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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect33  ”なんでもひとつだけ”


 「それで千影たんは迅雷を探してたってことで良いのかい?」


 「イエス!お昼くらいはむさい(あん)ちゃんたちよりこっちで食べたいよねっていう」


 千影は親指を立てて愛らしく片目を瞑る。

 なるほど、そう表現されると分かりやすい。よく言えば誰にでもフレンドリーな千影も結局は見知らぬ警備員といるよりかは仲の良い連中とつるんでいる方が断然楽なのだろう。

 そもそも千影が本当に警備なんてしているのか、していたとして現場に受け入れられているのかは知らないが。


 「それは分かった。分かったけども・・・なぜに上からビルの上から落下してくるんだよ。もう二度とやるなよ?次はないからな、主に俺の命が」


 軽度ではあるが首を痛めたらしく、迅雷は首を軽くさすりながら千影に犯行動機を尋ねる。


 「ボクもバカじゃないからね。地上から探すよりビルの上から探した方が効率が良いんだよ。そして見つけたらさっそくダイブ!」


 「バカだよ!それをバカって言うんだよ!」

 

 「みゅああっ!」


 気合い十分に熱弁を振るう千影のこめかみに迅雷はゲンコツグリグリを仕掛け、涙目の千影が迅雷の腕をタップした。


 「はぁ・・・いいよもう、いや良くはないけどもうこの話はいいよ。ちゃちゃっと飯買わないとコンビニきっと人ヤバイからな」


 迅雷はもうこの際「千影になら殺されても構わないよ」的な大らかな心で乗り切り、急激に疲れた足取りで歩き出した。もう店内の混雑は想像に難くない。

 そしていざ目的地に到着してみれば案の定酷い混雑だった。月曜になって観戦客は減ったのではなかったのかと言いたい。とはいえここで足踏みしていては始まらない―――のだが、千影が急に迅雷のユニフォームの裾を引っ張り出した。


 「・・・あ、あー!待って待って!ね、ね!とっしー、コンビニならもうちょっと行ったとこにもあるよね、ボクそっちがいいな!」

 

 「うおっ!?なんだなんだ?」


 「げっ、気付かれた!とっしー、逃げるよ!みんなも!」


 「ま、待って!私全然状況が分からないんですけど!?」


 意味も分からず千影に引きずられ、迅雷は人混みの中を普段とは180度違う視点で駆け抜ける。取り残される真牙と愛貴は突然のことに考える暇もなく、千影に言われた通り彼女を追いかけるしかない。

 千影はなにを見てそんなに焦っていたのか。答えはすぐにコンビニを飛び出して追いかけてきた。千影はそこそこ頑張って走っているつもりなのだが、それに食いついてくる不審者の走力に愕然とする。かと言ってこれ以上ペースを上げると多分大変なことになる。


 「あー!待ってくださいよぉ!!それモノホンですよね!ねぇ、それモノホンのタイチョーの息子さんですよね!」


 「あーもう、やっと振り切ったと思ったのに!やだよ!というか君人混み苦手じゃなかったの!?なんでこんなとこにまで出没してんの!?」

 

 「おい千影!あの人知り合いか!?なんかすっごい俺のこと見てんだけど!」


 「知らない知らない!ボクはあんな不審者知らない!」


 「ふぁっ!?私不審者じゃないですよ、むしろ不審者捕まえる側の人間ですよ!!」


 ゴキブリのようにカサカサと、それでいて高速で人の海をすり抜けてくる女はそんな風に言い返すが、彼女が警察だと言って誰が信じただろうか。ピンク色の触角ツインテールを振り乱して涎を垂らすもこもこパーカーは、クマの酷い目をぎらつかせて狂気すら感じさせる。

 ついでに言うなら李の人混み恐怖症自体は健在らしく、彼女の顔は血の気が引いて今にも卒倒しそうだし、目尻に涙も蓄えている。もし本当に迅雷のことを見たいだけでこの行動に至っているとしたらいっそ尊敬してみても良いかもしれない。


          ●


 そう、先ほど千影が「間に合った」と言っていたのは、西野李から逃げていた、という意味である。街の中をある程度見回り終えた千影は、一旦昼食を買うために街に繰り出しつつ迅雷を探そうかと考えていたところだった。しかし、そんな矢先に李と鉢合わせしたのだ。

 どうやら李は昨日打ち解けた千影のことを気に入ったのだろう。話せる相手に気が付いた李がなんだか嬉しそうに手を振って近付いてくるのだが、千影は李の記憶とは対照的な「昨日のこと」を思い出して嫌な予感しかせず逃げ出した次第である。

 重度の人混み恐怖症である李を振り切るのなら人混みまで逃げ込めば勝ちだ。千影はビルの壁を飛ぶように駆け上がって上に逃げ、人の多い通りまで走り出した。


          ●


 以上の経緯を経て千影は迅雷の頭上に落下してくる形で見事有象無象の溢れかえる街の中へと到達、無事頭のオカシイ電波女を振り切った。


 ―――そう思っていた。


 「きゃああ!?」


 愛貴の悲鳴。

 自称警察官が一番後ろを走っていた愛貴を人質に取ったのだ。歯を剥いてニタリと笑う李が愛貴を抱き寄せて手をワキワキさせている。

 千影も人質を取られてしまっては逃げられない。唸りを上げて立ち止まる。

 なんの騒ぎかと通行人が迅雷たちに注目し始めると李の顔色はますます悪くなっていく。

 

 「さ、さあ・・・!止まるのだ!じゃないとこの子をくすぐり地獄の刑に処しちゃいますよ!!」

 

 「わ、私には構わず逃げ、きゃっ、うひゃひゃ!?く、くすぐった、やめ、ひーっ!」


 「卑怯だ!千影、卑怯だぞあの人!マジでなんなんだよ!?」


 「し、知らない!知らないけど、とりあえず教えたらとっしーガッカリするもん!」


 「ふ、ふへへへへ・・・じゅるっ・・・お、追いつきましたよ・・・ぐへ、ゲホッゲッホ!!」


 千影を追いかけるのは大変だったので息も絶え絶えの李は荒い息を吐き、垂れそうになった涎を手の甲で拭い、膝に手をつく。くすぐり地獄から解放された愛貴はクッタリして地面にへたり込んでしまった。

 李のあまりにも女性らしからぬ色気ない仕草を見た真牙はジト目で千影の顔を覗き込む。


 「千影たん、このお姉さんなんなの?このオレがお近付きになりたくないと思うほどって相当なんだけど」


 「・・・この人はね、とっしーのお父さんの部下の人だよ」


 「「「えっ」」」


 千影の告白に迅雷も真牙も愛貴も固まった。


          ●

 

 その後すぐに人混み恐怖症の発作を起こした李を真牙がおんぶして運ぶ羽目に。


 まだ昼食を買えていない一行は、発作が臨界点に達して白目を剥いてしまった李を抱えたままコンビニに戻ってきた。

 コンビニ店内はやはり混雑していて入るのも億劫。だがしかし、ここで真牙が名案を思いつく。


 「そうだ。千影たん、お小遣いあげるからちょっとパシられてよ!千影たんちっちゃいからさっきみたいに人の間スルスルーっていけるでしょ」


 「それだ!なんだ、お前このときのために俺たちの前に現れたんだな。よし、よろしく」

 

 「ええっ!?やだよめんどくさい。どうせレジ並ぶんだから変わらないんじゃないの?」


 まだ千影との面識の薄い愛貴さえ期待したような目で見ている。

 でも千影はイヤなものはイヤと言える子なのだ。・・・なのだが、ここで迅雷の一言。


 「頼むってば。4人でレジ並ぶより1人だけの方が早いだろ?そうだ、今度1つだけなんでも言うこと聞いてやるからさ、な?」


 「っ!言ったね?よーし、ボク行ってきちゃうもんね!ご注文はお決まりでしょうかお客様!」


 途端に千影が目の色を変えて食いつく。アホ毛(本体)の荒ぶり具合からしてもこれは相当効いたらしい。見事に意見がひっくり返った千影に迅雷と真牙、愛貴はそれぞれの食べたいものを伝えると、彼女はさっそく有象無象のひしめき合う混沌の中へ滑らかに溶け込んでいった。



 3分もしないうちに店から出てきた千影から弁当などを入れたビニール袋を受け取った迅雷は、みなと一緒にコンビニの近くにある広場へと向かった。

 無事になんでもお願い聞いてもらえる券を手に入れた千影はご機嫌な様子で鼻唄を奏でている。


 「ふっふーん♪お願いなに聞いてもらおっかなー。・・・あ、そうだ!」


 「これからなんでも聞いて、はナシだぞ」


 「ぐはっ!?も、もしかしてとっしーってエスパー?」


 迅雷はとりあえず誰でも思いつきそうなトンチを先回りして潰しておくことにしたところ、千影が見事に仰け反った。

 それにしてもエスパーとはまた非科学的なことを言う。あれほど胡散臭いものもこの世の中そうそうないはずだ。テレビでも瞬間移動とか透視とか念写とか、いろいろ取り上げられては出演した芸能人がやいのやいのと白々しく驚くばかり。


 「どうせ千影の言うことだから分かるっての。それにエスパーなんていねぇだろ。そりゃ出来たら便利かもしれないけどさ」


 「むむっ!いるもんいるもん!絶対に!」


 「そこで意地張るなよ。子供か」


 「子供だもん!」


 「そうでした」


 広場の真ん中にある大きな円状のベンチの一角に迅雷ら4人は腰を下ろし、真牙はここまで背負ってきた李を自分の隣に寝かせた。

 改めて李をじっくり観察してみると、意外と美人なのかもしれない。ピンクの髪の毛とか年甲斐なく幼げな服装は一見イタいのだが、しばらくするとなぜかあり得るように思えてしまう。これであとは目の下のクマを消して一言もしゃべらなければ十分良い線に届くのだが。

 高級食材を冷蔵庫の中で腐らせたような気分になって真牙は溜息を吐いた。


 「まあいいや・・・食べよう食べよう」


 コンビニ袋からそれぞれの弁当を取り出してランチタイム。とはいえ迅雷と愛貴についてはあと1時間と少しもすれば試合の召集があるので、その前の準備運動に焦って軽めのものをサッと食べるようにした。 

 

 「えっと、そういえば千影ちゃんって警備してるとか言ってましたけど、ホント?」


 落ち着かない時間を過ごしたのですっかり忘れていたことを思い出した愛貴が千影に尋ねる。

 千影は食べかけていたカツサンドを一気に頬張り、飲み込んでから胸を張った。


 「ホントだよ!これでもボクは超強いからね、街の平和のために駆け回ってるのさ!」


 「へ、へー・・・?でも子供なんだよね?」


 「子供だけど大人の事情でね」


 ドヤ顔の幼女の言っていることがすんなり飲み込めずに愛貴は目が回す。千影と仲の良い迅雷と真牙も一切ツッコミを入れないので、常識の不一致を心配した愛貴はオロオロするだけで精一杯なのだ。

 気持ちは分からないでもない迅雷が愛貴をフォローするついでに千影をからかった。


 「あれ?でもさ、千影って警備とか言いながらなにしてたんだ?本当に仕事あったの?」


 「失敬な!ボクは1人で薄暗い路地や人気の少ない通りとか、あと胡散臭い屋上を使命感に駆られて駆け回ってたんだよ?」


 「1人って・・・。厄介払いされただけなんじゃないか、それって」


 「・・・あれ?」


 その発想はなかったのか、千影は急に間抜けな顔になって首を傾げた。それもそうだ。キチンと報酬も用意されて街を警備している彼らだって、それはまあ様々な警備会社なんかからも集められたのだろうが、いずれにせよ子供の面倒まで見たいとは思うまい。なんと言ってもそんな仕事は給料の中に含まれていないのだし。

 この際千影がそんな警備員の中でどれほど手の回る人材かは問題ではないはずだ。人は見た目ではないというのはいい言葉だが、物事にも限界はあるというものだ。

 悲しい現実を突き付けられてウルウルし始めた千影を迅雷は「よしよし」と頭を撫でて慰めつつ、ベンチから腰を上げた。


 「さて、と。俺らもう行こうと思うんだけど、その人・・・李さんだっけ、あとよろしくな」


 もうじきウォーミングアップに行きたい時間なので、厄介なものを押しつけつつ迅雷は愛貴と連れ立つ。


 「あ、ちょっと待ってとっしー。さっきも見たけど一応ね。首に違和感ない?」


 「違和感?お前のせいで痛いんだけど」


 「うっ。それはゴメンね?そ、そうじゃなくて、それ以外にはないんだよね?」


 「ねーよ。変なこと聞くなって」


 迅雷はおちょくるような目をして千影をからかいつつ真牙にあとの世話を任せて、愛貴と一緒に広場を出てアップ会場に向かった。次はいよいよ4回戦で、ベスト16が決定する。迅雷たちの気合いは十二分だった。



 広場に取り残された真牙と千影(それと真っ白になった李)だったが、迅雷たちの姿が見えなくなった途端に真牙が怪しく笑い始めた。


 「くっふふふ・・・。ふ、ふふ、ふはは・・・!」


 「ん?どうしたの真ちゃん?」


 真牙は食べ終わって空になった弁当箱をコンビニのビニール袋に突っ込んでから千影に向き直り、抱きつくように両手を勢いよく広げた。

 

 「むっははは!これでやっと2人きりだね千影たん!―――って、あれ?」


 真牙が千影のいたはずの空間を抱き締める頃には、千影は50メートルくらい離れたところで怯えていた。


 「待ってて、今から110番するから!」


 「むしろ千影たんが待って!ウェイトフォーミー!今のはほんの冗談だから!」


 どこまで冗談だったのかも定かではないので、千影はボクシングっぽいファイティングポーズのまま元の場所まで戻った。


 「悪いけどボクもそろそろ仕事に戻らないとだよ」


 「ええっ、オレ1人で残されるヤツ?」


 「大丈夫、スモモンがいるよ」


 「ひぃっ、千影たんが冷たい・・・」


 割と本気で泣きそうな目をする真牙に千影が慌てると、「うっそぴょーん」とか言って真牙の充血していた目は白に戻った。なにをどうやったら泣き真似がそこまで出し入れ自由になるのだろうか。この芸で食っていけそうだ。

 とはいえ確かに真牙を独りぼっちにしておくのも気が引ける。きっと真牙も千影のことを気遣って言っているだけで寂しいというのは本当だろう。


 「まぁでもそうだね。なにがあるかも分かんないから真ちゃんのことは戻るまでボクが見といた方がいっか」


 「おっしゃ役得!・・・と言いたいけど、オレなら大丈夫だぜ?困ったら重力魔法ブッパでオーケーだろうしさ」


 「いやいや、敵さんそんなに甘くないかもよ?」


 千影が呆れると、真牙は困ったように口をへの字に曲げて押し黙った。

 千影も重力魔法の経験はあまりないのでよく分からない。ただ、今回は相手が相手だ。千影が守ってやれるのならそれに越したことはない。


 そんな千影の顔を見て、真牙は次の話を始めた。今度は真剣な面持ちになるので、千影は首を傾げた。


 「もしかして千影たんって『通り魔』の正体知ってるの?」 


 「さぁねー。どうかな」


 相変わらず食えない少年らしい。真牙の確認とも取れる質問に千影は白々しい顔をするだけだ。

 ともあれ真牙も、今は千影と一緒にいさせてもらった方が良いらしいことを理解する。幼い少女に安全を保証してもらうというのはシチュエーション的にはいささか格好悪さが目立つかもしれないが、痛い目には遭いたくない。真牙は大人しく項垂れた。


 「それじゃ、行こっか」


 「あ、千影たん。この人やっぱり連れてった方が良いかな?」


 「スモモン?いや、いいや。ここに置いてこう」 


 その数分後、広場のベンチに泡を吹いて気絶している女性がいるという通報があったとかなかったとか。

 


 


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