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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect35 ”まだ、もう、それでも、必ず”


 愛貴が放つはずだった矢は弓から飛ぶより早く破壊され、彼女は現状を再認識した。驚きに口を開く。


 ここまで来て最悪の油断をした。薫のことを言っていられる立場ではなかったのだ。まさか、だった。少し考えれば薫の魔力が黄色の可能性も予想できたかもしれないのに、愛貴はそれを怠り、感電したものと思い込んで無警戒に近付いた。

 

 「そんな―――!!」


 「『デュアル・ホライゾン』」


 両手のサーベルの柄にあるトリガーを2度クリックしつつ魔力を急速供給。バチィッ!というショート音。

 薫は矢を斬り上げた右手のサーベルを返す刀で右下に振るい落として、愛貴の弓をその手から叩き落とす。そのまま左手のサーベルによる水平斬りを眼前の細い首筋へ。

 防御の手段など持たない愛貴はこの一瞬の駆け引きにおいて完全に敗北した。寸止めの慣性で刃から飛び出した高圧電流に打たれ、感電したのはむしろ愛貴だった。体の自由は奪われ、愛貴は薫の足下に倒れ伏す。


 「紫宮愛貴さん、か。どうやら俺は君のことを甘く見てたみたいだな・・・。悪かったよ」


 薫は顔中をてからせるほどかいた汗を腕で拭い、そう言った。間違いなく強かった。攻撃が通らないというあれだけの不利を覆し、薫にも一時は敗北を予感させたほどに、紫宮愛貴という少女は勝負強い人物だった。

 もしも薫が自分の魔力色を明かしていれば、最後の一撃も有効な魔力属性のものに変えられて負けていた可能性が高かった。


 薫が愛貴と初めて会ったのは3日前だったけれど、そのときのただ可愛いだけで、言ってしまえば学校のマスコット的な雰囲気ばかり匂わせていた少女は、なるほど、確かにマンティオ学園の選手だった。


 だが、薫は勝利した。結果は結果。激戦を制した感動に胸が高鳴るのを隠しきれず、薫は笑いながら天井を仰ぎ見た。

 大型のモニターには対戦表が映し出され、薫の名前から伸びた線は次の試合の枠に繋がった。それがこの上なく期待を煽る。剣を天に突き付ける。刀身に反射する光は次なる戦いへと彼を(いざな)うのだ。


 「楽しみだな・・・ホントに楽しみだ。神代迅雷・・・アンタがやっと、剣でぶつかり合える相手なんだぜ?ウズウズする。ドキドキする。こんな高揚感初めてだ!」


 ―――彼の剣はどんな性格だろう、なにを描くのだろう!


 魔剣を握ってこの方―――およそ長いとは言えないが―――剣の戦いで薫は負けを知らない。無論、死地を求めるかの如く強者を探すのではない。いかに強者たれど、彼の無敗を断ち切らせてはならない。


 ようやく巡り会えた出会うべき強敵。しかし負けるつもりなどなかった。

 薫はただひたすらに新たな勝利を見据えて、高らかに笑った。


          ●


 「ネビアが・・・来ない!?」


 戻るついでで召集所の様子を見に来た迅雷の第一声はそれだった。迅雷の顔を見るなり真牙が飛びついてきて、ネビアが現れないのだ、と言った。


 「このままじゃヤバいよ!召集ももう終わっちまうし、これはマズいって!」


 「そんな・・・なにしてんだアイツ!?ギリギリセーフとか言ってる場合じゃないぞ!」


 ついさっき、そう、ほんのつい先ほどではなかったか。優勝を目指せ、だの、お互いに頑張ろうぜ、だのと言い合ったのは。手を握ったのは、ついさっきだったというのに―――。

 しみったれた文句を口に出している余裕すらない。真牙だってこんなにも焦っている。こういう非常時には持ち前の冷静さや分析力が表に出てくる彼でさえ、だ。ひょっとしたら彼もなぜネビアが来ないのか想像しきれないのかもしれない。


 そのことが迅雷の焦燥を一段と強める。腹の中に火の点いた松明でも刺し込まれたように、心が焼け付く。よく分からないが、不穏だった。ただの無断棄権ではないなにかを感じていた。喉が渇いて呼吸も浅まる。


 真牙は今すぐにでもネビアのことを探しに行きたそうにしているが、それでは彼も試合放棄になる。それも彼の不安を煽っているのだろう。自分ではどうすることも出来ないのはもどかしく、苦しい。

 彼は唇を強く噛んで必死に衝動の一線を見て踏み留まっている。


 ふと迅雷がその場にいたもう1人のクラスメートの方を見ると、彼女は一瞬だけ迅雷と目が合って、すぐに横を向いてしまった。でも、今回だけは無視させてやるわけにはいかない。


 「天田さんはなにか知らないのか!?」


 「―――知らないよ。知るわけ、ないじゃない」


 不愉快そうに口の端を歪め、雪姫は辛辣に吐き捨てた。

 どうしてネビアが来ないのか? 

 知っているはずがないし、知る義務もない。知る権利なんてものも知ったことではない。仮に知っていたって、雪姫は自分がされて嫌なことを人にはするタイプの人間なので、教えたりは絶対にしないだろう。


 迅雷が苦しげに表情を引きつらせたのが分かったが、雪姫はもうなにも言わなかった。


 もう、手は伸ばさない。


 「そっか・・・そう、だよな。分かった。俺が探してくるから真牙はもう気にしないで待ってろ!あ、違う。係の人に話通しといてくれ、遅れてくるからって!頼んだぞ!」


 「わ、分かった!とにかく任せるからな!」


 きっと真牙は迅雷がこう言い出してくれるのを少なからず期待していた。だから、その言葉を受けた真牙の顔はとても嬉しそうだった。いろいろあったって、ネビアは大事な友達であり、今はもう仲間。迅雷といればそれを再確認できる。


 本来召集に遅刻した選手は失格になる。けれど、そこのところの説得は真牙であればなんとかしてくれるはずだ。親友には多大な信頼を寄せて迅雷は召集所を飛び出した。


 

 愛貴と知子、それと先輩たち、先生たち、サポーターたちもみんな、多分まだこの事態に気付いていない。

 まずはネビアに電話するのがベストだが、それがうまくいかなければ彼らの中から手が空いた者全員にでも協力を仰ぐつもりだった。迷惑もなにも承知の上だが、仲間の失踪ならみな必ず心配してくれるはずだし、なにもかも終わった後に不戦敗の事後承諾なんて、誰もしてくれない。

 慌てすぎて取り落としそうになったスマートフォンをなんとか持ち直して、迅雷はネビアの携帯電話に電話をかけた。

  

 「まずは―――ネビア、出てくれよ・・・!」


 この場にいないことが非常の証拠のようだ。

 当てなんてない。いつか彼女が学校内で行方不明になったときとは探す規模が違いすぎる。迅雷はただネビアの姿だけを探して闇雲に走った。


 耳に当てたスピーカーからは『ただいま電話に出ることが出来ません』という淡泊な声だけ。


 嫌な汗がジットリと滲み、きっと今の迅雷の表情は苦虫でも噛み潰したようだろう。街並みに馴染んだ背景の人たちは出鱈目に駆け回る迅雷のことを不安そうな目で見るだけで、なにをそんなに焦るのか聞くために肩を叩いて呼び止めてくれる者はいない。


 リングアリーナ『望』を離れて、『希』へ。もう召集は済んで移動も完了してしまったのだろうか―――こちらの召集所にも人の影はなかった。ネビアが場所を間違えたという平和なパターンは死んだ。


 すぐさまアリーナを飛び出し、今度はA地区の商業施設エリアに向かう。先ほど迅雷たちが昼食のために寄ったコンビニや広場があるエリアだ。

 ひょっとすれば、食べ物でも買う間になにかしらのトラブルに巻き込まれたりして立ち往生しているのかもしれない。希望的観測でしかないのは迅雷も分かっていた。よく、だ。


 けれど、それでも探すしかないのだ。


 人手が足りない。迅雷は迷わずケータイを操作した。だが、まず頼るのは千影だ。迅雷がなにより頼りにしているのは、他の誰でもなく千影だった。

 3回ほど繰り返すコール音。荒い息で霞むが、それでも謎の緊張感をもたらす。


 『もしもし?どうかしたの、とっしー?』


 「千影!ネビアを探してくれ!」


 『え―――ネビアを?ふぅん・・・・・・そっか』


 なにか意味ありげな沈黙が挟まる。

 けれど、千影はすぐに話を聞き入れてくれた。


 『さしづめ試合すっぽかしたとかだよね。まあうん、ボクも手伝うよ、とっしー』


 「ホントか!?た、助かる!ちなみに聞くけど・・・」


 『あー、それはゴメン、ムリ。さすがに広すぎるからボクもネビアがどこにいるかまでは知らないよ』

 

 「・・・分かった。とりあえず頼むぞ!」


 迅雷の淡い期待は千影に伝わっていたが、それはかえって迅雷の焦りを引っ掻くだけだった。でも、ともあれ千影の捜索が加われば百人力だろう。なぜなら彼女はさっき、この海のような人混みの中から迅雷を見つけ出したほどなのだから。


 それから、迅雷は電話をかけては切り、また別にかけることを繰り返し、大人にも子供にも協力するように頼んで回った。幸せなことに、誰もが迅雷の話を素直に聞いて、頼まれてくれる。

 

 いつしか商業区も抜けて、研究施設の並んだ白々と無機質な街並みを走り続けて、まだネビアの姿はない。誰からも連絡はない。

 迅雷は歯軋りをした。

 

 「いろよ、いてくれよ・・・ネビア!」



 イタズラでもなんでも良い。だから、またひょっこりと倉庫の中から顔を覗かせてくれ、と。ずっとずっと、なぜだか胸騒ぎばかりしている。

 やけに頭の中で繰り返す彼女の最後の言葉――――――『バイバイ』。反響する度に声は深く静かに色を増し、あの艶やかな感情を、あるいはあの瞬間よりもずっと鮮明に蘇らせる。


 ただ、木霊する。あの虚しさが。あの寂しさが、あの愛情が、深々と。そこに在った言葉の意味は、果たしてあのとき迅雷が気付かなかった何気ない笑みと握手で応えて足りるようなものだったのだろうか。

 圧倒的な欠乏が重圧となって過去を迫り上げってくるかのようで、迅雷は泣きもせずに嗚咽を上げていた。

 もうなにも出来ない自分じゃないと思っていた。なにも分からない自分じゃないと思っていた。


 それは罪悪感。これは無力感。あれは達成感。どれも虚無的で、なにかが内面を刺す。

 また大事なものがすり抜けてしまう。零れ落ちて、手の届かないところに霞んで消えていく。


 背の肉を千切るほどの引力から逃れるために迅雷はひた走る。いずれにせよ彼が足を止めれば、もうネビアがあの小さな約束を守ってくれる機会を全て全く、失くしてしまうのだろう。そう思った。

 だから走って走って、走る続ける。無茶苦茶でも良い。まだ間に合う。


 過ぎゆく人々の顔は悉くネビアではない。

 あの深青色の髪を束ねたお団子のポニーテールも、健康的で小悪魔的な小麦色の肌も、悪戯な鈍色の瞳も、どこにもない。

 今度こそ、見つけ出したかった。どこかに行ってしまうその前に、迅雷が。

 

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