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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第一章 episode1『寝覚めの夢』
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episode1 sect9 ”やっぱり”

 荷物も持って、そろそろ家を出ようかと思ったところで家のインターホンが鳴った。迅雷(としなり)が自分が出る、と言って一階に降りた。大体誰が来たのかは分かっていたが一応予想が外れたら困るので呼び出しに応えておかなければならない。

 そんな感じでカメラを確認したのだが、やはり慈音(しの)だった。入学以来毎日(そうは言ってもまだ3日目なのだが)こうして朝は迅雷を誘いに来てくれている。通話ボタンを押して迅雷はインターホンに出る。


 「はいはい?」


 『あ、としくん?おはよー、学校行こーよ』


 「ちょいまち、今出るからさ」


 慈音が『はーい』と言うのをちゃんと聞き終えてから迅雷はインターホンを切ってそれから玄関に向かった。靴を履いていると直華(なおか)も玄関に荷物を持ってやってきた。2人の見送りに真名(まな)千影(ちかげ)も集まってきて玄関が狭苦しくなる。玄関を出た直華が慈音と朝の挨拶を交わし、玄関で手を振る2人に慈音共々3人で行ってきますと言う。


 そこまでやっていよいよ歩き出そうかとしたところで迅雷がふと立ち止まった。


 「・・・・・・あれ?」


 「どうしたのお兄ちゃん?忘れ物?」


 いや違う。昨日さんざん忘れ物ないか確認したし。気になったのはそこじゃない。


 「そういえば千影って今日1日俺たちが帰ってくるまでどうすんだ?」


 迅雷の素朴な疑問に直華がさらっと答えようとしたのだが・・・


 「え?どうするってお母さんが・・・あ」


 迅雷たちの母親である真名は今日も仕事である。昨日は昼過ぎからだったから良かったのだが、今日はもっと早くから仕事が入っていたはずだ。確か10時くらいには家を出るとか、そんな感じだった。となると、今日一日迅雷たちが帰ってくるまで千影は家でひとりぼっちということになる。あれがずっと1人で大人しくしていられるとは思いにくいし、ちょっと可哀想でもある。それにもしかすると昼飯事情も問題になるかもしれない。


 玄関を出てすぐに固まった迅雷と直華を見て千影が小首を傾げた。


 「ん?どうかしたの?ボクの方を見ながらひそひそしないでよー」


 口の先を尖らせて千影が情報開示を求め始めた。別に隠すことでもない、というか千影の問題になるので迅雷は直球で質問してみることにした。


 「な、なぁ千影、お前今日俺ら帰ってくるまでどうすんだ?」


 「?・・・。・・・・・・あ」


 千影は質問を受けてぽかんとし、頭頂部のアホ毛をピヨピヨ揺らしながらちょっと考えて、それから固まった。気のせいかアホ毛まで固まったように見える。


 正直小学校にも通っていない彼女に、平日にやることなどほとんどない。遊びに出ようにも家の鍵も持っていない。昨日の午前中はギルドに出向いて登録とか挨拶とかいろいろやっていたようだが今日は本当に何もない。

 三拍ほどおいて千影があたふたし出した。


 「ど、どどどどうしよう!?ボク、まさかの3日目にして自宅警備員!?」


 千影に自宅を警備してもらえるならそれはそれで心強いような気もしたが、それはそれであって今は話題が違う。今度こそなんだか本当に可哀想になってきた。と、慈音が何か思いついたようで、ぽんと手を叩いてから提案をした。


 「としくん、それなら千影ちゃんを学校に連れて行ってあげるって言うのは?この前もなんとかなってたもん」


 個人的に名案だと思ったのか少し自慢げな慈音には悪いと思ったが迅雷はとりあえず昨日の話をすることにした。


 「それなんだけどな。昨日そのことについて志田(しだ)先生から電話あったんだよなぁ、連れてくんなって」


 今度は慈音が固まった。


 「うーん、さすがに千影ちゃんを連れてって仕事場で野放しにするのもあれだしねー・・・」


 真名まで考え込みはじめたのだが、何か引っかかる言い方に千影が反応した。


 「んな!?ボクってそんなに落ち着きない子だと思われてるの!?」


 迅雷が今更何を、とでも言いたげな顔になり、他3人も苦笑いになる。


 「ひ、否定はしないけど、ちょっとひどい!?・・・誰かフォローしてよー」


 珍しく千影が動揺している。「も、もしかして嫌われてる?」とか言い始めたのでさすがに直華がフォローに入った。するとまた慈音がなにか思いついたようだ。


 「あ!じゃあさ、千影ちゃん!今日はしののおうちにおいでよ。お母さんいるから」


 確かに。なんで思いつかなかったのだろうか。その手があったじゃないか。とりあえず今日はなんとかなりそうだ。

 とはいえこれからずっと慈音の母親に面倒をかけ続ける訳にもいかないので早急に対処しなければならない。幸い明日から土日なのでなんとかできるだろう。応急的に一件落着してやっと家を出発することができた。

 

          ●


 迅雷的に、今日の学校はとことん平和だった。

 

 いや、昨日までがおかしかったのだろうけれども。


 休み時間にはちょっとした大学のキャンパスほどはありそうな校舎を真牙(しんが)と慈音の2人と一緒に見て回ってみたり、向日葵(ひまわり)友香(ともか)に購買に付き合わされたり、雪姫(ゆき)に話しかけようと持ちかけられて男女数人でアタックを仕掛けて見事にスルーされたりした。雪姫のときに関しては迅雷は昨日の件もあったので少し憚られたのだが真牙に押し切られて仕方なく参加し、案の定、一瞬だったが困ったような嫌そうな目で見られた。そのあと真牙が執拗に突っかかってきたので対処に辟易したのだが、どちらかというと雪姫のあの目の方が心に刺さった。超冷たかった。


 ・・・とはいえ、ここまで平和に過ごしていると迅雷はこう思ってしまうのであった。


 「やっぱ、学園生活ってこうだよな。こうじゃないとな。なぁ真牙もそう思うだろ?」


 今は昼休みで、昨日と同じ5人で昨日とは違う食堂にいた。今日来たこの食堂は特に人気らしく、すでにけっこうな列ができているのが見える。1年生は初回の授業がガイダンスなので早く終わり、おかげで難なく5人で席に座ることができた。


 迅雷に意味の分からないしみじみとした共感を求められ、真牙が怪訝そうな顔をする。


 「いきなりどうしたんだよ、迅雷。そんなしみじみしてるとなんか3浪くらいしてやっと入学した人に見えるぞ?雪姫ちゃんにゴミを見るような目で見られて興奮でもしたんか?」


 「高校受験で3浪したやつを見たことがあるのかお前は。てかお前も雪姫ちゃんにゴミを見るような目で見られてみろ。マジできびいぞ?」


 そう言って迅雷はオムライスを頬張った。メニューにおすすめと書いてあったので、みんな同じオムライスを注文していた。確かに美味しかったし、値段の方も一食300円くらいときたので、これは人気が出るのも分かる。


 「それにしても迅雷クンだけ露骨だったよねー。もしかしてなんかあったの?・・・あ、神代(みしろ)クンのこと名前呼びにしていい?」


 向日葵が迅雷に尋ねた。いつの間にか苗字から名前呼びになっていたのだが自然すぎて誰も気が付かなかった。最後についでのようにそれでいいかと聞かれて迅雷は初めて名前呼びに変わったことに気が付いた。


 「あ、いいよもちろん。いや、昨日スーパーで会ったんだけど、多分それじゃないかと思うんだよなぁ。理不尽だけど」


 「照れ隠し、みたいな感じでしょうか・・・?」


 友香がキョトンと首を傾げた。さっきの雪姫の目を見なかったのだろうか。明らかにどっか行けというメッセージしか伝わってこなかったと思うんだが。あれでもし照れていたのだとしたら雪姫の感情表現能力はある意味でとんでもないことになっているとしか言いようがない。


 「もしかしたらそうかもねー。雪姫ちゃんももっと素直になっちゃえばいいのにねー」


 慈音までそんなことを言い出した。しかもいつの間にか「雪姫ちゃん呼び」に準拠している。彼女の平和な頭の中ではみんな初めっから手をつないで輪を作れるのだろうか。それもいいことなのは間違いない。それは分かるのだが、懸念が1つある。


 「あれが照れ隠しに見えたのかいキミたちは?つかあれだ、素直になってくれたら嬉しいかもしれないけど、もしかしたら今は口で言われずに済んでることが直接言われるだけになるかもしれないぞ?」


 迅雷が呆れたように言う。それはそれで困るかもしれないと思ったのか慈音と友香ではなく、積極的に仕掛けている方の真牙と向日葵の2人が顔を青くして押し黙った。今はスルーされるだけで済んでいるが、雪姫に直接どっか行けとか言われたらそれこそ心が折れそうな気がした。雪姫と仲良くしたいのは山々なのだが彼女は高嶺の花どころか雪山のてっぺんに生えた一輪の花のようなものだ。


 昼食も終えて迅雷たちは体育館に向かうことにした。午後からは生徒会入会式だ。

 

          ●


 体育館ではクラス以外に並ぶ順番は関係なかったが綺麗に列を整えて座る新入生がステージの上に注目していた。壇上では、少しカールのかかった長い黒髪と豊満なバストが目を引くスタイルのいい少女がマイクの前に出てきた。


 『みなさん、こんにちは。生徒会長の豊園萌生(とよぞのいづる)です。改めて、ご入学おめでとうございます』


 生徒会入会式が始まり、最初に会長である萌生が挨拶をし、それから入れ替わりに他の生徒会執行部の面々が自己紹介と挨拶を順々にしていく。


 「なぁ、迅雷よ、会長もなかなか可愛いよなー。お前もそう思うだろう?」


 真牙がクラスごとに二列で並んだ列の、隣に座っていた迅雷に小声で話しかける。それに対して迅雷は、こう返した。


 「言われなくても。なんか、こうさ、大人っぽさと子供っぽさをうまく併せ持っている感じ、そんでしっかり者な感じ。姉に欲しい感じだわ」


 直華に加えて最近は千影という年下のメンバーが加わったのでなおさら年上キャラが欲しいと感じていた迅雷が素直な好評価を出す。


 「おうおう、なかなか分かってんじゃねーか。オレも同感だぜ」


 「あー、でも俺はやっぱり雪姫(ゆき)ちゃん派かなぁ」


 「んだなぁ。どっちも捨てがたいんだけどなぁ」


 結局なんだかんだで、スルーされようが嫌そうな目で見られようが雪姫のことが頭に浮かんできた男子高校生2人であった。あの凜とした感じがどうにもたまらない。


 「ちょっと、としくん、真牙くん、さっきからなにヒソヒソお話ししてるの?会長さんがお話し始めちゃうよ」


 目の前でこそこそとしゃべっている迅雷と真牙を訝しんだのか慈音(しの)が2人の背中をつっついて注意するような感じで話しかけてきた。


 「「あ、あぁ、なんでもない。なんでもなーいよ?」」


 「んー?ほんとかなぁ」


 なにか誤魔化しているように見えたが、普通に気付かず慈音は首を傾げながらそれ以上は聞かなかった。


 「ふぅ、美少女の目の前でそれを放って美少女談義をしていたとも言いづらいからなー」


 真牙がさっきより小さな声で話し出す。迅雷の方も、


 「もしかしたら周りの人、というか雪姫ちゃんにも聞こえていたかもしれないな・・・」


 言い終わるやいなや迅雷も真牙もそのときのことを考えて冷や汗を滲ませ、話を聞く態勢に入った。もし雪姫に聞かれていたらと考えると、なんだか嫌な予感しかしない。あの冷たい目で「ゴミを見るような目」をされたら、たとえ天性のドMであってもご褒美にはならないと思う。


          ●


 一通りのメンバー紹介が終わって萌生が再びマイクの前に立ち、話をし始めた。


 『いま、生徒会役員のみなさんに自己紹介をしてもらいましたが、しかし、生徒会はこの壇上にいる数人の生徒だけで組織されるような小さな組織ではありません。生徒会はこの学園のすべての生徒が属し、運営していく大きな集まりです。みなさんの学園生活をより快適に、素晴らしいものにしていくためにも、そして、気が早いようにも思えるかもしれませんが、来年度に入学してくる後輩たちにも自慢できる学校を作るためにも、ぜひ積極的に生徒会活動に参加してくださいね』


 会長の話の後にも年間の生徒会関係の行事紹介とか今までの活動成果とかいろいろなことについて紹介や説明があり、それで会は終了したのだった。


          ●


 学校からの帰り道。迅雷は緊張していた。なぜかというと。


 「本当になにもなかったぞ・・・」


 そう。今日は本当になんのトラブルもなく一日が終わった。ここ数日の経験則から言って学校では何かしらのバトルイベントがついてまわるはずだった。しかしそれがなかったということは、つまりこの帰り道でなんか起こるに違いないということになる。どうせ今にモンスターが現れるに決まっている、とか考えながら迅雷は意味もなく神経を尖らせていた。それを見かねたように慈音が苦笑しながら迅雷をたしなめた。


 「としくん、そんなに緊張しなくてもモンスターに毎日襲われるなんて普通ないって。今日くらい気を抜いてゆっくり過ごしちゃおうよ?」


 それに対し迅雷ではなく真牙が先にツッコんだ。


 「慈音ちゃん、それフラグみたいだからね」


          ●


 が、その後しばらく歩いて、道が分かれる真牙とも別れて、さらにもう少し歩いて、


 「ね?大丈夫だったよー」


 結局何事もなく普通に家の前まで着いてしまった。フラグブレイカーどころかフラグの発生そのものをキャンセルしてしまう慈音には感服である。迅雷は張り詰めていた緊張を体外に排出するために息を吐く。


 「・・・そうっすね。俺も神経質になってたわ。ソワソワっていうかな。んじゃ、千影回収するからお邪魔するよ」


 「うん、どうぞどうぞー。お母さんただいまー」


 朝に東雲(しののめ)家に預けていた千影を連れ帰るために迅雷は慈音の後に続いて彼女に家に入った。そういえば、迅雷はなんだかんだで慈音の家にお邪魔するのはひさしぶりのような気がした。変わらないようで、でもどことなく雰囲気の変わったような幼馴染みの家を少しだけ新鮮な気持ちで見渡す。


 「じゃあとしくん、せっかくだからお茶でも飲んでいってよ!昨日クッキー焼いたのが残ってるんだー。今バッグ置いてくるから適当にくつろいでてねー」


 慈音がそう言って荷物を置きに二階に上がっていった。


 「お、ありがとな。んじゃ、お言葉に甘えさせていただくとしますか」


 迅雷はリビングのソファーに座らせてもらうことにした。そこに、慈音の母親が話しかけてきた。


 「こんにちは、とし君。なんかうちに来るのすっごくひさしぶりなんじゃない?どう、やっぱりなんか雰囲気変わったなー、とか思う?」


 「こんちわ。んー、そうっすねぇ、なんかどことなく可愛らしくなったというか女の子っぽい小物が増えたような感じはしましたけど」


 改めて部屋の中をグルリと見回すと、迅雷にはそういう風に見えた。ちょっとしたところに女の子らしい印象がちりばめられたようなそんな感じだ。少し前まではそういうこともなかったような気がしたのだが。意見を聞いた慈音の母が小さくガッツポーズを取りながらなにか小声で呟いた。


 「慈音ちゃん、やったね?」


 「・・・・・・?」


 迅雷は、なにか言っていたのは分かったのだが内容は聞き取れなかった。しかしそんな重要なことでもないだろうと思って気にしないことにした。


 そういえば、迎えに来たはずの千影はどこにいるのだろうかと思っていると二階から慈音の悲鳴が聞こえてきた。


 『ふぇぇぇぇ!?ち、千影ちゃん、それはダメだよぉ!早くしまってー!』


 ・・・どうやら二階にいたらしい。慈音の部屋でなにかしていたようなのだが、いったいなにをやらかしたのだろうか?そもそも勝手に部屋に入るだけでもアレな気もするが。天井からドタバタと騒がしい音と声が聞こえてくる。それから、音が止んで、ちょっとしてから千影が慈音に連れられて降りてきた。


 「き、鬼気迫るものがあったよ・・・?」


 千影の顔に怯えたような陰影が差していた。が、千影は居間にいた迅雷を見つけると急に、なにか思い出すように慈音の方を交互に見て表情をにやつかせ始めた。


 「なに人の顔見てニマニマしてんだ。お前しーちゃんの部屋でなにしでかしてたんだ?」


 「んー?それはねぇ?」


 千影がいよいよなにかワルいことでも思いついたような顔になってしゃべろうとし出したところで慈音が割って入ってきた。


 「あー!気にしないでいいよ!?さ、千影ちゃんも座って待っててねー!居間お茶淹れるから!」


 そういって話を遮ってから慈音は台所に足早に駆け込んでいった。


          ●

 

 「んでさ、こいつホントに強かったんだよ」


 出された紅茶とクッキーを嗜みつつ、迅雷たちはいろいろと話をしていた。今は昨日モンスターに襲われたときの千影の活躍の話だった。思い出すだけでもめざましい活躍だったと言える。


 「へー、やっぱり千影ちゃん強いんだねー。こんな小さいのにびっくりだなー」


 「へっへっへー。それほどでもあるよー。ランク4は伊達じゃないよ?」


 そういって千影は例のランク4を示す黄緑のラインが引かれた黒いライセンスを慈音に見せて嬉しそうにしている。慈音も感心してくれたが、千影的には普段は自分を鬱陶しそうに扱うことの多い迅雷に褒められたのが多分一番嬉しかったのだろう。


 「あ、そうだ、しーちゃん。俺日曜出かけるんだけどさ、暇だったら一緒にどう?」


 迅雷が思いついたように話を切り替えた。せっかくなので慈音も良かったら一緒に出かけるのもいいんじゃないかと思ったのだ。


 「え!?ほんと!?うん、行く行く!やったー!」


 慈音は迅雷からの唐突な休日のお誘いに大喜びで飛びついた。彼女の後ろでは母親が嬉しそうに紅茶を含みながらニコニコしている。


 「良かったわねー、慈音ちゃん。とし君、日曜日はよろしくしてね?」


 「えへへー、としくんとお出かけか-。えへへ・・・」


 慈音がなんだかすごく幸せそうにしているので迅雷も誘って良かったと思い、嬉しい気持ちになっていた。



 「じゃあ後でナオにも言っとかないとな。しーちゃんも来るって言ったらきっと喜ぶぞ?」


 「ボクも楽しみだなー」



 「・・・・・・へ?」


 迅雷と千影の言動が思考の斜め上を飛んでいったので慈音が笑顔のまま固まった。思考停止とはまさにこのことであるといった様子で聞き返す。


 「えーっと、あれ?2人でじゃなかったの・・・?」


 「え?俺としーちゃんとナオとこいつの4人で行くことになったはずだけど?」


 後ろでニコニコしていた慈音の母親が笑顔のまま紅茶を吹き出した。背後から紅茶をスプレーされながらも、慈音が慌てて話を合わせようと頑張りだした。


 「あ、あはは!?そうだよね!?うん!?あは、あははははは・・・」


 「・・・?」


 迅雷がなぜか真っ赤になってあたふたし始めた慈音を見て首を傾げ、千影はおもむろに席を迅雷の隣から慈音の隣に移し、彼女の背中をさすり始めた。


 とりあえずしゃべるだけしゃべったので迅雷は家に帰ることにした。


 「じゃあとしくん、またあさってね!気をつけてー。千影ちゃんもバイバーイ!」


 「おう、家目の前だけどな。んじゃ、お邪魔しましたー」


 「したー!バイバイしーちゃん、またねー!」



          ●



 迅雷が帰った後、夕飯の支度を終えた慈音の母親が呼んでも返事のない慈音を直接呼びに彼女の部屋に入って見てみたところ、


 「・・・・・・なにしてるの慈音ちゃん?」


 「うっ・・・。な、なんでもないもん。うぅー恥ずかしいよぅ・・・・・・!」


 慈音がベッドの上で布団にくるまり、さらにベッドの周りに薄い結界まで張って真っ赤になって(もだ)えていた。


 「と、とりあえずごはんにしようねー?大丈夫、きっとまだチャンスが来るって!多分!」


 「あ!?今”多分”って言ったぁ!」


 玄関からは慈音の父親のただいまー、という声が聞こえてくる。東雲家は今日も平和だ。


          ●


  

 神代(みしろ)家では夕食が終わり各自好きなようにくつろいでいた。ソファーに体を埋めて毎週楽しみにしていた音楽番組を見ていた迅雷が唐突に立ち上がった。急に立ち上がったので隣に座っていた直華がぎょっとした様子で迅雷を見上げた。迅雷はまじめな顔で話を切り出す。


 「明日は千影の鍵を作りに行こうと思います」


 「んぁ?」


 床でごろごろしていた千影が自分の名前を呼ばれて上半身を起こした。なぜ迅雷がこんな話を切り出したかというと、今日は千影を慈音の家に預けて面倒を見てもらったが、こんなお騒がせ少女を毎日毎日人様の家に押しつけるわけにもいかないからである。そして明後日の日曜日はすでに予定がある。ということで明日なのだ。なにはともあれ鍵さえ持たせておけば、もし平日などに彼女が家に1人でいられなくなっても、外に出るという選択肢が増えるのだ。


 「鍵かー、ボク今まで鍵とか持ったことないからなんかワクワクするなぁ」


 千影が興味深そうに食いついてきた。どうやら話はまとまったようである。千影の言葉に直華が共感したように頷きながら話し出した。


 「あ、そうだよね!私も初めて鍵もらったときはなんかちょっと大人になったような気がしたかも」


 確か直華も小5くらい、つまり今の千影とあまり変わらないくらいの頃に初めて家の鍵を持たせてもらったときは、なんだかはしゃいでいたような気がする。あのときのことを思い出しながら迅雷も真名(まな)も微笑ましそうな顔をした。


 あれ、そういえばあのとき直華は・・・・・・、と迅雷はなにか思い出して、それから千影に一言。


 「はしゃぎすぎて鍵落としたりすんなよ?」


 千影がなにか言うより早く直華が反応した。


 「あ!?お兄ちゃん今私のこと思い出して言ったよね!?恥ずかしいから思い出させないでよぅ!」


 「確かあのときは夜の9時くらいまであちこち探し回ってたわよねー。懐かしー」


 真名まで直華をからかうように頬に手を当てながらニコニコしている。ここで自分で墓穴を掘ってしまったことに気が付く直華。だが、もう遅いこと、はた言うべきにあらず。


 「ほんとなー。あのときはたまたま会ったしーちゃんとかも巻き込んで一緒に探してもらったしな。ま、結局家に落ちてたのを母さんが見つけて一件落着とかいうまさかの結末だったけど。いやー骨折り損だったわ懐かしい」


 「へー、ナオにもそんなことがあったんだねー・・・プフフフ」


 「うわぁぁぁん!やめてってば!」


 3対1という超卑怯なイジりに耐えかねて直華が風呂に逃げて行ってしまった。ちょっとばかりやり過ぎたかもしれない。いなくなった直華の背中を思い浮かべて迅雷は良心が痒くなる。


 「・・・なんかゴメン、ナオ。後で謝るから。あ、そうだ千影、明日の昼飯外で食わないか?確かあの辺にうまい洋食屋があったと思うんだよな」


 迅雷が直華が逃げてしまったため話題を切り替える。1回しか行ったことがないのだがとてもおいしい料理を出してくれるレストランがあった気がする。


 「むむ、それは気になるかも。でもあの辺って?どこら辺にあるの?」


 「ほら、明日鍵作りに行くっつっただろ?その店の近くにあったと思うんだよ。鍵作るのもどうせちょっと時間かかるだろうしさ。個人経営のちょっとおしゃれな感じだったな」


 建物の外観を思い出しながら迅雷は千影にそのレストランについて簡単に紹介した。


 「ほぇー、じゃあ決定だね!それにしてもオシャレなレストランに誘うなんてデートみたいだねー」


 おっと、それは考えていなかった。明日は直華もついてくるだろうから多分大丈夫だと思うが、迅雷と千影ではどう見ても兄妹には見えないので危うく端から見ればロリコンになってしまうところだった。とはいえ迅雷はそこまで頑なにロリコン判定を躱そうとしてまで千影と2人で出かけるのを拒むほど神経質でもないので彼女と2人きりでも一向に構わなかったのだが。


          ●


 風呂場からは直華の陽気な鼻歌が聞こえてくる。迅雷と千影はソファーに座ったままテレビのニュースを見ていた。なにやらニュースキャスターの顔が険しくなり、画面下のテロップにも重々しい文字列が並んでいた。


 『今日の日本時間午後7時頃、ギリシャのエクソシア魔法大学付属高校にて大規模な破壊現象がありました。原因は不明とのことで現在IAMOの調査チームが状況の確認を・・・』


 その後も被害状況の報告などが述べ上げられていく。


 「エクソシア大学付属って言ったらギリシャにある『高濃度魔力地帯』にある学校じゃなかったか?・・・うわ、なんだこりゃ。ひでぇな、キャンパスの半分が崩れてんぞ」


 画面には現場上空からの現場の様子が映し出されている。今はサマータイムとのことで向こうとは時差が6時間、今はこっちが夜の8時なので、すなわちギリシャは今真っ昼間だということになる。明るいので上空映像でもそれなりに細かい状況が見える。キャスターの言っていたとおり、当然ながらかなりの数の怪我人が出ている模様だ。


 「・・・可哀想だね。なんにも悪くない人が傷付くのは、やっぱり(・・・・)ダメなことだよね・・・」


 千影がそう呟く。迅雷は千影が「やっぱり」と言ったところで心の底から苦々しそうな表情をしていたことが少し気になったが、彼女がライセンス持ちであることを考えれば納得できた。それならば、恐らくではあるが、そう思うきっかけとなった出来事があったと考えても不自然ではなかった。普段は空気の読めないところがあるように見えるときもある千影だったが、そんな彼女は今、遠くの国の不特定多数の人々に思いを馳せ、苦しそうな顔をしている。なにかを悩んでいるようにも見えた。

 迅雷はテレビを消して、それから隣の千影の小さな頭を優しく撫でた。なんとなく気障ったらしいことをしているような気もしたが、彼女のその心の有り様は、手の届かない世界の生き死にに対しては関心薄な迅雷にとって本心として愛おしいものだった。


 「千影、本当は優しいんだな。でもな、あんまり悩んでんなよ?なんとかしてやれるとは思ってないけどさ、俺だって話を聞いてやることくらいならできるしな」


 この小さな少女の抱える負担がどれほど大きなものかを迅雷は知らない。そんなことはとっくに分かっていた。しかし、それでも迅雷は彼女の笑顔は『守り』たいと、そう思ったのだから。

 できないことはできなかったとしても、できることはしてやらなければいけないような気がした。


 「ボクは優しくなんてないんだよ、ほんとは。・・・でもありがとね。本当に困ったらそのときは相談に乗ってくれたら嬉しいな」


 千影がにっこり笑ってそんな風に言う。お安いご用だ、と返して迅雷はソファーに体重を預けたまま目を閉じて考える。



 (・・・なんでいい感じになってるんだ?)


 

 確か今はニュースを見ていただけの気がするのだが。なぜか千影も安心したように迅雷に寄りかかっている。


 と、千影が急に跳ね起きた。


 「ってなんかシリアスだよ!ボクのキャラじゃないし!」


 「うおっ!?びっくりさせんな!」


 千影も大体同じようなことを考えていたらしい。驚いてつい怒鳴ってしまったが、迅雷もシリアスムードから抜け出して気が楽になった。詰まっていた息がやっと通った感じだった。


 直華が風呂から上がってリビングに戻ってきたので迅雷は入れ替わりで風呂に入ることにした。見た感じさっきの話を忘れているようでご機嫌な様子だったので迅雷も千影もあえてイジったことについては謝らないことにした。


 「さーて風呂風呂ー」


 「ボクも一緒に入るー」


 「寝言は寝て言えよ」


 一緒にソファーから立ち上がった千影のおでこを押してソファーに逆戻りさせて迅雷は風呂場に向かった。


          ●


 風呂も上がって、直華に明日の話をした後に迅雷は部屋の戻っていた。ベッドに寝転がってSNSのチェックをしたり明日のレストランの場所を確認したりして時間を消費していく。レストランについては口コミを見るとやはり評価が高かった。

 ぼんやりしながら携帯のスマホの画面を眺めていると、部屋のドアがノックもなしに開けられた。


 「なぁ、やっぱり俺のベッドじゃないとダメなのか?」


 もちろん千影である。ドアの方も見ずに迅雷はめんどくさそうに目を細めて質問をした。それに対して千影は簡潔に一言答えるだけだった。


 「うん」


 あぁ、今日も結局千影は迅雷と寝るらしい。もうなんかアレだ、慣れた気がする。今日は意地でもちゃんと眠ってやろうと考える迅雷であった。

 


 


元話 episode1 sect23 ”3日目の正直” (2016/6/9)

   episode1 sect24 ”これはひどい” (2016/6/11)

   episode1 sect25 ”やっぱり” (2016/6/14)

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