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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect29 ”それぞれの本気”


 「・・・にしてもまさか3回戦からってのなはぁ?」


 6月13日月曜日。さすがに2日目までと比べれば平日になった分観客も少ないが、果たして今アリーナの観客席に溢れかえる人数を少ないと表現して良いものか。

 リングアリーナ『望』の第3アリーナにて行われる行われる大会3日目の第1試合では、遂にマンティオ学園とオラーニア学園の選手が向かい合っていた。


 それも、大物同士のマッチ。本来であればもっと後半の試合でようやく釣り合うような対戦。


 片方、青と白のクールなユニフォームを雑に着こなしているのは、ヤンキー風紀委員長の柊明日葉。


 そしてもう一方は、赤と黒の威圧的なチームジャージをキッチリと纏った生徒会書記の千尋達彦だ。


 凶暴さを前面に押し出した攻撃的な笑みを浮かべる明日葉に相対し、達彦も軽い様子で肩をすくめた。 

 

 「ああ。早めに厄介な敵を潰せるチャンスだ。ここで柊を削れれば後半の連戦でかなり有利になってくるはずだからな」


 「はぁん?言ってくれんじゃねえかよ。残念だけどテメーはここで終わりだぜ。お楽しみの萌生とのデートはまたいつかだな」


 かませ犬みたいなことを言っているが、達彦がここで脱落する可能性も決して低くはない。現時点では公式に最強の称号を与えられた達彦はまさしく他を圧倒する選手だが、明日葉はその他から外れる上位選手なのだから。

 だが、分からない勝負の方が面白い。今や本気で競えるだけの相手を片手で数えられるほどしか持たない達彦にとって、明日葉との試合は大きな意味を持っている。ただ、勝負を楽しみにしてはいても、もちろん3度目の正直だ。今年も勝って萌生との決着をつけに行かなければならない。去年は達彦が勝ったが、一昨年、つまり彼らが1年生のときは達彦は決勝戦で萌生に大敗を喫した。

 だから達彦はこの試合で敗退するという選択肢など持ち合わせてはいない。


 「また随分と凶暴な番犬だな。でも悪いけどな、豊園とは1年前からダンスの約束をしててな。―――力尽くで通らせてもらうぞ」


 達彦がそう言うと、なぜか明日葉がキョトンとして、それから目を輝かせた。


 「・・・?どうした、なにか俺は変なこと言ったか?なぜそんな顔をしたんだ?」


 「いや、むしろイイな!今のお前の台詞ちょっとイカしてたぞ、うん。今度使わせろよな!」


 「あ、はいどうぞお勝手に・・・?」


 そして緩みかけた緊張は一瞬で張り直された。


 それは試合開始の合図。


 待っていましたと言わんばかりに、雪崩のような歓声が沸き起こる。

 壮大なBGMを受けて、3年目のこの舞台の意味を、積み重ねた達成を、求むべき到達を、2人とも実感する。


 「よっしゃあ!!今日は特別に出血大サービスだ、刮目して見とけ!!」


 襲いかかってくるでもなく急に雄叫びを上げた明日葉を、達彦は素直に凝視した。


 するとなんと、明日葉は達彦の目の前でズボンの裾を膝下まで捲り上げ、それからユニフォームの上着の前ファスナーを開いたかと思えばそのまま脱ぎ捨ててしまった。


 「はぁ・・・!?一体なんのつもりだ、柊?」


 「うっせー!見てろって言っただろ!」


 「いやだから見てるんだけど―――ってオイ、本当になにをしてる!?」


 信じられないことに、なんと明日葉はTシャツすら迷いなく脱ぎ始めた。

 まさか裸にでもなるつもりかと焦った達彦が止めようと手を伸ばしたが、さすがに30メートルもある初期間隔では間に合わない。


 試合中にも関わらず主に男子としての理性が絶叫して、達彦はその瞬間に思わず目を閉じてしまった。

 しかし、直後に自分の反応が伴う危険性を思い出して、勇気を振り絞って目を開き、そこに映った明日葉の予想外の格好に目を丸くする。


 「サ、サラシ!?」


 「んだぁ?ナーニ期待しちゃってたかなぁん!ハッハ!」


 上半身の動きを妨げるなにもかもを脱ぎ捨て、胸にサラシを巻いただけの明日葉が凶悪な笑顔で腕を振りかぶっていた。一瞬目を閉じただけでも致命的なラグが生じている。明日葉はすぐに腕を振り下ろした。

 飛んできたのは、明日葉が今脱いだばかりの真っ黒で絶対にサイズも合っていなかっただろう、大きなTシャツだ。  


 それが顔の目の前に飛んできた。ちょうど、達彦の視界を前面遮るようにして。

 正々堂々と本気をぶつけ合うつもりだった達彦は、ようやくこれが『高総戦』において双璧を為すオラーニア学園とマンティオ学園の戦いだと理解する。誰も彼もが、みなから褒められる作戦を採るはずもない。それがあの明日葉なら、なおのこと。

 正々堂々と小賢しく、自分のルールで勝つ。エゴを押しつけられる者は強い。

 そんな風に思うのが数秒遅かった。とうに達彦には明日葉の姿が見えていない。


 「しまった―――ッ!?これが狙いだった!?」


 直後、風斬り音が2つ。とても鋭くて速い。

 もう黒いTシャツを手で払いのける時間の余裕すらない。しかし、このスピードで飛んでくる明日葉の攻撃を受ければ即死だ。


 緊急回避で達彦は身を捻った。全身に『マジックブースト』を使って強度を上げる。攻撃が当たる可能性のある面積を限界まで減らし、頭を腕で守る。なんとしても、例え腕を1本折られたとしても、ここを凌がなければならない。


 

 ―――そして、はためくTシャツを突き破った2本のサバイバルナイフのうち、1本が達彦の頬を掠め、もう1本が頭を庇う彼の左腕に刺さった。


 

 「ぐぁッ!!ナ、ナイフ、だと・・・!?」


 痛みに思わずガードが解けてしまった達彦は気付くのが一瞬遅れた。冷静であれば持ち前の反射神経でダメージも減らせただろうに。

 試合開始の時点で達彦は明日葉のペースに支配されていた。


 達彦の目の前で、宙に浮いた黒いTシャツが奇妙に変形した。ちょうど、人の足2つが裏から刺し込まれたような形に。

 

 「『ダイナマイト・ドロップ・キーック』!!」


 スローモーションのようにさえ感じた危機は実際には一瞬の出来事で、よもや達彦の反応は間に合わなかった。

 呻き声を上げることすら出来ずに達彦は一直線に壁まで吹っ飛んだ。明らかに危険な衝突音が冗談のような大きさで響き渡って、あまりにも想定外の事態を目撃した会場はざわめき立つ。


 明日葉は顔面にTシャツを被ったまま床に崩れ落ちた達彦を見て、明日葉はゲラゲラと笑った。


 「んなっはははははは!どーだ達彦ォ!女子の脱ぎたてシャツ被って鼻息荒くしてっか!今のは効いたろ。恥を忍んだ甲斐があったよ!」


 観客席のあちこちから卑怯な明日葉にブーイングが飛んでくるが、もちろん今更気にしない。

 やれ汚いぞ、とか、やれ卑怯者、とか。なんだそれは、褒めてくれているのか?どうあれ明日葉の本気はこうやって出すのだ。


 「ギャーギャーうっせーぞアンタらは!!汚えだのヒキョーだの。知ってらぁ!アタシを見て分かれ!どっからどう見ても不良だからな!」


 開き直ったワルは強いらしい。ある意味納得するしかない言い返し方をされて文句を言う全ても人たちが「うっ」と息を詰まらせた。

 ちなみに今の明日葉の最低コンボは大会のルール上なんの問題もない。剣や銃を好き放題使えるのに、なぜ衣服を武器にして卑怯と罵られなければならないのだか。いやはや、サッパリ分からない。


 「がっ、ふっ・・・!ゲホッ!!かっ、はぁ・・・くそ。風紀委員長様が滅多なことを言うもんじゃない」


 「おいおい、やっぱ立つのか、さっすが」

 

 達彦は口元を手の甲で拭い、立ち上がった。腕に刺さったナイフは抜いて遠くに放る。顔面にクリーンヒットのドロップキックをもらって口の中もバカみたいに何カ所も切れたし、奥歯もヒビが入った感じがする。

 腕からは人によっては貧血を起こしそうな流血、口の中も鉄の味。出血大サービスとはこういうことかと思って、達彦は明日葉を睨み付けて不敵に笑ってみせた。


 半ば根性だけで立ち上がった達彦は既に相当厳しい状況に陥っている。さらにもっと現実的な話をすると、腫れた顔の肉で左目の視界も悪い。

 

 けれど、達彦と明日葉はもう突っ立ってお互いの出方を窺うようなことはしなかった。 

 明日葉が拳を握り固めて駆け出せば達彦もまた足を動かし、彼女に向けて魔法を放つ。


 「ひでー顔だな元イケメン君!左目見えてんのかな?」


 「そっちこそ初撃で沈められなくて焦ってるんだろう?動きが読めるぞ!」


 とはいえ今の明日葉は「魔法戦」ではなく「魔法もアリのストリートファイト」を仕掛けてきているのは間違いない。彼女の武器は体一つなどと、その気になっていた達彦のミスだ。

 もしかすればこの後もズボンやナイフのホルダーをつけた革のベルト、果ては胸に巻いたサラシですら攻撃の手段に使ってくるかもしれない。全身につけたいくつものアクセサリー類までもが全て武器の可能性を秘めているのだ。

 

 こうなった以上、今の距離以内に接近されないための立ち回りの重要度が跳ね上がった。カウンター策も考えてはいたが、もう使うまい。

 同時に別々の10個の魔法を使用し、達彦はバックステップで明日葉と距離を保つ。

 そしてさらに次なる魔法で追撃。


 「『ライトニング』!!」


 まさにその名の如く光速。限りなく実際の物理法則に近似させることで、魔法の持つメリットである魔力の実体性を損なわせた代わりに本物さながらの導電速度を実現した魔法だ。当然人間には躱せない。


 「ぎゃんッ!?」


 「そのまま痺れておけよ!『エレキフレア』!」


 今度はその真逆。変幻自在の実体性操作。

 電撃を正面から浴びて動きの鈍った明日葉に、達彦は膨大な魔力を圧縮することで実体性を高めた紫電の炎を吹き付けた。威力にして、正面から迫る大型バスを後ろに弾き飛ばすほど。


 「どうだ・・・・・・?どれくらい効いた?」


 余波で周囲の拡散した紫電の欠片が眩しく、視界が悪い。達彦はすぐに迎撃に移れるように身構えながら明日葉の様子を探った。

 そうすると、案の定明日葉の不機嫌そうな声が聞こえてきた。相変わらず超人的な耐久力の持ち主である。CEM(先天性魔力過剰)は伊達ではないということなのか、それとも単にタフなのか。

 

 砂塵が舞い、一時的に痺れて動けなくなった関節をゴキゴキと鳴らしながら明日葉が戻ってくる。

 

 「あーくそ、さすがに威力が違うわなぁ。テメー、アタシがサラシだって忘れてんの?焼け焦げてポロリとかなったらブッ殺だぞ!」


 「それはそんな格好をした柊が悪いと思うんだが?そのときは自己責任で頼むよ」


 「なんてくっちゃべってるうちに『正義の鉄拳☆制裁』だァ!!」


 正義とは一体なんだったのだろう。ふとそんな哲学がしたくなるほど卑怯そうな前口上で正々堂々と明日葉の拳が飛んでくる。


 真正面から来るなど迎撃してくれと言わんばかりだが、どうもそれ自体前提で突破するつもりらしい。

 「制裁」と技名に加わっただけあって、その文字の増加分程度には通常の『正義の鉄拳』より纏う砂嵐が激しい。


 「やっぱり根は清々しいまでの喧嘩馬鹿か!」


 なんにしたって明日葉に次触られれば、今度こそ達彦は間違いなく意識を持って行かれる。


 ならばどう返すか。決まっている。出し惜しみをしていては身が保たない。あの砂嵐のガードを突破し、なおかつそうして減衰した威力でも明日葉の耐久力を超えられるだけの破壊力がある、あの魔法を使うしかない。


 それは恐らくこの大会において達彦のみに許された1つの極致、人類の持ち得る最大の自己防衛技術。魔法を使う者たちにとっての到達点。


 そう、人はその魔法を特大型魔法を呼ぶ。

  

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