?」


 3年生である政が諸々の複雑さを隠して雪姫にそう言ってくれるのだが、彼女はそれに無言を返した。彼女からすればこれはせめてもの自重なのだから、放っておいて欲しかったのだ。今ここで口を開けば、日本中の喜びは半減するだろうから。


 結局なにも言わない雪姫にそれでもマイクを向け続ける大人たちに謝ったのは、これまた結局、政だった。


 「すいません、こいつ見ての通りクールな子なんで。あっはは・・・」


 「あー、いえ、はい」


 勝利に貢献出来ていない先輩3人に向ける報道陣の関心はおざなりで、彼らはそれに耐えて穏やかに笑う。

 単独で勝利を掴んだ雪姫は、対して、向けられる熱意が届く前に冷やしきる。


 ―――この優勝にはどんな意味があったのだろう。


 そんなことを考えてしまっていた。空虚さばかりが残る栄光に、なんの価値があっただろうか。雪姫は唇を噛んで、ただ後悔を隠していた。


 マスコミを振り払って移動用のバスに乗り、マンティオ学園のテントに戻ると、今度は待っていた仲間たちが4人を迎えた。

 萌生と明日葉が腕を組んでいたり、煌熾に蓮太朗や至がつっかかったり、政に後輩連中が群がったり。みなが思い思いにその勝利を讃え、喜んでいる。


 (ああ、そっか。みんな意外に素直には喜んでるのか)


 いつも通り一歩引いたところでからそれを眺め、雪姫は適当なところに腰を下ろした。話しかけてくる相手は全て追い返し、ゆっくり目を閉じる。

 結局、よく分からないままだ。遂になんにも得られないまま全国大会も残すところは個人の準決勝と決勝のみとなってしまった。

 きっともうその機会は当分訪れない。もしかすれば、二度と、かもしれない。薄々分かっていたが、認めてしまえばどうしようもなくスッキリした。


 けれど、雪姫はそれでも良いと思った。希望も期待も失ったが、まだ理由はあるから。

 ただそんな折りに、それさえ含めてなんもかんも失くしたらしいクラスメートが笑って雪姫に話しかけてきたのは、偶然ではなかったかもしれない。塵芥ほどもない期待を感じた、その少年だ。


 「天田さん、勝ったのに浮かない顔してんのな」


 迅雷に声をかけられ、雪姫は目を開けた。

 思い出される昨夜の彼の言葉。所詮聞き耳を立てたようなものなので、そのことについて雪姫は触れることをしなかった。


 でも、目を見て期待は失せる。それは雪姫の求めていたものではなかったから。全く、全然違うものだったから。

 それでも、怒りはある。ひょっとすると、ある意味彼こそが、学園入学以来雪姫が最も関心を持った人間だったかもしれない。そして、今、神代迅雷は雪姫にとって過去最高に目障りな存在だった。


 「・・・あんたがそれ、言うんだ」


 「え?」


 どちらが楽だっただろうか。どちらが正しかっただろうか。どちらが幸せなのだろうか。

 きっと話しかけて返事がもらえるとも思っていなかったということだろう。とぼけた顔をした迅雷の目を雪姫は真っ直ぐ見据える。迅雷の虹彩のその奥にわだかまるものは、既に残滓も同然だった。


 どうしてこんなにも違うのだろう。それが堪らなく―――いや、なんでもない。


 「ねえ」


 「な、なんでしょう?」


 「あんたは・・・それで良いの?―――、・・・」


 続けて言いそうになった言葉を、雪姫は噛み潰した。

 所詮迅雷は他人なのだ。雪姫が最も不要とする存在であり、故に彼がなにを思おうと雪姫には関わりのないことなのだから。


 「俺、なんか変だったかな・・・?」


 とてもではないが歪さを隠しきれない、どこまでも健康的にやつれた苦笑だった。

 

 無力。無意味。無価値。昨日までは―――。どうしてこうも―――。


 ―――いや、やめよう。


 最後に雪姫はこうまとめた。


 「何様のつもりよ、あんた」


          ●


 『さあ、遂に始まります、全国高校総合魔法模擬戦大会、個人戦、1年生の部、決勝です。遂にこのときがやって参りました。今宵、今年最強の高校生が決まる!』


 爆弾でも落ちたような歓声がどこまでも木霊していて、精一杯マイクに向けて大声を出している様子が想像出来る実況者のアナウンスも華々しい。

 夜闇にはっきりと浮かぶレーザーライトは遙か上空の曇天に反射してその存在感を示し、いよいよ始まる大会の最大の佳境(フィナーレ)を誇示するかのようだ。


 『ではさっそく、出場選手の紹介です。まず第1ゲートから来るのはオラーニア学園の朱部剛貴選手。団体戦に出場しながらも準決勝では阿本選手の使用した重力魔法もモノともしない怪力を発揮していました。もはや今期トップクラスの1年生と言って差し支えないでしょう。決勝でも期待は高まっているようです』


 口先ばかりのフォローが入る。全国各地のテレビのスピーカーからはきちんとこの解説が流れるが、もはや彼がこの戦いに勝つなどと本気で信じている人なんて、いたとして一握り、本人と親しい者たちくらいだろう。

 続いて真打ちが登場する。


 『さて、第2ゲートから入場したのはマンティオ学園の超新星、天田雪姫選手です。表彰式前ではありますが、既に団体戦部門のMVPは彼女であるとの見方が広がっている模様ですね。学生とは思えない強さを誇り、今年最も多くの期待を受けている天田選手、このまま優勝となるのでしょうか?』


 雪姫は素直に、目の前にどっしりと構えて揺らがないオールバックの少年がすごいな、と思った。まさか今更雪姫も剛貴にはなにも期待などしていないが、それにしても自校の主将をああまで無惨に叩きのめした張本人である雪姫との対戦に際してあの堂々さたるや。大した精神力の持ち主である。


 片足に体重を預けた雪姫がくだらなさそうに剛貴を見ていると、やがて剛貴の口が小さく動いた。雪姫の耳でもやっと聞こえるような、小さくて低く、しかしながら芯の通った声だった。


 「・・・・・・・・・・・・簡単には・・・勝てるとは・・・思うなよ・・・」


 「――――――ハッ」


 なにを言うかと思えば意気込み十分なようなので、雪姫は鼻で笑った。

 

 さて、しかしいろいろと諦めもついた頃なので、もう適当に氷をぶつけてハイ終了なんていう展開も面白くなくなってきた。そこで、ここは少し趣向を変えることにした。

 聞けば剛貴は体術に自信があるという。結構な話ではないか。雪姫の嘲笑はそんな感情も含んでいた。


 そういえば、あの嘘吐き女も同じようなことを考えていたのだろうか―――と雪姫は思った。最初で最後だったあの手合わせのとき、彼女はわざわざペースを雪姫に合わせてきた上で、勝手に自分を詰みに持ち込んでいたか。


 まぁ、それはもう良い。雪姫はただ勝つだけだ。


 『それでは、1年生の部、決勝戦、試合開始!』


 「・・・・・・・・・・・・ムッ!!」


 開始の合図は雪姫と剛貴のどちらに合わせたのだろう。

 ゴーサインを出された猛獣のように剛貴は駆け出した。

 雪姫が左手で空を切ると、腕の動きに連動して彼女の周りの空間から雪崩が生じる。剛貴はそれでも雪姫に向かって突撃してきた。

 勇猛果敢なその姿に、雪姫は「へえ」と呟く。


 雪姫が今放った雪崩は正確には回転する雪の棒を振り回しているに過ぎないので、テコの原理の話をするなら確かに内側の方が威力は小さい。そして剛貴のタフネスであればこの程度の攻撃は受けきれる。


 直後、車が電信柱に衝突でもしたような激しい音がした。しかし、白が通り過ぎた痕に剛貴は健在していた。未だどっしりと二本の足で地面を掴んでいる。


 「フゥゥ・・・・・・・・・・・・ムンッ!」


 投げ技でも仕掛けるつもりなのか両手をぐわっと開き、大きく広く構えて剛貴は走る。雪姫はそれを『アイス』の氷弾で迎撃するが、氷は剛貴の体に当たっては砕けていく。


 「なるほど、そういうタイプね」


 その防御力を見て、雪姫は剛貴の戦闘スタイル、特性、その他諸々を大雑把には理解した。


          ●


 剛貴は脳筋っぽい見かけに反して繊細な魔力制御に長けている。特に『マジックブースト』は彼が最も得意とし、一定のところまでは極めてと言っても過言ではなかった。

 

 というのは、別に大袈裟を言っているわけではなく、そしてまた、ちょっとした訳もある。

 彼は魔力制御に長ける、とは言ったが、しかし彼の持つ魔力量それ自体は平凡中の平凡レベルであり、加えて魔力色も白。いくら上手に魔法が使えたところで、それは強くなどなかった。

 手数を重ねようにも強敵相手には効果は薄く、小賢しく急所を突こうにも必要な威力の魔法を構築できない。


 それが剛貴が魔法士という存在、要は強い人間というものに小さな憧れを抱いた当初の悩みであった。そこから彼の試行錯誤は始まった。強くなれるのならスタイルには拘らず、最善の戦術を編み出し、極めれば良いと考え、試し、肉弾戦という解を見出した。


 だから格闘戦で重い一撃を確実に加えることに主眼を置くことにした。 

 無論、まずは肉体改造からだった。結論から言って剛貴の纏う鎧のような肉体から生まれる筋力は自重の3、4倍は支えられるほどになった。したがって先の準決勝でも重力魔法に抗いながら万全に運動可能であったわけだ。


 しかし、やはりそのパワーに魔力を上乗せしなければもったいない。幸い『マジックブースト』は魔力色に関係なく強力な魔法だ。

 ただ、それを全身に強力に使用するだけの魔力量を持たない剛貴は、この素晴らしい魔法をどう効率的に運用するかを考える必要があった。


 そうして導き出した次の答えが、必要な瞬間だけ、必要な箇所だけ、大幅に強化する、だ。


 言葉にすれば簡単に聞こえるが、これはそんなに単純な技術ではない。端的に言えば、投げ渡された数本の針にその瞬間で糸を通し、直後には抜けと言われるようなものだ。プロの魔法士でさえ『マジックブースト』使用時は拳を振りかぶってから当たるまでかけっぱなしだし、多少魔力は外界に漏れ出してしまうものだ。だからオーラを纏うように見えるのである。


 もっとも、プロになるような魔法士の多くは人より多少魔力があるからそれを気にする必要がないのだろうが、それはともかくとして剛貴の『マジックブースト』にはそのロスも漏れもない。一瞬、一点に全エネルギーを集中させられるのだ。


 故に彼の肉体の強度は端から見れば鋼鉄の如きものだ。分かりやすく例えれば、柊明日葉に相当するほどのパワーと、彼女にも勝る体の頑丈さを演出(・・)しているのである。

 


 

 

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