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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect40 ”幻霧”


 見据えていたはずのネビアの姿が一瞬だけブレて見えた。

 次の瞬間、迅雷を置き去りにして世界の全てが横に流れ飛んでいく。


 「あがっ、は―――!?」


 ガラスの割れる音。それが自分の体を建物の入り口のドアに叩きつけられて窓が砕け散った音だったと気付く頃には、体中にガラスが刺さって血が噴き出ていた。

 それでも吹き飛ばされた迅雷の勢いは止まらない。迅雷は建物から押し出されて、そのままアスファルトの地面を滑る。千影とじゃれていたときに痛めていた首を重ねて捻られた鈍痛で意識がぐらつき、かと思えば地面と擦れる背中の肉が削れていく激痛に呻いて感覚が蘇る。


 「あ、ぐぇ、がっ・・・」


 「おいおい、どうした、神代迅雷?カシラ。私をどうするつもりだったのかな?カシラ」


 汚い巾着袋のように転がっている迅雷の胸ぐらを掴み、ネビアは彼を片手で高く持ち上げた。首が絞まって苦しそうに顔を歪める迅雷の顔を見て、それからすぐに横合いの車に向けて投げ飛ばした。


 「ごっ!」


 人の腕力ではない。迅雷が投げ飛ばされ叩きつけられた車体はフレームごと激しく歪みひしゃげた。

 車のボンネットを跳ね、傾いだ屋根を転がり落ちてアスファルトの上に倒れ込み、迅雷は咳き込んだ。今の一瞬でこのザマだ。

 以前学内戦で迅雷とネビアが試合をしたとき、彼女は一体どれほど手加減をしてくれていたのだろう。今となっては、それすら無価値な過去だと言い切られてしまうのだろうけれど―――。


 「ほら、さっさとかかってきなよヒーロー、カシラ。じゃないと―――」


 挑発するネビアが振るった腕から水の弾が飛び出し、ドアの壊れた建物の中に投げ込まれて軽く爆発を起こした。

 次は中にいる連中もろとも建物を木っ端微塵―――とでも言うつもりだろうか。

 口の中が切れて垂れる血を手で拭い、迅雷はよろよろと立ち上がる。


 「うる・・・っせえよ。精々余裕ぶってろ。お前みたいなやつは一回ぶった斬られねぇと分かんねえんだよな!」

 

 「そうねぇ。じゃ、頑張れ、カシラ」


 『雷神』が黄金色の輝きを帯びる。

 覚束ない足で立ち上がった迅雷は、その不安定な姿勢からは想像できない瞬発力でネビアに向けて飛び出した。

 それを正面から迎えるネビアは―――。


 「『雷斬(ライキリ)』ッ!」


 腕の筋肉が千切れそうな速度で剣を振るう。


 そして、ネビアは―――その攻撃に反応しなかった。刃は無抵抗を決め込んだ彼女の薄い首の皮に刺さる。


 けれど、迅雷はネビアを斬れなかった。渾身の力で振るったはずの刃が薄皮一枚に受け止められてしまったのだ。


 「そんな・・・?な、なにかしたのか、お前・・・?」


 「違うよ、それは、カシラ。あぁ、可哀想な迅雷、カシラ。迅雷に殺されるんならそれもそれかなって思ってたけど、やっぱり君に私は殺せない、カシラ」


 ネビアの言葉が、顔が、重みを変えた。


 「ごめんね。いつかまた、あの世で会えたら良いわね、カシラ」


 ネビアに刀身を掴まれ、またもや片腕の力だけで迅雷の体は持ち上げられた。彼が剣から手を放さないのを良いことに、ネビアは手に刃が食い込むのも気にせず剣ごと迅雷を振り回し、その勢いのまま地面に叩きつけた。


 「あばッ・・・!!」


 後頭部が割れるように痛み、衝撃で視界が明滅する。

 そこに映るネビアの顔は苦しげで、寂しげで。

 ネビアは少し誤解をしている。なにかに気付きかけた迅雷の思考は、自らのポケットから響いたけたたましいアラート音に遮られた。


 「――――――ッ!?」


 ―――こんなタイミングでモンスター?いや、違う?


 このアラート音は普通にモンスターが出現したときのそれとは全く違っていた。気のせいでもなんでもなく、全身の毛が抜け落ちそうなほど恐怖心を駆り立てるような警報だ。


 「ほら、鳴ってるよ?見ないの?カシラ」


 そんな音など気にならないかのようにネビアはニタニタと笑う。痛みでうずくまる迅雷のポケットをまさぐって彼のスマートフォンを取り上げ、彼女はその画面に表示された厳重警戒のメッセージを見て、楽しそうに楽しそうに―――歪みきった笑みを浮かべた。


 そこに表示されたのは、とある《指定危険個体》モンスターの名前。


 ―――THE LITTLE KRAKEN―――


 酷く歪な世界に二度目の生を受けたとある怪物のもう一つの名前。


 ネビアは、そのまま迅雷の携帯電話を自分のユニフォームのポケットにしまった。

 いよいよ彼女の纏うオーラは異質に澱み、研ぎ澄まされていくようだった。


 「さぁ、立ちなよ、迅雷、カシラ。そんなんじゃなんにも出来ずに終わるわよ?カシラ」


 そして見上げたネビアの影に、迅雷は戦慄した。



 ネビアの目の色が変わったのだ。比喩ではなく、物理的に、だ。



 暗い鈍色だった瞳は鮮やかで汚れた黄色になり、妖しい穢れが虹彩から染みだして白い眼球をどす黒く浸食していく。


 新たに灯す光は冷たく血生臭く、鬱々として迅雷を見下ろしてくる。


 「なんなんだ・・・これ・・・い、いやだ、なんだよ・・・」


 ネビアの姿が人間からそうでないなにかへと歪んでいく。可憐だった少女の姿は蛇足によっておぞましいものへと変貌していく。


 ネビアの腰回りからズルリと生え出したそれ(・・)は、あまりにも自然にうねる。


 そう、自然に。その光景が自然であることがどれだけ不自然なのか、わざわざ言葉にする意味があるのだろうか。


 それ(・・)は『脚』だ。人間の脚なんかではない。

 真っ黒で、長くて、吸盤があって、数にして10本の、頭足動物の『脚』だ。それが肉の内側からいとも自然に生み出された。


 少女だった生物の体からは霧が染み出す。

 

 少女だったなにかは両手を広げ、全ての『脚』をゆらりと持ち上げ、誇示するようにただただ広げる。


 まもなく世界は真っ白に。


 

 「私に包まれて溺死しな、カシラ」



 呼吸をすることすら忘れ、迅雷は異形の放つ死の宣告を聴きながら、放心していた。

 黒くて気味悪いその悲しい姿は。

 

 「そんな・・・これじゃ、これじゃあまるで―――」


 「化物、でしょう?カシラ。ええ、そうよ。私は化物。人の皮を被った、人殺しの化物」


 ―――違う。そうじゃない。あれは、なんだった?そんなのは今は関係ない。とにかく、そうじゃない。


 否定を叫びたくて、迅雷は口を開いた。怒鳴るために息を吸った。―――そして。


 「がばっ、がぼぼぼぼぼぼぼぼがぶばばばばばべぼぼぼばばばばばばばぼぼぼッ!?」


 既に、完全に、とっくに、手遅れだった。

 一瞬で口の中が水で満たされた。体中から水が入り込んでくる。目から、耳から、鼻から、口から、霧の水滴一粒が体に触れる度に、溺れるほどの水が解き放たれる。

 もはや迅雷の体から水が溢れ出すのか霧から莫大な水量が迅雷に殺到するのかも判別がつかないような凄絶な光景がそこにはあった。


 (ネビア)溺死(アネガメント)する。嗚呼、なんと皮肉なのだろうか。たった1人の女の子と出会い、信じ、惹かれ、気が付いた頃には溺れていた。かけがえのない友となり、いなくてはいつもの日常が成立しないとさえ思っていたその少女の手によって、命を奪われる。全てがここで終わる。水泡に帰す。

 目から、耳から、鼻から、口から、命も想いもなにもかもが、水の泡となって溢れる。


 (・・・こんなことで、死ぬんだな。なにも『守れ』ず、『守り』たかったヤツに殺される・・・)


 あまりにも無様で、滑稽で、笑えない。


 もうなにも見えない。聞こえない。意識が遠退いていく。迅雷はもう、浮かんだ(ことば)を水の中に失くしていた。唯一残った悔しささえ、ようやく潰えようとしていた。


 けれど、そんな少年にだけは救いがあった。少年には、あの子がいる。

 

 

 「ちょっとオイタが過ぎたね、ネビア」


 

 失った平衡感覚が戻ると、かえってそのありえない変化に混乱を覚える。迅雷の体はいつの間にか霧中から放り出されていた。否、発生源たるネビアが突き飛ばされたのだ。

 直後に起こるのは複数の大爆発。

 ネビアを自動車に叩きつけて容赦なく爆破したその小さな影は、一瞬のうちに迅雷の下へ舞い戻る。


 「お、おぉぇえっ、ごぼっ、ごほっ!!かっ、はあっ―――!?」


 「大丈夫だった、とっしー?」


 聞き慣れた幼い少女の声に、迅雷はむせ返りつつもうっすらと目を開いた。水にふやけた視界でも分かる。そこにいたのは、彼の危機に颯爽と駆けつけてくれたのは、金髪紅眼の幼き魔法士、《神速》の異名を持つ千影だった。


 「千・・・影、なのか?」


 「良かった。そうだよ。じゃあとっしー、ここはボクがどうにかするから君はこれを持って早く逃げて。それで、信用出来る人に・・・学校の先生とかに預けて」


 「ち、ちょっと待てよ、なにがどうなって―――ごほッ、くそ、どうなってる!?急に・・・これなんだよ!?それにまた千影を置いていくなんて―――」


 「うっさい!いいから早く行って!」


 「っ!?」


 千影が迅雷に向けて本気で怒鳴ったのはこれで二度目だっただろう。『ゲゲイ()・ゼラ』()のときと同じ、強い者の目だ。

 しかし迅雷は抗った。言われるがままに窮地を代わるだけなのはもう嫌だから。千影と共に戦うと決めたから。『守る』と決めたから。


 「なにか忘れてないかい?とっしーが守りたいのはボクの笑顔なんでしょ。それにね、とっしーがそれを持って逃げおおせてくれた方が結果的にはボクを守ることに繋がるんだよ。だから・・・」


 「よく分かんねえよ・・・。分かるように言ってくれよ、千影。頼むよ、たまに俺、お前の言うことが分からないんだよ。だから・・・」


 だから、だから。拮抗する感情を先に抑えたのは千影だった。


 「・・・そうだね。このメモリ内のデータはようはヤバイやつで、ネビアはこれを使ってとある組織と取引しようとしてた。これが誰かの手に渡れば最終的に人間が、具体的にはボクやとっしーの友達が実験台になる。だから、それを持って逃げて。お願い、ボクを、みんなを、君が『守っ』てよ!」


 千影はそう言い切ってしまった。きっとこれは後で恨まれる。千影はすごくズルい言い方をした。

 でも、きっとこれが最善手だった。引き返せなくても、次の分岐は選べる。人生に後悔のない選択なんてない。なら、後悔すると分かっていても掴み取るべき次がある。


 「大丈夫、ネビアも悪いようにはしないよ。だからほら、早く行って。それを本当に信用出来る誰かに渡して」


 「―――分かった」


 

きめた。明日は2話投稿します。

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