episode4 sect49 ”Another Total Loss ”
「真牙さん!準決勝進出おめでとうございます!これなら次もいけそうですね!さすがです!」
「へへへ。ったりめぇよ!愛貴ちゃんの分まで頑張っちゃうからじっくりバッチリ見ててくれよ!」
5回戦はもちろん6回戦すらも順調に勝ち進み、真牙はひとまずの歓声に迎えられた。先に敗退してしまった愛貴が健気に祝ってくれるので格好付けをしつつ、真牙は今日もノコノコ出てきた迅雷の前に仁王立ちした。
それに気付いた迅雷が顔を上げて笑う。
「よう真牙。お疲れさん。調子良いな」
「ああ良いぜ。すこぶる快調だね。どこかの誰かさんとは違うんだよ!なっはっはっはっは!」
「はいはい、そーだな。結構だよ、まったく・・・」
つまらなそうに真牙は迅雷を見つめ、溜息をついて困り果てたかのように頭を掻く。けれど、今はそんなことに気をかけてやれる余裕もない。
既に終了した第6回戦現在―――ベスト8が決定した時点では、マンティオ学園の1年生は真牙と知子、そして雪姫の3人のみが生き残っていたのに対し、オラーニア学園は七種薫や朱部剛貴を初めとして1人多い4人が勝ち進んでいたのだ。
もちろんマンティオ学園側の戦力は、負け知らずの《神童》に加えてなんで相手選手が死なないのか分からないようなキラーマシン、そしてもはやチートな氷魔法使いなどなど規格外揃いなので簡単に負けるとは思えなかった。しかし、安心出来ない状況には間違いなく、教師陣が中心になって殺気立っているのだ。
これは一般の部の試合でも同様である。明日葉が仕留めきれなかった達彦の脅威はもはや続く蓮太朗の力では止めることも出来なかった。
「真牙さん、その言い方は酷いですよ。迅雷さんだってメチャクチャ頑張って戦ったんですよ?」
「いや良いって愛貴。真牙の言う通りだからさ」
愛貴が、真牙に言われたい放題な迅雷のフォローに入ったのだが、それは迅雷本人に止められてしまった。彼女は昨日の迅雷と真牙のやり取りを知っているわけでもないので、なにも察することは出来ない。
真牙は皮肉を口でも行動でも迅雷に叩きつけ続けるつもりだし、迅雷はそれを気にすることはない。一瞬喧嘩でも始まったのかと思われて周囲が心配そうな目をしたが、噛み合わない真牙と迅雷が共に大丈夫だと笑うので話は穏便に済まされた。
とはいえ、実際は喧嘩が起ころうが起こらなかろうがマンティオ学園陣営は精神的なステータスに大きな打撃を受けているままだ。先生たちもそうだが、彼らが昨日同様のテンションでこの『高総戦』最終日を迎えているかと言えば、そんなはずもないだろう。
行方不明となっていたネビアの所在は千影が報告した通りで罷り通っているし、病院にいる、ということ自体は事実である。
ただし「絶対安静」であり、面会拒絶。しかも今日にももっと大きな他の病院に移送されるということになっている。
いくつもの良くない出来事が重なり、マンティオ学園は疲弊しきっているのだ。
そればかりは慮られて、迅雷と真牙もこれ以上雰囲気が悪くなるようなことはしないのかもしれない。
一拍置いて気を落ち着けた真牙が改めて、無難に口火を切った。
「で、迅雷。試合結果はどうだった?」
真牙が自分の試合に集中している間は確認できなかった仲間たちの6回戦の結果のことだ。結果次第では既に2校間の勝負は着いてしまうので、気にせずに次の試合へと進むのは難しい。
迅雷は少し「あー・・・」と唸った。
「1年の部はお前と雪姫ちゃんが突破。だけど知子はやられちまった。あっちの朱部ってやつ。あれはバケモンだぜ、今までの試合とは動きのキレが全然違かったからな。生身で『エグゾー』ぶっ壊すとか底が知れないよ。お前、次の試合の相手なんだから気を付けろよ?」
「ハッ。オレがその気になりゃあどうってことないっつーの。で、先輩方の方は?」
「あっちはあっちだな。オラーニア学園の千尋さんと谷垣さんがめっぽう強くて、清水先輩と石瀬先輩が脱落だよ。あとは会長と焔先輩だな」
まさになるようにしてなった試合結果だ。ベスト8の時点で既にマンティオ学園とオラーニア学園で4人ずつ、8人全ての枠が埋められていて、準決勝出場者が決まってなお五分の勝負だ。
どうあれ試合に出るうちは事件を気にしてもいられない、ということなのかもしれない。それを薄情と言うのは筋違いであるのは言うまでもないだろう。そもそも「気にしてもいられない」と考えなくてはいけない時点でどれほど気にしているか分かるのだから。
しかしながら、客観的に見ればこの結果はまさに「美味しい」状況だ。真牙は顎に手を当てて少し考え、勝ち気に笑ってみせる。
「結構良い勝負なんだなぁ。これはワンチャン総合優勝もあるんじゃないのか?」
「そいつは団体戦次第だろうさ」
●
遂に川内兼平は独りになってしまった。仕事という名目で街の巡回に勤しみつつ、その心は虚ろだった。絶望的すぎる状況に、なぜこうなってしまったのかと喚き散らしたい衝動が煽られる。けれど、それではあまりに理性的でない。
とても希望が持てる時期ではないが、それでもこれ以上兼平がなにかすれば、次はどうなるか分からないのだ。暗い衝動は皮肉にもそれより重い恐怖で抑えられていた。
竜一とチャンに連絡がつかなくなったと報告を受けて調べてみれば、まさか本当にどこにもいないとは、兼平も想像していなかった。
仕方なくGPSを使って追跡した結果、見つけたのは彼らの持っていた通信端末だけだった。死体は木っ端微塵であり、しかもそれはうずたかく積み上げられて2、30体はあった中のどれかだ。いや、もはや残っていなかったかもしれない。そう思ったときはゾッとして体温が3度くらい急低下するような気分がした。
ランク5である兼平をしてまだまだ及ばないと思わしめた竜一とチャンが無惨な最期を迎えていたことが、兼平にとって絶望以外のなんであったというのか。衝撃を通り越して脳が本当は2人は今もどこかで生き延びていると現実逃避を始めてしまったほどだ。
ただ、彼らの端末に残された交戦記録を見て兼平も諦めがついた。言い方が悪かったかもしれないが、つまり納得するしかない記録が残っていたのだ。
あくまで噂でしか聞いたことがないものだが、相手が最悪だったと実感した。
兼平は、特に竜一のことは尊敬していた。温厚で物腰も柔らかく、それでいて優れた魔法の実力者だったからだ。やや善悪無視の実利的さがあって、物事に関して強かで計算高い一面が見えるときもあったが、それとて彼の優秀たる一因であり、能力として尊敬に値するものではあった。
彼のチームに初めて配属されたときから、兼平は竜一に憧れたほどだ。失敗をせず、上手な立ち回りも力尽くでの突破もそつなくこなしていたその姿はまさに兼平の夢に描いた「プロの魔法士」だったのだから。
それがもはや、こうもあっさりと逝った。
しかも、見せしめのように記録の残った端末だけきっちりと残して、だ。
「どうしてこんな目に遭ってんのかな、俺たちは・・・。ちょっと前までは4人で普通にいろんな仕事こなしてたはずなのに・・・」
空を見上げたって答えをくれる神様なんているはずもない。突如として壊れてしまったものを嘆くのは最後まで兼平ただ1人。
エイミィは重傷だが、まだ生きている。けれど、命あっての物種とは馬鹿げた話だ。もし魔法士としての活動に無理が生まれるような後遺症が残ってしまえば、彼女はこれからどうすれば良い?―――いや、彼女くらいにもなれば祖国で日本語の教師にでもなるだろうか。いずれにせよ、それほどには彼女も手酷くやられた。
最悪、生き残りの小牛田班メンバーは兼平のみになってしまうかもしれない。
フラフラリ、迷い込むように路地裏へと入った兼平は、奥歯が砕けそうなほど歯を噛み締めてビルの壁に拳を叩きつけた。自傷行為を止めてくれる者ももはやなく、固いもの同士がぶつかった音が寂しく狭く木霊した。
「本当に・・・どうして・・・・・・。あんな依頼さえ引き受けなければ良かったんだ!!そうしたら―――こんなことには、きっとなんなかったはずなのに・・・!」
非常に簡単な仕事―――最初はそう思った。ほんの少し前までそう思っていた。兼平だけではないはずだ。竜一があのシールを持ってきて話をしたときには、エイミィもチャンも飛びついたのだから。
『ノア』で進行中のとある実験のデータ採集用チップを、貼るだけで埋め込めるシール。そんな優れものを渡され、これを『高総戦』期間中に特定の選手に使えば良いとの話だった。実は兼平もそれを自身に埋め込むのを承諾した。
それだけで、ある意味で割に合わない高額の謝礼が出るというのだから、逃す手はない。元々貧しい環境で育ってきた小牛田班のメンバーたちが首を横に振ることなどなかった。それだけではない。恐らくこの話を聞いた全ての班がそう思ったはずなのだ。同じ理由で、同じ考えを持ったはずなのだ。
今回の研究所からの依頼を受けていたチームは兼平たち小牛田班以外にも複数存在していた。
今はもう、どれだけ残っているか知らないが。
「は、はは・・・そういや、そっか。まんまと使い潰されたってことなのか?俺たちは」
考え始めた途端に兼平には自分の属する組織がだいぶ腐っているように感じた。なにもないのに腐臭がする気さえしてくる。自分の想像がただの被害妄想で、現実はそんなことなどなかったとしても、兼平はそう思わずにはいられなかった。
思い返す。
標的、と言って書類を見せられたときに、薄々これは今からでも引き返すべきとは気付いていた。兼平はそれらの個人情報の山を見て胸焼けした。
明らかに公式に「非公式」をしようとしていると分かったのだ。
対象は全て『二個持ち』。採取するデータは各種魔力波長や振幅の推移、それから2色の魔力の相互干渉に関する諸々の詳細な情報群。
竜一が「人類の未来のため」と言うのに負けてしまった自分を今すぐ思い直させるために過去に帰りたくなるけれど、もしそれが叶ったとして兼平はそうするだろうか。いや、きっと無理だ。
兼平は今でもまだ竜一のことを尊敬している。もし今の記憶のまま過去に戻ったとして、もう一度見ることの叶った竜一の顔に兼平はすぐに靡く。死ぬと分かっていたはずなのに、彼は竜一の実力と言葉を過信したのだ。
どうせそうなる、と結論づけ、兼平は唇を噛んだ。強く噛みすぎて血の味が滲んできた。
・・・ただ、竜一もチャンも失われたが、逆に考えればもう兼平の隣からなにかが失われることはないし、汚れもしない。
悲しみは悲しみのままずっと残る。苦しみも眠る度に蘇ったとして不思議とは思わない。それでも、兼平は状況の安定点に落着はしていた。
一種、これを自由と称する人間もいたかもしれない。反抗に使うも良し、変わらぬ未来に使うも良し、と。兼平が敬う上司の良いところ全てを思い、引き継げば、今度こそなにかが正しい未来に繋がるから―――。
きっかけの感情はどうあれ、兼平はきっと強い人間だったのだ。1日分風化した絶望を、暗くはあれど強引に乗り越えられる精神を持っていた。それはつまり、長らく憧れた強かさを少しは彼も手に入れていたということか。
「そうさ。未来はまだある。もっと、もっと良い未来のために、ですよね」
これからは正しさを自分自身で決める。見て聞いた全てを参考して、兼平が兼平自身で。
「・・・小牛田さん、チャンさん。俺、お二人の分もやり直してみせますよ、必ず」
「それは良いけど、ちょっといいかな?」
幼い少女の声が兼平の決意に水を差した。