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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect18 ”コーンポタージュ”


 夕食も終えてホテルの部屋に帰ってきた迅雷はそのままベッドに倒れ込んだ。疲労感というよりは、単にそうしたかっただけだが。

 財布や携帯電話を適当なところに放った真牙が先にシャワーを浴びてくると言って浴室に行ってしまったので、今の部屋の中は迅雷1人のようなものだ。

 特にやることもないので、迅雷はベッドに寝転がったままポケットのスマホを取り出した。しかし、ふとしたときにケータイを手に取ってしまうのが現代っ子のテンプレートに思えて電源ボタンを押す指を止めて、違うことを考える。


 「にしても・・・今日は思ってたのと全然違ったなぁ。言っちゃ悪いけど楽勝だったぞ」


 試合の相手の名前がなんだったかすら大会が終わる頃には覚えていないかもしれない。あの魔剣使いの少年には失礼ではあるけれども、遠慮せずに言えば迅雷の感じた手応えはその程度だった。


 だからと言って次もそうとは限らないので手は抜けないが、それにしても迅雷も肩に力が入りすぎていたのかもしれない。思えばそうだ。神代迅雷はあのマンティオ学園の代表に選ばれた生徒である。

 まず多くの県が高校の時点から専門的に魔法を扱うような学校をほとんど有していない時点で、その差は歴然である。しかも、とある研究では「高濃度魔力地帯」に長期間―――これは生まれて成長するレベルの意味での長期でだが―――滞在していると若干ではあるが通常環境で生育した場合と魔力量や制御能力にも差があるらしいことが分かっている。

 その上、一央市などに住んでいる人間は日常的に優秀な魔法士の活躍を見るものなので、無自覚のうちにセンスが磨かれることも含めると、通常の環境で腕を磨くしかなかった人たちと比較しても圧倒的に有利なのだ。


 当然、この「学ぶ機会」というのが視点を変えれば「危険に晒される機会」にも置き換えられるから、一概にどちらが良いとも言うことは出来ない。

 ともかく、結論として迅雷の実力が彼自身が思う以上に他者より秀でているのは間違いなかった。

 昨日『のぞみ』に到着したばかりのときに2、3年生らがあまり緊張を表に出していなかったのも、それを分かっていたからなのだろう―――と、迅雷は納得した。ついでに言っておけば、迅雷は今の自分の強さが想定外に通用するものと思えた瞬間に跳んではしゃぎたい感覚さえ覚えたほどだった。1歩、『約束』に近付けた気がしたからだ。

 

 ただ、自分の実力に浮かれていられるのは今のうちである。  

 

 「とはいえ、か・・・。オラーニア学園の七種だったっけか。サーベル二刀流クンの名前」

 

 ネタの被ったセンター分けの少年の戦いを思い出し、迅雷はベッドの上に大の字になった。

 七種薫の戦闘スタイルはスピードによる攻め。動きこそまるで違えど、根本的なところは迅雷とよく似ている。いや、剣を2本持った時点で自ずとその答えに辿り着くだけなのかもしれないが、それはそれとして問題ではない。考えるべきは対処法である。


 「勝ち進めば5回戦で当たる・・・。ちょうどベスト8がかかってるし、なにより俺のアイデンティティがかかってるからなぁ」


 そもそも今大会で二刀流をするかどうかは今も悩んでいる状態だけれど、やはり迅雷としては二刀流という彼の最大のセールスポイントをみすみす譲って終わりたくはない。

 しかしその一方で、学内戦で真牙と戦ったときのように高揚する自信もない。元々あのとき迅雷がやっていた二刀流は左右の剣の重量やリーチのバランスが非常に悪かった。当時はテンションでカバーしていたが、つまり今回はそうもいかないのだ。


 「あーあ、『雷神』と同じくらいの重量と斬れ味の剣が落ちてねーかなー・・・」


 自分で言いながらその無茶苦茶な内容に1人で溜息を吐いてしまった。そんなことがあるはずない。なにせ『雷神』の性能自体が超高級ブランドの魔剣を優に凌ぐ化物なのだ。これ1本でも勇者の剣を入手したようなものなのに、そんなものがおいそれと2本も集まるような幸運なんて、まぁ、あるはずがないだろう。


 迅雷が勝手にくたびれていると、スマートフォンに着信が。電話ではなく、SNSのメッセージだった。


 「あぁ、しーちゃんからか」


 画面を開いて、迅雷は余計な考え事をやめた。



          ●


 

 「うぅー、底冷えする・・・、カシラ・・・」


 帰ってきた後も諦めずに雪姫にアプローチをしかけたネビアは、今は部屋から放り出されて仕方なく1階のロビーで長いソファーの一角に座ってテレビを見ていた。

 これだけ言うとネビアがただの可哀想な子だが、アプローチと称してなにをしたのかが大事だ。


 レストランで会った後に雪姫は1人でさっさとホテルに戻ってきていた。それでその後にネビアが帰ってくると、ちょうど雪姫がシャワーを浴びているところだったらしく、ネビアはなんの躊躇いもなくそこへ突撃―――しようとしたところで首から下を氷漬けにされた。

 元々換気のためかなんなのか部屋の窓は開け放たれていたのだが、雪姫はそのままネビアを包んだ氷を魔法で操って開けた窓から放り捨ててしまったのだ。ちなみに彼女たちの部屋は地上8階である。


 危うく殺されるところだったが、まぁ、ネビアも今こうしてピンピンしている。だいたい3階くらいの高さになったところで雪姫が氷結を解除してくれたので、後はネビアが頑張った次第である。


 「あぶぶぶぶぶ・・・さむっ、カシラ。マジで寒い、ひもじい、お金持ってない、カシラ・・・」


 すぐそこの自動販売機には「あったか~い」コーナーにスープとか紅茶がズラリ。しかし、財布は部屋だ。凍えて上に戻る気力もない。

 もう6月にもなってなぜか真冬に上着も着ないで外に出た子供みたいに鼻水を垂らしてガクガク震えるネビアを見る人々の視線は変なものを見るそれだ。


 ―――やめて、そんな目で私を見ないで・・・。


 なにも知らないで勝手に向けてくる奇異の視線は、ネビアが最も憎悪するものだった。誰も好きでこんな風になったわけではないのだから。

 今回は程度もショボいし、なにより自業自得なので怒るに怒れなかった。


 まさにマッチ売りの少女がそろそろ祖母の幻影を見るシーンみたいになるネビアに救いはないのか。

 いや、救いがないなら求めるべきだろう。残念ながらネビアは物語の儚い少女と違って死に損なうタイプの人間だ。―――ということでネビアは先ほどから同じソファーの隣に座っている川内兼平に物乞いをしていた。

 やたらと弱った言葉を使っていたのも彼の良心をつっつくためであり、やっぱりネビアは悪い子なのだった。


 寒さで震えているのは、まぁ確かなのだが、まるでたぶらかすかのような声色と媚びっ媚び視線でネビアは兼平に詰め寄る。


 「・・・・・・・・・・・・!んぅ・・・・・・っ」


 兼平も理性と煩悩とその他諸々で眉間に皺を寄せている。一文字に引き結んだ口からは弱々しく唸り声が漏れた。

 なまじ見た目が整っているばかりに女性に人気があることを兼平はそれとなく自覚している。しかし今回は逆にネビアにそこを使われた。外見が良い人間は内面まで綺麗であることを期待されるのだ。

 しかも寒さに震えている少女、だ。非常に高い確率でエイミィを襲った犯人であるネビア・アネガメントと仲良くなんてしたくないのに、そういった複雑な事情を知らない一般人の目がある今ネビアの要求を無碍に断れば兼平の印象は地に落ちるどころか土中に埋まって土に還るかもしれない。


 「んー、あったかいのが欲しいな、カシラ」


 「ぐッ・・・だ、誰がお前なんかに・・・・・・」


 「えー、ひどどどど・・・ぶえっきし!!うにゅ・・・いや、ちょ、ホントに助けてこれマジで寒いのよ、カシラ」


 「ひゃんっ!?」


 顔面蒼白のネビアはもうさすがになりふり構っていられなくなり、ちょっとでも兼平の同情心を煽るため、そっぽを向き続ける彼の首筋にその冷え切った指先をそっと当ててみた。

 可愛い悲鳴を上げてしまった兼平が真っ赤になって立ち上がり、ネビアを睨み付ける。


 「あーもう、分かった!なんか買ってやるからついてこい!」


 「やったー、ありが・・・ぶぇっくしゅっ」


 語尾の「カシラ」も言えない程度には本当に冷えているらしいので、兼平は渋々財布を取り出した。さすがに公衆の面前で風邪を引きそうな少女を冷酷に突き放すわけにはいかない―――という建前だ。本当は思い切り突き放したいが。

 ―――そう思っていたのだけれど、しつこいほど寒そうに両腕で体を抱きながらついてくるネビアを見て兼平は変な気分になった。このザマではまるで一般人さながらである。自然と警戒が薄れるのを感じて兼平はブンブンと首を振った。


 「いやいや、ダメだぞ惑わされるな俺・・・。はぁ、他の生徒さんなら喜んで助けてやる気にもなっただろうに、なんでまたこう・・・」


 ネビアが指差したコーンポタージュを買って、取り出し口に手を入れるのも億劫だと言うネビアのために兼平はわざわざ出てきた缶を取って渡してやった。

 するとまぁ、ネビアがこの上なく幸せそうにコーンポタージュの缶に頬ずりをし始める。


 「はふぅ・・・あったか~い、カシラ。IAMOの人も捨てたもんじゃないわね、カシラ」


 「お礼くらい言ったらどうなんだ、まったく」


 「そうね、どうもありがとう、カシラ」


 いつまでも缶を握り締めて温まっているネビアは果たしていつ中身を飲むのだろう。

 

 なぜコイツは自分の前でこんなにも平然と、普通の少女なのだろう―――。兼平の内心は小さな違和感にささくれ立っていた。正直なところ、データだけとはいえ以前まで知っていたネビア・アネガメントの人物像と今こうして目の前にいるネビアがあまりに別人だったのでやりにくいのだ。

 写真や映像ではもっとこう、陰気なのが不自然に明るく振る舞っているような奇怪さがあったのに、今となってはどこで買ったのだか黄色い髪留めや白いリボンのシュシュが加わって、年頃の女の子にあって当たり前の愛嬌があるのだ。

 兼平はそんな彼女を見ながら、ふと思いついて、それが正しいことなのかどうかを吟味する。多くの葛藤がずっと兼平の心を内側から圧迫していて、もしもネビアがそれを解決してくれるとしたら。例え彼女が信用出来ない相手だったとしても。


 兼平が小さく唸っているとネビアがキョトンとした目で彼の顔を窺う。


 それから、ネビアの胸元で揺れるイカ(?)のアクセサリーも見て、兼平はいよいよ眉根を寄せる。その謎のペンダントを困惑を誤魔化す言い訳にして兼平は自らネビアに話しかけた。


 「その・・・なんていうか。お前のその統一感のないアクセサリーはなんなんだ?」


 「なにとは失礼ね、カシラ。友達の(・・・)、私への、誕プレ(・・・)、なんですケド、カシラ。どう?よく似合ってんでしょ?カシラ」


 自慢げに青髪やペンダントを揺らしながらネビアは悪戯っぽく微笑んだ。


 「友達?まさかそんなわけ。冗談か」


 ネビアの口から飛び出した単語はネビアの過ごし得る人生において最も手に入らないであろうものだ。仮に友人と呼べる相手がいたとして―――それはなにも知らないだけの見せかけの関係だ。少なくとも兼平ならネビアと仲間だったとしても仲良くする気なんてない。

 ここまで来ればいっそ普通へと近付きすぎていて痛々しい。疑惑の顔から嘲笑する顔へ。しかし、兼平の態度を受けてもネビアは怒らなかった。


 「そうだね、私も未だにホントにみんなが私のこと友達って思ってくれてるのかなって心配だよ、カシラ。というより、これからも・・・かな?カシラ」


 それで、とネビアは話を切り替えた。難しいことは考えたくない。


 「さっき、なんか良くないこと考えてる顔してたみたいだけど、私になにかして欲しいのかにゃん?カシラ」


 さすがに人の悪意には鋭いらしい。もっとも、悪意と言うよりは単なる思いつきだったのだが、言うより先にツッコまれてしまい、兼平は口の端を下げた。


 「不満そうな顔しないでよ、カシラ。あなた顔に出るから分かりやすいのよ、カシラ」


 ネビアはそう言って肩をすくめた。

 からかわれた兼平は咳払いを1つ。 


 「―――なに、大したことじゃないさ。そのコーンポタージュの170円分は働いてもらおうか」


 「お、女の子になにをさせる気!?カシラ!?」


 ネビアはわざとらしく身をよじらせて、分かりやすい反応をする兼平を困らせるために最後まで全身全霊を尽くすのだった。

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