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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect38 ”憎めど尊し”


 建物の他には、外に駐車場。車は停めてあった。数は少ないが、そもそも住宅のあるG地区からのバス通勤が多いこの街では存外車も少ないものだ。それと、敷地の入り口にはポールが立てられていて、てっぺんには時計があった。


 そろそろ5時か、と誰にともなく呟く。迅雷の次の試合は確か6時半からなのだけれど、きっと今、迅雷は試合に出ることより大切なことをしている。だから引き返すなんて選択肢はないし、仮にそうするとしてもそれはもっとギリギリになってからで良い。最悪もう一度真牙に都合を頼んで融通を通してもらう手もあるにはあったのだし。


 高くそびえるビルが建ち並んだ中で一ヶ所だけ空いた穴のようなこの土地を迅雷は訝しみ、ふと気が付いて地図に目を落とした。


 「ここって、考えてみれば折り返しの目標地点―――だったよな。偶然なのか?それとも・・・?」


 あまりにも(きな)臭い。ただの偶然でここに行き当たったのは分かるのだが、果たして本当にただの偶然だったのだろうか?主張が少ない見た目をしたこの建物から必然的ななにかを感じずにはいられない迅雷は、その偶然に納得がいかなかった。

 本来ならここを通り過ぎて折り返さなければならなかったのだが、迅雷はその敷地に足を一歩、踏み込んだ。


 「なんにしたって・・・・・・ここは探さなきゃいけないような気がするんだ。人もいるみたいだけど、言い訳とかはあとでも良いよな―――」


 建物の窓は内側からブラインダーが下ろされていて駐車場からは中の様子が見えないが、オフィスの電灯の光は隙間から零れている。恐る恐る、迅雷は建物の正面玄関の、そのドアに手をかけた。

 入り口のドアはガラス張りで、中には観葉植物の植木鉢がぽつんとひとつ、淋しそうに置いてある。

 ドアを押し開け、控えめに「失礼します」と呟く。申し訳程度ではあるが、職場に無断で立ち入るのだから、まさしく申し訳だ。


 「やっぱ電気は点いてる・・・けど、静かだな」


 妙に寒々しい静けさだった。小さな建物の中は空調以外はほとんど無音で、奇妙な空気が充満していた。

 でも、この街の研究所なんてこんなものなのさ、なんて言われたとしても迅雷は納得するかもしれない。特にここはC地区だ。聞いた話ではブラックな研究施設の多さから黒い森と揶揄されることさえあるという。それこそ、人間がパソコンや実験装置の部品になって働いているとかなんとか。


 「とりあえず、先に進もう。引き返したってなんにもないだろうが・・・」


 静寂の短い廊下をゆっくりと進み、通路は突き当たりで左右に分かれているのを、どちらに進むべきか考える。しかし、あまりにも静かすぎる時間に迅雷は次第に怖くなってきた。


 やっぱりおかしい。だって、今はまだ勤務時間のはずだ。こんなに静かなはずがない。口を開かず黙々と仕事をしているだけではこんなに静かになんてなるはずない。まるで人の気配を感じないのだ。

 いるはずなのに、いない。廃墟で肝試しをするのとは真逆の生々しい恐怖が迅雷の前に壁となって現れた。


 あの曲がり角の先の影にはなにがあるのか―――いや、なにもないのだろうか。そう思うと、足が竦んだ。誰もいない可能性に怯む。まだ人に見つかって怒られる方が易しい。


 気が付けば耳に入ってくる自分が発する息をする音ばかりに意識が行って、動悸は速く、呼吸は浅くなっていく。

 これではいけないと、迅雷は首をブンブンと振って怖じ気づいた自分を励ました。


 「くそっ、バカか俺は。行くっつったらもう行くしかないだろうが。歩け、俺」


 迅雷は頬を両手で張り、影に向けて次の一歩を踏み出した。乾いた音が長く反響して、冷や汗が頬を伝う。


 迅雷のこんなしょうもない孤独でさえ辛いなら、きっとネビアの孤独はなにかと比較することさえ愚かしいような、それほどまでに冷たく閉ざされた孤独だったのだろう。それが分かって立ち止まっていられるはずもなかった。こんなところで足踏みしている場合ではない。

 ネビアが本当に独りぼっちになってしまうその前に、見つけてやりたい。

 そんなのは淋しすぎる。怖すぎる。


 しかし、迅雷が覚悟を決めたその瞬間だった。


 強烈な衝突音と、短い悲鳴。いや、断末魔。


 「・・・・・・・・・・・・は?」


 ―――なんだ?今の音は・・・?


 ここに来た迅雷が初めて聞いた音は、その絶望的なまでに暴力的な音だった。すぐになにかがひしゃげて千切れる音がした。 


 「なんだ・・・なんだなんだよ、なんなんだよ、今の?」 


 急激すぎる変化に迅雷は全身の筋肉が強張って後ずさることすら出来ない。ただただ恐ろしくて、歯の根も合わなくなって体中から血のような汗がギットリと滲み出して、えも言われぬ寒さに襲われる。


 だが、同時に感じる命の存在。傷付いたのは誰だ?苦しんでいるのは誰だ?ネビアか?知らない誰かか?それとも両方か?


 だとしたら―――。


 「『守ら』ないと、だよな」


 迅雷には分からない。あんなのは冗談でも会話のはずがないし、ふざけていても鳴るような音でもない。この場所でなにが起きているのかなんてサッパリ分からないけれど、迅雷の頭に浮かんだのは『約束』だった。

 この先に待っているのが誰だとしても―――それがネビアであるならなおさら、迅雷は彼女を『守る』ために剣を握らなければならない。


 『召喚(サモン)』で『雷神』を取り出し、背負い、抜き放ち、歩を進める。手が震えている。歯が打ち鳴らす音を殺すために顎に精一杯の力を込めた。

 ひと思いに運命の角を曲がり、切れかけた蛍光灯に照らされた闇を覗き込む。


 「誰だ、そこにいるのは!?」


 いつでも飛びかかれるように剣を構えて角に飛び込んだ迅雷が目にした光景は、違っていた。


 「そ、んな・・・。これ、どういうことなんだよ?」


 ―――違う。これは現実ではない―――。


 振り返り、目が合ったその少女のその姿を認めたくなくて、迅雷は必死に自分の心に叫び、訴えた。なにかの間違いで、次に頬を引っぱたけば今朝のベッドに戻っているような、そんな出来事であるはずだと。


 

          ●


 

 この世界が憎い。いっそ滅んでしまえば良いと思ったことが何度あっただろうか。


 こんな世界はゴミだ。クズだ。その内側に存在するものも全て含め、唾棄すべきもので溢れている。それらが存在することに価値なんて無いのだと勝手に悟った。外側から見れば、それがいかに矮小な存在なのかが分かるとも言う。


 ネビアは6歳にもなろうという頃になって、今となっては顔もうろ覚えの両親に突然放り捨てられた。どこへ?決まっている。まるで生ゴミの袋にするのと同じように、空間の歪みの中へと、ポイっと、だ。モンスターが出てくるあの穴の中へ、だ。

 けれど、視界から消える前に自分を捨てて笑っていた彼らも、喰われて死んだ。


 おかげで恨む対象すら失った。なにも持たぬまま放浪したのは何年間だったか。自分の年齢が分かったのは偶然にも人間世界(ここ)に落っこちてきた後だったものだから。

 

 気付けば自分は自分でなくなっていたように考えられた。それは人間を改めて見たから。

 拾ってもらえた。ご飯もたっぷりと食べさせてもらえた。だからそのときは良いんだと思って(・・・・・・・・)、飢餓感のままに生き長らえた。

 拾われた。今度は道具として、兵器代わりに使い倒されて、戦うためだけに生かされた。言われるがままに自分と同じ姿をした誰かを意味も無く引き裂いて返り血を全身に浴びたあの日、初めて分かった。


 この世界は悪なんだ―――と。


 なにもかもが腐った泥の中で自分の足を掴み腕を握り締めて、嬉々として引きずり込む。

 1年もしないうちにどれだけのものを壊し、化物を見るような人々の目から逃げ惑っただろうか。思えばあの日々がネビアの人生では最も濃密だっただろう。


 つまり、でも、すぐに気付いた。諦めてしまった方が楽に生きていけるのだと。幸い素直にしていれば食べて寝て、生きることに差し支えはなかったのだから、荒野を裸足で彷徨わねばならないあの世界と比べればマシだった。

 そうして落ち着いたのが、今の雇い主のところだ。かれこれ勤続7年。つい社歌をハミングしてしまう程度には血生臭い時間を過ごしてきた。


 特に最初に仕事は凄惨の一言に尽きた。

 薄れゆく自我と痺れた感情の中で何十何百もの人々の絶望を上から眺めた。そのくせその光景が未だに忘れられないし、おぞましさに初めて吐いたのも鮮明だ。本当に自分が人ではなくなってしまったのだ。


 でも、そうして今日も今日とて生きていくための最低限の仕事をしている。結局のところ、それが自分なりに見つけた答えだったから。


 元より狂っているのは知っている―――などとかこつけたことを言いたいが、それを本当に思い知ったのは、つい1ヶ月前。嘘だけで、血の滲むような数の嘘を吐いてなんとか居場所を作った。笑顔も見せたが、あれはどこまで本心だったのだろうか。

 だって、目の前にいたのは全て、ネビアが生きていくための糧そのものなのだから。

 必死に嘘を吐いて重ねて自分まで誤魔化した。いくら隠しても溢れる歪みの片鱗は、幸運なことになにもかもどうでも良くなって適当なことしか言わなくなった自分の口のおかげで伏せていけた。馬鹿みたいだが、本当に助かった。


 なぜこんなことをさせるのか、憤りもした。わざわざ回りくどいことなどせずに少しの間コスプレさせてくれればそれで済んだはずなのに―――と。理由は、今ならほんの少しだけ分かるような気がする。それも今となっては綺麗に裏目に出ようとしているが。性に合わない気遣いなら、いっそしてくれない方が良かったのだ。


 この世界が憎い。あぁ、憎くて堪らない。


 ただ、出会いがあった。それは3人の少年少女。1人は、まるで警戒心のないバカ。1人は、遙かに見上げる羨望の的。1人は、なにもかもを疎外したガラス細工。


 きっと彼らは、いわばオアシスだった。普通とはなにかが違う者たち。人とはズレてしまったなにかがネビアという存在をそこに許していた。拒絶もされたが、彼女が明確に存在し、安心出来たのはあの場所だけだった。


 だからこそ、憤怒する。こんなにも残酷なこの世界を憎まず、他のなにを憎む?もしも神様がいたならば、きっとそれは今、ネビアを見て嗤っているのだ。


 この世界が憎い。憎い憎い憎い憎い憎い。


 だからもう、区切りをつけよう。


 そう思った瞬間、自然と口元が緩んでいた。

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