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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect44 ”そしてなにもなくなった”


 迅雷が腑抜けた声を出したことが不快とでも言うように、青年は目を細める。死ぬかと勧めたのは青年自身だったというのに、まさかこの状況でそんな冗談でも言っていたなどと言い出すのだろうか、などと迅雷はボンヤリ考える。

 そんな時間は短い間だったらしく、案の定青年はすぐに失笑した。


 「・・・ハッ。冗談に決まってんだろ」


 死神ではない青年が笑って迅雷を振り払った。死神そのものだった青年に誘われるまま生きることを諦めかけていた迅雷の体は脱力しきっていて、遠心力に振り回されるまま彼は『雷神』の柄からすっぽ抜けた。剣だけが、青年の腕に残ってしまう。

 けれど、迅雷はもう忘れ物に手を伸ばすことをしなかった。

 結局、青年が自分の『召喚(サモン)』で空けた穴の中に『雷神』を放り込んだ。


 それから思い出したように青年は迅雷のズボンのポケットに手を突っ込み、当初の目的だったとあるデータの入っているメモリを奪い、そちらは大事そうに自分のシャツの胸ポケットにしまう。


 「じゃあな、坊主。ちゃんと試合には出てみんなを安心させてやるこったな」


 「・・・・・・」



 青年が立ち去り、とうとう雨が降り出した。血も、希望も、命も、洗い流されていく。まるで、初めからそんなものなんてなかったみたいだ。

 


          ●



 紺は剣に刺し貫かれた左腕の傷痕を五指満足の右手でさすった。もう傷自体は跡形もなく治ってはいる。とはいえ、割と本気で魔力を通して防いでやるつもりだったのだが、まさか刺さるどころか貫通されるとは思ってもみなかった。

 あれは剣の性能の良さだけでもなかったはずだ。素人にやらせればあちらの腕が折れている。存外、彼の潜在能力自体は飛び抜けているのかもしれない。

 新しい出会いというのはこれだから面白いのだろう。ここまで来てまだこんな予想外と巡り会えるのだから、退屈しなくて素晴らしいことだ。


 紺は、神代迅雷、と少年の名を呟いた。


 「親が親なら子も子なんだか、そうでもないんだかな。可愛げがあるような、ないような・・・」


 紺は中途半端な感想を漏らす。感じたものをそのまま出しただけではあるが。

 正直、紺に言わせれば神代迅雷という少年は極めて「気色悪い」人間だった。まぁ、紺も紺でその対極に存在する異常者だから、この表現をするのも憚られて口には出さないのだが。

 あの少年は磨けば光るものをいくつも持っているのだろうけれど、なにかに蓋をされてしまっている。それがなにかは紺の与り知るところではないが、おかげであの無様な面構えである。 

 もしも、もしも仮にその蓋が壊れれば、なにが起きるのだろう。あの少年は明らかにナヨナヨしていて紺が嫌いなタイプの人間のはずなのに、なぜだか嫌いになれない。内包する虚ろが、可能性が、あまりにも魅力的に見えてしまった。

 

 「あぁ、そういうことか・・・そういう。とんだ包茎野郎だな。やっと言ってたことの意味が分かったよ」

 

 なるほど、気にかけずにはいられないわけだ。アレもアレでお人好しというか物好きなヤツだから、いろいろと気を揉むのだろう―――などと紺は適当な想像をしてみた。でも、それは素晴らしいことだ。アレはそこまで意図していないのだろうけれど、結果は紺も望ましい。それでアレが幸せになれるのなら。


 なにはともあれ、しっかりと面倒は見たのだし、紺が後々こっぴどく怒られるようなことはないだろう。

 急に降り出した雨を全身に受けて、紺はくしゃみをした。山の天気は変わりやすいとは言うが、本当らしい。曇っていたかと思えば、誰かに良いことでもあったのだろうか、綺麗に晴れて、かと思えば今はザアザア降りときた。そこそこに暑いからと薄着をしてきた紺からすれば寒くて堪ったものではない。


 「あっ」 


 傘に出来るものも持ち合わせていないので一瞬でずぶ濡れになってしまった紺は、濡れて色の濃くなった自分の服を残念そうに引っ張り、それから大事なことに気が付いた。


 「・・・そういや俺血まみれだったな。こんなじゃ表に出らんねぇぞ、どうしてくれんだあの肉片ども」


 文句を言いたくなった頃には文句を言う相手がもうこの世にはいない。いつものことながら、紺は深い溜息を吐いた。




         ●


 


 良かった、帰ってきてくれた。お前までいなくなったかと思って心配したんだぞ。ああ、探したのよ。オラーニア学園の先生にまで手伝ってもらったんだからね。心配させないでくださいよ、もう。あんまりムリはしないでくれよ。本当にどこまで行ってたのよ。あぁもう、びしょ濡れじゃねーか。でも、ケガはないみたいだな。無事で良かった。本当に―――。




         ●


 「良く、ねぇよ」


 迅雷はフィールドの入場ゲート前で、やっと戻ってきた自分のことを迎えた仲間たちの声を思い出していた。聞いているだけで耳が爛れそうだった。傷だって、後から追いついた千影が魔法である程度治療してくれたからないように見えるだけ。


 なにも残らなかった。傷も、あの場にいたヤクザ連中の命も、竜一とチャンの体も、千影に預けられたメモリも、なにも、残らなかった。


 最後まで残ったのは、迅雷の命だけ。


 ネビアはどうだった、と聞かれた。さあ、どうしたんだろうな―――迅雷はそう言って無気力に笑ってみせた・・・はずだと思う。あれでも精一杯に振る舞ったつもりだったのだけれど。なんで笑えるのだろうか、なんていう風にも思いはしたが、そんなことはどうでも良いような気もした。


 千影はネビアを気絶させてIAMOに身柄を回収させた、と言っていた。けれど、千影がその説明をしたのはあの少女の本当の姿を見た迅雷にだけで、なにが起きていたのかを知らないみんなにはネビアは『通り魔』に襲われて意識不明の重体として病院に搬送された、と伝えていたようだ。


 とはいえ千影の嘘はあながち嘘でもないのかもしれないな、などと迅雷は思った。

 『通り魔』―――生かさず殺さず、上手に被害者の意識だけを刈り取っていく不可解な犯行。『高総戦』の全国大会という大きく眩しい舞台の裏側で暗躍し、そんな呼び方をされていた彼らの正体は、なんのことはない。小牛田竜一と張近民(チャン・ジンミン)たちIAMOの魔法士だったらしい。もしかせずとも、きっと彼らと共にやって来て、そしていなくなってしまったアメリア・サンダースも同じだったはずだ。


 結局、あのとき、あの場所において悪とは誰のことだったのだろう。迅雷によってたかって襲いかかっていた大人げないあの連中なのか。全て殺し尽くした青年だったのか。陰謀を推し進めていた竜一らだったのだろうか。

 それとも、さんざん『守る』と言い張って強がって、あげくなにも『守る』ことが出来ず、それでも無価値なままのうのうと帰ってきた迅雷なのだろうか。


 青年は言った。『お前になにが守れるんだ?』と。お前にはなにも守れない、と。

 けれど迅雷は今生かされている。なら、なにかの証明が要る。終わらなかった理由が必要だった。

 今の迅雷は、自己の存在に欠片ほどでも良いから、確かな価値を求めていた。


 『約束』は忘れない。『守る』とも。・・・けれど、全てを『守る』として、なにが正しいのかがもう分からない。なにが、どこから、どうして、どれほどに悪だったのかも分からない。

 例え自らが悪だったとして、それはなんであろうか。それすら、知らない。

 

 故に価値が要るのだ。正義とか悪とか、そんなのはもう難しすぎる。とにかく、なにかを『守る』ために必要な価値。―――それは、力だった。


 「俺はなにも『守れ』ないのか?」


 問う。答えなど返ってこない。


 ゲートが開く。代わりに、答えはそこにある。きっとここで分かる。その価値の有無が。


 迅雷は虚空から魔剣を2本取りだした。無理に引っかけ、交差させて背負った2つの鞘にそれぞれ剣を納める。

 その二刀は、どちらも安価な量産品だった。

 刃の輝きに躍動はなく、打てば折れそうなほど脆く儚げで、でも今の迅雷の手にはしっくりと馴染む、つまらない魔剣だった。

 

 俯いたまま指示通りに歩き、迅雷は足下の標線に立った。


 

 「なんだ、随分と暗い顔してるんだな」


 

 声に迅雷は少しだけ視線を上げる。濡れて垂れた前髪の隙間から見えたのは、新しい好敵手となるはずだった少年の姿だった。

 迅雷の正面によくも堂々と立ってくれている七種薫がそんな風に言ったのだ。


 「そうかな」


 「ああ、そうとも」

 

 「そっか」


 いや、迅雷も分かっている。だけれども、明るくしろと言う方が馬鹿な話だ。だから、迅雷は薄暗く湿気った笑みだけを浮かべた。それしか出来ない。


 薫が腰の左右に差した二振りのサーベルを抜き放ち、右手の一振りで迅雷を差した。


 「なにがあったのかは知らないけどさ、辛いなら・・・いんや、辛いときこそ、本気でやり合おう。迷いなんざ斬り伏せてみせろよ」


 「・・・」


 ―――格好良いな、それは。出来るもんならとっくにやっただろうさ。まぁ、お前は知らなくても良いけど。


 迅雷は表情ひとつ変えないし、なにも言い返さない。それに意味なんていないから。食べ物の好き嫌いがないヤツと出会ったときには気付いてしまえるような稚拙な理論だ。

 ふわりと沈む激情を感じ、迅雷は行き場のない怒りを眼光の中に宿して薫を見据えた。


 迅雷もまた、二刀を解き放った。


 その刃に乗せる光は重く深く、暗い。


 左手を前へ、低く。半身になり、右の剣を後ろで高めに構える。腰を落とす。息を殺す。


 薫は迅雷の体からやおら溢れ出した剣気に総毛立った。今までに剣を合わせた他の誰よりも特異で繊細で豪快なプレッシャー。

 迅雷とは初めての薫は、しかしその歪さには気付かない。だから、そんな高揚感だけを感じていた。


 「―――驚いた。神代君も二刀使いなのか」


 「ああ。俺の唯一のアイデンティティさ。だから真似してくれるなよ」


 「寂しいこと言うなって。それに、真似でもないさ。どっちが上か・・・見せてやるよ」


 薫はそう言って強気な笑みを浮かべた。正々堂々としていて、混じり気のない純粋な勝負の決着への執着。羨ましいくらいに薫は格好良い。


 迅雷は薫のその言葉を受けて一瞬目を丸くした。驚いたからではない。まさに、この言葉を待っていた。このときに全てを賭けていた。


 力の、自身の価値の証明は、ここで真偽を示される。

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