episode4 sect45 ”以上より、この命題は―――”
現在episode2の話結合をのっそりやったりしてます。それと、思いつきで新作考えたのでもしかしたら投稿するかもです。タイトルは『異世界とかどうせ中世ヨーロッパ風の世界でチート振りかざす場所だと思ってました』で予定してます。ちゃんと異世界に行きます。でも投稿しないかもです笑。
午後6時、試合は予定通りに開始された。
少なくとも、形式的に言えばそれは一応「試合」であることに間違いはなかった。
けれど、これはただの一方的な暴力だった。
重い金属同士が激しく衝突して空気が揺らぎ、単純な力だけで景色が歪んだかと錯覚するほどの金属音を轟かせる。
「がああッ!!こッ、のォォォォ!!」
薫はまた壁に叩きつけられた。彼に出来る抵抗など、威勢良く雄叫びを上げるくらいしかない。試合が始まった瞬間から薫は完全に押し潰されていた。技を仕掛ける余裕すら与えてもらえず、死なないために必死で逃げ回るしかなかった。
いや、迅雷の剣は見えているのだ。それなのに、その軌道を躱そうとするとなぜか鋒が体を掠めてしまう。かと言ってそれを受けようとすると、強烈な衝撃で薫の体は撥ね飛ばされてしまう。
床を転がされては跳ね起きて、壁に叩きつけられては全力で横合いに逃げて、薫は紙一重の回避をし続ける。辛くもトドメだけは避け続ける。
「ハァッ、ハァッ・・・!くそ――――――ッ!?」
壁際まで追い込まれた薫は、迅雷が二刀を左右に振り広げたのを見て息を呑んだ。このままだと薫は今まで通り横に逃げることは出来ず、しかし逃げなければ挟み斬られる。
「なんなんだよ、こいつ!!」
目の前で魔剣を両手に握り締めて暴れ狂う少年がつい前日に笑って会話をした少年と同一人物だとは、俄には信じ難いことだった。まるで圧倒的な暴力しか見えていないような狂戦士だ。ようよう分かりゆく、神代迅雷の異変。なにか箍が外れたのだろうか。心ない天災と変わり果てて彼は暴れ狂う。
鋭利で迅速な斬撃があるとあらゆる方向から放たれ、風圧だけで皮膚が裂けるような恐怖に心が支配される。
そして、それでも、薫にだってプライドはある。剣で一度敗れるまでは、誰にも剣で負けられない。つまり、剣戟では絶対に負けられない。
薫は左右を封じられたなら、と全力で上に跳躍した。眼下では二刀を重ね合わせたギロチンが不協和音を鳴らす。その隙に薫は壁を蹴って迅雷の背後へ。
背後を取ったつもりだった。
そう、そしてそうだった。
迅雷が恐ろしいなによりの理由は、この圧倒的なまでの反応速度と、それに無理矢理にでも追従してしまう肉体の破壊的酷使だ。
薫は着地する直前に振り返った迅雷の剣の柄尻で側頭部を殴られ、そのまま床を転がった。
鈍痛に目が回るが、既に迅雷は剣を振りかぶって追い縋ってきている。
「ぁが、んああああ!!こんなもんじゃねえよ!!」
自分に発破をかけて薫は迅雷よろしく無茶苦茶な姿勢で跳ね起きた。
右手のサーベルのトリガーをツークリック。魔力回路パターンをDに変更。設定した鋳型に魔力を供給して刀身内部に魔法陣を形成する。
「『ラジアルプラズムスプラッシュ』!!」
高速の回転斬りを、魔法により精製したプラズマによって伸長した刃で繰り出す。
「そろそろ俺のターンにさせて、もらうぜ!!」
灼熱のプラズマによる防御不可能かつ長大なリーチの薙ぎ払い。
迅雷はこの一撃を剣で受け止めようとした。
けれど、彼のそれは無駄だ。そんなことくらい初めから分かりきっている。見れば迅雷の魔剣は、言ってしまえば学生のお小遣いで買える廉価品だ。この『ラジアルプリズムスプラッシュ』の破壊力はあの程度の材質、容易く焼き斬る。
『だが』も『しかし』も存在しない。非実体の刃が触れた直後、迅雷の剣は2本とも赤熱し、真っ二つに折れた。
薫はそのまま今度は左手のサーベルを魔力回路パターンBに変更し、次の剣技魔法を―――。
「『召喚』」
「『トライスパイク』―――」
気付けば薫の剣は弾き上げられている。
迅雷の両手には、折れたはずの双剣。
いや、違う。折れた剣は今も床に落ちている。
迅雷は使えなくなった剣を捨てて、瞬時に新しい魔剣を取り出してきたのだ。
驚異的なまでに殺伐としたカウンターを浴びて、薫は今、完全な無防備を晒す結果に至っている。
薫の剣を弾き上げた迅雷の腕の、その奥。淀むほど真っ黒な双眸が爛々と輝く。
「ひっ―――」
「『百雷』」
もはや痛みを感じることさえなかった。ひたすらに血が飛び散るのを見ながら吹っ飛ぶ。
今のは本当に危なかった。咄嗟に身をよじれたからなんとか致命傷は避けられたものの、鋒が掠めただけのはずの胸元は、数枚の布を無視してザックリと斬られた。バタバタと血液が垂れる。一瞬遅れて熱い痛みが襲いかかる。
片手を適当に左右へ振っただけと説明しても差し支えないような、乱雑な斬り払いだった。しかし、そこから迸る雷光は絶大。
しかし、それだけの大モーションの技を放った迅雷は、次のシーンではもう次の技を構えている。
薫は靴底を床で磨り減らして姿勢を持ち直し、迫り来る迅雷に刃を返すのに。
「なんなんだよ―――」
「『一閃』」
薫のサーベルが迅雷の両刃直剣を砕く。けれど、迅雷は左手の剣で水平斬りを繰り出し、振り返りざまにはまた新しい魔剣を虚空から引き抜く。
想像の外側からやってくる斬撃は薫を削る。型を外れきっていっそ外道じみた二刀流は薫の知らない世界から容赦なく牙を剥く。
「なんなんだってんだよ・・・・・・!」
「『風断』」
旋風を纏った刃は蓄積した負荷で自壊する。
それでも薫が一歩を踏み込む隙はない。
「神代ォ!」
何本でも何十本でも。
「お前いったい!!」
壊れても壊れても。
「なんなんだよォォ!?」
折っても折っても。
止まない。終わらない。剣が何本砕けようと、剣を何本潰されようと、迅雷の生み出す破壊は自分すら対象に包含して際限なく薫に降り注ぐ。
他者をも巻き込む自暴自棄。切っ先が外にはみ出た自虐。
恐い。恐い。とても恐い。ひたすらに、ただ純粋に、目の前の少年であるらしいそれを恐ろしいと感じた。七種薫は神代迅雷に戦慄した。その時点で勝敗が決してしまうと分かっていても、恐れ戦かずにはいられなかった。
なにひとつとして敵わない戦力。奏する抗いはその悉くを純然たる力で捻じ伏せられ、踏み込む意志はその剣気によって挫かれ崩れ去る。
まるで花吹雪のように砕けた鉄の破片が宙を舞う。その中で迅雷は狂う。そして薫は為す術もなくその嵐に呑み込まれるだけ。
少年の形相は狂気に歪み、それはまるで。
「―――――――――鬼だ」
なにが彼をそうしたのか。滲み出す怒りや苦悩、後悔。刃に込められた狂おしい激情の矛先は常に薫には向いておらず・・・。
結局、迅雷は薫のことなど見ていなかった。薫と戦うために剣を振るってなどいなかった。まるでなにかの幻覚を頃良く目の前にいたなにかに投影して殺そうとするかのようで。
修羅。鬼畜。夜叉。羅刹。
ようやく辿り着いた刑場の端で、薫は常に壁に背を預け、その口から弱々しく印象を溢した。
頬を血と一緒に涙が伝った。無力感への絶望しかなかった。井の中の蛙大海を知らず―――薫は所詮人が住み良く生きるために掘った狭い穴の中に生まれ落ちた失敗知らずの子供だったわけだ。剣では絶対に負けられないんだ、などと格好付けたことを言い張っていたことの惨めさを思い知る。
仰ぐ薫を影が覆った。影は剣を振り上げる。
悔しくて堪らなかった。憎々しくも、現実を見せてくれた鬼を薫は謗る。
「お前は鬼だよ、神代迅雷・・・・・・」
所詮鬼は鬼。彼に人語など解せるはずもなかった。
剣は振り下ろされ、もう諦めるしかないと分かっているのに、諦めが悪い薫は剣を交差して、またひとつトドメを凌いでいた。
砕ける魔剣。しかしもう迅雷の手は『召喚』を起動させている。また次のトドメが来る。
なんて無様なのだろう。遂に一太刀浴びせることもないまま、薫はひたすら頭を抱えて嵐が過ぎ去るのを待つしかない子供だ。
こんなもの、勝負ですらない。
―――そんなものを押し付けられたって困る。知りようがない。分かりようがない。それはなにに対しての憤りなんだ?これは誰に対しての苦しみなんだ?
・・・言えなかった。
迅雷の剣はその刃に収まりきらない悪感情を抱え込んで、まるでなににも届かないまま無残に砕け散っているようだった。
そして、今、薫の感じているこの感情は、きっと迅雷の覚えた感覚の一端だった。ほんのわずかにだけ思い知らされた。到底理解の及ばない混沌を垣間見た。
もうこれで終わりなら、せめてこの苦しみを一度だけ、振り払いたかった。刺し貫き、斬り刻むために剣を握り締める。
なぜか迅雷の手は止まっていた。
境界の壊れた意識による錯覚だったのか物理的事実だったのかは薫にも分からなかったけれど、原因不明の停滞に機を見出し、薫はサーベルを握る手に込めた最後の力を解き放ち、振るった。
「あああああああああああ!!」
「――――――」
なんともあっさりだった。
なぜか・・・本当にどうしてなのか、薫の振り上げた鋒は迅雷の心の臓を突ける寸前まで届いていた。
迅雷は依然として薫のサーベルの行く末にも目をやらず俯いている。それどころか『召喚』を発動したまま身じろぎひとつしない。病的なまでの静寂だった。
―――いや、やがて彼は虚空に伸ばしていた手をダラリと下ろし、地に膝をついた。
知らない間に自分の逆転勝ちというアナウンスが反響していて、戸惑う観客のくぐもった声が流れてくる。薫はなにが起きたのか飲み下せずに、剣を突き付けた格好のまま凍ったように突っ立っていた。
聞こえてきた声が言う通りのままなら、薫はこの戦いとも言えない戦いを訳が分からないまま制してしまったことになる。まさかそんなはずがない。疑い、彼はゆっくりと視線を落とす。
勝者はその罪を懺悔し、頭を垂れていた。覗き込まなくても分かる。鬼は暗く開ききったその両目から雫を流していた。
「―――れない。なんにも―――れには―――い」
鬼はいつしか人に戻り、譫言のようになにかを呟き続けている。
薫はその文言を聞くうちに、迅雷がなにを言っているのかも本当は聞き取れてなどいないのに、内蔵を掻き毟られる異物感を覚えていた。
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以上より、偽、である。