episode1 sect10 ”the Beginning of Falling into the Deep”
土曜日。日はすでに高く昇っているようでカーテンの間から漏れる光は昨日とは少し違って見える。迅雷は目は覚めていたが、まだベッドに寝転がってぼんやりとしていた。昨晩は「結局眠れませんでした」フラグを立てていた気がしたのだが、存外普通に寝られた。どうやら本当に千影と一緒に寝ることに慣れ始めたらしい。
片や千影の方はというと、迅雷のパジャマの裾をキュッと握り、彼の胸に顔を埋めるようにしてまだ眠っていた。いかにも健康そうな寝息が小さく聞こえてくる。・・・こうしておとなしくしていれば、
「可愛いのになぁ・・・」
「・・・お兄ちゃん、やっぱりそういう趣味だったの・・・?」
あれ、おかしい、直華の声が聞こえたぞ?
迅雷は恐る恐る声のした方を見る。案の定視線の先には引きつった顔の直華が立っていた。ノックせずに部屋に入ってきたということだろう。今の台詞を聞いてそう言ったのならばそれは盛大な勘違いだと釈明せねばならないのだが、そもそも今の格好だけでもそう見られておかしくないことに彼は気付いていない。実際なにも疚しいことなどないのだが、しかしなんと間の悪い。
「な、ナオ!?いきなり入ってくんな!あとこれは違うぞ、可愛いっていうのはそういうのじゃないからな!」
「私のお風呂上がり覗いたりしたんだからこれでおあいこですー、だ。起こそうと思ってきたけど、そっとしといた方が良かったのかな?」
これが因果応報というものらしい。どれもこれも迅雷としては(ラッキーな)事故だったのだが、偶然の出来事にもしっかり適応される四字熟語に迅雷は溜息をつく。
「そんなこと言うくらいなんだったらナオが千影と一緒に寝てくれよ・・・」
そうは言ってもどうせ千影は好き好んで迅雷のベッドに入ってきてしまうのだからどうしようもないのだが。それについては直華も分かっているのでなにも言わなかった。
「むにゃ・・・あ、とっしーおはよーのギュウー」
千影が今の話し声で目を覚ました。起き抜けからいじらしい様子でくっついてくるので迅雷は思わず緊張してしまう。困ってはいるのだがちょっと嬉しいようなどうしようもない気持ちである。視界の端では直華が頬を膨らませているのが見えた。そんな不機嫌な妹に気づいて、迅雷はハッと我に返り千影の顔を遠ざけようとし始めた。
「おい、離れろっての・・・!つかなんでナオがプンプンしてんだよ?」
「な、なんでもないもん!?ほらっ千影ちゃんも起きた起きた!」
直華が今度は赤くなって慌てて千影を催促し始める。朝から忙しい妹である。一方起こされる側の千影はというと、まだ半分寝たままで生返事をする。
「ふぁーぃ・・・ネムネム」
服を掴む力が弱くなったかな、と思った迅雷がベッドから立つと千影が抱きついたままになってコアラみたいなことになった。
「下りろボケ」
「イデッ」
げんこつで叩き落とされた千影が床に全身でビターンと激突した。
●
「おーし、んじゃでかけるか。ナオも準備終わってるか?」
朝食も済まし、出かける支度も調えた。2階からは直華が行けるとの返事をするのが聞こえたので迅雷は千影と一緒に先に玄関を出た。ちょっと遅れて直華も靴をつっかけながら出てきた。
「よーし、じゃあしゅっぱーつ!」
「千影ちゃんそっち逆!」
千影が待ちきれないように先頭を切って歩き出したが道が逆なのを直華が修正して結局迅雷が先頭になった。今日の目的地は一央市の繁華街の方だ。地下鉄一本で行けるので最寄りの駅まで歩けばすぐに着く。
●
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?なんだよ、そんなに緊張して?」
街のメインストリートの人混みにもまれて歩きながら鍵屋を目指して歩いていると直華が少し赤くなりながら迅雷に話しかけた。
「ハッ!?まさか痴漢でもされたのか?くそ、人の可愛い妹に手を出すなんて・・・」
「違う違う!ていうか冗談でも人混みでそういうこと言わないで!?」
割とまじめに考えて、割とまじめに憤っていた迅雷だったのだが、どうやら違うらしいので一安心した。
「でも、それならどうしたんだよ?」
「だからね?その、確かに人多いけど・・・私まで手を繋ぐ必要はないんじゃないかなー、なんて」
メインストリートに入るとかなりの通行量だったので迅雷は今千影と直華の両方と、2人が自分からはぐれないように手を繋いでいた。ここではぐれたら探すのも面倒であるので保険でいいから繋いでおいて欲しい迅雷がこう返す。
「いやいや、今日ホントに人多いしもしはぐれたら困るだろ?ナオなら心配ないとは思うけど、一応な?」
そう言いくるめられた直華は顔を赤くしたまま俯き気味に周りをチラチラと見だした。今日来ている客は、年度初めで必要なものを揃えに来た人も多いようだが、仲の良さそうなカップルもそこそこ見える。直華はちょっと悩んで、それから迅雷の手をさっきより少しだけ、強く握ってみた。
それにしても、さっきから千影がなにかと目新しい店を見つけては入ろうとするのを、いちいち迅雷が握った手をリードのようにぐいっと引っ張って巻き戻しているのでさっぱり進まない。
「いい加減にしろや!さっきからよー!」
迅雷が我慢の限界に来てついに叫んだ。半笑い半怒りで怒鳴る。合い鍵を作ろうと思ったらそこそこ時間がかかるし、ちんたらしていたら先客に埋もれてできあがるのが夕方とかになってしまうかもしれない。昼食後に鍵がまだできていなかったらそのときは順々に回ってやるから、と千影をなだめてやっとの事で目的の店にたどり着いた。
「すみません、これの合い鍵作りたいんですけど」
カウンターには何人か並んでいたので、10分ほど並んでから注文を済ませた。やはりというか、自分たちの前に並んでいた人以外にも先客がいたようで、出来上がりは午後の3時頃になりそうとのことだった。
「よーし、じゃあ例のレストランへゴー!」
店を出るなり千影が待ってましたと言わんばかりの様子で歩き出すのだが、
「だからそっちじゃないって。お前道知らねーだろがついてこい」
迅雷がすぐどこかに行きそうになる彼女の首根っこを掴んで引き戻す。これなら本当に首輪とリードがあった方が楽かもしれないとさえ思う。
「あ、確かに。じゃあとっしー、案内よろしくー。ねえねえ、はやくいこーよ!」
本当に調子がいい。千影はどうしてこうも落ち着きに欠けるのだろうか。結局半分引っ張られるようにして迅雷と直華は歩き出した。レストランは確か店を出て右に曲がった2つ目の角を曲がった先だったはずだ。迅雷は昨日確認した道を思い出しながら、2人が喜んでくれるかどうかと考えて少しソワソワしていた。
●
「おし、着きました、ここです」
迅雷は薄い水色に塗られた壁が特徴的で、小さめな二階建ての小洒落たレンガの建物の前に立ち止まった。ここが例の洋食店である。店の外観を見て直華が思わず感心したような声を出す。
「へー、お兄ちゃんこんなお店知ってたんだ。なんか意外ー」
「フフフ、妹よ、あまり兄をナメるでない。それに味も保証するよ。ほら、入ろうぜ」
木製のドアを開けて店内に入る。内装も薄い水色と白い照明が爽やかで落ち着いた空気を生み出している。デートとかで来てみたい感じの店だ。・・・・・・なのだが・・・。
「・・・ねぇとっしー」
千影が迅雷の服の裾をクイクイと引っ張る。視点は一緒。
「あぁ、言わんでも分かる」
「・・・なんかガラのワルそうな兄ちゃんがいっぱいいるんだけど」
店に入った途端、どっからどう見ても路地裏でたむろしてタバコでもふかしていそうな連中が一斉にこちらをジロリと見てきた。席の半分以上を占める不良少年グループみたいな連中が放つ異様な威圧感に怯えた直華が迅雷の背中に隠れる。
「お、おおおお兄ちゃん、ここはまた今度にしよっか、ね?」
すると、今の直華の言葉を聞いたからかなんなのか、彼らの中でも一番年長者に見える、恐らくリーダー格の少年(?)がガタッと席を立ってゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
(なに?もしかして今のナオの発言に怒ったとかじゃないよね!?イヤ、ホントスミマセン、よく分かんないけど謝るから許してくださいィィィ!)
汗だらだらで若干身構えながら、迅雷は心の中で毎秒100回くらいのペースで謝ってみた。すると千影がひょいと前に出て、
「オウオウ兄ちゃん、やんのかゴラァ?」
「・・・!?バカヤロー!?なにしちゃってんの千影さん!?」
驚愕に心臓が飛び出そうになって全体的に言葉のイントネーションもおかしくなった。マジモンのヤクザみたいに突っかかっていく千影の後ろ襟を迅雷は思い切り掴む。
しかしなんか、千影のヤクザっぷりが真に迫っていて容姿とのギャップがシュールなことになっている。
そうこうしている間にチンピラ少年(?)が目の前に迫っていた。というより近すぎるというくらい目の前だった。身長が190cmくらいはあるのだろうか、上から目だけがこちらをジロリと見下ろしている。
「・・・・・・オイ」
「ひゃいっ!?スンマセンっした!?また出直すんで!」
ドスの利いた声で話しかけられ迅雷は今度こそ一瞬心臓がキュンと止まったような気がした。恐怖と驚きで声がひっくり返る。
(ナニコレ、こないだの『羽ゴリラ』より恐いんですけど)
目の端をウルウルさせながら迅雷は硬直する。それ以上なにも言わない少年(?)の大きな手がおもむろに高く持ち上げられた。直華が反射的に目を瞑る。
そして、勢いよく少年(?)の大きな手が振り下ろされ、そして・・・
ポフっと千影の頭に乗せられた。
「「「・・・・・・へ?」」」
頭に手を乗っけられた千影だけでなく、迅雷と直華も予想外の展開について行けずに間の抜けた声をこぼした。不良のリーダーらしき少年(?)は千影の頭をポンポン叩きながら笑っている。
「嬢ちゃんなかなかイイじゃねぇか。ほら、そこの両手に花の兄ちゃん、さっさと座れって」
想定外の事態に想定外の事態が重なって口を開けたままの迅雷に、少年(?)は間抜け面をする迅雷の顔の前で手を振って意識を確かめるようにしながら早く座るように促した。直華はといえば両手に花とか言われて今は一転しておろおろと迅雷の顔を見ている。
だが、数秒して意識が帰ってきた迅雷が慌てて催促されるままに席に向かおうとしたそのときだった。
二度あることは三度ある。さらに予想外の出来事が、店のドアを開けてやってきた。その予想外な人物は店の中に入って中の様子を見るなり、呆れたような声を出した。
「・・・・・・アンタらまた客に突っかかってたんじゃないでしょうね?」
怒りが染み出していてトーンは落とされていたが間違いなく聞き覚えのある声に迅雷は後ろを振り返った。
店の入り口には、レストランのイメージカラーと同じ薄い水色の髪を肩ぐらいまで伸ばした色白の少女が1人。前髪が少し目にかかっていて、巻き布のような独特な見た目のアクセサリーで横髪の一部を左耳の前あたりで細く束ねていて髪形を左右非対称にしている、スタイルがよくて、いつもクールなクラスメイトが立っていた。
彼女の登場にあの強面の少年(?)が冷や汗を吹き出させる。
「と、とんでもねぇっすよ、姐さん!そんなことしたら俺ら氷漬け確定じゃねぇか!今はこいつらに席に座るよう言ってただけだって!」
・・・・・・姐さん?
姐さんと呼ばれた少女は嫌そうな顔になる。本人はこの呼び方を快くは思っていないらしい。
「だからその呼び方やめろって言ってんでしょうが」
なにがなんだか分からない。迅雷は驚いて、思わず今し方現れた意外な人物の名前を口にした。
「天田、さん・・・?」
客に突然自分の苗字を呼ばれて、雪姫が怪訝な顔になって迅雷たちの方をを見た。そちらを見て、彼女もその客が自分のクラスメイトだということに気が付いた。
「アンタは・・・。・・・ハァ」
彼女は、なんだか行く先々でこの少年の顔を見ている気がした。溜息をついて、心底嫌そうな顔で雪姫は迅雷たちを席に案内して、そのまま店の厨房まで行ってしまった。店の奥からは、店長さんだろうか、気の良さそうな感じの中年男性が雪姫に、お客さんに向かって溜息はダメじゃないか、とかなんとか言っているのが聞こえてくる。
それにしても、雪姫の人間関係がよく分からない。学校ではほとんど誰ともしゃべらない寡黙な印象なのに、いや、それは今もそうだったが、しかしこのチンピラ少年たちとは知り合って少し経っているようだった。てか客じゃなかったのか。しかも姐さん。
「お兄ちゃん、あの人ってこないだの・・・?」
直華がもうよく分からないといった感じで迅雷に話しかけた。
「あぁ、そう・・・だよなぁ」
まさか不良狩りをしていたらいつの間にかあれだけ強くなってしまったとかじゃないよな、と迅雷はこの間の雪姫の戦いを思い出しながら考え込む。が、たかだか不良狩りであんな殺人級な魔法を使えるようにはならないよな、と否定する。というかそうだったら恐すぎる。
千影が顎に手を当てて吟味するような表情をしてから話し出した。
「なんかあの人からはビビッときたよ。もしかして強いんじゃない?」
千影もライセンス持ちなだけはあって人の実力を見る目はあるのかもしれない。漠然とした感想ではあるがなにかを感じ取ったらしい。
「確かにめちゃくちゃ強いよ。・・・ただ千影とだったらどっちの方が強いんだろうな・・・?」
言いながら迅雷は素朴な疑問を感じていた。千影はランク4と多少デキる一般人を比べるなとかなんとか言っているが、正直迅雷としては比べる2人の全力を知らないのでそう言われても簡単には決着がつけられなかった。
店長が店の奥から水の入ったグラスを持ってやってきた。注文を取りに来たのだろう。
「はい、お冷やです。すみませんね、雪姫ちゃんが」
グラスをテーブルに置きながら、店長はそう言って少し頭を下げた。この人も、雪姫のことを「雪姫ちゃん」と呼ぶくらいなので彼女とはそれなりに長い付き合いなのだろう。もしかすると見た目は似ていないが、家族なのかもしれない。迅雷はどうせいつものことで慣れていること、もとい気にするほどのことでもなかったので苦笑いで店長に気を遣う。
「あー、いえ、気にしてませんから。謝らないでくださいって」
「そうですか?それならいいんですけど。ご注文はお決まりになりましたか?」
直華が迅雷におすすめはあるか、と聞こうとしたところ、それより先に不良連中の中の何人かがタイミングもバラバラに、しかし同じことを言ってきた。それによれば、どうやらハンバーグがおいしいらしい。迅雷も確か前来たときはハンバーグを食べた気がする。
「じゃあ、ハンバーグステーキ、3つお願いします」
ここの雰囲気にも少しずつ馴染んできた。不良連中が揃って料理が来るのをまるで子供が母の料理を待つようにソワソワとしているのが少し可笑しかった。
●
「いやーおいしかったねー。また来たいなー!」
肉汁の溢れるジューシーなハンバーグを平らげて満足して店を出た。代金も馬鹿にならなかったが、千影も直華も絶賛しているので迅雷はほっと息をついた。初めこそどうなることかと思ったが、恐いお兄さん方も案外いい人っぽかったし、なにより雪姫が料理を作ってくれているようなので、迅雷は足繁く通いたいとさえ思った。とはいえそこそこのお値段だし、今以上に雪姫の態度が冷たくなるかもしれないと考えて断念せざるを得なかった。
携帯をポケットから取り出して時間を確認すると、意外に時間が経っていなくてまだ1時半だった。そこで、先ほどまで千影があれやこれやと入ろうとしていた店をぼちぼち回ることにした。異様に幅の広いアーケード通りに戻り、まず初めに店の前に風変わりな服ばかりを並べている店に入る。店の中も例に漏れず奇抜なデザインの服がそこかしこに飾られていた。
「千影ってこういうTシャツ着てみたい系の人なのか?」
鼻歌交じりに誰が着るのかも分からないようなTシャツを見る千影に迅雷が質問をした。
よく見てみれば、彼女の着ている一見普通に見えるパーカーも、肩甲骨あたりに二筋の細い切れ込みが入っていたり、中のシャツともども袖口がやけに大きく広がっていたりして、ここの商品ほどではないがアンバランスで珍妙なデザインだ。ちなみに直華はあまりに強烈なデザインの商品に顔を引きつらせ、つってある服に触れようともしない。
迅雷の質問に、千影は手に持っていた服をシャツを綺麗に畳み直してから棚に戻して、それから答えた。
「なんで?てか、こんなの誰が着るの?」
心底理解できないといった顔で首を傾げる。さっきまでレジからこちらをぼーっと眺めていた店員の顔が、千影の言葉を受けてみるみる険しくなっていくのが見えた。迅雷は察したので無言で千影の首根っこを掴んで店から出た。
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その後も2,3件ほどの店を回ったのだ迅雷たちはだったが、今はチェーンの喫茶店にいた。迅雷はゲンナリした様子で注文したコーヒーも放ってテーブルに突っ伏している。そんな迅雷に代わって直華が千影に話しかけた。
「ねぇ、千影ちゃん」
「なになに?」
「なんであんなゲテモノっぽいお店ばっかり見つけて入っていっちゃうの?もはや才能?」
というのも、あの後も結局奇妙なものばかり並べている店を嗅ぎ当てては、一通り吟味した千影が商品にケチをつけて迅雷が引きずりだす、というのを繰り返していた。
「えー、だって面白そうだったじゃん」
「そういうの言い出したらキリねーだろ。ちょっとは店からアホの首根っこ掴んで飛び出る俺の気持ちにも考えてくれ・・・」
顔を上げた迅雷が一通りの文句をたれて、それからコーヒーを口に含み店内の壁掛け時計を見る。
「まだ2時半・・・。なあ、あと30分ここでいいよな」
もうこれ以上千影のおバカに付き合うのも面倒だったので迅雷はこのまま喫茶店でゆっくり待とうと提案した。
「えー!?まだ行きたいところあるのに・・・むー。まぁいいけど」
嫌がってみた千影だったが迅雷だけでなく直華まで首を縦にブンブン振っているので、嫌々ながらも承諾した。
千影も折れてくれたので迅雷がやっと落ち着けると思って脱力した矢先だった。大きなアナウンスが響き渡った。
『モンスター警報、モンスター警報。ただいま、このエリアにてモンスターの出現を確認しました。対象は2体、ただし大型危険種と推測されます。ライセンスをお持ちでない方は速やかに安全な建物の中に避難してください。ライセンスをお持ちの魔法士の方はこれの撃退と、要避難者の方々の警護をお願いいたします。繰り返します・・・』
アナウンスが終わる前に、喫茶店の外でなにか重い物体が着地したような地響きがした。そして、通行人の悲鳴がドアを開けて店内に流れ込んできた。
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窓の外が真っ暗になっていた。
敵は例にもよって大型危険種だ。恐らくその巨体はこの喫茶店の大きな窓から見える視界の一面を覆い尽くし、なおそれよりも大きいのだろう。強さ生半可な実力ではライセンスを持っている魔法士でも戦うことは不可能なのではないだろうか、とさえ思える威容。
幸い2体同時に1カ所に集まるということはなかったがそれでも窓から見えるその状況は既にその危険度を訴えかけていた。さっきのモンスターの着地の衝撃や風圧で転んで逃げ遅れた人も多く、外にいるお墨付きの魔法士もせいぜい5、6人といったところのようだ。
「お、お兄ちゃん、どうしよう・・・!?」
直華が不安げな声でそう言って、迅雷の服の裾を掴む。彼女も外の逃げ遅れた人のことが心配なようだが、しかし敵が小型の大して凶暴でない個体ならまだしも、今落ちてきたのは全高でも4,5mはある個体だったので直華が救助に行こうとしても要救助者が1人増えるだけなことくらい分かっているようでもあった。
「どうするっつっても・・・。なぁ、千影、お前ならアレ足止めできたりするか?できるんならその間に今外にいる魔法士の人と協力して逃げ遅れた人たちを中に入れたいんだけど」
今実力的に一番上なのは千影だ。小さな少女に戦いを任せるのも気が引ける迅雷だったがそうも言っていられない。自分の非力さを感じながらも迅雷は今一番有効な手段を考える。
ちょっと考えたような顔をしたが千影も問題なさそうに頷く。
「うん、大丈夫だよ。むしろそれがボクの義務だしね。・・・さ、行こっか」
迅雷も頷いて、直華に待っているようにいって外に出た。広いアーケード通りにはモンスターの予想通りの巨体が佇んでいた。集まってきたのか今は10人の魔法士が抗戦しているのだが近くに人が倒れているのでうまく戦えていない。
それを救助できないのは、その危険種が振り回すちょうど10本の触手を抑えるのに手が離せないからだ。
「アレじゃ近づけない・・・!?千影、近くの人から救助したい。でもあの触手お前は止められるか?」
「しつこいねー、とっしーは。大丈夫って言ってるじゃん、信用してよ」
自信たっぷりな様子で千影は『召喚』で自身の聖柄の細身な両刃刀を取り出し、腰の後ろに鞘をベルトで括り付けた。それから、腰を落として、叫ぶ。
「よし、行くよっ!」
瞬間、ロケットのように千影の体が飛び出した。やはり凄まじい瞬発力である。一直線に触手の波状攻撃の隙間を縫ってモンスター本体の前に躍り出る。モンスターの赤黒くブヨブヨした巨体が突然現れた小さな敵に怯みズザリと下がる。が、直後、10本の触手の矛先がすべて千影に向けられた。空気を裂く音と共にしなやかで鋭利な触手がたった1人の少女に殺到した。
しかし千影は余裕を崩さなかった。大胆にも両手を広げ魔法の詠唱をする。
「『エクスプロード』!」
10の触手の行く手に10の小爆発が巻き起こる。爆煙の中からは先端を吹き飛ばされた触手がだらりと地に落ちた。
「とっしー、今だよ!」
「・・・!わ、分かった!みなさん、倒れている方を中に入れますんで手伝ってください!」
一瞬の出来事に見入ってしまっていたが、気を取り直して迅雷は魔法士の人たちにも呼びかけながら要救助者の下に走り出した。同じく千影の活躍に唖然としていた魔法士たちも半々に別れて救助と足止めに回った。恐らくそれでも千影1人に任せるのは荷が重いと判断したのだろう。迅雷は一番モンスターに近いところに倒れていた人にたどり着き、一気に抱え上げる。
「よし、この調子なら・・・!」
迅雷は喫茶店のドアの方を向き、そして。
目の前に千切れて動かなくなっていたはずの触手が迫っていた。
「・・・ぁ!?」
声を出す間もなく迅雷の体は弾き飛ばされた。倒れた通行人を抱えたまま飛ばされた迅雷はそのまま隣のビルの2階の窓に叩きつけられた。
「がぅ、・・・あ!?」
咄嗟に抱えていた人を庇った分ダメージが重い。受け身を取ることも出来ずに地面に落ちる。
「とっしー!し、触手の再生が速い・・・!」
こちらの注意を向けた千影に迅雷は手だけで「大丈夫だからもう少し頼む」と伝えてよろめきながら立ち上がる。
迅雷だけでなく他の救助に回った魔法士も何人かは触手の直撃を受けたようであったが、なんとか全員無事だった。しかし、この超短時間で触手を再生されれば千影がどれだけ頑張っても厳しいはずだ。迅雷は歯噛みをする。
「くそ、どうすりゃ・・・」
どうすればいい?触手が暴れ回っている中を、人を抱えて突っ切るのは困難だ。モンスターの方も学習したのか触手をまとめて千影に突き立てることをしないため先ほどのような隙も見せない。
そんな中、千影はしまったな、と感じていた。だから。しかし。
「だー!!もうめんどくさい!みんな、コイツこのまま倒しちゃうよ!近くの人だけでも守っといて!」
・・・・・・なに?
言い終わると同時、千影の動きが変わった。というより目で追うのが精一杯でなにをしているのかが速過ぎて見えない。あのモンスターの巨体がみるみる全身の各所を削ぎ落とされていく。
『ギュウアァァァァム!!?』
突如体中を切り刻まれ始めたモンスターが激昂した。大きく腹が裂けて巨大な口が開き、千影を捕食しようとしたが、逆に口内をさっきよりも強力な『エクスプロード』で爆破されて巨躯が弓なりに反り返る。千影が一瞬足を止めたところで肉が切り落とされ、触手は根元から切り落として断面を火炎魔法で焼いて再生機能を奪う。
「トドメ、いくよ!」
高く跳び上がった千影の背中に風の魔法陣が浮かぶ。
「『サイクロン』!」
突風が彼女の背中を押す。今度こそ目にも止まらぬ速さに達した千影の体が、剣を前に突き出す格好でモンスターの幅にして6,7m近い体を貫通した。あまりの速さに千影の体には血の一滴も着いていない。体に穴を開けられたモンスターは為す術もなく力尽き、黒い粒子となって跡形もなく消え去った。
ふぅ、と息を吐いて千影は迅雷の方に戻ってきた。
「とっしー大丈夫だった?ケガはない?」
「あ、あぁ。あちこち痛ぇけどなんとかな。それにしても・・・やっぱすごいな、千影は」
彼女のランクを失念していたわけではない。ただ、その実力は想像以上だった。圧倒的な連撃の前にあの大型危険種がなにもできずに消し飛んだ光景を目の当たりにした迅雷は、改めて自分の口ばかりな無力さ痛感しないではいられなかった。完全にお荷物だった。心の隅では初めからこうして倒してくれれば良かっただろうに、と思う自分がいるが、行くと言い出したのは自分で助けることも出来なかったったのもまた自分なのだ。感謝こそすれど文句を言える立場ではない。
「せっかくなんとかなったっていうのに、なんて顔してるのさ、とっしー」
「・・・いや、結局なんもできなかったなってさ・・・。でも助かったよ、ありがとな千影」
浮かばれない気持ちや、悔しい気持ちは完全には伝わらない。だから、お礼を言う。
「どういたしまして。でもボクはとっしーがかっこ悪かったなんて思わないよ?とっしーはちゃんと助けたいって自分から動いてたもん。そういうのは人であるためには大切だと思う」
そう言って千影は迅雷に手を差し伸べた。迅雷は気を失ったままの救助者を、肩に手を回し直して抱え上げつつ、少し笑って千影の手を取った。
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喫茶店の中に戻ると直華が駆け寄ってきた。ひどく心配そうな顔だった。
「お兄ちゃん、千影ちゃん、良かったぁ!」
「ゴメンな心配かけて」
迅雷の言葉に、しかし直華は首を横に振って笑いかける。心配は、確かにした。ただ、そんなものは迅雷と千影が特にどうということもなげに戻ってきてくれたことでチャラである。それから、直華は少し困ったように、それでいてわくわくを隠せない、といった風に千影に話しかけた。
「それにしても千影ちゃん本当に強いね。明日試合しようとか言っちゃったけど手も足も出ないよ、絶対」
「ふっふっふー。実はまだまだこんなもんじゃなかったりしてね?・・・なんてね。ま、ランク4にもなれば誰だってあれくらいの強さはあるよ。はやチンなんてボクの10倍は強いでしょ?」
実のところ先ほど戦っていた魔法士は全員がランク2だったのだが、ランク2とランク4では既にこれほどまでの力量差が出るらしい。
「あーあ、俺ももうちょっと魔力があればなぁ」
迅雷はこの前の魔力切れの時も漏らさなかった言葉をつい口に出してしまった。あのときの羞恥心よりも今の無力感の方が断然堪えたからだろう。
迅雷も本当なら『守れ』る人すら『守れ』ずに終わるのが嫌だった・・・というのは当然として、千影にも苦労をかけたくないとも思っていた。自然と、闘えるだけの力、人を『守れ』る力というものに憧れてしまう。
と、そんな彼に千影がなにかを言おうとした。
「あぁ、そのことなんだけどね?とっしー、実は・・・」
―――けれど、千影の声を遮って再びスピーカーからアナウンスが流れてきた。ただ、今回は警報ではない。
『モンスター2体の討伐を確認しました。ご協力いただきました魔法士の皆様、ありがとうございました。・・・・・・』
「・・・どうやらもう片方も誰かがやっつけてくれたみたいだな」
迅雷は窓の外を眺めながら肩の力を抜いた。千影もアナウンスを聞いて伸びをしてからさっぱりした顔で、
「よし、じゃあ疲れたし帰って休もー!」
「待って千影ちゃん!鍵、鍵取りに行かないとだよ!?」
千影が小さな声で「あ」と言うのが聞こえた。やっぱり根本的にはアホの子なのかもしれない。
●
――――――状況終了のアナウンスの響いた数分前。一央市繁華街エリア、迅雷たちがいたのとは別の区画にて。
「なんでぃ、いきなり出てきやがって。びっくりさせる」
2m近い身長に鎧のような筋肉が服の上からでも分かるほどの大男が、赤黒く、ずんぐりとした巨大な生物を見あげて、そう言った。
「ふむぅ。これ殺っちまった方がいいのかねぇ」
いかにも面倒くさそうに大男は顎の無精髭を触りながら顔をしかめる。彼の隣にいた深い紺色の髪で中肉中背の青年が気持ち悪いくらいにこやかな顔で返事をした。
「市民の平和のためには、ねぇ」
「俺たちゃそんなのとは縁がねぇだろうが」
いよいよやる気のない顔になる大男に、青年はやれやれといった風に話し続ける。
「まぁイイじゃないの。オモシロそうじゃん?別にちょっとくらい魔法使ったってなんもないっしょ。平和的利用だって、へ・い・わ・て・き。なぁ親父?」
青年がソワソワしている。親父と呼ばれた大男は、コイツにやらせたら相当エグいことになるのは間違いないか、と考えて溜息をついた。それから少しおいて、大男は目の前の巨大なモンスターに手をかざした。モンスターの近くにいる一般人にはあまり気を遣った様子もなく、とりあえず余波で人死にが出ないくらいに調整して、
「『エクスプロード』」
閃光と共に一瞬で眼前にそびえ立っていた巨大生物は木っ端微塵に消し飛んだ。さらに、その爆風で周囲の建物の窓ガラスにヒビが入った。
「ひゃー。ちっとヤリスギなんじゃねーの?この辺のガラスって結構堅いんじゃなかったのかよ?」
青年はそんなことを言いながらもずいぶんとご機嫌な様子で笑いながらそんなことを言っている。あれほどの爆風に煽られたにも関わらず、よく平然としているものだ。
大男の方も思ったより威力が出ていたことに気が付いて自分でも驚いたように少し目を丸くしながら頭をボリボリと掻く。が、気を取り直したようにまた不機嫌そうになった。
「知るかそんなもん。デカブツ相手に結構加減したつもりなんだぞ。けっ、バケモンばっか相手取ってんと魔法の制御が逆にガバガバになっていけねぇ。次からは殴り殺すようにしとこうか」
その後も大男は、「大体この町はいっつもくるたびくるたびモンスターが沸いてるから鬱陶しくて仕方ない」とかなんとか文句を言い続けていた。
爆心地はモンスターのいた痕跡どころか敷き詰めてあったタイルが一枚も残っていないし、完全にクレーターみたいになっているという、町内会に怒られそうな状態になっている。
しかし、それだけの二次災害にも関わらずそれによる一般人の負傷者はいなかった。なぜなら、大男の周囲にいた複数の体格のいい男たちがが慌てて近くにいた一般人を庇ったからだった。代わりに男たちがボロボロだったが。その中の一人が半泣きで叫んだ。
「親父ィ!もうちょっと、もうちょっとで良いから加減ってやつを覚えてくれ!」
背中からぷすぷすと煙を燻らせながらそう言っていると妙な説得力があるような、ないような。青年がその男を指さして腹を抱えながらゲラゲラ笑いながら、言い訳のように文句を垂れ続ける大男に代わって返事をした。
「研ちゃん、ずいぶん間抜けなカッコしてんなー!?ひゃひゃひゃ!いやーイイネ。つか親父に加減とか、似合わねーだろ!くはは!」
「紺、てめぇ・・・!とりあえずその笑い方やめろっ!」
と、いろいろ彼らが言い合いをしていると、一通り文句を垂れ終わった大男が他の服が焦げてたり髪が焦げてアフロになったりしている例の男たちに声をかけて歩き始めた。すると彼らも疲れてぐったりした様子で仕方なさそうに大男の後に続いて歩き始めた。口々に「加減を覚えてくれれば」とかなんとか言っているが大男は意にも介さない。
●
紺色髪の「紺」と呼ばれた青年が大男に話しかける。
「そういやアイツ今どうしてっかね?ここんとこ3日くらい連絡来てねーよな」
「さぁなぁ。まぁアイツのことなら大丈夫だろうよ」
紺の質問に大男は少し上を見あげながら特に心配する様子もなくそう言った。
「フーン?まーそうだねぇ。なぁ親父、裏切られちゃったりしたらどうすんの?」
普通の人がこの青年の顔を見ても、誰も彼の考えを窺い知ることは出来ないだろう。しかし大男はそんな紺のニヤついた顔を見ながら、
「心配はいらねぇぞ。そんときゃそんときだ」
柄の悪そうな男たちは何事もなかったかのようにそそくさと、しかし悠々と爆心地から去って行った。
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喫茶店を出たあと、迅雷たちは千影の合い鍵を受け取りに行き、そのまま帰路に就いていた。千影もこの前の雑魚の群れを相手にしていたときと違って魔法も連発したり、より激しい立ち回りをしていたので若干疲れている様子だった。
「いやー、ひっさしぶりにいい汗かいたなぁ。でもなんであんなに町のアーケードまであんなに広いのかななんて思ったけど、でっかいモンスターが出ても大丈夫なようにだったんだねー」
千影が今日の感想をつらつらと述べていく。
「他にも魔法の余波による被害を小さくするためっていうのもあるらしいよ?」
地下鉄に乗りながら千影と直華がシートに座って話しているのを、迅雷は座るスペースがなかったので2人の前に立ちながら聞いていた。
「お兄ちゃん、本当に座らなくてもいいの?疲れてるでしょ、大丈夫なの?」
直華が迅雷を心配そうに見上げるが、迅雷は軽く笑って見せて大丈夫だと言う。それから迅雷は思い出したように話題を転換した。
「そういやさ。さっき千影いろいろ魔法使ってたじゃん?」
千影はそれに、うん、と答えてなにか変なことでもあったのだろうかという顔をしている。迅雷は質問を続ける。
「千影って『二個持ち』なのか?炎魔法と風魔法使ってたろ?」
『二個持ち』とは、要は2色の魔力を同時に宿している人間のことだ。読み方としては、文字通りの「にこもち」か、英語圏で使われている「デュアルスタイル」が主だ。特殊な体質で非常に稀なケースのようである。一説では突発的なものだけでなく遺伝性のケースもあるとも言われているが、とにかく貴重なことに変わりないので戦力的に重宝されているらしい。迅雷としては父親がそれなので、珍しく感じたわけではなかったが、興味を持つだけのことではあった。
「うん、そうだよ、ボクの場合2色の均衡が赤寄りの魔力構成だから風魔法はあんまりドーンと使ったりは出来ないんだけどね」
千影もなんの気なしに平然と答える。本人からすれば当然のことなのだろう。それから千影が質問をし返す。
「そういえばはやチンも『二個持ち』だったけど、とっしーとナオはどうなの?」
「俺もナオも黄色だけだよ。遺伝説ってのもどうなのか分かんないよな」
千影はフーンと言って座席の背もたれに体重を預ける。彼女としては迅雷たちが『二個持ち』だった方が面白いと思っていたのだろう。それにしても、と直華が言葉を繋いだ。
「千影ちゃんって次から次に、なんかその、すごいよね。実はまだなにか奥の手みたいなの隠してるんじゃないの?なんちゃって」
直華の発言に目をぱちくりさせた千影だったが、直華も冗談で言っているようだったので笑いながら返す。
「やだなぁ。『二個持ち』だって別に見せることがなかっただけで隠してたわけじゃないんだよ?でもでも、もしかしたら本当に奥の手があったりして?・・・・・・なんちゃってー」
迅雷としては、千影が今まで見せてきた実力に加えてそんなものがあったら、それこそ本当に完全に敵わなくなってしまうのでやめて欲しいところだ。だが、さすがに冗談のようだったので杞憂に終わりそうである。
中心街の駅から乗ったので初めは多かった乗客も減り、座席も空き始めたので直華の隣の人が立ったときに迅雷は入れ替わるようにしてそこに座った。地下鉄とは言っているが今は地上に出ている。
迅雷はそう厚みもないシートの背もたれに片肘を乗せて少し窮屈に感じながらも後ろの窓から外を眺める。気が付けば日が暮れようとして残り火を絞っている。今日の夕日はやけに鮮烈だった。一つの区切りを示すように山の向こうへ消えていった血のように鮮やかで炎のように強い赤に、迅雷は無意識ながら吸い込まれるように視線を集中させていた。
直華に肩をつつかれてようやく降りる駅に着いたことに気が付いた。急ぎ足に電車を降りると、彼らが降りるのを待ってくれていたかのように電車のドアが閉まった。駅を出て、朝と同じ道を今度は逆に辿る。
普段は家にいる時間なので、いつもの道の、いつも見ていない夜の姿が新鮮だったのか直華が空を見上げて楽しそうにしている。
迅雷はもそれに倣い、街灯に負けずに煌めく星の散らばった夜空を見上げて目を閉じた。瞼の裏側に焼き付き未だ煌々とするあの夕日の光を中和するように。
家に着くと千影がさっそく自分の初めての鍵で玄関の鍵を開けたがったのでそうさせてやる。ドアを開けると夕食の匂いが漂ってきて迅雷たちの帰りを迎えてくれた。・・・・・・今日の日も終わる。
元話 episode1 sect26 ”ラッキーの返済は利子付きで” (2016/6/17)
episode1 sect27 ”2度あることは3度ある、3度あることは4度ある・・・n度あることは(n+1)度ある” (2016/6/18)
episode1 sect28 ”the Beginning of falling into the deep” (2016/6/19)
eoisode1 sect29 ”the Symptom of Turnning Point” (2016/6/20)