episode4 sect26 ”We are Rivals , not Enemies , aren't ?”
ちょっと良い声を使って甘い台詞を言ってみて、迅雷はたちまち居心地が悪くなった。
そこにちょうど良いタイミングで肉が焼けて油の跳ねる音が聞こえてきた。どうやら料理が運ばれてきたらしいので、迅雷はバッとそちらを振り返る。
「あ、あー!みんな、来た来た!あー、腹減ったなぁ、やっと食えるわー!」
・・・と思ったのだが、残念なことに美味しそうな音は迅雷たちのテーブルの横を速やかに過ぎ去っていった。
白々しさも霞むほど悲しい迅雷にチームメイトたちの同情の視線が刺さる。当の本人に至ってはあまりの恥ずかしさで机に突っ伏してシクシクしていた。
ともかく店員が隣のテーブルに皿を置いていくのを見ている時間で場の空気はリセットされた。そのまま話は少し遡って、愛貴が矢生のことについて話し出す。
「そ、そうだ、話ちょっと戻すんですけどね。私は師匠がどこも怪我をしてなかったようでホッとしたんですよ。不幸中の幸いではありますけど、やっぱり例の通り魔の人も相当の手練れって話ですからね。いつもっと酷いことをし出すか分かったものじゃないですし」
愛貴の安堵はもっともだ。彼女は明言しなかったが、もっと酷いこととはつまり殺人だ。そもそもの前提からしてかなり強いらしいその通り魔が無差別殺傷事件を起こせば、どうなるだろうか。
もはや細かく言わずとも容易に想像出来るだろう。
しかし、ネビアはそんな愛貴、引いては彼女の話を聞いて頷いていた同じテーブルの全員に対して一石を投じた。
「それなんだけどね、カシラ。私はどうもその『通り魔』って単なる通り魔じゃないと思うんだよねぇ・・・、カシラ」
「それはさっきから言ってるじゃないですか。すごく腕の立つ魔法士なのだろう―――って」
とんちんかんなことを言い出すネビアに知子がツッコんだが、ネビアは首を横に振る。彼女が言いたかったのはそう言う意味での通常からの逸脱ではなく、もっと根本的なところの問題提起なのだ。
「そうじゃなくて、私が言いたかったのはその『通り魔』が本当に通り魔やってんのかなって話なのよね、カシラ」
「それはどういう?」
「手口もなにも、ちょっと変よ、カシラ。なにか・・・目的があるはず、カシラ」
「目的、ですか?でもそれだとして、なにが目的なんだと思いますか?ネビアさんは」
「それは知らないけど、カシラ。ただ、人を傷つけるだけなら別になんのことはない、昼間に通りのど真ん中で暴れりゃ良いのよ、カシラ。それをコソコソコソコソ、カシラ。絶対になにか裏がある。例えば特定の選手をさりげなく脱落させて大会の流れを少しずつ誘導していく―――とかね?カシラ」
ネビアの意見を聞いた他の4人は揃って目が覚めたような顔をしていた。けれど、ネビアはすぐに爪を噛んだ。今のは正直なところネビア自身が信じていない幼稚な仮説だからだ。
本当はもっと、なにか黒くて醜いなにかが蠢いているのを直感していた。日本中が注目する大会の行く末さえもがちっぽけに思えるような、もっと大きな目的のための小さな歪み。
ネビアは自分の言ったことがどれだけの波紋を生むか多少は考えていた。ただ、今の『のぞみ』で自分の身を守れるのは、極論から言えば自分だけだ。疑えるものはなにもかも疑うだけのスタンスがなければ次に誰が被害を受けるか分かったものではない。
「・・・」
「おい、ネビア?ネビアさーん?」
「・・・へっ!?あ、あぁっと、なに?カシラ」
「いやなんか難しい顔して黙っちゃうからさ」
どうやらネビアが蒔いた火種で陰謀説が炎上してしまったらしい。迅雷に名前を呼ばれたネビアは現実に帰ってきた。
真牙がさっきから数えてもう4個目にもなる『通り魔』の正体を嬉々として語っている。
「いや、もしやヤツの正体はエイミィさん!?入院したと見せかけて裏で暗躍してるとかな!」
「おー、女スパイって感じですか。カッコイイですよね、そういうの!・・・あ、でも師匠を襲ったりするような人はダメですね」
「だよなぁ。義賊とかやってたら惚れちゃうんだけど、今回ばかりはちょっと良くないよな」
真牙はまた冗談のつもりで言っていたのだが、起きたばかりのネビアは彼のその意見に食いついた。
「それ、オモシロそうな考えね、カシラ」
「え?エイミィさん義賊説のこと?」
「違くって、スパイ説の方よ、カシラ。ほとんどの人が目立った外傷もなく済んでんのに、なんであの人だけ入院してるの?カシラ」
「残念だけど入院してる人はもっといるぞ」
不意にテーブルの外から声をかけられ、ネビアと他4人はそちらを振り返った。
そこにはドリンクを汲みに行くところだったのだろうか、空になったグラスを持った赤黒ジャージの少年が興味深そうな顔で立っていた。外見の特徴と言えば、ちょっと軽薄そうなセンター分けの髪型くらいか。
彼の顔を見た愛貴と知子が挨拶をしようとするより早く驚いて声を出したのは迅雷だった。
「・・・あ!君、オラーニア学園の七種君ですよね!?」
初めて会話する相手にはついつい敬語になる日本人の鑑な迅雷に薫は苦笑した。
「そんな改まんなくたっていいって、神代君。俺ら同学年じゃんかさ。気楽に行こうぜ」
「え?あぁ、それで良いならそうするよ。・・・それと」
「?」
「『かみしろ』じゃなくて『みしろ』な」
「あ、ごめん。・・・いやでも、分かりづらい方も悪い」
「はぁ!?それは俺悪くないだろ!それ言うならそっちの苗字だってなかなか見ないけど俺ちゃんと呼んだし!」
「冗談だって。そうカッカしなさんな」
あんまりにも理不尽な薫の言い草に迅雷が憤慨するが、それは置いておいて、ネビアが薫の初めの発言について尋ねた。
「で、七種クンだっけ?カシラ。そりゃつまり君らの方でも誰か病院送りにされちゃったってことで良いのかな?カシラ」
ネビアの一風変わった口癖に戸惑って薫は一瞬眉根を寄せたが、すぐに飄々とした表情に戻って頷いた。
「そうだよ。サポーターが2人もね」
「あれま、カシラ。サポーターって言えばそっちもIAMOの人なんでしょ?なっさけないわねー、カシラ。プロの高ランク魔法士が聞いて呆れちゃうわ、カシラ。にゃっはははは!」
IAMOになにか恨みでもあるのだろうか。やけに痛快そうに笑うネビアに他全員が苦笑した。
しかし、一方でこの話から病院送りとなったのはIAMOの人間のみという条件が見えてきた。
「もしかしたらレイさんと伊達さんもそっちのサポーターさんと一緒になにかしてたりしてな。俺もそっちの話混ざりたかったよ」
「あら、ちょうど1人分席が空いてるわよ?カシラ。良ければどーぞ、カシラ」
「そうもいかないんだよなぁ。こっちは先生が飯奢ってくれてるけど、君らと仲良くしてんの見られたら全額俺の負担になっちまうよ」
対してマンティオ学園の教師はオラーニア学園の教師の顔も見たくないとのことで、今はホテルでコンビニ弁当を食っていることだろう。
お互い先生には苦労しているようで、薫も交えた6人は揃って苦々しい顔をした。
「それじゃあ俺はもう行くよ―――っと違う。危ない危ない、これは言っとかないとだよな」
一歩踏み出した薫が靴の裏でキュッと鳴らして止まり、にやっと笑って迅雷と真牙の顔を見る。
「神代君、阿本君、同じ魔法剣士として君たちとの試合は楽しみにしてる」
あくまで思い出した風に宣戦布告を受けた迅雷と真牙は少しの間鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、薫の鋭い視線を受けて感覚が切り替わる。向けられた戦意に応えるように2人も目つきを変えた。
「「おうさ、せいぜい泣かないようにな」」
「わお、息ピッタリだな君らは」
軽やかに笑いながら薫はドリンクバーのコーナーに行ってしまった。
「俺とコイツが・・・?」
「息、ピッタリ・・・?」
「「フザけたこと言ってんじゃねーぞ!!」」
重なる怒鳴り声には爽やかな笑い声しか返ってこなかった。
それにしてもやっぱり息ピッタリな2人。
「それにしてもIAMOの方ばかり病院送りですか。なんか不思議な状況ですね、これ」
知子はそう呟いてこめかみに指を当てる。
もしかすれば本当にIAMOの魔法士に恨みがある人間がこの事件を起こしているのかもしれない。一般人を襲うことで事態を掻き回し、彼らが街中を巡回しなければならない状況を作り、隙を突いて倒す。だとすればまさしく、さっきのネビアの素直に黒い笑いではないが、その『通り魔』も思い通りに事が進んでほくそ笑んでいることだろう。
もちろんそれが事実とも限らない。真牙が言ったようにエイミィがスパイなのかもしれないし、犯罪組織が暗躍している可能性もある。
分からないことだらけで心配の種は尽きず、知子は考え込んでしまった。それにしても知子が考え込むと、まさに頭が良さそうに見えてくる。まぁ、実際彼女は中学時代の全国模試では偏差値68とか69を毎度のように叩き出すインテリちゃんだったようだが。
ネビアも眉間に人差し指を置いて知子の頭脳明晰風ポーズを真似ながら「ふむぅ」と唸った。ちなみにネビアはこのポーズがさっぱり似合わないと迅雷にからかわれてすぐにやめてしまった。
●
ドリンクバーを注文するとついついやってしまうこと。それはミックスジュース。いや、いろんなフルーツをいっしょくたにミキサーに入れてミックスした方のミックスジュースではなくて、いろんなジュースを1つのグラスの注ぐ方のことだ。
この歳にもなって子供っぽいな―――とも思うのだが、やりたくなってしまうのだから仕方ない。緑色とか茶色とか白とか、様々な液体を合わせて未知の美食を求めるというロマンがドリンクバーにはあるのだ。
そうだとも、まず魔法剣士などという見るからにクールな熟語に憧れて、しかも新機構を搭載した最新モデルの魔剣まで2本も持ってしまった彼に「ロマンを求めるな」と言うこと自体がどれほどナンセンスなことだろうか。
というわけでなにやら毒々しい色の飲み物が入ったグラスを片手にテーブルに戻ってきた薫には、なぜか変な視線が集まった。冷ややかで、それと同時に可哀想な人を見るようでもある。
「えっ・・・あ、えーとコレはあのー・・・ほら、ね?」
間違いなくみな自分の幼い行動に引いているのだろう、と思って、薫はひとりでになんの意味も伝わらない弁解を始めた。
だが、どうやら冷たい目は謎ドリンクについてではなかったようだ。薫を除くテーブルの5人中4人、つまり学生の方の視線の冷たさには明らかに作り物感があるからだ。
「・・・・・・と、いうことは、まさかな―――」
「なあ、七種?」
「な、なんですか先生?」
5人の中の生徒ではない人物、先生の冷たい視線だけは本気で冷たい視線だった。既に的中したも同然の嫌な予感に襲われて、薫は冷や汗をたらたらと滴らせた。ミックスジュースに自分の汗の味まで混ざるところだったのでグラスだけは避けさせる。
ゴクリと喉を鳴らした薫に先生は容赦なく質問した。
「お前、今なんかどこかのテーブルと随分楽しそうにしゃべってたじゃないか。誰だ?」
「(やっぱりかァァァ!!目ざとすぎるこのオヤジッ!)そ、そうですかねぇ・・・?落としたナイフを拾ってあげただけなんですけど」
「そこのテーブル、確かまだ料理来てなかったと思うんだけども?で、誰だ?」
「(なぜ知ってるッ!?)あ、あーっ!そうだった、それは別のテーブルだったー!多分先生が言うテーブルとなりますと、アレです、知り合いが!」
「ほう?」
先生の声が1オクターブ下がった。地雷を踏んだ薫の顔色は土のようになり、発汗量は倍増。
要はアレだ。誰だ、なんて聞いてはいるが、先生はあの席にだれが座っているのか知っているヤツだ。
後から来た客の席まで気にするなよ、と薫は心の中で吐き捨てた。いずれにせよこのままだと薫はこのテーブルの代金を全て払わなければいけなくなるかもしれない。そうなった暁にはいち学生に過ぎない薫の財布なんて一瞬で爆散してしまう。
なんとか先生の疑いを晴らす方法を考える。
「そ、そうですよ!―――確かにあの席はマンティオ学園ではありましたが、なにがなんでも彼らと会話してはいけないような理由が?」
こうなった以上話していた相手を誤魔化そうとするのは逆効果。ならば、ここは薫自身の話術と度胸が試される。
そう、そうだ。間違っているのは薫じゃない。マンティオ学園は敵なんかじゃない。ライバルだ。
彼が前から言いたかったのはたったそれだけ。