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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect19 ”受け皿”


 6月12日の日曜日。日本の人口の約6割は朝からテレビの画面にかじりついている。なにせ、今は子供も大人も、男も女も、スポーツ選手もオタクも、誰もが楽しみにしていた『高総戦』の真っ最中なのだから。1年間も待ち続けた大祭に誰も彼もが夢中だ。


 休日という絶好のチャンスを逃す手などなく、今日も友香と向日葵は寄り合って仲良く液晶画面を凝視していた。ちなみに言っておくと、向日葵が朝っぱらからなんの連絡もなしに沢野家に押しかけているといったところだ。向日葵の家とは違ってこちらに来ればテレビは大画面の高画質なので、試合の様子もいっそう大迫力に楽しめるという理由だ。


 「あれ、ヒマちゃんもう来てたん?相変わらず早いなぁ」


 2階から友香の姉である紗栄子があくび交じりに降りてきて、起きるより早く来ていた妹の親友に軽い挨拶を投げかける。

 あまり驚く様子もないのは、向日葵の押しかけなんてどうせ例年通りのことだからだ。むしろ早起きした友香が向日葵が来る前に軽い朝食として麦茶とかサンドイッチを作っているくらいである。


 「あ、お姉さん!お邪魔してまーす」


 「あ、ヒマ!始まる始まる!」


 既に興奮している友香に引っ張られて向日葵も画面に目を戻す。

 テレビに映っているのはマンティオ学園の清水蓮太朗だ。友香も向日葵も入学して以来なんだかんだで彼の格好悪い姿ばかり見ていた気がするので、2人とも今日こそは彼の活躍に大きな期待を寄せていた。


 対戦相手と向き合った蓮太朗は、なにか言いながら相変わらず気障ったらしく前髪を掻き上げ、まさしくナルシストっぽい笑みを浮かべていた。


 「うわ、なにこの子。ナルシじゃん」


 ソファーの後ろから紗栄子が寄りかかってきて、蓮太朗へのストレートな意見を言ってきた。若干引いたような顔をする紗栄子に友香は彼の評価はもうちょっと後でするべきだと言う。


 「いや魔法が強いのなんかマンティオの生徒なんだから当たり前じゃん。世の中最後は見た目と態度でしょ」


 「ま、まぁまぁ・・・。でも見てて、お姉ちゃん。そんな中でも清水先輩はウチの学校で5番目に強い人なんだよ!!」


 「5番目?またビミョーな子なんだね」


 いや、確かにそれだけ聞けば微妙な響きかもしれないけれども・・・。

 だが、マンティオ学園の生徒ではなかった紗栄子にはその数字が意味するところをイマイチ理解出来ていない。マンティオ学園で5番目の実力者というのは、既に一般とは桁違いの能力を誇る地位である。


 そこのところを分かっていない姉を諫めるのもおざなりに済ませて、友香は画面を見つめたままだった。あくまで友香の中では蓮太朗の名誉なんかより試合を1秒たりとも見逃さないことの方が優先順位は高い。


 試合が開始されると、いったいなにがどうなったのやら。

 合図の後、蓮太朗が指揮でも始めるようにスッと腕を上げる。力強い出だし、自然指揮棒の振りも力強いのか。


 水飛沫が白く舞った直後にはさっきまで蓮太朗と向かい合っていた対戦相手の少年が画面に映っていないのだ。瞬きすらせずに見入っていたはずの友香と向日葵でさえ状況についていけずに目を点にした。

 ただ、そのすぐ後にカメラカメラが切り替わって、高く弾き上げられてきりもみしている相手校の選手が映された。どうやら今の一瞬で、蓮太朗は両手から水の五線譜を発生させ、それを鞭のように扱うことで両サイドから相手の体に叩きつけたたらしい。素人の動体視力程度ではスローのリプレイでようやく分かるほどの高速攻撃だった。


 「へぇ、わ、割とやるじゃない・・・」


 人は見た目だけで判断してはいけないということを20年の人生でやっと学習した紗栄子だった。

 

 「おー、やっぱり清水先輩って強かったんだね!正直全然信じてなかったんだよね、うん」


 「はいはい!あーヤバイ!さすが清水先輩だよ!」


 そろそろ鼻血が危惧される友香は果たして向日葵の話を聞いているのだろうか。もうツッコミも期待出来ないようなので、向日葵もテレビに集中することにしたのだった。


 「次の時間って生徒会長と石瀬先輩の試合だっけ」


 早々に終了した蓮太朗の試合の中継は彼の退場で終わって、同時間帯に行われている他の試合の様子が映し出されているものの、今のを見た後だとこれと言ってめぼしい試合もない。

 ・・・と思っていたのだが、ちょっと気分で別の試合を中継している放送局に切り替えると1年生の部の試合が放送されていた。画面の端の選手のプロフィールを見れば、どうやら友香らと同じくM県からの選手らしい。


 出場している選手はどちらも遠距離型のようで、M県の選手は拳銃を、その相手は火炎魔法を撃ち合っている。


 半分寝たままのような腫れぼったい目をしているM県側の選手には向日葵も友香も見覚えがあった。確か、県大会においてマンティオ学園の選手を2人も退けたライセンスも持っているというあの少年だ。

 チャンネルを切り替えたときにはとっくに始まっていた試合は、既に10分近く経っているにも関わらず未だに撃ちつ撃たれつで拮抗状態に見えた。そのくせ無気力少年はその印象通りにやっぱり無気力で、全国大会の試合だというのに動きにやる気が見えない。

 それどころか彼は大きなあくびまでして、その隙を突かれていたりさえした。髪の毛を焦がされて慌てている様を見ているとガッカリする。


 「ウチの選手ってこんなのにやられたの・・・?」


 なんとも言えない空しさを感じた向日葵が白けた顔をしたが、それが事実である。どんなに情けない男に見えたとしても今あの舞台に立っていることがその証拠であり、たとえケツに火を付けられていても揺らぐことはないだろう。

 つまるところ、それは少年―――安達昴が相応に強かったということだ。本人だってそう言っていた。

 キチンと狙っているのかも信じられない態度だが、昴の攻撃は確かに巧妙で、銃魔法による障害物の設置も行うなど意外に堅実なやり方をする。次第に彼の勝利は濃厚となって、結局その流れが変わることもなかった。

 ライセンサーという肩書きは本物であると証明してみせた無気力少年は、試合に勝った後でさえ眠たげな猫背のままだった。

 

 認めたくないような、認めざるを得ないような。腑に落ちない昴の活躍に向日葵は地団駄を踏んだが、後ろにいた紗栄子の「うるせー」の一言と共に飛んできた脳天分割チョップを食らって悶絶するのだった。 

 

 チャンネルを切り替えて、彼女たちはまたマンティオ学園の選手の活躍を追いかける。

 舞台に上がる全員が主役。華々しい同胞たちの雄飛には一瞬たりとも目を離すことが出来ず、ドライアイにでもなりそうな日曜日。


         ●

 

 「ふわ・・・ぁ。想像以上にタイクツ・・・」


 学内戦でさえ大概にしておけよと思っていたくらいなのに、ここに来てさらにそれ以下だった。瞬殺とか秒殺などというのも生易しい結果だったと思い知ることになるとは。というのも、まさかの不戦勝なのである。

 考えてもみなかった結果にはうんざりして、雪姫はのんびりと試合観戦をしていた。


 絶妙な角度を保って日差しが天窓から差し込んでくると、それを浴びて眠気を誘われる。

 どうにも周りの客が興味ありげに自分の事を見ているらしいことに気付くが、雪姫はそれぐらいのことは慣れっこなので大して気にはしなかった。外見的に水色の髪や瞳がだいぶ目立つのも分かっているし、団体戦のあった初日の時点でかなりの注目を受けたのも知っている。


 ―――そうそう、不戦勝と言えばその理由だったか。初日に雪姫が注目を集めた理由がその半分みたいなものだ。前日の団体戦1回戦(振るい落とし)では7校が同時に試合に参加するのだが、そんな中で雪姫は単騎で4校の拠点を爆砕しちゃったりしたわけで、実際にその容赦ない破壊行動の被害を受けた選手の心の傷の深さたるや、推して知るべし。

 ちょうどそんな彼らのうちの1人が可哀想なことに先ほどの雪姫の対戦相手になってしまったのだ。すると、トラウマを植え付けられたその選手は恐怖によるストレスで体調を崩して戦線離脱―――。


 長くて深い溜息をひとつ。・・・と、不意に後ろから気配を感じ、直後にはトントンと軽く肩を叩かれた。


 「なっ!?」


 「わわっ!?そんな驚かないでよ・・・。こんにちは、昨日振りだね、天田雪姫ちゃん?」


 なぜ今までなんの気配も感じなかったのだろうか。雪姫が慌てて振り返ると、昨日振りとのたまったのは、まさしく昨日軽く顔を合わせただけの迅雷の母親だった。


 愕然として目を丸くし、思わず口も小さく開けたままになっている雪姫に真名は頬を膨らませた。年甲斐もない仕草だが、いかんせんここまで驚かれるとまるで人外扱いみたいなので悲しい。

 

 「なんで・・・」


 「ほら、そうやってー。あんまり人を警戒してるんだもの、ちょっと頑張っちゃいましたー」


 「・・・?」


 なにをどう頑張ったら完璧に気配を消せるのだか。久々にワケの分からないことを平然とやってのける人間を見た。さすがに経験がものを言ったのだろうか―――そう考えて雪姫は歯軋りをした。いずれにせよふざけた話だ。


 「不戦勝だってね?もの足りなかったんじゃない?」


 「別に・・・」


 「そーなの?ふーん・・・。まーいっか」


 本当にどうでも良さげな様子になって真名は納得してしまった。


 「うーん、立ち話もアレだから、ねぇ、雪姫ちゃん、隣座るね」 


 真名は他の人が敬遠して寄りつかないせいでポッカリ空いた雪姫の隣の席にあっさりと腰を下ろした。

 断りの取り方も申し訳程度を極めた馴れ馴れしい女性の態度に雪姫は眉をひそめた。けれど、そんな雪姫の正直な表情を受けても寛容な真名はニコニコと笑ったままである。

 これだけのやり取りだったにも関わらず、既にだいぶペースを乱されている。雪姫は疲れたような嘆息をした。


 「はぁ・・・・・・。それで、あなたは?」


 本当はこのまま立ち去っても良かったのだが、一応初対面のようなものなので仕方なく、雪姫は苛立った声のまま真名に話しかけた。予想はつくが、とりあえず相手がどういう人物なのかくらいは確認しておくことにしたのだ。


 「あ、そっか。ごめんねー。私は神代迅雷の母です。いつも息子がお世話になってます」


 「世話なんかした憶えなんてないですけどね」


 いつも通り棘のある言葉を放つが、真名はちょっと驚いた顔をしただけで、すぐにまた穏やかな笑顔に戻ってしまった。

 それがまた、妙に落ち着いた空気を作り出すので不愉快だった。避けられないものを感じて雪姫は真名から目を逸らしてしまった。


 「もー、人と話すときはちゃんと相手の目を見ないとよ?ほら、こっち向いて?」


 「・・・・・・」


 意地を張っていても真名の視線は雪姫の横顔に穴でも開けるつもりかと思うほどしつこい。言われたとおりにしないといつまでも面倒臭そうなので、雪姫は仕方なく伏し目がちに真名を見やった。

 怪訝そうなジト目を受けても真名は怯まない。というより威嚇されていると気付いているのかも分からない。


 「それにしてもやっぱり綺麗ねー」


 「・・・なにがです?」


 「なにって、やだもー。雪姫ちゃんにきまってるのに。髪の毛はサラサラだし目なんて宝石みたいで素敵。おばさん羨ましいわー」


 「冷やかしに来たんですか?」


 鬱陶しい世辞に雪姫は小さく舌打ちをした。世辞ではなかったのだろうけれど、かく言う真名もだいぶ自然に高校生の母親にしては若い見た目をしている。

 というより、そんな見た目の話になんて興味もない。雪姫は一旦片手で頭を抱えてから真名の顔を見た。


 「―――というか、結局あたしになんの用なんです?」


 「え、特にこれといった用はないんだけど・・・話しかけたらマズかったの?」


 「・・・・・・」


 「えー・・・」


 雪姫が無言で肯定すると真名は分かりやすくしょげた顔をした。睨んでも動じないのにこんなことで傷付く真名の人格がよく分からない。

 しかし、数秒考える時間があって、真名は再び口を開いた。


 「強いて言えば―――1人で寂しそうだったから、かしらね」


 「寂しい?あたしが?―――邪推はよして欲しいですね、バカらしい」


 嘲弄するように雪姫は淡く笑んだ。好んで1人で居続けている雪姫の姿がそう見えたとすれば、もはやそれはただの錯覚だ。単に雪姫に話しかけたかったことの、都合の良い言い訳に過ぎない。


 「また、そんなこと。ダメよー?友達とか作らないと。一匹狼ってなんかカッコイイと思うのは分かるけど、そんなことしてたら将来寂しいわよ?」


 また、と言われて雪姫は疑うように目を細めた。目の前の女性は雪姫についてなにを分かって「また」などと口にしたのか。昨日まで会った記憶のないはずの人間に、雪姫は警戒を強めるばかりだった。

 見当違いの心配ばかりして、どこかで聞いた噂だけで知った顔をして、暖かい目を向けたがる。そう、この人もどうせそこらにいる訳知り顔の大人たちとなにも変わらない。変わらないはずなのだ。


 「そんなの要らないです。っつか、いた方がどうせ後で嫌な思いするだけ」


 「そうなの?それは困ったわねー」


 警戒しているはずなのに、なんだか良くしゃべらせられている気がした。言い終えると真名が寂しそうな顔で困ったとだけ言って黙り込んでしまったのを見たとき、雪姫は細く息を吐きながら目を背けた。

 迅雷の母親なんて所詮他人の親であり、その他諸々となにも変わらないはずなのに、どうしてなにかが違うように感じられるのだろう。

 

 なんにせよ、これで真名との会話は完全に途切れた。あとは席を立って、どこへなりと行こう。そう思って、気が付けば、雪姫は自分から真名に話しかけていた。


 「―――――あの・・・ぁ・・・」

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