episode4 sect42 ”敬虔なる者たちのフーガ”
前話の後書きにも加えましたが、この話は『episode3 sect1 “叛逆者たちのシンポジア“』の既読を推奨しています。まだの方は是非すこし戻ってみてください・・・
「分からないッ!!分からない分からない分からないィッ!!なぜ!どうして!?なんで私の邪魔をするの!?なんで私を攻撃するの!?なんで私を襲ってきたの!?なんで!なんでなんでなんで!その理由がっ!?私には分からないィッ!!」
キンキンと響く。案外手こずったが、まぁ、ざっとこんなものだろう。
両腕を肩口から落とし、『脚』の発生点である腰回りも念入りに焼いて潰したので、これ以上の抵抗はしばらく出来ないはずだ。
血だるまになったネビアを見下ろし、千影は呆れた。
ここまで痛めつけてもまだ分からないなどと言う。よほどの馬鹿なのか社畜なのか、それとも、それほど素直に自身の感情に向き合えなくなるほど破綻してしまったままなのか。
「本当に、分からない?」
ネビアの表情が引きつった。涙が流れ、苦しい息遣いのまま、怯え、千影を見据えている。
この1ヶ月間でネビアはたくさんのものを得たのに、彼女はそれをあっさり手放すという選択肢しか採れなかった。
どうせこうなるとは分かっていた。だからこうして千影は予定調和的にネビアの前に立った。せめて少しでも彼女の生きる環境をマシなものにしてやるために、随分と前から、裏から表から、手を回した。
分からないのは、まぁ、仕方ないのかもしれないな、と千影も思いはした。それはここまでやられて敵意はなかったと言われ、誰がその場で納得するか考えれば分かる。
けれど、千影はネビアに分かって欲しかった。千影は今、むしろネビアには感謝すらしている。すぐそこの建物の中で彼女が迅雷と遭遇したときだ。ネビアは、背後から迅雷ごと自分を吹き飛ばそうとしていた魔法士の攻撃から、彼を助けてくれた。
それなのに、結局これだ。
あれは再三の警告のつもりだったのかもしれないが、迅雷がそこで逃げ出すはずがないと知ってもいたはずだ。
そしてネビアは最後、やはり諦めて捨てて、「今まで通り」を保とうとした。
それが千影には、堪らなく苦しかった。
「本当に、分からないのかい?」
「分からないって!!言っているのがァッ!!聞こえなかったの!?カシラァァッ!!」
血を撒き散らしてネビアは激昂する。圧倒的な憎悪の波は物理的力すら伴っているかのように放たれる。
その、なんとも痛々しいのが。あり得た可能性の一端を垣間見て、この世界の歪みを思う。
けれど、本当はこの世界にだってきっと――――――。
「少しは人の・・・ボクの気持ちも考えて欲しかったな」
強いて言うなら、迅雷にも牙を剥かずにいて欲しかった。もっと早く、もっと素直に、こうありたいと望んだ自身の理想を追い求めて欲しかった。まだ可能性は潰えていないということを示したかった。そのために与えた「偽りの日常」だったのに、ネビアはそれを汲み損ねた。
「・・・ッ!?ふざ、ふざけるな!お前が人間を語るかァッ!!この・・・このっ化物ッ!!」
―――言ったな。
分かっている。千影は自分が化物だと、そう呼ばれるに値する存在だと自覚している。それこそ、ネビアなんかよりもずっとずっと。これで《神速》とは皮肉な話だ。
この力のせいで、今までどれだけ苦心したか、ネビアに分かるだろうか。ネビア風情に理解出来るだろうか。いや、出来るはずがない。ネビアの16年より、千影は自分の10年と少しの方が圧倒的に地獄だったと胸を張って言える。
その末に辿り着いた姿が、化物だった。
これ以上言われたくない一心で、千影はネビアの口内に火炎魔法を放り込んだ。
「・・・・・・っ」
「ぶぇあッ!?ひっ、ヒハヒアフヒヒハァッ!!?アアアアアアアァァアアアァァァアアァァ!?」
ネビアの肩から噴き出る血が勢いを増した。再生の優先度が口に移ったのだろう。
この程度じゃあどうしようにも死にはしないので、もはや血を流すだけの肉塊になりかけたネビアに千影は淡々と語る。
「君もそうじゃないのかい?それに、ボクは少なくとも心だけは、人間でいるつもりなんだけど」
どうしても分かってくれない。分かれないと諦めて、自分の怒りを正当化しようとしている。分かろうとしてくれていない。
それがあまりにも虚しくて、腹立たしい。
「フザ・・・けるなァッ!?人の腕を2本とも平気な顔して引き千切って!!なんの躊躇いもなく口の中まで焼いて黙らせようとしてェッ!?それの、どこが、人間なんだァッ!?」
―――返す言葉もない。痛み入る。・・・けれど、そんなのはお互い様。
「君が、人間を語るのかい?」
愚問だ。かけ離れてなんかいない。望めばまだ戻れた。悲しいなら、寂しいなら、思い切り泣いてそこにうずくまっていれば良かったのに。どうして、そうしなかったのか。
「どうせしばらくすれば元通りになれるんだから。それは人にも、そうでないものにもなり損ねた半端な未完成品の君だって一緒でしょ?」
そう、どうせ時間が経てば、ネビアの怪我はどんなに酷くたって跡形もなく快癒する。それは発達が未熟な段階のまま止まった彼女でも同じ。故に哀れでありながら、しかしまだ、どちらかと言えば人間でもある。
自己矛盾する思考を放り捨ててしまったのだろう。どちらでありたいとも願うことをやめたのだろう。
ならばせめて、彼女が少しでも光を浴びられるようにしてやりたかった。
今よりずっと汚れた者の手が、無垢な怪物の首を掴むその前に、少しでも―――と。
だから今だけは、苦しいかもしれないけれど、すごく痛いかもしれないけれど、耐えて欲しい。恨んでくれても良い。憎んでもらって構わない。妬まれているのは知っている。
けれど、それは間違いだ。もし千影がこのまま幸せを享受することを赦されるなら、ネビアはそれ以上の幸福を知らなければいけない。
あの場において、たった1人を除いてみなが千影を誤解した。
不幸自慢はしない。千影はその点確かに幸せだ。誰よりも恵まれた。でも、それは悪意と好奇心と拭い去れない罪を何日何ヶ月何年と重ねた末にようやく辿り着いた深淵に過ぎない。
無知の中で侵し続けた罪への恐怖と後悔で全ての幸せは色褪せる。後ろめたさだけが何年経っても体中を駆け巡る。
だから、それは間違いだ。不幸ではない。けれど、嬉しくない。これは彼らには分かってもらえなかった。だけれど、きっと、ネビアにだけは分かって欲しい。今のネビアになら分かるはずなのだ。千影に出来て彼女に出来ないなんてことは、決してないのだと。
「な・・・なにをする気・・・?カシラ。やっ、やめ、やめて、やァ!嫌だァ!やめてっやめ、い、あっ、ァァァァ・・・・・・!!」
また1つ、罪を重ねよう。呪わば呪え。元より生を呪われた身の上だ。非道に徹する心が紛糾しようと、千影はそれを冷ややかな目で客観し、今だけだからと目を瞑る。
「そう、どうせ、治る。だから今くらいダルマになっても大丈夫だよね?」
「アアアアアアアアアアアア!?」
ネビアの体から右足を取る。血飛沫。頬に着いた生温かいそれを千影は舐め取る。
ネビアの体から左足を取る。絶叫が止んだ。良い。それで良い。その方が痛まなくて済む。
ひと仕事終えて、千影は周囲を見渡した。血溜りに独り。手足が4本、ごろりと転がされた駐車場。
我ながらおぞましい光景を作り出したものだな、と腰に手を当てて嘆息する。
「ああ、そうだ―――っと」
ネビアの服のポケットから、千影は迅雷のスマートフォンを取り出した。
「こんだけ暴れて無傷なんてね。―――はぁ・・・やっぱり君は無警戒だよ、とっしー」
電源ボタンを押せば、パスワードもなにもないでロック画面が解除されてしまった。
そのことがなんとも言えず、千影は苦笑しながら電話帳を開き、迷いなく操作する。
「―――これでいいんでしょ、ネビア?」
それから千影は、今度は自分の携帯電話を取りだし、電話をかけた。相手はIAMOの担当者だ。
「ネビア・アネガメントの無力化に成功。早急に回収されたし。・・・それと一応、救護班もよろしく。さすがに失血死されるとさ、ボクもちょっと後味が悪いからね。―――うん、お願いね」
それだけ言って、千影は通話を切った。
自分のものと迅雷のもの、2つのスマートフォンをポケットにしまい、地面に散乱したガラス片に映る血まみれの自分の体を見つめる。どうせ千影はこんな姿しか出来ない。
救急車が来るまではあと少し時間がかかるだろうから、それまでは千影もこの場を離れるわけにはいかない。
「とっしー・・・」
今頃、あの少年はどうしているだろうか―――。
彼には相当苦しい思いをさせてしまった。千影に彼を慰めてやることが出来るのだろうか。立ち直らせることが、出来るだろうか。現実を見たこの先、立ち直るのにどれほどかかるのだろうか。
けれど、だとしても、今回の件はある意味彼にとって僥倖でもあったかもしれない。大きな意味はあったはずだ。強烈な衝撃だったはずだ。
「さて・・・と。お腹空いたなぁ」
―――気は向かないけど、食べておくか。
●
結局、こんな結末だった。
目の前は不相応な殺意に染まってもはや盲目。何度死ねば、今まで生かされてきた意味が分かったのだろう?
でも、それもとうとう今度こそ叶わないまま終わりは巡ってきた。滅ぶ世界の中心で、慕っていた姉のような存在の代わりに生き延びて、歪んだ現実の中でそれでも慕ってくれる少女に言われるがまま逃げ出して、そして死ぬ。
放たれた魔力の砲弾がもうどうしようもなく目の前に迫り、焦る心で足下をすくわれ、浮き上がる体から命も昇るつもりか。
―――ボクを、みんなを『守っ』てよ―――。
千影がそう言ったときの悲しそうな顔が浮かんだ。朝起こしてくれた直華の顔を思い浮かべ、家に帰ったら台所に待っている真名の姿を想起し、辛かったときに慰めてくれる慈音の手の感触を錯覚して、真牙と交えた一合を感じる。向日葵や、友香や、矢生や、涼や光や昴に愛貴と知子、それから真白に楓。それにそれに・・・煌熾や萌生、明日葉に蓮太朗。ネビアや、雪姫。知り合ったばかりだけれど、薫だって。
楽しかった記憶は走馬燈のように流れ、最後に囁いたのは、唯だった。
―――みんなを『守って』あげてね。
2つの声が融け合い、混ざり合い、体中を響き渡る。みんなを『守る』。この世界の全ての人々を、きっと全ての脅威から『守れ』るだけの―――。
「ごめんね、唯姉」
もう、そんな時は来ない。終わりだ。
「ごめん、みんな。ごめん・・・千影」
急に目の前が真っ暗になって、真っ赤になった。肉が飛び散る音がして、骨が砕ける音がした。声もなく、そこには死があった。
「俺・・・死んじまったのかな・・・・・・」
意外にその瞬間というのは冷静に迎えるものだったのかもしれない。どこか非現実における死と重なって、意識そのものはとうに天からその様を見下ろすかのような―――。
ドサリと背中から地面に倒れ込む、現実の連続性に則った鈍い痛み。
見えたのは灰色のビルに切り取られた曇り返しの狭い空。降るのは血の雨。
けれどつまり、迅雷の肉体は確かに存在した。
「―――ッ!?な、なにが起きたんだ、今度は?」
生きている、と実感した。もしかしたら死後の世界なのかもしれないが、今、迅雷は数秒前と同じ光景の中で粉々になっていない体で呼吸をしていた。胸に手を当てれば、そこには心臓の鼓動があった。
「・・・俺は、まだ生きてる。生きてるんだ」
ふと見えた光明を追うように迅雷は恐る恐る体を起こし、そしてそれがただの思い違いだったと気付いた。
死から蘇ったばかりの胡乱な思考でさえそれが分かった。助かったのではない。生きていても、それは生きているということの内には含まれていなかった。より凄惨な結末のために得た一瞬の猶予であったのだと。
肉と骨と血溜りの上で絶望の死神は気軽に手を振って口を開く。
「よっ、坊主。そいつ、俺にちょーだいな」
目の前に突然降ってきたのは、中肉中背で紺色の髪、端正な顔をした若い男。シールかなにかを貼り付けただけのような酷薄な笑みは、浅く浅く、青年の口元から波紋を広げていく。
ニヤリニヤリと、底の見えない泥のような薄い笑み。
深く深く裂けた、悪感情の凝縮された、真っ黒で浅い笑み。
迅雷は、この男を覚えている。忘れようにも忘れられない。合宿のダンジョン探索で遭遇した、あの得体の知れない男だ。
見ているだけで融けた鉛のような汗が滝のように溢れ出す。結局殺される。数秒数分の延命というあまりにも残酷な救いと共に死神は来た。
触れられれば死ぬ。その辺に散らばっている人間の残骸と同じ物体に変えられる。
青年が降ってきた瞬間に、迅雷が殺さず倒した全ての人間が砕け散った。迅雷を撃った大男はトマトのように弾け飛んだ。
「ぁ・・・ぁ・・・・・・」
にこやかな青年は、まるで仲の良い弟を迎えるかのように両手を広げている。あの腕に抱かれれば、それで最後、体を粉微塵にでもされるのではないだろうか。
軽やかな青年は、気さくに飄々とした口振りで迅雷を誘った。紺碧の青年の言葉ひとつひとつに胸の中を掻き毟られる。
これほどの警戒は、それは初対面のときでもそうだったが、2回目ともなれば緩むどころか数倍にすら膨らんでいる。
恐い。死にたくない。せっかく生きているのに。
見られているだけで痛い。いや、青年はずっとニヤけたままで、目も細すぎて閉じているように見える。でも、それがかえって恐ろしい。その奥にある瞳からなにも読み取れない。
けれど、尻餅をついたまま後ずさろうとした迅雷はポケットの中にあったそれが地面に当たって音を立てたときに思い出した。
「そうだ・・・・・・そうだったよな、千影。俺はまだ生きてる。なら、俺にはまだ、やるべきことがある―――ッ!」
怖くても、恐ろしくても、強がってみせろ。少なくとも、この男に預かったメモリを預けるわけにはいかない。
今度こそ、みっともなく生き延びたなら生き汚く抗って、みんなを『守っ』てみせようではないか。
「アンタの言うそれってのは、こいつのことだよな。悪いな、そうはいかねえんだよ・・・!」
「声」
「・・・?」
「声、震えてますよぅ?恐えんだろ?イイじゃんそれで。さっさと俺にそいつを寄越してくれりゃあ見逃してやろうじゃんか」
迅雷はそれを聞いて、思わず笑っていた。
悪い冗談だ。このメモリを渡せば?その時点で碌なことにはならないというのに。
ここで言われた通りにして迅雷1人が無事に帰って、後々結局みんなで揃って痛い目を見る羽目になるか、もしくは迅雷がここで1人殺されて終わるか。・・・いや、いずれにせよ前者を選んでも迅雷は殺されるかもしれないし、後者を選んだなら懐だろうと体内に飲み込もうと、あの青年はきっと平気で死体をバラバラにしてメモリを取り出すに違いない。そしてそうなれば辿り着く結果は同じだ。
二択とは笑える冗談だ。なにをどうしようとストーリーに分岐はない。正直に言って迅雷の現状は八方塞だ。この得体の知れない青年と相対した時点で、既に。
「・・・ん?なんだよ、見逃すってのを疑ってんのか?かー・・・悲しいねえ。いや、イイよ。一応最低限の警戒心はあるってんだから安心なんじゃないのか?んなツラされんのも悪かねえし。アレのガキだってんだからブルってもらえりゃ小気味イイってもんだ」
青年は、そう言ってクツクツと笑う。なのに、笑っているように見えるのに、凄まじく殺気立った瞬間があった。
『アレ』と言ったときだ。『アレ』の『ガキ』、と―――。
その事実に迅雷の心はさらに圧迫された。目の前でヘラヘラしているこの男は、神代疾風も、迅雷のことも知っていて、なおかつ疾風の敵方だ。それがここに五体満足で立っている、その事実。
つまり、それだけ超越的な実力者。
「まぁでも信じろや。俺もあんまりお前のこといじめんなって言われてっからさぁ。だから怪我はさせねえ。約束してもイイ」
「約束守るかも信用できないのにな?」
「ふむ・・・。なんなら指切ってやってもイイぜ?ガチに」
そういって青年はひょいと懐から折りたたみナイフを取り出して、自分の小指の付け根に刃を当てた。
「―――え?は、ちょ、アンタっ・・・・・・!?」
迅雷は青年が自分に害を為そうとした存在であるということも忘れて驚愕の声を上げていた。
「・・・そうそう、それだよそれ。それが坊主の変なところだって。敵は殺しゃイイのに、なんだってこいつらを生かして逃げようとしたんだよ」
「・・・?」
「もしかしてさ、お前。こいつらのことも守ってやろうとか、そんな風に思ってたんじゃねぇのかよ?ハッハハハハハハ!!ケッサクだなァ!!とんだイカレ野郎をよくも当たり前に世に送り出したモンだよ!」
今度は本当に心の底から可笑しそうに大声で笑って、そのまま青年は自身の右手の小指を切り落とした。
真っ赤な鮮血が噴き、生々しく滴った。
「―――あ!?本ッ当に、なにしてんだよ、馬鹿なのかアンタ!?分かんないヤツだな・・・クソ」
誠意を示す行動に、かえって得体の知れなさだけを増した青年。ただ、彼の先の発言が少なくとも本気の度合いを上昇させたのは間違いない。
それでもやはり、相容れることはない。迅雷は自分の行動をおかしいとは思わないから。殺さないで良いものを殺す必要がどこにあっただろうか。誰よりも正しかった彼女との『約束』を守ることになんの異常性があるというのか。
「分かんねぇのはお前だよ、坊主。まあイイ。いつか分かるさ。さ、て・・・もうおしゃべりも十分だろ?それ、早くちょーだいな」
「あいにくまだ坊主なもんでね。でも悪いな、やっぱりこれは渡せねえよ」
迅雷は取り出したメモリを再びポケットにしまって、『雷神』を構えた。
父親であり、IAMOが発表するIAMO及び公式機関所属の魔法士の世界ランキング第1位の神代疾風ですら仕留めきれない相手でも、迅雷は下がれない。
左手の枷は―――もう外れている。今の迅雷の魔力は常人のそれを遙かに凌駕している。きっと、大丈夫。
「はぁぁぁぁ・・・。マジかよ。ダリいな」
青年の声のトーンが少し落ちた。笑みはそのまま、彼は小指のない右手で顔を覆い、曇天を仰いだ。
元は小指があったはずの空隙から、青年の黄色い瞳がギョロリと覗く。まるで底の見えない穴のような瞳。異常者の目だ。
「くそったれが―――!」
いずれにせよ逃げ果せるのは困難とした迅雷は無意味な罵りを叫んで地面を蹴った。先手を取って一気に斬り伏せられれば―――。
「神代君!!」
早まったことをする迅雷を制止する声があった。




