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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect23 ”ペテン師は誰が為に嘘を吐く”


 ―――大事な後輩にナニ手ェ出してんだテメェ―――



 「は・・・はぁ?なにを言ってるんだ!?俺がなにをしたっていうんだよ!!」


 どうして、こんなことになった?

 

 今の一撃は完全に不意打ちで、防ぐ隙もなかった。鼻の骨が完全に砕けてしまっていて、滝のように鼻血が流れ出て、なにが起きたのかも理解が追いつかず、興奮した兼平は痛む鼻を押さえて叫んだ。

 被せた手指の隙間から滴る血も気にならないほどに焦るべき事態だった。


 明日葉の言葉に周囲が蠢いたからだ。不穏な空気と粘質な疑念と、そして不明瞭な恐怖が場を支配し、慄きの声が静寂の中でさざめき立つ。

 困惑を暴力という形に変換して当たり散らしているのか、あるいは・・・。一人の少女の怒号で生み出されたこの状況は誰も理解出来ていない。それは明日葉と共に来た蓮太朗でさえもだ。


 「ひ、柊先輩!落ち着いてください!それはさすがに逸りすぎです!川内さんが聖護院を襲うような理由なんかない!そうじゃないですか!?」


 「そ、そうだ!なにを根拠にこんなことをするんだ!ぁッ・・・()ッ!」


 蓮太朗に便乗して言い返す兼平は、自分で出した声の振動だけで激痛に見舞われ、叫ぶや否や鼻を押さえてその場にうずくまった。

 それを見下ろして明日葉は冷たく言い放つ。


 「理由?根拠?あるさ、最初っからな。川内兼平、アンタ白々しいんだよ。まるで感情の抜け落ちた大根役者みてぇな状況説明しやがって。あぁそうさ、自覚なかったんだなぁ?アンタだけは初めっから胡散臭かったんだよ!」


 怒鳴るなり明日葉の爪先が兼平の腹部にめり込んで、明らかに聞こえてはいけない音と共に兼平が転がる。

 口の中に満ち始める鉄の味に耐えてなおもうずくまり、兼平はひたすら説明を繰り返す。苦しげに震える瞼、苦痛に歪んだ口の端、滲んだ脂汗。全てが彼の状況を物語る。叫べば唾の代わりに血の雫が飛んだ。


 「がッ!・・・そ、そんな理由・・・!君の主観だ!根拠には足らない、罷り通らない!早とちりを押しつけるんじゃない・・・!俺は、ただ、その子がここで倒れているのを見つけただけなのに!」 

 

 「黙れよ通り魔野郎。次はどこをへし折れば良いんだ?死にたくなけりゃ立ちな!」


 眼差しだけは必死に向けてくる兼平を明日葉はさらに蹴り転がして、仰向けになった彼の右肩を踏み砕くためにゆっくりと足を上げた。


 「やめ、ろ・・・!俺はやっていないと、言っているじゃないか!バカな真似はよせ!」


 「聞こえねぇよ。つか矢生はそういうことも言わせてもらえなかったんだろーな。だろ、んん?」


 兼平の言葉はもはや明日葉の耳には届かない。

 怒りに任せた明日葉の超重量の足が一切の容赦もなく叩き落とされた。


 

 ただ、そのスクラッパーが兼平の体に触れるそのとき。



 「はいストーップ!カシラ!」


 

 「―――なっ、テメッ!?」


 尋常ではない速度でスライディングしてきたネビアの蹴りが明日葉をはね飛ばした。


 「なんか騒がしいと思って来てみれば、いやはや、なにが起きちゃってるのかな?カシラ」


 足下を突かれて派手に転ばされた明日葉と顔が血まみれでせっかくの美形が台無しの兼平を交互に見やり、ネビアは呆れ返った顔をした。

 また違うところを見れば気絶した矢生と竦んでいる蓮太朗、それとたくさんの野次馬。


 「・・・なにをどうしたらこんなことになるのかなぁ、カシラ。ちょっと説明してもらっても良いですか、明日葉先輩?カシラ」


 「くっそ・・・、なにしやがんだネビア!」


 「いいから―――さっさと答えてくださいよ、カシラ」


 完全に上辺だけの敬語で、今、ネビアはこの場に置いて絶対的なまでの威圧感を纏う。彼女はただ、溺れるかと錯覚するほどの目で明日葉を見下ろしていた。

 なにか生物としての本能がネビアには絶対に逆らえないと叫んでいるようで、明日葉はしばらく抗って歯を食い縛ってから、力なく項垂れた。

 けれど、それでも彼女の心までは変わらない。今だ危うさを灯したままの瞳は転がったままの兼平に向けられる。


 「そいつが―――川内が矢生を襲った」


 「ふむふむ、なるほど?カシラ」


 なかなか興味深い話だが、面白さだけでは判断基準に出来ない。ネビアはこの場合誰を庇ってなにをどう動かせば良いのか、じっくりと吟味し始める。


 「ちなみに、そう思った根拠は?」


 「そんなの・・・こいつの態度が怪しかったから―――」


 「つまり勘?カシラ」


 「・・・ッ!?そ、そうだよ、文句あっか!!」


 決まりだ。今この状況で誰の目から見ても論理的で確実に「正当」なのはどちらか、はっきりした。

 ネビアは兼平を助けた方が都合が良いらしい。そうと決まれば、後は流れに乗りつつ、流れを掌握するだけ。

 慣れた仕事だ。大体言うことをまとめ、ネビアは改めて口を開く。


 「先輩、そりゃないよ、カシラ。あれでしょ、この人が例の『通り魔』だって言いたいんでしょ?カシラ。いやぁ、それも面白い話だけどさ、カシラ」


 ネビアがそう言うと、明日葉は頷く。


 「でもさ、考えてみてくださいよ、カシラ。この人が『通り魔』だったとしてだよ?カシラ。それで同僚のエイミィとか、あとオラーニア学園のサポーターもだっけ?襲わないでしょ、普通、カシラ」


 「そ、それはッ!そう、なんか目的があって・・・!」


 「おや?通り魔(・・・)に目的を求めるのはナンセンスだと思いますけどねぇ、カシラ」

 

 この際事実なんてどうだって良いネビアは明日葉に対して圧倒的に有利だった。好き放題に言葉を弄んで、ネビアはニンマリと笑う。

 屁理屈のくせに言い返す隙がないので、明日葉は牙を剥いて噛みつくように叫ぶ。


 「テメェ!そいつの肩もつってのかよ!!」


 「えーぇ、もちろんです、カシラ」


 ニヤニヤと楽しそうに言って、ネビアは爪を噛んだ。怒声も今はまだまだ甘味である。

 背後に庇う兼平は兼平で動揺しているようだが、自分が有利なことだけは理解したらしい。強かな彼なら余計なことはしないだろう。それに、手負いの今ならなおさらだ。

 なにをヘマこいたのか、情けない面構えだ。


 とにかく、今ネビアが守りたいのはマンティオ学園がちゃんとこの先の試合にも参加していける平和な状況だけだ。それが歪な形でも良いから、とにかく、それだけだ。こんなつまらないことで今年の全国大会をオジャンにされては迅雷や他のネビアに良くしてくれた人たちもみなさぞかし悲しい思いをすることだろう。

 そもそも、それを言うなら3年生の明日葉については特に、だ。


 自分で自分の首を絞めるようなのは見ていて面白くもあるが、今回に限っては放っておくわけにもいかないのだ。まぁ、その時点でネビアも人のことを言えなくなるのが皮肉な話かもしれない。

 沸々と込み上げてきたやるせなさを隠すために淡々とした口調になって説教をするネビアは、へたくそなプレゼンテーションでもしているみたいだ。


 「それにですね、カシラ。ここで問題を起こせば最悪今年のマンティオ学園は出場停止を食うかもしれないんですよ?カシラ。あくまで可能性の話だけど、もしも本当にそうなったら―――困りますよね?カシラ」


 「それっ、それは困るけどさぁ!でも、でもな、そう、そうだよ!魔力の痕跡調べりゃ、そいつがやったたかどうかも分かるんだし、なら―――」


 「うんうん、確かに犯人は分かるし、幸いここならすぐに出来るかもね、カシラ。だけど、それでも1日はかかりますよ、カシラ。そ、れ、に。大会運営も待ってくれるかどうかは分かんないし、カシラ。まさかお涙頂戴のペコペコ平謝り作戦で猶予が増えるでもなし、カシラ」


 さすがにこのあたりの発言はほとんどが口から出任せだった。運営側だって人間だし、そもそも大会の目玉の片方であるマンティオ学園にいなくなられては困るだろう。ばっさりと片目を抉り取ってまで猶予もなしに追放するとは考えにくい。だから、ネビアもある意味必死なのだ。

 だけれど、極力正論の体を装い、爪を噛みつつも普段通りに振る舞った。


 すると、ネビアの努力も実り、明日葉はとうとう無意味な文句さえ言えなくなって黙ってしまった。口論での沈黙は勝利か敗北の二極であり、明日葉のそれは当然後者だ。

 明日葉も大人しくなって警戒の必要がある人物もいなくなったので、ネビアは後ろを振り返り、兼平に手を差し伸べる。

 

 兼平は恐る恐るネビアの手に自らの手を伸ばすが、指先が触れそうになったところで思い直して、手を引いてしまった。非友好的なはずの相手の手に縋るなど、彼にはなにかの歯車がズレているとしか思えなかった。

 

 なにを相容れない2人を気取っているのだか、滑稽なものを見たネビアはニンマリと口元を綻ばせた。引き下がる兼平の手を無理矢理掴んで、立ち上がらせる。

 少し力が強かったのか、立ち上がった勢いが余って前のめりになった兼平の顔が、ネビアと吐く息が当たるほどの距離に近付いた。

 けれど、それはネビアが故意にしたことだ。近付いた瞬間、ネビアは兼平だけに聞こえるような声でこう囁くのだ。


 「これで貸しひとつ、ね、カシラ」


 それがなにを意味するのか、兼平にはよく分からなかった。確かにネビアに助けられたのは間違いないし、不本意ながらありがたいとも思った。けれど、このタイミングで貸し借りの話をしてくるのはなにを狙ってなのか。

 助けられたはずが、もしかするとネビアの術中にはまってしまったのではないかと、兼平はあまりに手遅れで根拠も曖昧な恐怖に駆られ、ネビアの目を見られなかった。


 顔色の優れない兼平に代わって、今までずっと場外だった蓮太朗がようやく明日葉の肩に手を置いた。


 「あの、とにかく聖護院はこの試合には出られそうもありません。代わりに出場してくれるメンバーを呼びましょう」


 原因の究明や犯人捜しでなく、この先の話をされた。もっともな意見を言われ、ずっと自己中心的に吠えていただけの明日葉は一体なんだったのだろうか。言いようのない悔しさで舌打ちをしてから、明日葉は小さく頷いた。

 良いように言いくるめられた気もしないではないが、それでも全て後輩たちが言う通りだった。


 「これじゃあまるでアタシがガキじゃん・・・」


 すぐに手が出る癖は日頃から諫められているけれど、それでも自分なりに風紀委員長として他の生徒たちのことは気にかけているつもりだった。それが結局、いざ事が起これば怒り任せとは、まるでなにも進歩していない。

 あまりにも情けなくて、不甲斐なくて、明日葉は転ばされた地面から立ち上がることもせずに膝を抱えた。守るはずが守られる彼女には人に見せる面もなかったのだろう。

 

  


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