episode4 sect51 ”インディスクリミネイト・スイーパー!”
両手の五指から水のワイヤーを生み、紡ぎたい音を心のままにその上へ書き記す気分。まっさらな2つの五線譜による斬撃を繰り出す。これで英宝が明日葉に追いつくことはなくなった。
蓮太朗の攻撃を打ち払って飛び退いた英宝が、人でも殺したことのありそうな凶暴な目つきをした。
直後、英宝の早撃ちが蓮太朗の頬を掠める。
「・・・ッ!お前、なにを考えている?―――いいや、お前ら、だ。拠点放置たぁ、イカれてやがる」
「さてね―――存分に考えると良いッ!」
英宝は既に1年生連中のところに3年生の智継の介入があったという報告を受けているので、マンティオ学園の拠点は現在無人であるという事実が判明した。信じられない戦術を採ってきた敵校に英宝は驚愕を露わにする。
戦闘中に明日葉が面白い話でもするような顔を見せた理由はこれだったらしい。
確かに、面白い話だ。
「へっ。だがまぁ、この型破りなやり口、嫌いじゃねぇ!それにつまり、俺がお前を倒して拠点に攻め込めば勝ちってことか。清水蓮太朗、馬鹿をやったもんだなぁ?」
「なにを言うんだ。ぼくがあなたに負ける道理がない。まして柊先輩を止められなかったことは、そもあなたたちの敗北を意味すると思うのだが?」
無駄口を叩き合いながら両者は激しい射撃戦を繰り広げる。
手数だ。とにかく弾幕を張らなければ相手に押し負ける。冷静に狙いを定める余裕を与えてはならない。
正面で向かい合えば英宝が手持ちのマシンガンと小型魔法による乱射をするため、蓮太朗もそれに倣って撃ちまくる。
離れれば蓮太朗が特殊軌道の水魔法を四方八方から撃ち込むので、英宝は独自に編み出した迎撃用魔法と簡易の結界魔法でそれを凌いで位置を取り直す。
やがて2人は明日葉の鉄拳によって崩されたビルのブロックを挟み、空いた窓から睨み合う。もちろん、明日葉が走り去った方向により近い位置にいるのは蓮太朗だ。現状彼の方が上手を取っている。
「随分と傲慢なヤツだとは前々から思っていたがなぁ。ここまでくるとトンでもないな」
「ええ、ぼくは少なくとも相応に強いからね」
互いの狙撃を屈んで躱す。
立ち上がり、すぐに魔法陣を展開する。
しかし、蓮太朗はその先に英宝の姿が現われないことに気付く。
「なに!?ま、まさかこの期に及んで柊先輩を追いかける気か!?」
あまりに荒唐無稽な判断だが、それは蓮太朗の言えたことではない。相手はあの谷垣英宝、常識外れの戦い方を好む相手だ―――と考え、しかしもうひとつの可能性に至る。
そう、明日葉ではなくマンティオ学園の拠点に向かった、というパターンだ。
となれば、明らかに出遅れた。
「くそ、抜かったか!!」
ブロックの外側を回り込むのでは間に合わないと判断して、蓮太朗は除いていた窓から傾いだブロック内部に飛び込み、その中を突っ切ることにした。幸い傭兵紛いの英宝はマシンガンの他にも拳銃やらグレネードなんかを服の内側にまで引っ提げているため、蓮太朗が走れば途中で追いつける。
が、しかし、それなら英宝はそんな選択肢を本当に取るのか?確かに予想外の動きをしてきた、と思った。でも、それは有利とは言い難い。だから蓮太朗はパターン3を思いつく。
「そうだ・・・相手は馬鹿じゃない――――――ぶッ!!?」
気配に気付いて振り返るときにはもう遅い。
通り過ぎる柱の陰で小さく光って、蓮太朗の脳が揺すられた。
●
斜めに傾いだブロックの床を転げ落ちていく蓮太朗を見下ろし、英宝はニヤリと笑った。
「まだまだ青いな、後輩。発想は柔らけえが散漫だ。肝心なことに気付くのが遅い。どうせ追撃されるんだ。ここで仕留めちまった方が楽に決まってるもんなぁ?」
「・・・・・・ぁ、か・・・」
こめかみに確実な一発を撃ち込んだので、まず間違いなく蓮太朗は戦闘不能だろう。現に視線の先で寝転がっている蓮太朗は小刻みに震える以外動きがない。
「それじゃあな。結局俺の方が強いってわけだ。ま、来年は頑張りたまえよ?ハーッハッハッハ!!」
馬鹿笑いを残した英宝は今度こそブロックの外に出て、周囲に危険がないかを確認する。
増援はなし。つまり1年生2人はまだ耐えているということだ。そして試合が終了されていない時点でオラーニア学園側の拠点も生きている、ということでもある。
柊明日葉は未だ勝負を決めあぐねている。マンティオ学園は蓮太朗が脱落し、1年生の四川武仁ももはや消耗しきってなにも出来ないはずだ。薫と剛貴が敵の増援に対応出来ていることがその証拠である。
「・・・フ、フハハ、ハハハハ!!」
―――勝ったな。
走りながら、英宝は順々に装備を捨てていく。やはり敵の姿はなく、拠点にも人はいないことが確定している。ならば、身軽な方が時間も短縮できる。
そうして、すぐに目的地が見えてきた。
それからしかし、英宝は「なるほど」と笑って頷いた。見ればなんと、拠点ビルの周辺一帯がトラップまみれになっている。それも、相当の数と密度、足の踏み場もないとはこのことだ。
きっと1つでも地雷を踏めば近い術式から順に誘爆して全てが吹き飛ばせるようになっていることだろう。谷垣英宝が知っている石瀬智継のやりそうな手口そのものである。とても厄介だ。
けれど、それは英宝には通用しない。
2個だけ残しておいた手榴弾の1つを手に取り、ピンは抜かず、そして地雷原の上へと適当に放り投げた。というのも、爆発させると仕掛けてある魔法陣が起動する前にその術式を刻んだ地面ごと抉って破壊してしまい、トラップの解除が出来ないからだ。
ではなぜ小石などを使わないでわざわざ手榴弾を投げたのかと言うと悲しい話で、そもそも小石自体が手元にないのと、小石の重量がトラップが検知するレベルに足りるか不明だったからだ。
放られた手榴弾が地面に落ち、直後、英宝の視界は真っ白になった。それは暴風だ。そうと気付くには規模の大きすぎる爆発的な空気の流れが、直上へ噴き上がる。あれを1つでも踏んでいたら並みの人間は失神するだろう。
「さすがは石瀬だな・・・・・・?」
なにかが光ったのを感じた直後、噴き上がる暴風の向こうから、その勢いの中ですら射線を直線に保つペイント弾が降り注いできた。
「なっ―――う、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?ぐ、ぐぼぁっ!?」
痛覚に作用する特殊なペイント弾に全身を打たれ、英宝はその凶悪な激痛にその場を転げ回った。死ぬかもしれない、とさえ思わされる。脳の神経が焼き切れそうな錯覚。
されど錯覚。
「ぐ、ふゥゥゥゥゥゥゥ―――ん!!」
きっとこの瞬間だけは英宝が世界最高の『根性の人』だっただろう。他の人間ならとっくに諦めて意識を手放している。
10秒と少しで痛みは和らぎ始める。完全に抜けるまではまだしばらくかかるが、これなら普通の根性でなんとかなる。
「ふぅ、ふぅ・・・。くそったれが!今のは、気絶してもおかしく、なかった、ハァ・・・!あの規模の連動式トラップ・・・どうやって持ち込んだんだか・・・でも、もうさすがに続きはないようだな」
全身を真っピンクにされたが、耐え抜いた。拠点を無人に出来た理由もこれなら納得である。
恐らく内部にも苛烈なトラップがあるはずだと踏み、英宝は慎重に屋内へと足を踏み入れた。
一歩目から大爆発ということはないらしい。次の一歩も恐る恐る踏み出し、安全であると確認。
ブロックビルの中身は支柱と上に続く階段ばかりで殺風景なものだが、罠はその分仕掛けやすい。
見て分かるものは全てデコイだと考えて問題ない。危険なのはそれを避けたところにある、『見えない』トラップだ。石瀬智継の十八番とも言える不可視の設置型魔法は、まさに地中に埋められた地雷そのものだ。
当然、天井や壁も同様だろう。
「ある意味、これぞアイツのやり口だな。・・・『無差別掃除屋』は伊達じゃねえってな、くそ」
誰が呼んだか長ったるい二つ名だが、確かにまんまその通りだ。智継が入学した初年度に彼の地雷原の配置を覚えきれなかった味方が先に被害を被って試合が成立しなくなりかけた事件があって以来、味方ですら戦場では智継の通った場所に立ち入りはしないというくらいであるからして、恐ろしい話だ。
ただ、そんな爆死不可避の多重トラップをいともあっさりとクリアした1年生がいるのだが、それは今は関係ない話か。
細心の注意を払いつつ、英宝は一歩ずつ確実に2階へと続く階段へと進む。そして階段に辿り着けば、やはり手すりや足下も地雷だらけ。
抜け目ない嫌がらせに苦笑を浮かべ、英宝は数センチしかない隙間に爪先を置いてそっと階段を登っていく。
だが、そうする限り英宝も安全に移動出来ている。蓮太朗がああしてこの建物を無事に降りてこられたのはこの小さな道を必死に覚えて通ったからに違いないと考える。そうでないと不自然だ。そしてそれは、英宝もそれをかいくぐればこの城を攻略出来るという証拠に繋がる。
―――そんな風に思った時点で、英宝は既にこの場にいない智継の掌の上だった。
唯一の希望だったが、実際は全然違う。
2階に頭を覗かせた英宝の頭を魔力弾が直撃したのは、そんな彼の安堵をたしなめるような出来事だった。
「うぼぁッ!?」
特殊素材のバンダナを頭に巻いていなければ今のヘッドショットのダメージはかなり重大だったはずだ。でも、いずれにせよ彼に気の休まる瞬間など待っていなかった。
衝撃で体は横に吹っ飛ばされ、英宝の肘が壁に当たった。
そう、つまりそうなる。
風の爆発に次ぐ爆発。階段の狭い空間の中で英宝の体は弾けるポップコーンのように弄ばれた。
しかしこの程度、先ほどのペイント弾の雨と比べれば生易しい。もう魔法陣を使い切ってつんつるてんになった手すりになんとかしがみつき、英宝は今度こそ2階に登り直した。
「・・・・・・そんな、バカな・・・!」
けれど、そこで彼が見たのはあり得ない光景だった。床一面に文字通り一分の隙もなく敷き詰められた地雷。
こんなものを蓮太朗はどう潜ったのかと考えたところで、英宝はやっと自分が犯していた思い違いに気付く。
そう、そもそも蓮太朗はこの中を通ってなどいなかったのだ。なぜなら、英宝が詳しいことを知る由もないが、蓮太朗は屋上から飛び降りたのだから。
ズバッ!と音がし、振り返れば階段が落ちた。一体いくつの感知魔法陣を組んだのだか、凄まじいまでの手の込みように英宝は歯噛みした。
組み立て式であるブロックビルの構造上階段のパーツをパージするのは簡単だったのだが、それを利用する戦術は元々攻め込んでいる側が追撃を振り切るためのものだというのに。
穴から下に降りればもう2階には上がれない。無闇に跳んで着地すれば、ほぼ確実にドカンだからだ。一瞬外壁をよじ登るかとも思ったが、それもきっと想定済みのはずだ。
「くそ、進退窮まったな。しっかし・・・どんな魔力量だ、これは。魔力ボンベでも持ち込んだと見て良いだろうな・・・。メチャクチャだ、クソが」
とかく、部屋の対角線上にある次の階段まで助走なしでひとっ飛びしなければならない。
先ほどのセンサー付きトラップは拳銃で破壊して、跳躍中の安全は確保する。問題は対角線を遮る複数の支柱を躱してどう跳ぶか、だ。
部屋の隅々まで見渡して柱の陰に隠されているトラップを予想しつつルートを計算する。
魔法を展開して背中に追い風を起こし、英宝は一旦部屋の壁に沿って跳ぶ。そして、改めて風を使うことで進行方向を直角に曲げ、階段へ。
「さあ、来い!!ここくらい耐えてやるぞ!!」
英宝は吠える。手すりを掴む。
そして、2階がまるごと大爆発した。
安定の爆破オチ